⑤再会
次回は29日の投稿です
➄11歳春 再会
コイフがメイド2人に案内されて着いたのは、王都イチ大きな魔道具屋だ。
グレーのタイルには白い目地がしっかりと塗りこめられ、赤茶色の巨大な門飾りに、王都では珍しい総ガラスのドアだ。
コイフは驚愕して足を止めてしまう。
「どうしましたの? コイフ様」
メイドブランシェの言葉も耳に入らない程の驚きだ、ここはそう、まさしく…。
(世〇堂なのよ! 新宿世〇堂本店にそっくりなのよ‼ 前世の変な記憶が蘇るのよぉぉぉ…‼ )
コイフは頭痛に耳をふさいで立ち止まってしまう。
「コイフ様? 」
「…な、なんでもないのよ…ちょっと頭痛がしただけ…大丈夫なの…」
コイフは何とか立ち直って、ガラスの扉を押す。
コイフはここでしか売っていない入学セットを買わないといけないのだ。
「なのよっ⁉ 」
「きゃぁ! 」
「ひぇっ! 」
三人がつっかえる。
世〇堂によく似た魔道具屋のドアは回転扉だった。
「いらっしゃいませ東兎人国大使館の皆さま」
魔織布のエプロンをした人族の店員がコイフ達に近づいてきた。
「魔法学校の試験用品と入学用品を一式くださいませ」
婦長のイライザが一歩前に出て言う。
「こちらのご令嬢様がご利用される物でしょうか? 」
店員の言葉にコイフの姿勢が伸びる。
「はい、こちらのコイフ様は東兎人国王女であらせられます」
婦長のイライザの言葉に、コイフは浅く、失礼にならないような礼をしてほほ笑んで言った。
「案内よろしくお願いしますしますわ」
三人は5階まで魔導昇降機というもので上がった。見た目は完全に古い蛇腹ドアのエレベーターだった。
(エレベーターのエレだって電動って意味だものね…)とコイフはひとり、ファンタジーあるある『魔導〇〇』ネーミングについて納得していた。
「便利な箱ですねコイフ様! 」
魔導昇降機を下りて、メイドのブランシェが感動して言う。
それを諫める余裕もないように婦長のイザベラが景色の変わった廊下を不思議そうに何度も見ていた。
「ええとても面白いわ」
と、コイフもにっこりご満悦というような表情をした。
店員がドヤっとして言う。
「わが社の開発した魔道具です、まだ世界でここだけですよ! 」
メイドのブランシェも婦長のイライザも「まぁ! 」と声を上げる。
コイフもにっこり微笑む。
淑女は店員相手に必要以上喋ってはいけないのだ、大変に面倒くさい。
ふっかふかの絨毯を踏んで辿り着いたのは応接室だ。
ここで買い物をして、清算の間にコイフだけ貴賓室に通され社交をしなければいけない。
(仕方ないなの…兎人の貴族の宿命なのよ…)
どんよりとした気持ちでコイフは通された部屋を見渡す。
テーブルに椅子に大きな窓、商品棚と高い天井。
クリーム色の壁紙にはモスグリーンのアイビー柄が描かれていて、右側にオーク材の木目が美しい大棚が1つ。
正面はガラス窓でモスグリーンの緞帳がかかっている。
四方の柱も背中側のドアも暗いオーク材の茶色なのに、日光できらめく室内では圧迫感を感じない。
天井は人族用にしても高く、嫌味にならない程度のシャンデリア照明があるが、日中なので点けずとも明るい。
一歩ふみだせばまた絨毯、クリーム色でふかふかだ。
コイフは青い宝石の埋められた、壁と同じ柄の椅子に腰かける。
全員が着席した。
「では王女様、試験道具一式と教科書はこちらに用意してございます、まずは過去に出題された問題を集めた本はいかがでしょう? 」
棚に並んだ真っ赤なボール紙の表紙を見て、コイフは(赤本だわ…)と思った。
コイフは黙って頷く。貴人はこういう時も話してはダメなのだ。
「いただきます」と婦長が言った。
「次に魔石、魔織布は指定の物が一袋になっております、これがインクと…、インク壺に羽ペンはこちらが最高級でございます! 」
店員がどやっと、トレーに乗せて出したのは、七色に光る重そうな壺と羽ペンだった。
(く、クジャクの羽なのよ! 羽根部分が大きすぎるのよ! )
コイフは首を振って、「小さなものを…」とだけ言った。
店員は合点がいったように駆け出す。
