⑫聖女
⑫聖女
研究生になるためには『文化祭』で研究成果を発表しないとならないらしい。
『文化祭』は年に1度。
3年間で卒業する前に1回でもいいから先生方からの推薦がもらえれば、研究生になる試験を受けられるらしい。
「わたしやってみたいのよ」
コイフは思った。
兎人だけの為でなくフィオナの為にもなる何かを形にしたいと。
そう考えて、1番最初に出てきたのは、コイフが初めて助けられた魔法だった。
『デバフ』だ。
この分野はまだ勉強したことがない。
教科書を隅から隅まで読むと、基礎学の『付呪』の延長線上、3年目のその先に『バフとデバフ』の研究がある事がわかった。
「ポーション作りと両立できるかしら……ううん、やるのよ、やりたいのよ! 」
コイフはわら半紙に木炭の鉛筆で未来の予定を書き込んでいく。
「1年生の内に中級ポーションまで出来るようになりたいのよ」
中級ポーションは普通に学べば2年生の課題だ。
「『付呪』は授業より前に学んでしまうわ、2年かけて『バフとデバフ』の勉強をするのよ」
コイフは魔法に関しては他のクラスメイトと比べても少し出来るという自負を持っていた、健康で多少の無茶をしても学べる事を兎人の神様に感謝した。断じて白ハゲ神にではない。
「そして3年学んだ成果を3年目の文化祭で発表するのよ! 」
そこまでわら半紙に書き込んで、コイフはそのわら半紙を机の前に張り付けた。
「目標なのよ! 」
コイフは腕組みをして、ふん!と鼻息を荒くした、今日からこれを目標に頑張ると決めたのだ!
「善は急げなのよ! 」
コイフはポシェットにお財布を入れて外に出た、目指すは『世界魔道具堂』の書籍売り場だ。
パイン館を駆け出して、正門まで出るとふわりと浮き上がり、そのままひゅーんと『世界魔道具堂』に飛んで行った。
コイフは無事『バフとデバフ』という白い表紙の本を入手する事が出来た。
以降、椅子に座る用のクッションとこの本を抱えた姿がコイフのトレードマークとなるのだった。
さて、学内施設は今、全て閉鎖されている。
図書館も自習室も使えないコイフは、教科書と『バフとデバフ』の本とお茶の入った水筒を抱えてフィオナの病室に行った。
フィオナの病室は個室だ。
そこそこの広さで病院だから静かだ。しかもフィオナがいる。
「フィーたん! 来たのよ」
「コイフ~~~! 暇だったよ~! 」
フィオナは変身魔法を解いていたので紫がかった金髪碧眼の美少女の姿だった。
足首まである長い髪をゆるく一つにまとめ、病院から借りたパジャマを着ている。
コイフはふふんと胸を張った。
本当は寂しかったのはコイフの方だった、しかしフィオナはいつだってコイフを歓迎してくれる。
コイフはフィオナのそういうところが大好きだった。
もちろんフィオナも寂しかったのでお互い会えた喜びを感じている。
「コイフにこにこしてる~、なにかあったの? 」
「うふふ、じゃーん見て見てなのよ~!」
コイフは買ったばっかりの『バフとデバフ』の本をフィオナに見せる。
「なになに? どうしたのその本」
「わたし進路を決めたのよ! バフとデバフの研究をする為に研究生になるのよ! 」
「えぇ~! なにがあったの? 」
「フィーたんが入院したのよ‼ わたしは病人に何も出来ないのは嫌なのよ! 」
「ポーションは? 」
「卒業までに極めるのよ! 」
「なんでバフ? 」
「フィーたんの身体能力を強化するのよ! そしたら魔結石症の予防になるのよ! 」
「そうなのかなぁ? 」
「きっとそうなのよ! 痛みもきっとデバフできるのよ! 」
「うん、期待して待ってるね」
コイフはるんるんと教科書を開いて、『付呪』の勉強をし始めた。
フィオナも持ってきてもらった教科書を読んで勉強する事にした。
「コイフは勉強好きだよね~」
「この体は前世と比べて賢いの! 勉強し甲斐があるのよ! 」
コイフは教科書を読みこんでいく、『付与』と『付呪』の違いは魔法をかけられる側(人間でも無機物でも)が、受け入れる体制があるかどうかの差らしい。
