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魔法学園編一章 基礎魔法編 ①入学準備

お待たせしました、新章開始です。

①入学準備


入試の当日から合格者、つまり新入生だ。

新入生のコイフは学校の寮に割り振られた。

コイフとしてはもう荷物を運び入れてしまったので渡りに舟でそのまま入寮してしまうことにした。

外交官のスチュアートとメイドのブランシェがコイフの入寮手続きを済ませてある。



「貴族の住む寮見て見たい!」とフィオナもコイフについてきた。


受付は込み合っていたが、入学案内時に「コイフ・東兎人国王女様、王女様のお部屋は既にお荷物が届いております」と告げられており、部屋番号と鍵を受け取っていたのでコイフの手続きはすぐに終わった。




コイフとフィオナは試験を受けた会場から貴族寮方面へ歩いて行く。

学校敷地内は自然が多く、生垣や木々から妖精が十数匹出てきてコイフとフィオナにたかった。

今まで妖精達は受験のピリピリした空気になりをすましていたようだ。


「妖精さん沢山いるなのよ! わたし妖精さん初めて見たのよ! 」

コイフは感動して妖精達を眺めた。

「そうなんだ、自然が多くて落ち着いてる所なら大抵いるんだけどなぁ」

「そうね……故郷では妖精さんが飛んでると、追っかけちゃう子が多いからだと思うのよ」

「それは妖精も嫌かもね……」

懐いたのか妖精は歩いているコイフの頭の上に乗っかった。

コイフは気付いていないようだが、それを見たフィオナは可愛さに悶えた。


妖精達は人が多い所までコイフとフィオナに付いて回った。




貴族学生寮に到着すると、ガラリと雰囲気が変わった事にコイフもフィオナも気付いた。

洗練された雰囲気で建造物と自然が調和している。


貴族寮のある敷地は石の柵で囲まれていた。

柵の内側は外側よりお金をかけた庭になっており、季節の木や花が目を楽しませるように植えられている。

真鍮の門を開くとその奥に何棟かの建物が見えた。

その中のひとつがコイフがお世話になる寮なのだろう。


馬車も通れるように大きな道はレンガで舗装され、道の脇には芝が敷かれ花が植えられている。


コイフのような身の上の貴族が同じように従者と部屋を見に来ている。

従者は主人の持ち物を運び、馬車が寮の前で荷物を下ろしていた。



歩いていると道ですれ違った相手にトン、とコイフがぶつかった。

反動で吹っ飛ぶコイフをフィオナがさっと肩を掴んで支えた。


「あ、ごめんね、君大丈夫かい」

ぶつかった方に謝罪をされてしまう。



艶めく黒髪に、魔石のような紫の瞳。

ミステリアスな雰囲気のある魅力的な美少年だ。

ヒト族のように見える、年齢はフィオナより少し上くらいだろう。



「リンツ様、大丈夫ですか」


少年の従者が慌てて主人の安否を確認する。

「僕は大丈夫、それより彼女にぶつかってしまってね、君、すまなかったね、痛くないかい」


見た目よりも知的でな柔らかな声音で、少年はコイフを心配してくれた。


「ええ、大丈夫ですわ、こちらこそよそ見をしてしまったわ、ごめんなさい」

「もし何かあれば連絡してください」

と言って少年は従者ごしにコイフに名刺を渡す。

コイフは受け取り、名前を確認する。


男子寮の名前と部屋番号、『リンツ・ショコラ』と名前が記されていた。


「お気遣いありがとうございます、リンツ様、私は東兎人国王女のコイフと申します」

コイフは人国式の淑女の礼をした。


それぞれが貴族として礼をしてリンツと従者は去っていった。

方向からして貴族男子寮の方から来たのだろう。



「コイフ、ホントに大丈夫? 彼と身長差かなりあったじゃない」

フィオナが心配した。

コイフは立ち耳の長さも足して身長は1メートル、リンツは160センチはあった。

「問題無いのよ、ちょっとよろけちゃっただけなのよ」

実際コイフはまったく平気だった。体重の軽い兎人族なので派手に吹っ飛んだが、衝撃は毛量で吸収している。



コイフとフィオナはそのまま道を進み、ほどなくしてコイフが入寮する館に到着した。

『パイン館』と書かれた表札のある寮が、コイフがこれから3年間お世話になる寮だ。


石組みの外壁には温かみのあるオレンジの漆喰が塗られている(あるいは後に色変えをしたのかもしれないが)屋根はパイン色。

同じくパイン色のドアを開けて中に入る、分厚い木の壁に清潔な床、高い天井に二重ガラスの窓の廊下をふたりは歩く。


「住みやすそうだわ! 」とコイフが言う。

「思ったより普通だね」とフィオナが言う。


入り口に受付があって管理の職員がいた。

そこでコイフは挨拶と簡単な手続きをし、フィオナは付き添い人として一日入館証をもらった。


貴族女子寮、『パイン館』の廊下を歩く。

窓に装飾があったり、床に絨毯が敷かれ、貴族学生への配慮がされている。



「あった、ここなのよ」

指示された部屋番号を見つけて、鍵を開けて入る。

引き戸が少しだけキィと鳴って、窓が広く明るい部屋が目の前に現れた。


メープル色の床と壁、正面に二枚窓があって人族用の机と椅子が置いてある。

玄関脇にコイフの行李が置かれている事に気付いた。

机の背中側には人族用のベッドがある。

部屋の奥には二つの扉があり、片方がお風呂とトイレ、片方が従者の部屋である。


「わぁ、ここがわたしの部屋なのね、ほどほどに広いわ! うれしいのよ!」


「ほどほどに広いって何? 」

「大使館の貴賓室が人族仕様でとっても大きくって広かったのよ、使いづらかったのよ……」

「なにそれ贅沢な話」

「わたしもそう思うのよ、でもわたしは平民感覚が身に沁みちゃってるのよ……就職してたし」

「就職⁉ すごいね!」

「薬学を極めたくって、薬学舎を出て薬局で働いてたのよ、普通に薬局の寮に住んでたのよ」


話ながら荷をほどいていく。

ドレスだけはすでにクローゼットに掛けられており、行李から取り出した薬師道具を机の横に置く。

キリエさんにもらったアスチルベットお姉様によく似た踊り子の絵を机の横に貼る。


「前世も部屋中にポスター貼ってたよね! 」

フィオナが茶々を入れる。