「大変失礼を致しました、こちらなら気品があり、且つ『お手に馴染む』でしょう」
と小さくて綺麗な白い羽飾りの付いた柘榴のペンを見せてくれた。
よく磨かれているのだろう、オイルの染みた良い木の軸だ。
店員は、コイフの兎人の手が小さいのだと勘違いしたようだ。
コイフはホッとして、こくりと頷いた。
「いただきます」と婦長が言った。
一事が万事その調子で、会計が終わる頃には全員がへとへとになっていた。
帰りの昇降機の中。
「休みたいわ…」
慣れない外交でいっぱいいっぱいになったコイフが言う。
「コイフ様、こちらの店には喫茶室がございますよ! 」
メイドのブランシェの言葉にコイフは被せるように
「行きましょう」と言った。
「ではご案内を! 」と色めき立つ店員に、婦長のイライザが「結構」と短く断りを入れた。
うっとおしい店員を置いてコイフ、メイドのブランシェ、婦長のイライザの3人は逸る気持ちを押さえて優雅に店内を歩く。
一階の入り口から左に入ればオーク木材の焦げ茶色のドアがある。
喫茶室と書かれたそこをメイドのブランシェが開けた。
噎せ返るような珈琲の香り。
「ふわぁあ…! 」
コイフは思わず感動の声を上げた。
カウンターが広い
オーク木材で出来たカウンターは雑貨カウンターと喫茶カウンターに分かれていて、手前の雑貨カウンターの背後には背の高い棚があり、お茶を楽しみながら読み書きするのであろう本やペン、高級なお菓子が飾られる棚や引き出しがある。
その奥が喫茶カウンターで、コーヒーサイフォンがポコポコ煮立って煙を上げている。
料金のやり取りをするであろう場所にも可愛らしい雑貨やお菓子の見本が並んでいる。
温かい風合いの店内には、窓ガラスからサンサンと太陽光が差し込んで明るく、なのにどこか気品がある。
コイフは懐かしさに身震いして感激した。
(カフェよ! 前世ぶりのカフェだわ! すごい、良い香り、素敵なお店! )
奥には数席の貴賓席。
その奥はガラス張りで、一か所だけガラスのドアがあり、テラスに丸太のベンチのボックス席が見える。受験生だろうか、お客さんが数人座っている。
更に奥には生垣と季節の庭。魔法の練習場があって、そこで魔法の練習をしている者もいる。
外に出れば、隣の公園と繋がっていて解放感があるだろう。
「素敵ね、食べて行きましょう、2人も」
「コイフ様そんな」
「よろしいんですか! 」
渋る婦長のイザベラとは反対に、喜ぶメイドのブランシェ。
もちろん別席にはなるが、貴賓の御付きの仕事ならば高い食事を食べても良いのだ。
「えぇ、寂しいから居てくれないと困るのよ」
コイフはにっこり笑う。
それにメイド2人の両手にはコイフの為の荷物がどっしりと乗っている。
馬車にそのまま載せて帰るつもりだったのだが、これでは大使館に送らなければならない。
気遣うのも主人の務めである。
飛んで来た店員に窓際の席に案内され、優雅なお茶の時間が始まった。
まず荷物を馬車まで配達してくれるよう頼む。
お任せでお茶を注文すれば、軽食にお菓子、頼んでないのに出てくる『お心遣い』。
そういうものを食べずに残して店員のおやつに回し、お金は十二分に払うのも貴族の務めだったりする。
まぁメイド達が幸せそうに食事をしているので良いか、とコイフは思った。
食後のお茶を一杯。
ふぅとため息を吐く。
瞬間振り向いた。
窓の向こう、丸太のベンチのボックス席だ。
カフェの片隅から強大な魔力のうねりを感じる、思わずコイフは立ち上がり、見つめてしまっていた。
窓一面を覆う魔力ガス(不発に終わった、変質した魔力であり、空気中で自然に浄化される)に包まれる少女が、大きなため息を吐いて、頭を抱えて机に突っ伏した。
慌てて給仕長が飛んでくる。
「王女様、当魔法塾の下宿の受験生です、その、ただの魔力ガスですよ、規模は大きかったですが…大変なご不快を」
「いいえ、違うのよ…気になるわ」
コイフはメイド2人の制止も聞かず、逆に全員を制止してからテラスに出ていく。
ボックス席にはたった一人。
質素なシャツと洗いざらしのベスト、同色系の地味なパンツを履いた少女が、本を読みながらベンチに腰掛けうんうんうなっていた。