魔道具や魔織布は魔法を帯びる為に作られているので『付与』。
人間や魔物、物に魔法を貸与するする場合が『付呪』であるらしい。
授業のディベートでディートリヒ教員が『付与』魔法を使っていたのも魔道具に対して使っているからだったのか、とコイフは納得した。
「フィオナさんお加減いかがですか~? 」
看護師がノックをして病室に入って来た。
「はい、えっと全然元気です」
「……あ、変身魔法を解いているんですよね……すいません見惚れちゃいました……」
「あ、こっちこそすいません、お世話になります」
「お邪魔してますなのよ」
フィオナとコイフは挨拶した。
看護師はコイフにも優しく対応してくれた。
看護師がフィオナの手足を確認する。
「ああやっぱり、爪が魔石化し始めてますね、痛くないですか? 」
「はい、痛くないです……あの、これって爪剝がしたりしないといけないんでしょうか……」
フィオナが涙目で聞く。
「大丈夫ですよ、ただこれだけの量ですから毎日たくさん魔法を使わないといけませんね、では先生が来たら見えている爪からやっていきましょうか」
しばらくして主治医がフィオナの病室にやってきた。
傍には先程の看護師が付き添ってくれている。
「足の魔石を取った時と同じように、今回は爪の魔石を取っていきましょうね、痛みが出たらすぐ言ってくださいね」
「はい、よろしくお願いします」
30分ほどの処置を受けてフィオナの爪の紫色は薄くなった。
魔石だった部分が消えた爪は薄くボロボロになってしまったが、時間が経てば正常な爪が生えてくるそうだ。
主治医から爪用の保湿薬を処方してもらった。
フィオナの髪の魔石化については体調に問題ないといわれた。
頭皮に問題はなく、ちゃんと健康な髪が生えてきているそうだ。
どうしても気になるなら魔石化している部分の髪を切ってしまえば良いそうだ。
瞳の魔石は慎重に処置する必要があるそうで、時間をかけて少しずつ消していく事になった。
見た目は派手だったが失明の心配は無いと言われてフィオナはほっとした。
「内臓の方も問題ないかな……痛みや不調があればすぐ教えてくださいね」
主治医はフィオナの体内をスキャンして魔石を探した。
その後はリハビリのやり方を教えてもらう。
全身の巡りを意識しながら効率よく魔力を発散する。
同時に滞りを自分で感知する方法も教わる。
「一週間に一回は魔力を疲れるまで使い切るようにするのが良いと思います、運動もしましょうね、病院内にリハビリ室がありますから毎日使ってください、頑張ってくださいね」
「はい先生、ありがとうございました」
処置を終えて主治医と看護師は部屋から出て行った。
フィオナは運動着に着替える。
「私これからリハビリ室に行くけどコイフはどうする? 」
「私はここで勉強しながら待ってるなの」
「わかった、行ってくるね」
リハビリは30分ほどトレーナーに付き添ってもらいながら行う。
効果的な運動と、害は無いが魔力消費の多い魔法を使っていく。
運動しながらフィオナは談話室での出来事について考えていた。
(身に余る魔力量が魔結石症になる? ならそれにあった肉体を持つ事ってできないのかな? てかコイフは大丈夫なのかな……)
実際は転生前にフィオナが喚き立てた希望がコイフにも適応されているのだという事をコイフは覚えていない。
フィオナは魔法に関して「私達は」と複数形で願っていた。(それが魔結石症になる原因になったのだが)
「というわけでコイフは魔結石になってないの? 」
「にゃわーーーー! 何するなの⁉ 」
リハビリ室から帰って来たフィオナはコイフにしがみついてコイフの毛並みを観察し始めたのだ。
ぷすぷす鼻を鳴らして怒るコイフ。
「うーん、これは白髪? 」
毛を逆立てられ乱暴に腕を取られ、爪を掻き分けられる。
「やめるなの! 」
コイフは兎人特有の動きで、うごうごうごっと素早く体を捻ってフィオナの腕から脱出し、回し蹴りをフィオナにお見舞いした。
「ひぐっ! 」