「これはそーゆーのと違うなのよ」

コイフは恥ずかしそうに言った。だって11年も前の話だ。


「ねぇ、貴族寮なのに御付きの人とかいなくて大丈夫なの? 」

フィオナが奥にある従者用の部屋を見物しながらコイフに聞いた。

「そんな予算はないなのよー」

「ええ、じゃあ私が護衛するね! 」

「そんな危険な目には遭いたくないのよ」


コイフは寝台にタオルと下着、寝間着を出して、行李の最後の中身、藁半紙のノートと木炭のペンを机に置いた。



「さて、フィーたんのお部屋も見に行くなのよ」

「あ、私も入寮の手続きしないといけないんだった」

「だったら何故わたしの荷ほどきを見ていたなの」

軽口を叩き合っているがお互いにわかっている。


離れがたかったのだ。

事故にあい、転生して、前世を思い出し、お互いを探すために頑張った。

11年ぶりにようやく再会できたのだ。




ふたりは軽口を叩き合いながら入寮手続きを行うために試験会場に戻った。

時間が経ったからか一般受付は空いていた。

椅子などの片付けをしている者を見かける。



「あの、合格したフィオナです」

受付で尋ねた。

「フィオナさんのお部屋は…地図のこちらですね、4人部屋になります」

「4人⁉ あの~私、体の都合で1人部屋が良いんですけど……! 」

「1人部屋ですと、もう埋まってしまいましたので、残ってるのはこの部屋でこの料金になってしまいますが…」

寮監の先生が申し訳なさそうに値段と間取りを書いた紙を出してくる。

「ぷぇっ! 」

コイフはその0の数に慄いて鼻を鳴らしてしまった。


「……むぅ、なかなかのお値段……でも仕方ない! 払います」

フィオナは少し渋ったが、財布から金貨を取り出して5枚積んだ。



「ではフィオナ様はこちらの部屋になります……」

ポンと積まれた金貨を見てひきつった顔になった寮監の先生が、震える手で部屋番号の木札が付いた鍵をくれた。

呼び方もフィオナ『さん』から『様』になっている。



「フィーたん! なんなのよさっきの金貨は⁉ 」

「お、おこづかいです……」

居心地が悪そうにフィオナは答えた。


「貴族じゃないって言ったのよ? 」

「貴族じゃないよ! そういう話は私の下宿で話そうよ、ね! 」

言い合いながら玄関から出ると二人は浮遊魔法でひゅーんと『世界魔具雑貨堂』まで飛ぶ…が、学校敷地内の境界で飛行魔法を妨害する魔法の感覚がした。


「うわわ、飛べ無くなってくよ」

「フィーたん私に捕まるなのよ! 」

「コイフも落ちてってるよ」

わたわたしながら2人は手を繋いでゆっくり下りて地面に着地した。


「なんだぁ……? 」

首を傾けるフィオナ。

ともかく魔法学校の正門から歩いて出た。


すると妨害魔法の気配は薄れてまた普通に飛べるようになった。

「どうやら学校と外の間だけ飛べないみたいだね」

「ちゃんと正門から出入りしろってことなのよ」


コイフとフィオナは浮遊魔法で高く上がり、あらためて『世界魔具雑貨堂』に向かった。




降りたのは、この前までフィオナとコイフが魔法の練習をしていた場所だ。

あたりは薄暗く街灯に灯りがともっている。


コイフとフィオナは魔法練習場を抜けて塾入り口に向かう。


「そういえば、この塾の中に入るのは初めてなのよ」

コイフは興味深そうに一緒に建物に入った。



「お帰りなさいませフィオナ様! 合格おめでとうございます! 」

寮職員一同総立ちでお出迎えだ。


「あの、荷物を取りに戻りました…というかなんで合格した事知ってるんですか? 」

「魔法学校は『世界魔具雑貨堂』(当店)にとって一番のお客様ですから、当塾生の合否は早馬で届きます」

他にも合格した学生を祝ったり手続きしたりと受付は慌ただしかった。


「はぁ、なるほど…」

「フィオナ様、そちらの方は? 」

「あ、友達です…」

一瞬フィオナはコイフをきちんと王女として紹介するべきだったかとコイフの方を見たが、コイフは特に気にしていない様だった。


「そうですか、入学式までのひと月、お部屋はお使い頂けますのでご利用くださいね、あとですね、合格者のお写真を頂きたくって…」

塾スタッフは素早く魔道具カメラを取り出す。

「すいません! 親から顔出しNGって言われてるんで! 」

フィオナはコイフを連れて自室に逃げた。




「なにが贅沢な話なのよ! フィーたんのがよっぽど贅沢してるじゃないの! なにこのリンゴ、1つで銀貨半分するのよ! 」

コイフが果物篭の中身を涎を垂らしそうな顔で見ている。

フィオナがコイフを最上階の自室へ案内した途端この有様だ。

「食べて良いよ、部屋についてるやつだから、それで、なんの話だっけ」


「今までどうしてたのかって話なのよ」

コイフは健康的な前歯でリンゴを「かぷ」と齧った。


「どこから話そう…私実は生まれはこの辺りだったそうなのよ」

う~んと会話に悩みながらフィオナが話す。


「でも親が犯罪を犯しちゃって、その時赤ちゃんだった私は今の里親の元で去年までお世話になってて…」

「このあたりの生まれって、最初はちゃんと貴族に生まれたの? 」

コイフが、あのうさんくさい白ハゲ神様との約束を聞いてきた。


「公爵家の末っ子だったそうだよ、一瞬、赤ちゃんのうちだけ貴族令嬢だったらしいよ」

フィオナは笑いながら皮肉を言った。


「でもお世話になった今の両親は本当良い人達だから安心して! 前世とは比べ物にならないほど良くしてもらったからさ」

「それは部屋を見ればわかるのよ……」

コイフは過保護なスイートルームを見回して苦笑した。

「私も今の所人生で一番豪華な部屋に住んでるよ」

フィオナも笑った。


「王都から出てどうやってここに戻って来たなの? 」

コイフは果物篭からライチらしき果物に手を付けながら聞いた。

フィオナは手拭き用の紙をコイフ前のローテーブルにおいてあげる。

「あうっ! 」

ライチのような果物は厚い皮をむくと水気をふんだんに含んだ果汁が飛んだ。白い果肉がつるりと顔を出す。


フィオナは(ちっちゃい口と前足で果物食べてるうさぎさんかわいー♡)と内心ニマニマしていた。


「なんか決まりがあって、今の両親の傍にいなきゃいけないって言われてたんだ、だから……姿と身分を変えて王都に密入国してる感じです……」