「どうしたのなの」
コイフが彼女のそばにテポテポと近づく。
声をかけられた少女はわずらわしそうに顔をあげた。
少女は10歳前後ほどの人族だと見て取れた。
「親御さんはどこなの? 」
「…ちゃんと許可とってるから大丈夫」
めんどくさそうに少女は答えた。
薄紫色が混じった柔らかい亜麻色の髪をざっと後ろで結上げ、魔道具の髪飾りで丸くまとめている。
前髪に魔法石の髪飾りを止めていて顔は素朴だ。
それでも造形は整っていて、小さな口は愛らしく、薄紫色の瞳は大きく長いまつ毛が印象的だ。
綿のシャツに綿のパンツに、しっかりした皮のブーツを履いている。
田舎からきた素朴で可憐な少女という感じがする。
その少女が虚無の瞳でこちらを見ている。
多くの姉妹の面倒をみてきたコイフはわかった。
いっぱいいっぱいでパニックになっている人間の顔だと…。
「私…、」
「わたしはコイフなのよ、今年魔法学校を受験するの」
ぴこぴこと耳をわざとらしく動かして見せる。
「私の名前はフィオナ…です」
「よろしくなのフィオナ、隣座っていいかしら? 」
フィオナはへぇとかはぁとか言って頷いたのでコイフは彼女の隣に座った。
フィオナが重い口を開く。
「…私も次の受験生なんですが、スランプで魔法が上手く使えなくなってしまって…」
コイフはフィオナのボロボロにすり切れた赤本を見て言う。
「一緒にみてみるのよ」
「ありがとう」
フィオナがさっとベンチから立ち上がると、コイフは見上げる羽目になった。
コイフの身長は1メートルほどだから、彼女は150センチ前後だろう。
一生懸命な子にコイフはついおせっかいを焼いてしまう。兎人の習性だ。
コイフは今にも駆け出して来そうなメイドと店員に「大丈夫」と手で伝えて、窓越しにウインクする。
「どうして悩んでいたのなの? 」
「魔法が使えなくなってしまって…」
「えぇ⁉ 大変だわ、心当たりはあるの? 」
フィオナはボロボロの赤本を開いてトンと手のひらで叩いた。
「このページを見てください! 『火魔法』? なんですか火魔法って! お湯を熱するもの? 暗闇を照らすもの? 『火球』? 『炎弾』? 何が違うの⁉ 」
フィオナはもういやああああ! と嘆きだした。
(多分だけどボロボロなのはこのせいなのね)とコイフは思った。
「火ってなに? 火魔法ってなに? どれが火でどれが火じゃないの? もうわかんない」
コイフは渡された赤本を「どれどれ」と開く。
文章が大仰で壮大で遠回しだ、活版のフォントも格式高く、正直読みにくい。
「あなたが言う事もわかるわ、だってこの赤本はまどろっこしくてわかりにくいのよ、落ち着いて、一緒に蝋燭に火を灯してみましょう? 」
コイフはログテーブルのうえにあったキャンドルを指さす。
「灯れ、…ね、簡単でしょう? やってみるのよ」
「灯れっていうんですか…? 普段も? 」
「え…だって誰かが蝋燭を触ろうとしていたら危ないのよ、魔法を使う前には声を出す方が周りが安全なのよ…? 」
「ウチはそういう習慣なくて、両親とも無詠唱だったから…そう、周りの安全、へへ…」
「じゃ、じゃあ無詠唱でいいのよ、やってみるのよ! 」
バスッ! ボン! ブスッ! ブン! ズドン! と壊れかけのバイクのマフラー音みたいな爆音がして、辺り一面に魔力ガスが浮遊する。
「…」
フィオナはズボンのポケットからマッチブックを取り出すと、擦って火を灯した。
「文明って便利ですよね…ふへ…」
「あなたって見た目からは分らないけど相当エキセントリックなのね」
(そういえば親友もこのくらいブッ飛んでいたし、魔法詠唱はダサイ派だったのよ)とコイフは懐かしくなる。
「わたし親友がいてあなたにとっても似ているのよ」
コイフはおかしくなってクスクス笑ってしまった。
「え、顔の話ですか⁉ 」
「中身の話なのよ、無詠唱派でエキセントリックな貴族のお嬢様なのよ」
「じゃあミアじゃないな…よかった」
2人は席に座り直す。
「次の魔法学校の入試までに戻したいんです…」
疲れ切った声音でフィオナが言った。