「フィーたん最っ低なの! レディーの体をまさぐるなんて! 」
コイフは床をたんたん! と足ダンした。
フィオナ的には力を強くしたつもりはないが、小さな兎人族の体はさらに優しい力で接する必要があった。
コイフはフィオナにしっかりお説教をした。
「で? どうしてこんなことしたなの? 」
「すいません、じつはかくかくしかじかで……」
フィオナは蹴られた自身の肩を摩りながらコイフに談話室での出来事を話した。
「そんな……そんなに神様に殺された人達がいるなの⁉ 」
「うん、驚愕だよね、私以外全員前世男だったとは⁉ 個室にして正解だったよ! 」
この病棟全員が元男性というわけではない。
あくまでメガネ少年の友人達の話である。
「驚くところはそこじゃないの、最強になりたいなんて言っちゃうってことは高齢者じゃないなの! やっぱり意図的に神が若者を殺しているのよ! 」
「そうだね、しかもこの病棟全員と考えると……」
コイフは身震いした。
「コイフー、コイフも診てもらってよ、心配だよー」
「……わたしも心配になってきたなのよ……」
その後コイフは病院受診して診てもらったが問題はなかった。
しかし兎人にしては多い魔力量であるので気を付けてほしいといわれコイフもフィオナと同じように運動と魔力発散を習慣に入れる事になった。
さて、翌日である。
朝も早くから目覚めたコイフは身支度をしてから縫物の続きをする。
既に普段着は1着できている。人国風のデザインの襟付きAラインワンピースだ、二枚目はAラインのふんわりしたボックス襟のフリルワンピースにしようと布を切り出す。
兎人の裁縫技術は型紙要らずのいわゆるチート技だがコイフは気付いていない、比べる相手が居ないからだ。
切った布地に裏地を付けてすいすいと縫っていく。
大使館のヴィタお兄様から送られてきたチモシーとこの前山で取った柔らかい草のお浸しを朝ご飯にして、コイフは「んー! 」と伸びをする。
休講になった機会にバイトを増やそうかと思ったのだが、女将さんと旦那さんに「そんなにたくさん仕事はないよ」と笑われてしまった。
こうしてコイフは時間を身の回りの事に有意義に費やしている。
使っていない使用人部屋を今フィオナが入院している個室を参考に模様替えしようかなと考えている、適度に狭くて近くて居心地が良いのだ。フィオナ専用の部屋にすることは前々から決めていた。
「だとしたら装飾を買うお金も貯めなくっちゃね」
コイフはむむむ、と金策に頭を抱えた。
「だいいちこの部屋が広すぎるのよ!」
薬草棚も欲しいなどとコイフは部屋を見渡して思った。
「よし! お買い物に行くのよ! 」
コイフは今日も裁縫箱をスイスイと片付けると、ポシェットを斜めがけしてパイン館から出発した。
商業施設『オリート』
何色もの石板をモザイク状に並べたカラフルな床。
小さな民家の様な愛らしい造りの店舗が並ぶ商店街が洞窟を模したアーケードに収まっている。
ここは学校の敷地内にある学生向けの商店兼大型アミューズメントパークだ。
その様子はさながら小さな街のようである。
幸い学校の中心部から離れた場所にある為、地下遺跡の影響が無く目下営業中である。
学生や学校職員ならば無料で入れる施設で、一般市民は入場料がかかる。
勉強のガス抜き施設とでも言えばよいだろうか。
コイフはいつもこの『オリート』で食材を買っている。
八百屋も肉屋もあるし、大きな魔導保冷庫が目印の魚屋さんだってある。
学外の商店街に行くより近いし、なにより馬糞臭さが少ないのだ。
きっと道をすぐに清掃してしまうからなのだろうとコイフは思う。
「こんにちは兎人のお嬢さん、今日はパンひとつでいいの? 」
「ええ、しばらく一人前でいいなのよ」
出来上がったばかりの普段着を着たコイフは、商店街の人達と気楽な会話をしながらささっと買い物を済ませて、全てナップザックにしまってしまう。
今日はフィオナの部屋を作るために珍しく雑貨屋も眺めてみる予定なのだ。
階段を登っていると、ショッピングモールの吹き抜けになっている中庭でなにやら気になる者が目についた。