フィオナは説明しながら、最後の方は小声になっていった。

そのあと「これ内緒にしてね♪今の私は苗字なしのただのフィオナだからね」とコイフに伝えた。


「なるほどなのよ……魔法学校を卒業したら卒業証書って身分証が手に入るものね、それにわたしはフィーたんの前の苗字も今の苗字も知らないのよ」

コイフはいたずらっ子みたいにウィンクした。

「ホント、秘密でお願いしまーす」

「わかったから、その低姿勢と敬語をやめるなのよ、好きじゃないわ」

「うん」

フィオナは頷いた。



「コイフは転生した後どうだったの?」


フィオナの問いかけにコイフは思い出すように説明を始めた。

「わたしは3歳になるまで記憶が戻らなかったのよ、たぶん兎人うさひとと他の人族との違いかもしれないのよ」


「わたしは夢で前世の事を思い出したの、だから3歳までのわたしに前世の記憶が合体したから、フィーたんほど詳細に覚えてないなのよ」

「えっそんな……私達の思い出とか、忘れちゃったの⁉ 」

フィオナはショックで顔が青ざめた。

「それがね、不思議なのよ、フィーたんとこうして話していると色んなことを思い出すの、まるで前から知ってたみたいに」

そしてコイフはフィオナの好きだった歌を歌い出した。



それは癖の強いアニメのOP曲だった。


「なんでそれ歌い出したの……」

フィオナはげっそりした。

「え、フィーたん好きだったのよ? このあーてぃすと」

コイフは耳を揺らしながら首を傾けた。

「アーティストは好きだけどその曲はそんな好きじゃないんだ…むしろコイフが好きだったんじゃないの……? 」

「そんな気がするのよ」

とコイフはけたけた笑いながら2つ目のライチもどきに戻った。


「ライチも好きだったよね……」

「今でも好きなのよ」

「……私にとってコイフは大大大親友なの、これからは、昔みたいに仲良くしてくれる? 」

フィオナは涙をにじませながら言った。

「あいかわらず内弁慶で人見知りなのよ、わたしにとってもフィーたんは一番の親友よ、フィーたんに会う為にすっごく頑張って王都に来たんだから話を聞いて欲しいのよ」

「本当、良かった! 話聞くよ! 」

たちまちフィオナは笑顔になった。

コイフは今までをフィオナに話し始めた。




「……で、フィーたんを探さなきゃって事は覚えてたのよ、絶対に王都の魔法学校に行くんだって一生懸命ガリ勉したのよ! 」

「うう、私の為に本当ありがとう」

フィオナは話を聞きながら泣いて嗚咽をもらしている。

「フィーたん泣きすぎなのよ」

「コイフも私の事を想ってくれてたのがうれしくって……」

フィオナは涙を拭く為に、紙を目元に押さえつけた。

「フィーたんに会うためだからわたしのためでもあるなのよ」

「えーん、ありがとぉー」

フィオナはびゃーびゃー泣き出した。


「会えなくてとっても寂しかったー! 」

「そうね…フィーたんは赤ちゃんの頃から記憶持ちで11年過ごしたのだもの、すっごく寂しかったと思うのよ」

コイフは泣いてるフィオナを抱きしめた


もふ……とコイフのほっぺやマフがフィオナに押し付けられた。


「にゃあわわ良い毛並みに涙と鼻水づぐううううう‼ 」

フィオナはコイフを汚さない様に顔をそらした。


「そんなもの拭けばいいのよ! 」

ぐいっ!とコイフはフィオナを抱きしめた。

「私、もふりは前世ぶりなのおぉぉぉぉおお‼‼‼ ああああ兎さん独特の肌触りぃ~ふわっふわ~‼‼‼‼‼‼ 」

フィオナは泣きながらコイフの毛並みに感動して混乱した。




「落ち着いたのよ? 」

コイフは泣きじゃくっていた親友のフィオナを優しくなでた。

「落ち着いたけど、精神安定の為にもう少しむぎゅーってハグしてていいですか⁉ 」

「じゃあその籠からバナナとってなの」

「はい」

すぐさまフィオナは傍の籠からバナナを取りコイフに渡した。

フィオナの頭のすぐ上からもちゃもちゃ咀嚼音がする。

「コイフちっちゃくなったねぇ、私が屈まないとハグできないよ」


悲しい時よくハグしてもらったものだとフィオナは思い出す。

前世のフィオナには家族と呼べる頼れる存在がコイフだった。


「ところでなのよって語尾は何? 」

フィオナがぼんやりコイフに聞いた。

「なのよは方言みたいなものなのよ! かわいいのよ! 」

コイフは胸をはった。

「人国語は……フィーたんにはどういう風に聞こえてるのかしら? たぶん兎人の口の構造上うまく発音出来てない音もあるから、舌足らずに聞こえてると思うのよ? 」


兎人族では人国語で発音できない部分があり、ネイティブ話者からは子供のような舌足らずの発音に感じる。


「とっても可愛らしいよ! 兎人族は違う言語だったの? 」

「なのよ、人国語、一生懸命覚えたのよ」

コイフはまたもやエッヘンと胸をはった。


「凄い頑張ったんだね、私は大の田舎育ちだから訛りとかあるかもなぁ」

「フィーたんのお家は田舎にあるの? 」

「うん、地理の勉強で使った地図あるから見せるね! 」


ぱっとフィオナはコイフから離れて向こうの部屋へ向かい、すぐ戻って来て引っ張り出してきた地図をローテーブルに広げた。

応接室からドアを開けると向こうの窓から星空が見えた。


「地図には田舎過ぎるのか載ってないけど、この町からこのくらい山を下りたから……わからないけど、この山一帯のどこかだよ」

と、フィオナは地図に描かれた北方の山脈をぐるっと指さした。

「あ、でも他の人には村の場所は秘密かも……秘密にしてね、コイフ」

「フィーたんは秘密が多いのね、わかったのよ、内緒なの」

「うーん、普通に生きてただけなのになぁ……今度の長期休暇、実家に連れてくね! 」

「楽しみなのよ! 」

コイフとフィオナはにこにこほほ笑んだ。




「日が落ちたから寮に帰るのよ、ごちそうさまなのよ」

コイフは掃き出し窓を開けた。冷たい風が吹き込んでくる。

コイフは入館証をポイっとフィオナに渡した。

「そうだわフィーたん! いい? あんなふうに金貨を出して置いちゃダメなのよ! 札束をレジに積むみたいな事なのよ! いくらフィーたんが強くてもダメな物はダメなのよ! 」