コイフは正直(しめしめなのよ! )と思った。
窮屈な大使館に飽き飽きしていたのだ。ならばこのエキセントリックな少女と勉強するのも悪くない。
何より普段着で来て良さそうだと思ったからだ。
「それならわたしが教えるわ! そのかわり、毎日ここのカフェを奢って欲しいなの」
少女がガタリ! と立ち上がった。
「そんなことでいいの⁉ ありがとうコイフさん! 」
「どういたしましてなのよ、コイフと呼び捨てていいのよ、フィオナ」
「コイフ、みんなはフィーって呼びます」
「フィーたん! よろしくなのよ」
フィオナはこの甘ったるい声でしゃべる獣人に賭けてみようと思った。
そもそもわからな過ぎて藁にも縋りたかったのだ。
「じゃあフィー、明日のお昼にまたここで」
「あ、はい、さようなら」
コイフは貴賓室に戻って行ってしまった。
(貴族かぁ…正直あの子かと思っちゃった…でも貴族になりたいなんて願ってなかったし、喋り方が違いすぎる)
フィオナは乱れた髪を撫でつけながら、ふらふらと寮に戻る。
2人は盛大にすれ違ったまま別れて行った。
翌日、貴族のはずのコイフは、大変庶民的な服で現れた。
「こんにちはなのよフィーたん! 」
春告げ花の刺繍されたワンピースをカラフルな腰帯で縛って、頭に使い古した帽子を被っている。
「こんにちはコイフ…」
フィーは洗いざらしの綿のシャツにパンツ、皮のワンピースだ。
(うさぎさんかわいい…)とフィオナは思う。
コイフもまた(ヒトの子供かわいい)とデレデレしていた。
「あ…とりあえずそこのカフェで朝ご飯たべます? 」
「朝は食べてきたから大丈夫、お茶を奢ってもらってもいいなのよ? 」
「もちろん! じゃあ行きましょうか」
コイフとフィオナは昨日のログテーブルに着く。
店員は居るが、コイフに気付く様子は無い。
「コーヒーに熱したミルクをたっぷり入れて欲しいのよ」
「カフェオレかな、注文取ってきます」
どうやら貴賓室以外は自分で注文を取って持ってくるシステムの様だ。
コイフは買ったばかりの赤本を開いて、藁半紙のノートに問題を書き直していく。
(なぁんだ、回りくどく書いてあるだけで進学舎でやったのと同じ内容なのよ、案外簡単なのよ)
試験は魔法基礎学を中心に、計算と魔法原理学の問題が出る様だ。
魔法原理学ならコイフはバニラ講師の私塾で散々学んだので、赤本の内容がそのまま出るのなら正直全問正解できる自信があった。
実技のページも炎弾を作れだの水弾を維持しろだの基礎を見る項目が多い。
炎弾は火の火力を上げて炎の状態にし、闇魔法か風魔法で玉の状態を作り出せばいいし、水弾なんて水を玉にしてキープするだけでいい。
「フィーたんはこれの何に悩んでるなの…? 」
フィオナが苦しんでいたのはそこでは無かった。
なんなら真っ先に実技のページを開いて全制覇したくらいだ。
問題は、文章が大仰で壮大で遠回しな格式高い活版フォントで読みにくく書かれた『魔法原理学』の問題についてだった。
フィオナは今まで、養父レギアスの考えるな感じろ教育によって魔法を使っていた。
ここで初めて考えさせられたのだ『魔法とは何か』を。
魔法とはこの世界の全てである。
前世で『原子や分子』を習ったように、フィーは初めて『魔素』の概念に出会ったのである。
『H2O』で水なのを知っている(けれど知らなくても水を使える)様に、フィーは自然現象として魔法を使っていたのであった。
それが突然『H2O』を作れなんて言われたら飲料水でいいのか純水でなければだめなのかパニックになるのも当然であった。
と、そんな身の上話をフィオナから聞いたコイフは(さもありなん)という顔をした。
「どれでもいいのよ、火と炎の正式な使い分けは書いてないでしょう? 適度な魔法が使えたらいいなのよ」
コイフはカフェオレをふーふーしながら言う。
「著者の解釈は書いてあります」
「解釈違いはこちらの解釈で殴るものなのよ」
コイフの前世の記憶が何故か強く主張する。
「適度な…火力」
「もう一度蝋燭に火を灯してみましょう? 」
「適度な火力…」
ズドン!バスン!壮大な魔力ガスが立ち上り、一瞬視界が奪われる。