コイフは手すりに身を預け、ひょこりと下を覗いてみる。
「あ! アユリなのよ! 」
コイフは手すりの隙間から聖女アユリが何人かの女生徒に連れられて行くのが見えた。
「むむ? なんだか雰囲気が変なのよ」
友達同士遊びに来た、という雰囲気ではない、なにか急かされている様に見えるし、アユリの表情が曇っている。
「……声だけ、声をかけるだけなのよ」
コイフはアユリの後を追って跳ねて行った。
聖女アユリ一同は店裏の路地を抜けてゴミをまとめておいて置く開けた場所まで進んでいく。
(こんな場所に一体何の用事なのよ? )
コイフは物音を立てないようにしながら近づいた。
「何故あなたがエレノア様と同じように聖女と呼ばれているか理解できないわ」
「あなたはエレノア様ほど光属性が飛びぬけて優秀なわけでもないじゃない? まだ生徒として在籍しているなんて驚いたわ、度胸がありますのね」
「そんなに聖女を名乗り続けたいのなら、エレノア様のように陛下から表彰でもされるべきではなくって? 」
「私達あなたがかわいそうですのよ? せっかく親切に言ってあげてるのに……」
コイフは耳をピンと立てて聞き耳をしながら覗き見をした。
聖女アユリが令嬢達に囲まれている。
その令嬢たちは教室で見た顔もいれば、全く見覚えのない顔も居る。
6人居て、全員が聖女エレノアの様に、月の神のネックレスを下げていた。
「そんな、私そんなこと言われても……」
令嬢達の難癖と剣幕にアユリは今にも泣きだしそうに見える。
「アユリさん、いつもアルファルドさんの権力を笠に着て、陰に隠れてるだけではいけませんわよ」
「ええ、ええ、貴族の力にしがみつきっぱなしでは醜聞が悪うございます、聖女と名乗りたいのなら貴方の為になりませんわ、アルファルド家に迷惑をかけるのはおやめなさいな」
令嬢達は口々にアユリへ一方的に意見を言っている。
それにアユリは反論する。
「ハインツは、子供の頃からの友人です……! 彼のお父様が親切で後見人になってくれただけで、私ハインツの家に迷惑かけるつもりはありません! 」
聖女アユリは「失礼します」と言って令嬢たちの輪から逃げようとするが、令嬢達は逃げ道を塞ぐ。
丁度輪になってアユリを隠してしまっているようにも見えた。
コイフは腹の底がムカムカする。
これはどう聞いても聖女アユリに悪口を言っている。
そして多対個のリンチだ。
「異世界あるあるのいじめなのよ……! わたしいじめは大っ嫌いだわ! 」
コイフは自分で言う以上にいじめや仲間はずれが大嫌いだ。
兎人の社会では仲間外れを許さない。
どんなに嫌な奴にだって、みんなが助けの手を差し伸べる(その手を取るかは本人次第だが)、弱い種族が故に群れで生き残る為に落ちこぼれを出さないように助け合うのが常識なのだ。
なのにあの令嬢達ときたらどうだろう! コイフよりいくつも年上なのに聖女アユリを私欲で陥れようとしているのだ。
コイフにとって到底我慢できる状況では無かった。
コイフは隠れていた柱から出て、出来る限り朗らかに声を上げた。
「カスタネア嬢! こちらにいらしたのね、探してしまったわ! 」
アユリを呼ぶその声に令嬢達は振り返り、ギクリと体を震わせる。
そこに居るのは懇親会で話題になった聖女アユリの『やらかし』の原因、コイフ・東兎人国王女だ。
コイフは令嬢達に人国流の貴族の礼をする。
「はじめまして皆さん、コイフ・東兎人国ですわ、皆さんはカスタネア嬢のお友達ですの? 」
「あ、その王女様……」
「はい私達はアユリさんと仲良しの友人ですわ」
「いいえ! 友達ではありません! コイフさん! 」
涙目の聖女アユリは、気丈に袖でグイと涙を拭いて、令嬢を押しのけるとコイフの元に駆けて来てくれた。
「そうなの、カスタネア嬢お待たせしてしまったわね、行きましょう、では皆さんごきげんよう」
コイフは聖女アユリの手をぴょんと跳ねて取ると、出来る限り堂々と言った。