コイフは窓を開けて浮遊しながら言った。

「送ってくよ、貴族なんでしょ? 」

フィオナも窓からついて行ようとする。

「暗くなっちゃうから来なくていいのよ、わたし薬局で働いてたからぜーんぜんへっちゃらなのよ」

「ほんと? 死なない? 」

「浮いてるだけで死ぬんなら王都は相当治安の悪い場所なのよ! もういくのよ、また明日ねフィーたん! 」

「あ、また明日ー! 」

コイフは夜空を飛んでびゅーんとあっという間に貴族寮の方へ去ってしまった。


そうしてふたりはフィオナの下宿の窓で別れた。




________


試験が終わり緊張の糸が切れたフィオナは、ぐっすり深く眠ってあっという間に次の日になった。



コン、コン、コン、コン


窓を叩く音にフィオナは目を覚ました。


音の方へ向かう。

掃き出し窓の方から音がするので、フィオナは勇気をだして窓のカーテンを開いた。


「フィーたん、朝なのよ」

コイフがベランダにいた。

黄色麻に花の刺繍のワンピースだ。

どうやらコイフは寮の受付を通るのが面倒なようだ、とフィオナは思った。


「びっくりした、コイフか」

掃き出し窓の鍵を開錠してコイフを招き入れた。

「ふぁーコイフ朝早いね……」

フィオナは眠かったがコイフが来てくれるのは嬉しかった。


「フィーたん一緒に朝ごはん食べましょー」

「あー、ラウンジで食べに行く? 」

「それより、もっと軽いもので良いなのよ……」

コイフはそわそわしだした。

「……冷蔵庫に昨日の果物の残りが入ってるよ」

「いただくのよ! 」

コイフの目がきらりんと輝き嬉しそうに見えた。

昨日の果物が気に入ったのだろう。

フィオナに案内されてダイニングルームに行く。




ダイニングチェアにコイフを座らせ、隣の部屋にフィオナは向かう。

冷蔵庫と呼んでいる食品保冷庫から、果物や頂いたチーズ、おつまみと飲料水を持ってきてコイフの前に置いた。


「大皿あるけど洗うの面倒だからランチョンマットに直置きで良い? 」

「かまわないのよ、いただきますなの! 」

手拭き紙を使いながらコイフは嬉しそうにフルーツを食べ始めた。

フィオナはフルーツナイフを食器棚から取り出し、それを受け取ってコイフは器用に使う。


「あ、これはチーズなのよ! 」

包装を向いて現れた高級チーズにコイフが感動した。

「私それ苦手だから良かったら全部もらってほしい」

「喜んでなのよ! おいしーなの」


青カビチーズや特別香りの強いチーズをコイフは嬉しそうに食べた。

チーズもコイフの前世からの好物だ。

「お姫様なんだし、良い物食べてるのでは? 」

フィオナが聞く。

「こうやって気兼ねない場所でのんびり高級な物を食べるから美味しいのよ、それに豪華なご馳走が出る時なんて社交の場だからマナーや会話に忙しくて食べそびれるのよ」

コイフは王城で食べそびれた料理を想って耳が垂れた。

「大変なんだね……いっぱいお食べコイフ! 」

「合点なのよー! 」

コイフとフィーはたのしい朝食をとった。



「そういえばコイフは制服もう決めた? 」


フィオナはコイフに、魔法学校の制服について聞いた。

魔法学校指定の制服は何種類かあり、学生は必ず身に付けなければいけない。

決まった制服の上着さえ着ていれば、あとは常識の範囲内で自由なのだ。


「うちはとっくに仕立て屋さんに依頼しちゃったのよ」

コイフが言った。

「そうなんだ、どのデザインにしたの? 」

「内緒よ、うふふ、わたしはどんな風に制服着るかももう決めてあるなのよ」

コイフがクスクスと笑った。

「えー、どう着るの? 」

「秘密なのよ、その時見せるのよ」

「わかった楽しみにしてるね、私は制服まだ決めてないからさ、一緒にカタログ見て選んでよ」

フィオナが誘ったが、コイフは首を振った。


「ごめんなさいなのよ、わたしはこれから城下町に用事があるなの、これ食べたらもう出るのよ」

「えーそっかー、残念だけど、嬉しかったからまた来てね! 」

「もちろんなのよ! 帰りにまた寄るのよ、わたしもフィーたんに会いたかったのよ」


食後に流しで身づくろいをして、バイバイとコイフは小さい手を振って掃き出し窓から出かけて行った。




「あっという間に行っちゃった…、そうだ、両親に伝えなくちゃ」

フィオナは寝台においてあるイヤーカフを付けて両親と連絡を取った。


「もしもし? 」

「はいはい聞こえてるよフィーたん! 昨日試験日だったでしょ⁉ ずっとヴェラと連絡待ってたんだよー! 」

レギアスの声が聞こえて、背後の方から「え、フィーちゃん⁉ 」というヴェラの声が聞こえる。

「わーそうだったんだ、ごめん! 」

フィオナは慌てて謝罪した。

「で、で、どうだったの⁉ 」

レギアスが先を促す。


「……受かりました――――‼‼‼!‼ 」

いっとき間をおいて告げた。

するとパチパチパチと両親が祝福してくれる音が聞こえた。


「おめでとうフィーちゃん! 勉強頑張ったわねー! 」

「ほんとおめでとうー! お祝い何が良い? もう寮は決まったのかな、新しい住所教えてね」

「ありがとう! それからね、それからね、探してた親友にも会えたんだよ! 」

祝福モードでわちゃわちゃしている両親の会話に食い込むようにフィオナは言った。


「え、親友ちゃんに会えたの!? すごいじゃない! 入学してから頑張って探す予定だったのよね? 」