「けふっ、けほっ! フィーたん力みすぎなのよ、落ち着いて、リラックスなのよ」
しばらくはフィオナは魔法の練習を、コイフは赤本を解きながらフィーのコーチをしていたが、突然フィオナが立ち上がった。
「フィーたん? どーしたの? 」
「いろんな火を見に行く」
「どういうことなの…? 」
「適度な火を知る為に火を見に行きます」
「わーっ! 待って、待つなのよ! 」
ふらりと歩き出すフィオナをコイフは手を取って止めた
(うさぎさんふわふわ! )
フィオナはその手のふわふわさに足を止める。
「明日にするのよ、もう日が落ちてしまうわ」
「本当だ、気付かなかった」
「明日ここの公園で待ち合せるのよ、一緒に行くなのよ」
「…はい」
フィオナはコイフの手をギュっと握った。
(美少女かわいいのよ)コイフはその手を握り返して言った。
「お家まで送っていくのよ、ご両親も安心するなのよ」
「いえ、わたしはこの魔道具屋の下宿に住んでいて、すぐそこです、両親は実家に居ます」
「えぇ! こんなにか…まだ幼いのに一人暮らしなのね」
「快適ですよ」
フィオナが屈託なく笑うから、コイフは胸が締め付けられたみたいになった。
人族は家族単位で暮らすと教え処で習った。
なのにこの幼い少女はひとり借り住まいが快適だという!
そんな子に奢らせてしまっているという状況に、コイフは深く反省した。
「わたしに出来る事があったら何でも言ってなのよ」
「モフらせてください! 」
「もふ…? お手々とお顔だけならいいのよ…」
「やったぁ! 初めて許可もらえた! うわーふわふわ! もふもふ! 」
「ぷぇ、優しく触るなの! 毛並みを逆立てたらダメなのよ! 」
「あ、すいません」
こうして2日目の夜は過ぎコイフは気付かなかった。
フィオナが1日中魔法を失敗してもピンピンしていることに。
そして働いてもいない金持ちのお嬢さんだという事に。
2人ともあまりにも庶民ズレしてしまっているが故の悲劇だった。
そして3日目の昼。
コイフは黄色麻のワンピースに帽子、手編みのマフラーといういで立ちで、公園にたどり着く。
「コイフ様、護衛は本当によろしいので? 」
ブランシェが心配そうに言う。
「ええ、昨日もダニエルが離れて見ていてくれたのでしょう? 悪いけれど今日もお願いするわ、幼い子を怖がらせたくは無いのよ」
遠くにいる赤毛のダニエルに手を振ると、出て来て敬礼してくれた。
「わたしも魔法を使えるし、いざとなったら浮遊して飛んで逃げるわ! 」
「わかりました、お気をつけて」
とメイドのブランシェは言ったけれど、(これはふたりともついて来るなのよ)とコイフの勘が告げていた。
コイフはひとりを装って公園で待つ。
開けた公園なのに緑が少なく、珍しくコンクリートが張られていて、木のベンチや石のベンチがいくつかある。
すぐ横に魔法練習場があるからだろうか、燃焼するものを置いていないといった風だ。
「こんにちはコイフ」
「こんにちはフィー」
声がした方へ顔を向ければ、洗いざらしのブラウスに厚手のズボン、皮のエプロンをしたフィオナがいた。
皮の鞄を持っていて工房のお弟子さんみたいに見えた。
「じゃあ行きましょうか」
「えぇ、案内お願いするわ」
連れ立って公園を出る。
プロムナードを歩いていると、ぴた、とフィオナの足が止まった。
オレンジ色のレンガの壁に真鍮の柵、内庭には低木が飾られ、芝も敷かれている。
白く塗られた木製の外壁に緑の扉がはまっていてかわいらしい。
窓際には日よけのテントが下がっていて、室内では何かを食べている。
「ここ、入っても良いですか? 」
「食堂なの? 」
「リストランテです、とってもおいしいピザが食べられるって聞いて、窯の火が見たいなぁと思って」
「ピザ⁉ 」
「ピザ、知ってますか? 小麦の生地が薄くって、丸くって、トマトっていう南方の果実の上にチーズがのってる料理なんですけど」
「知らないわ! 早く食べたいわ! 行きましょうフィー! 」
コイフはフィオナの手を取って大興奮だ。
だってピザである。
生前ぶりのピザなのだから11年ぶりだ!