コイフに手をつながれたアユリはその身長差で前のめりの中腰だが、一緒に堂々とその場を離れてくれた。
コイフが来た事でアユリを囲んでいた令嬢達は追って来なかった。
「ありがとうございます、コイフ王女様」
アユリが深々とお辞儀をする。
「王女様なんていらないわ、クラスメイトらしく気さくに呼んでほしいのよ、ところで……彼女達は、前から? 」
コイフはさきほどの令嬢達について尋ねた。
「はい、私が気に入らないみたいで……」
聖女アユリは重く息を吐いて震える己の両手を握った。
「カスタネア嬢の家まで送っていくのよ、寮暮らしかしら? 」
「い、いえ! お姫様にそんな事してもらうわけにはいきません! 」
聖女アユリはあわてて断る。
「確かにわたしはお姫様だけど、貴女のクラスメイトでもあるのよ、心配だわ」
「ああ、アユリさん、こんなところでどうなさったのです? 」
コイフと聖女アユリが話していると、真っ白な制服をきた優し気な老人が声をかけてきた。
後ろには戦士科のハインツ・アルファルドもいる。
「神父様、ハインツどうしました? 」
アユリが尋ねる。
「巡回の者の手が足らなくて、申し訳ありませんがまた手伝っていただきたいのです」
「よう、アユリ、今回も俺が護衛を務めさせてくれ」
戦士科のハインツが言う。
「これはいったい? カスタネア嬢」
コイフが聖女アユリに尋ねた。
「あ……、市民病院まで来られない体の不自由な方の家に、教会の方達と往診に行ってるのです、私はお手伝いなんですけど……」
「とんでもない、アユリ様の神聖魔法は大したものです、アユリ様がいらっしゃると治療効果も全く違います、こちらがいつも助けていただいてるんですよ」
神聖魔法とは神官が使用する、神の力を借りて発動する魔法の事である。
「俺はアユリの護衛な」
戦士科のアルファルド先輩がコイフに説明してくれる。
「なるほど、なるほどなのよ」
耳をピコピコ揺らしながらコイフは考える。
「良かったら私も是非手伝わせてほしいなの! 」
コイフが元気に名乗りをあげた。
「ええ⁉ いけません、コイフさんはお姫様でしょう⁉ 」
聖女アユリはびっくりする。
「えええ⁉ それは、そのありがたいですが、お嬢様には目に毒なものもあるかと……」
お姫様と聞いて神父と呼ばれた老人も戸惑っている。
「わたし、実は薬師の免許を持っているの、実務経験もあるし、今も学校に内緒で薬局でアルバイトしているのよ、是非現場でお手伝いさせていただきたいの! 」
コイフの申し出に聖女アユリは目を白黒させる、その肩を戦士科のアルファルド先輩がポンと叩いた。
「アユリ、いいじゃねーか、ウサヒトのお姫様もひっくるめて俺が守ってやる」
「ハインツ……」
「アルファルド先輩、流石頼もしいのよ! どうかしらカスタネア嬢、神父様! お邪魔になってしまうようなら端に居て大人しくしていると約束するわ」
コイフは人国式のお願いのジェスチャーをする。
「……そこまでいうなら……、一緒に行きましょう、さっきのお礼です」
聖女アユリは優しくはにかんで言った。
「ありがとうカスタネア嬢! 」
「アユリって呼んでくださいコイフさん」
「ええ、アユリさん! うれしいわ、仲良しのお友達が増えて! 」
コイフはふわふわのほっぺたをもにょりと持ち上げてふわふわ笑った。
「では……、参りましょう、アユリ様、コイフ様」
困ったような顔のまま、神父は目的地までの案内を始める。
神父と戦士科のハインツ・アルファルド先輩はコイフと聖女アユリを連れて、商業施設『オリート』を出た。
『メニード』の街に出たコイフと聖女アユリ一行が着いたのは、古めかしい建物が並ぶ、少し雑多な住宅街の一角だった。
「スラム……とかでは全然ないのね」
「ははっスラムなんて大昔にあったっきりだぜ」
戦士科のハインツ・アルファルド先輩はそう言って笑った。
「もうハインツ! すいませんコイフさん、ハインツは悪気はないのですがあけすけない性格といいますか……」
「そうなのね、それなら私も遠慮なく接させてもらうのよ」
「おう、よろしく頼む! 」