「そうなんだよ! 凄い偶然なんだけど、たまたま知り合った子がその子だったの! やっぱり兎人族のダッチ柄だったよ! 2人とも協力してくれてありがとうね! すごく嬉しかったんだよ! 」

「良かったわねぇ、私も嬉しいわフィーちゃん! 」

「うん!」


しばらくロード一家で賑やかにおしゃべりは続いた。




フィオナは顔を洗い、パジャマから外着に着替える。

白のブラウスにジーンズ生地の短パンサロペット、まだ肌寒いので下にスパッツを履く。

今日は自分が入る予定の寮を見に行くつもりだ。

寮関係の書類や下宿ではもう使わないだろう荷物を皮のリュックに詰めた。


準備が終わったらラウンジに向かう。

さきほどコイフと食べた余りものでは足りなかったのだ。


手早く食事を済ませ、空を飛んで王都魔法学校の寮方面へ向かった。




空を飛んでしまえばあっという間だ。

魔法学校の正門を通り自分の寮へ向かう。


舗装された道に沿って植木や花壇が並んでいる。

敷地内は広大で公園や広場、商店が見え、ちょっとした町の様だ。


フィオナが歩いている途中、木々や花を手入れしている庭師の姿を見かけた。

花には蝶や虫が花粉を狙って集まっており、フィオナに気付いた妖精達が集まって来る。


分かれ道にさしかかり、木製で可愛くもおしゃれな装飾がされた案内板が建てられていた。

それをフィオナは確認する。

「私の寮の名前は『オリーブ館』、こっちだね」




フィオナの寮棟は貴族寮から大きな庭を挟んで隣にある、一般寮の中で少しランクが高い寮であった。


『オリーブ館』は一見富豪の館の様であった。

大きく造られた玄関、装飾のついた見事な柱がある。

古い建物を建て増ししたのか、部分的に近代的なコンクリート建築と昔ながらのレンガと漆喰の建築が融合している。

屋根は名の通りオリーブ色だ。

漆喰は生成り色、煉瓦は焦げ茶色。コンクリート部分は白色である。


フィオナはオリーブ館に着いて、大きな緑色の玄関ドアを開けた。

妖精達は館の中まではついてこないようだ。




中は広めの廊下が続いており、傍の受付にチャイム用のボタンがあったのでそれを押した。

するとボタンと繋がって壁に取り付けられた筒が並んだ機械からカリヨンのような音楽が流れた。


「どなたでございましょうか? 」

シックな緑のドレスを着た年配の女性が出てきてフィオナに声をかけた。

白髪混じりの髪をすっきり後ろで結い上げた上品ながら厳めしい雰囲気の女性だった。


「初めまして、今年からお世話になります、フィオナと申します」

礼をしてリュックから寮契約の書類を女性に見せた。


書類を受け取り確認して、「はい、確かに」と女性は言った。


「フィオナさんね、初めまして、私は寮長のマキ・タネスです、よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします」

受付の人と挨拶を交わした。


マキ寮長は受付の向こう側に回り、フィオナにもろもろの書類を渡した。

フィオナはそれら書類にサインして館内の説明を受ける。


マキさん夫婦がこの館を管理しており、1階の離れに他の使用人達と住んでいるそうだ。



厨房と食堂が1階にありそこで毎日朝夕食事が出る。

昼は調理場を使って自炊するもよし、学校敷地内にあるレストランで食事もできる。

授業が始まれば学舎にある食堂でお昼がとれるようになるそうだ。


洗濯物は1階のリネン室で自分で洗濯出来るし、業者に朝のうちに頼めば夜に洗濯済みの状態で帰って来る。


ささやかな談話室が一階にあり、同じ寮生と会話したりするのに使える。


マキがフィオナに地図を渡し、学校敷地内にある大図書館と有料の大浴場の場所、生活に必要な雑貨屋や食品の買える店の場所を教えてくれた。



「フィオナさんは、車や愛玩動物を所有しておりますか? 」

マキ寮長が訊ねる。

「いえ、持っていないです」

「そうでしたか、もしお持ちになった場合はこちらに申請する必要がございますので覚えておいてくださいね、厩もございますからね」

「はぁ、わかりました」

フィオナは車や馬を持ったことがないのであいまいに返事した。

渡された申請書によると愛玩動物と車の大きさに決まりがあるようだった。


「説明はこんなところですね、またなにかあればいつでもご相談くださいませ、さてフィオナさんの部屋番号は……」



書類を確認してぴたっとマキ寮長は動きを止めた。



「……? あの、何か……? 」

心配になりフィオナは訊ねた。

「いえ、問題ございません、なにかあればご相談ください」

「はい……? 」

マキは未開封の箱から鍵を取り出してフィオナに渡した。

塾で使っていたゴールドカードのような板状の鍵だ。

これで『オリーブ館』の寮生だと証明にも使えるらしい。


フィオナはこれを心の中で『オリーブカード』と名付けた。




鍵と書類を受け取ったので、フィオナはマキ寮長に案内されて、手すりの付いた見事な螺旋階段で2階にあがった。


「寮は4階建てで、階ごとに男女部屋が別れております、フィオナさんは2階です」




2階につくといっそう辺りが静かになった気がした。そして少し薄暗いなとフィオナは感じた。

(防音がしっかりしてるのかな? 1階からの物音も聞こえてこないや)

フィオナはぼんやり思った。


ふたりは寮の中を歩いて行く。


螺旋階段から廊下が伸びて左右に金属のドアが並んでいる。


廊下の途中や突き当りに窓があり昼の陽光が差し込んでいた。

壁には絵画とアンティークなデザインの魔道具室内灯が間隔を開けて設置されている。

床には絨毯がしかれていた。

(洋館みたいに豪華だ、なんだかお金持ちの客人になった気分)

フィオナはこれからの生活が少し楽しみになった。

マキ寮長に聞くとやはり昔は個人の邸宅として使われていて、大学寮として使う為あちこち改装したのだという。



目的の部屋番号は階段からすぐの所だった。

金属ドアに金の縁取りで数字が彫られている。

鍵を開錠してドアを開けた。

ドアは少し重かった。



入ってすぐ左側と正面にドアがあった。

傍らにある木製の靴箱はブーツも入りそうだ


左側のドアを開けると化粧室兼脱衣所になっており、奥のドアの先はトイレと浴室がある広めの部屋だった。


靴箱のある入り口に戻り、正面のドアを開けるとメインの部屋があった。

賃料が高いだけあり広い。10畳はあるだろうか。

奥に伸びた横長の部屋で、視界を遮るパーテーションが建てられている。


手前に客を迎える為か2脚の椅子と小ぶりのテーブル、壁際には食器棚があった。

パーテーションの奥にはベットフレーム、勉強机、棚、衣装棚等の大型家具が備え付けられていた。


マキがメイン部屋にある厚手のカーテンを開ける。

そこには掃き出し窓がありベランダに続いていた。

窓を開け外に出る。


ベランダは金属製の高い柵で囲まれ隣室のベランダが少し向こうに見える。

ジャンプして隣室に行くのは無理そうだ。

柵越しに空のプランターが横付けされており花を植えたら素敵そうだ。


ベランダから学校敷地内が見渡せる。

手入れされた花や木々、遠くに見える何かの建物、背の高い木が複数生えてる向こうには貴族寮の屋根が少し見えた。

柵の向こうは地面ではなく1階の屋根だった。


景色を確認してメイン部屋に戻る。


ベットのシーツやその他生活に必要なもろもろは寮で貸し出してるものもあるし、自分で用意するのも自由だそうだ。

フィオナはマキ寮長から近くで買えるベットシーツなど大きな物を扱っているお店の場所を教えてもらった。



説明と案内を終えてマキ寮長は1階へ下りて行った。



ひとり部屋に残りフィオナは寮のパンフレットをパラパラ見た。

「ほかに必要なものは……っと」


学問に専念してもらう為の寮なので、十分衣食住に困らないよう配慮されていた。


フィオナは一通り部屋を見て回り、足りないものをメモしていく。

幸い下宿先の私物を持ってくればほとんど新しく買う必要はなさそうだ。

(むしろ荷物減らす方が大変かも)

ゴールドカードのサービスでも貰ったいろいろなペンケースやなんやらの雑貨が下宿部屋に一杯あるのだ。


持ってきた荷物を下ろし、カギ閉めをしてフィオナは部屋を出た。




1階に下りると日常の雑音が戻ってきた。

フィオナは受付に戻り、鍵を返した。




塾の下宿へ帰る途中、フィオナは銀行に寄っていく。

別れ際にロード夫妻からフィオナ用の口座を渡されていたのだ。


「フィオナが今後生きていくための生活費を入れておいた、何かあれば使ってくれ」と渡された物で、下宿生活始めたばかりの頃に口座額を確認してみたことがあった。

中には……本当に一生分の生活費が入っていた!