コイフは東兎人国の学友であるクロエの故郷の『北の盆地地区』を思い出して拍子抜けした。
道に人が落ちているわけでも、どこからか見張られているわけでもない。
「古い町でして、今では老人ばかり住んでおります」
神父が説明をする。
「特に危ないわけでもないんだが、アユリは聖女だし女の子だからな、護衛はどうしても必要だってんだから俺がやってるんだ」
神父と戦士科のハインツ・アルファルド先輩が説明してくれる。
「さぁ、まずはすぐそこの家ですが、その前にわれわれの体に殺菌魔法と、病気を運ばないように結界の魔法をかけさせてくださいね」
「わかったのよ」
神父が全員に魔法をかける。
こうする事で、患者に触れてもお互いへの感染を防げるのだ。
「こんにちは、お元気ですか? 」
神父が一軒一軒玄関をノックして、住民と話して回る。
「やぁ神父さん、聖女さん、今日もありがとうございます」
杖を付いてかろうじで歩いて出てきた老人が、神父と聖女アユリに挨拶をする。
「おじいさんお久しぶりです、あの後足の調子はどうですか? 」
「ええ! 見てください、歩けるようになったんですよ! 」
「よかった~! 」
聖女アユリは笑う老人に笑顔で返した。
「では治療の続きをさせていただいても? 」
「ええ、ええ、大歓迎です、よろしくお願いします」
老人は一行を家に招き入れた。
老人の家はお世辞にも綺麗とは言えなかった。
埃のにおいに、壊れた家具など不要品が積みあがる一角があり、奥にある古く傾いでいるベッドに老人は横たわる。
「まずこの場を清めなければいけません、コイフさん私達がやるのをみて出来そうな事があれば真似て手伝ってほしいです」
「わかったわ」
アユリ達はベット周りを軽く掃除しはじめる。
戦士科のハインツ・アルファルド先輩が水を汲んできてくれたので、コイフも雑巾を絞って埃のたまった場所を拭き掃除した。
他人の家なので思いっきり風魔法で吹き飛ばすことは出来ない。
うっかり老人の私物を壊さないように気を付ける。
神父は洗浄魔法と清潔な布で老人の体を拭いてあげた。
その後神父が持って来た清潔そうな施術着に老人を着替えさせる。
「では治療をしていきます」
辺りを掃除した後神父が言う。
すると聖女アユリが目をつむり、何やらを唱えだした。
「恐れ多くも天上に輝く太陽の大神へ、わたくしアユリが敬い申し上げます、どうか彼に癒しのお力を貸し下さい……」
すると埃っぽかった室内が一転、上方から光が下りてきた。
老人の寝室は神聖な気が満ちて、聖女アユリを中心に周囲に発光するプリズムが現れだす。
不思議な光をまとったアユリが神父の肩へ手をあてると、神父へ光が流れていく。
それがコイフの目にも神秘の力がアユリから神父へ移っていっているのだと感じられた。
その後神父が別の言葉を唱え老人の足に向かって魔法を使う。
すると暖かくも眩しい輝きが老人の足に吸い込まれていく。
そうして、部屋に満ちた光は収まってしまった。
「お疲れさまでした」
と神父が言う。
「はい今月もどうもありがとうございました」
施術が終わりベットから起き上がった老人の顔色が良くなっている。
「ありがとうございます、また来月までお元気でいてくださいね」
アユリ一行は老人宅を出た。
「あれはどういう魔法なのよ? 」
「教会の治療をみるのは初めてか? 」
コイフの疑問に戦士科のハインツ・アルファルド先輩が答える。
「アユリと神父様が使うのは『神聖魔法』という魔法だ、『神聖魔法』は神の力を借りる為にさっきみたいな前準備がいるんだとよ、その後神父様がアユリが呼んだ神様の力を借りてじいさんの患部の治療をしたんだ」
次の訪問先に向かいながらコイフは戦士科のハインツ・アルファルド先輩の説明を聞く。
神父一人でも行える治療だが、こうしてアユリを介して行うと『神聖魔法』の効果も跳ね上がるのだそうだ。
「アユリ様はとても愛されているのでしょうね、さすがは聖女様です」
と神父は言った。
何に愛されているのか、それは神父が言うところの『神様』なのだろうとコイフは察した。
「聖女なんて私には恐れ多いです……それに、私はまだ免許も無いから患者さんへ直接治療をしてはいけないんですよ、だから魔法学校で資格の勉強中です」
と聖女アユリはコイフに向かって笑って言った。
その後も一行は各家を回って老人の介護件治療を行う。
その内容は決して華やかな名誉ある仕事ではなかった。
病の治療だけでなく寝たきりの老人の体を洗浄したり床ずれを治したり、場合によっては汚物や家の片づけを手伝ったりもする。
コイフも一生懸命出来る事を手伝いながら、聖女アユリと一緒に汗だくになって働いた。
「すごいわカスタネア嬢、どのくらい神父様のお手伝いをしてらっしゃるの? 」
「勉強があるから毎日は無理ですけど、体が空いたら必ず手伝うようにしているんです、みなさんが元気になると私も元気をもらえるので……」
「カスタネア嬢はすごいわ」
何件目かの家を出て、コイフは素直にそう思った。
「たいした事をしているわけではありませんが……」
聖女アユリは本気で謙遜している。
「そんなことないのよ! こういうことがいつでも快く出来るってすごい事なの! 自信持つべきなのよ」
コイフは目を煌めかせて言う。
「私、人に必要とされたくて……役に立ちたくてやってるんです」
アユリはぽつりと言った。
「教会のみなさんも、ハインツのお父さんも、困ってる人達も、みんな私が助けたくって助けていて、エゴでしかなくって、私あの人たちに言われた通り、全然『聖女』なんかじゃないんです」
神父も戦士科のハインツ・アルファルド先輩も労しそうな顔をする。
「私欲のなにが悪いのよ? 現に今日アユリさんに魔法をかけてもらった人たちは喜んでいたのよ? 」
「でも、私一人が凄い力で大勢の人をどんどん治していけるわけじゃないですし……」
「その通りなのよ、一人で変えられるほど世界は小さくないなのよ」
「そう……ですけど……」
聖女アユリは言葉を濁してしまう。
思えば聖女アユリはコイフも見たように『聖女』としての力があるのだ。
なのにわざわざ名誉にもならない、こういう仕事をする。
陛下から表彰されて、エレノアに並ぶのが目的なら病院で難病の患者を治療した方が箔がつくのだ。
コイフはそこに聖女アユリの愚直さを感じた。
誠実で優しい心を持っていて、なのに聖女アユリは酷く自己評価が低い。
(ほっとけないのよ)
「わたしアユリさんの事もっと知りたい! 決めたわ、友達になりましょう! これからよろしくなのよ! 」
コイフはアユリを真っすぐ見つめて言った。
「えぇ⁉ なんでですか? 私は全然神聖とかじゃなくって……! 」
「でもとっても素直で一生懸命なの! わたしそこが好きだわ! 」
「はぁ……? 」
聖女アユリは絶句したが、戦士科のハインツ・アルファルド先輩はわっはっはと爆笑し、神父もうんうんと頷いていた。
コイフと聖女アユリ達は、全ての家屋を訪ねた後、住宅街の老夫婦が営業する飲食店で夕飯を摂り、その後解散した。
「ということがあったのよ! 」
夕方、コイフは病室でフィオナに身振り手振りをしながら今日あったことを話した。
「へぇー! 見て見たかったな『神聖魔法』! 」
フィオナはベッドの上でじたばた悔しがった。
「凄かったのよ、アユリさんが祝詞を上げる姿はとっても神秘的だったわ、辺りがキラキラして、温かくてほっとするの、そのあと神官さんが魔法を使ったらみるみる患者さんの顔色が良くなってまるで若返る様なのよ」
コイフはうっとりと語る。
「アユリさん……? 」
フィオナがジト目になる。
「ええ! わたしは彼女とお友達になったのよ! とても素敵な人なのよ」
「ぐぬぬ、私が入院してる隙に! 負けん、負けんぞぉ! 」
「何言ってるのよフィーたん」
「コイフの一番は私なのっ! 」
びゃっと涙目でフィオナは言った。
コイフは、一番の親友はフィオナに決まっているのに、何を言っているのだろうと不思議に思って首を傾げていた。
次回は7月4日の更新です