フィオナは「パネェ」とロード夫妻の事を想っている。



そんな訳で金銭的な心配の無いフィオナは当分は口座のお金にお世話になるつもりだ。

入学式までに支払うもろもろの支払いを済ませた。

寮の1年分の生活及び光熱費も払う。

最後に手元にもまとまったお金を引き出しておいた。




下宿に帰ると部屋の前に『入寮の際の梱包お届けサービス』と書かれた書類と一緒に、梱包用の木箱や厚手の紙(段ボールに似ている)や荷造りに必要な雑貨が届いていた。


書類によると、塾からフィオナへ魔法学校の寮へ送る為の荷造り道具のプレゼントの旨と、宅配の手続き方法の説明書があった。


梱包が面倒な場合は配送スタッフが一緒に荷造りを手伝ってくれるサービスもあるらしい。

とにかく全部梱包が済めば指定の寮部屋まで宅配してくれるそうだ。

さすがゴールドカード、至れり尽くせりである。


ひとまずフィオナは寮へ送るものを木箱に投げ入れていった。

いらないものはゴミ箱へ。

入らない大きなゴミはその隣に置いていく。

いらないものはそれ用の箱を用意され、それに入れて下宿部屋に置いておけば後は勝手に処分してくれるらしい。

ありがたい話だ。


そして当日まで送らないリストも紙にメモしていった。


________


コイフは、いつもの刺繍の入った私服と薬作りの行李を背負って、ぽてぽてと昼前の街を歩いていた。



鼻をひくひくさせながら薬草の匂いを探す。

「うーん、馬糞くちゃくてわかりづらいのよ」

コイフはバイト先たる薬局を探していた。


ワイバーン便で補助金が出るお知らせは届いていたけれど、コイフは調薬の腕を鈍らせたくなかったし、なにより自分で自由に使えるお金が欲しかったのだ。




大通りから民家のある方へ入っていく。

貴族街の方の薬局で働いていたら大使館の人達にバレてしまうから下町の住宅街を散策していた。


初めて見る人国の家は大体四角くって、ドアや窓、バルコニーなどの形は様々だった。

「石を組み上げて、上から漆喰を塗っているのかしら? 異国情緒なのよ~! 」

道を子供が駆けてくる。

犬耳のヒト族と鰐人族わにひとぞくとヒト族が鞠を蹴って遊んでいる。

人族の奥さんと猫人族ねこひとぞくの奥さんが一緒に買い物をしている。

「ふあぁ、なんだか素敵なのよ、日当たりも良いし良い所なのよ! 」



角を二回ほど曲がるとようやく薬草を煎じている匂いがした。

コイフはその方向に向かっていく。

通りの一角に、美しく蔦の張った赤レンガの店舗を見つけた。

『蔦薬局』と書かれた看板も蔦でぐるぐる巻きになっていた。


コイフは薬の匂いがするその店舗に近づいて隠れた。



「あら、お隣の奥さん! おじいちゃんの風邪はもう治った? のど薬? ええあるわ、ちょっと待っててちょうだいね」

楽しそうな女将さんの声が聞こえる。

「はいお待たせ、湿布と傷薬だよ、お前さん派手に転んだなぁ! 塗ってやるから見せてみろ」

ハツラツとした旦那さんの声が聞こえる。


コイフは耳をピンと立てて聞いた、そして鼻を引くつかせる。

(煎じ薬の良い匂い、焦げの匂いはしないのよ、それから薬草のドライフラワーも古くないのよ、薬をすりつぶす音もきれい……うん、とっても良いお店だわ! )

そうしてぴょこんと店舗の前に立った。

だって裏口が無かったのだもの!



「こんにちは」

「あらあらかわいらしいお嬢さん、この辺りで見かけない顔ねぇ」

女将さんは恰幅が良くて、笑い皺がある40代くらいの女性だ。

「うーんと、ウサヒトさんかい? ここは薬局だよ」

旦那さんは痩せ気味の男性でグレーヘアーだ。

「そうなの…よ! 兎人うさひとのコイフといいます! 今年魔法学校に入学したんです、お休みの時に働かせてもらえる薬局を探しているんです」

「職探しかい! お嬢ちゃんいくつだね? 」

「11歳です、成人済みで、故郷では2年薬局で働いていました、ここでお仕事させていただけませんか?」

コイフは背負っていた行李を地面に置いて、自分で作った薬の袋を差し出した。

「わたしの作ったお薬です、見てください」

コイフは人国流のお辞儀をした。


「どれどれ、うん、上手だねぇ」

女将さんが薬包紙を開けて嗅いだり舐めたりしてから言った。


「いいのかい? ウサヒトのお嬢ちゃん、ウチより良い店はプロムナードに行けばいっぱいあるよ? 」

旦那さんは壁に貼ってある地図を指して薬局の場所を教えてくれた。


「ここがいいんです、だって色んな人と親しくなれそうなのよ」

「そういうことならここで働いてみるかい? この辺一帯の住人の顔と名前は憶えてもらうことになるよ」

コイフは女将さんの言葉に喜んで飛び跳ねた。

「わぁ! はい! 働きます! 嬉しいのよ! 」

「じゃあ今日からちょっと入ってみようか? 」

「はい! お願いしますなのよ! どこで白衣に着替えたら良いですか? 」

「この奥に階段があるから、そこをコイフちゃんの荷棚にしようかね」


「おお、棚ならちょうど良いのがある、コイフちゃん? 一緒においで」

女将さんの言葉に旦那さんがドアを開けて招き入れてくれた。

「はい、お手伝いしますなのよ! 」

コイフは嬉しくって一緒に部屋にお邪魔した。




「一階が店舗、二階が家だ、ちょっと上がって来られるかい? 」

初めて入るヒト族の家は何もかもが大きい。

階段を跳ねるように上がって、旦那さんの後ろについて開かれたドアを潜る。


「わぁ! わぁ! 素敵なのよ……! 」

白いタイル貼りの床に灰色の絨毯が敷かれ、オレンジ色の木の天井に梁、同じ木で作られた家具。黄色に塗られた壁、テラスのある広い窓。

生活感があって、でもきちんと片付けられている。


「これがコイフちゃんの棚、今日はこれを拭くところからお願いしようかな」

上に引き戸が付いている棚だった、小さくって可愛らしくって、コイフのサイズにぴったりだ。

「ありがとうございますなのよ、旦那さん! 」

コイフがお礼を言ったら旦那さんは照れてしまった。


階段を下りた踊り場がコイフの専用スペースになったらしい。

コイフは最初の仕事、棚磨きにせいを出すのであった。





薬局の前の掃除や、常連さんに顔合わせをしてこの日のバイトは終わった。

「お疲れ様でしたのよー! 」

「はい、お疲れ様コイフちゃん、次もよろしくね」

「はいなのよ! 学校が始まったらシフトを提出します」

「シフトね、はい、待ってるよ」


薬局のご夫婦に半ば孫扱いされながらも、コイフは初出勤をこなして帰路に就いた。




ぽてぽてと歩いて夕暮れの、晩御飯の匂いがする街を歩いて寮に帰ってきた。

行李を下ろして。くぅ、と鳴るお腹に気が付いた。

「夕飯はフィーたんと食べたいのよ、でもまだフィーたんは下宿だし……はっ! 閃いちゃったのよ! 」


コイフは重大な事を思い出して、服を脱ぎ捨てるとドレスに着替えた。



「制服! そうよ、婦長のイライザが引換券を持って行ってる筈だから、受け取りにいくのよ! 」

コイフは嬉しさの余りクルクルと回った。

「制服楽しみだわ! 人国の服もとっても素敵なのを買ってもらったのよ! わくわくなのよー! 」

そのまま窓から飛び出すと、夕空の下一番プロムナードの仕立て屋さんに飛んで行った。




「こんばんは、お仕立てをお願いしていた制服を取りに来ました」

コイフがひとりで店に入ると店員が飛んで来た。

東兎人国ひがしうさひとくに王女様でお間違いないですか? 」

「ええ、遅くなってごめんなさいね」

「いいえ、お待ちしておりました、フィッティングルームへどうぞ」

コイフは共も付けず、ひとりでしずしずと店内を歩いて行く。

これが東兎人国王女の普通だ。

御供なんて上の兄弟姉妹にしか付かないものだ。


「いかがでしょう? 注文通り作りましたが……」

ローブを大きくはだけさせて着る様子を見て店員がオロオロする、コイフは自慢げに、フードの真下でリボンベルトを結わった。

「どうでしょう? 」

コイフが店員に尋ねる。

「おお! なるほど、ドレッシーですな! 」

ずっとこうして制服を着るのを夢見ていたのだ、兎人うさひとの体に合わせたこの着こなしには自信がある。

「うれしい、注文通り作ってくれてありがとうございます、躊躇したでしょうに」

「いえいえ! 採寸時から注文は承っておりましたので! 」

店員が明らかにホッとした顔で言った。

制服の三角帽子も受け取ってコイフは、店を出た。




その足で今度はワンピースを作った店まで飛んで行った。




「こんばんは、夜分に失礼します」

「いらっしゃいませ東兎人国王女様、ご来店を心待ちにしておりました」

「えぇ、私も楽しみでしょうがありませんでした」

コイフはにっこり笑う。

店員のおじいさんも口髭を上げてにっこり笑った。

「私たちも兎人族の服を作るのは初めてでしたから、とても楽しませていただきましたよ」


コイフの前に2枚のドレスワンピースが並べられた。

コイフが一目ぼれした黒のブラウスワンピースと、おまけに貰ったサマーカジュアルワンピースだ。

「まぁ! とってもかわいいわ! うれしいわ、フィッティングしてもいいかしら? 」

「はいどうぞ」

店員のおじいさんがフィッティングルームまで導いてくれる。


コイフはフィッティングルームでまずマリンスタイルのサマーカジュアルワンピースを着た。

「ぴったりだわ! 動きやすいし、着心地も素敵! 」

撮影魔法で自撮りを何枚も撮ってから(撮影魔法用の紙はサービスで置いてあった)、本命のブラウスワンピースに着替えた。



「わぁ……! 」

鏡の中の自分を見た瞬間、感動で声も出なくなった。


艶があって、でもしっとりとした黒いワンピース。

フリルやレースがふんだんにあしらわれた、柔らかい白いブラウス。


「本当に素敵だわ……! ほんとうに……! 」

ダッチ柄の自分を思わせるような色組のブラウスワンピースをコイフは大層気に入った。


フィッティングルームから出て、店員の前でくるりと回って見せる。

「どうかしら? 」

「とてもよくお似合いです、我々職人冥利に尽きます」

「ありがとう、着て帰っても良いかしら? 」

「もちろん! またいらしてくださいますか? 」

「ええ、もちろんなのよ! 」


コイフはブラウスワンピースの上に制服のローブを羽織って、三角帽子の耳出し穴から耳を出して、すっかり魔法学校の学生さんになる。

「ありがとう、おやすみなさい」

「はい、ありがとうございました」


おじいさんの店員さんに見送られ、コイフは夜空を舞うように飛ぶ。




「夜風が気持ち良いわ! 嬉しいのよ! わたしついに魔法学校の学生になったのよ! 」

そして、その足で親友の住む下宿に向かった。




コンコンと窓がノックされる。

フィオナは2回目のノックで窓を開けてみた。

「やっぱりコイフだった! 」

「フィーたん! 見て見て、制服出来たのよ! 素敵でしょう」

コイフは招かれた部屋でくるりと回ってみせる。

「おおー! 似合ってるよ! 」


コイフはそのまま部屋の中で浮かんでいる。

「フィーたんご飯奢って! バイト先が決まったの! 」

「おめでと! いいよ、行こ! 」

「あるものでいいのよ? 」

「果物とかでしょ? それもあるけど」

フィオナはラウンジのメニューが書かれた紙きれを魔法で手元に引き寄せた。


「食事取り寄せるよ、そしたらコイフも気兼ねなく食べられるでしょ? 」

「やった! ありがとなのよフィーたん! 」

コイフは新品の靴を脱いでフィオナの部屋の絨毯のふかふかを楽しんだ。



フィオナが取り寄せた食事は野菜多めにした。

コイフはサラダに乗っていたローストビーフも綺麗にフォークで食べた。

食器はフィオナが市場で買っておいた格安の物だ。

フィオナは絶対に高級銀食器を使いたくないのだ。


「兎人族ってお肉も食べれるんだねぇ」

「そりゃあ兎『人』族だからなのよ、お肉だって大好きだわ」

コイフはほっぺに頬張ったお肉を飲み込んでから言った。

「生前もお肉好きだったから、今世でも一緒にいろんなご飯を食べようね」

フィオナもニコニコしながら肉塊を頬張った。

「フィーたんは昔より肉好きになった気がするなのよ」

「なんかこの世界の肉って美味しんだよねー」

「育ち盛りには良い事なのよ」


和気あいあいとふたりで食卓を囲んだ。


料理の後はコイフの為に注文した人参ケーキを一緒に食べる。

「あああ美味しいのよ~甘いのよ~」

コイフは幸せそうだ。


「コイフってもう成人してるんだっけ? 」

フィオナは以前調べた兎人族の知識を思い出して聞いた。

「去年成人したのよ、立派な大人なのよ~」

コイフはマフを反らせてドヤった。


「お祝いだし、ワインがあるんだけどいる?」

フィオナはサービスでワインを貰っていた事を思い出して言った。

「せっかくだから、フィーたんの引っ越し祝いに飲みましょう、私が解毒魔法かけてあげるのよ」

「嬉しいけど、私はまだ未成年だからいらないよ、今日はコイフのお祝いでしょ」

「……むぅ~……一人で飲むのは寂しいからいらないわ、それにフィーたん冷蔵庫にあるお酒入りのお菓子諦められるの⁉ 」

コイフが前のめりにフィオナに聞く。

「うー確かに私もお酒を楽しみたい! ……じゃあ、ワインは成人するまで保管しとくよ、でもお菓子は痛むからあげる! 」

「うん、それなら持って帰るわ」


こうしてコイフとフィオナふたりの、王都『メニード』での夜は更けていった。

コイフは空を飛んで窓から寮に帰った。

これが入寮までふたりの日常のルーティーンになるのだった。


次回は3月7日の更新です。

誤字報告ありがとうございます、助かります。

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