2人連れ立ってリストランテに入る。
店員が面倒くさそうにしかし丁寧に言った。
「お客様すみません、当店にはドレスコードがありまして」
「まぁ…しかたないわねフィー、別の日に来ましょう」
「あの、ここって魔道具店と提携してる店ですよね? 」
フィオナがゴールドパス(証明書)を示すと店員の顔色が変わった。
「どうぞお嬢様! 今締まっている二階席にご案内致します」
「いいえ、窯の火が見たいんです」
「お食事では無いのですか…? 」
店員は明らかにホッとした顔をした
「いえ、ピザも食べたいので、窯の見える所に席を作ってもらえますか? 」
「フィー、無理を言ってはいけないわ! 」
「よろこんで、お嬢様! 」
「お嬢様⁉ どういうことなの説明するなのよフィー! 」
パチンとフィオナが指を鳴らすと、フィオナとコイフの姿が急にドレッシーなものに変わった。
フィオナは白いドレスに、コイフは小さい頃フィオナが被っていた可愛い帽子とファーつきのポンチョ姿になった。
「迷惑かけるつもりはないので、これでドレスコードいけますか? 別の服にも出来ますけど」
「い、いえ! 十分でございます。お気遣いありがとうございます」
驚いた店員は奥に通してくれた。
「ねぇフィーたん、魔法使えるなの? 」
「ん-、これだけは生きてくために何故か使えてるね」
2人は裏へ通されて、専用の窯の一つを占有する形で、コンクリートの上にテーブルが置かれた。
目の前でピザが焼かれていく…薪窯の木の燃える香り、職人が薪を移動させて窯の温度を調整していく。
そして焼き立てでふたりの目の前に置かれる。
感無量である。
「ぷああ」
コイフは感動のあまり鼻を鳴らしてしまう。
「ご婦人のお客様はフォークとナイフで一口大に切り分けて、先端から丸めて、フォークで刺して召し上がられます」
給仕が言う。
コイフはもう待ちきれない!
ナイフとフォークでピザをクルクル巻いたら口の中に放り込んでしまう。
「あひゅいのよ、おいひいのよ! チーズがトロトロでトマトが甘酸っぱくって! 」
コイフは幸せいっぱいの顔でとろける。
「美味しい~! 」
「ここの火は美味しい火なのよ! 」
「美味しい火か、なるほど…」
幸せな食事は続く。
マリナーラにマルゲリータ、オレンジスカッシュにジェラートまで!
「ピザ…好きなんですか? 」
「初めて食べたのよ」
フィオナは探している親友が大のピッツァ好きだった事を思い出してクスリとほほ笑んだ。
「ねぇ、そろそろ教えて欲しいなの、なんであのカード一枚で店員の態度が一変したの? 」
「あ、これ…下宿の身分証で、両親が魔道具技師なんです、去年、受験すると言ったら張り切ってしまって、一番グレードの高い契約をしてくれて、三食タダなんです」
「去年から? 」
「お恥ずかしい話です」
コイフはンん~と鼻から声を出す。
「どこかのご令嬢なのね? 」
「いえ、魔道具技師の娘です」
「やっぱりエキセントリックなのよ…」
店を出て、コイフとフィーはまたぽてぽてと歩く。
「ねぇ、プロムナードを出てしまうわよ? 」
「次は工区街に行きます」
「工区? 工場なの? 」
フィオナの後ろでコイフは手で行先をメイドのブランシェと赤毛のダニエル二人に合図した。
「何か? 」
「何でもないのよ、お散歩出来て楽しいわ! 」
プロムナードを抜けて、ターミナルへ向かうと乗合馬車に乗る。
コイフは最悪空を飛んで帰ろうと決意した…。
プロムナードとは打って変わって暑苦しい男の声が響く工房にいる。
ここも追い払われるかと思いきや、フィオナのゴールドカードで一発だった。
恐るべきは金の力、コイフは自分の身分などあってない様な物だと知った。
現在は番頭に引き連れられて工場の見学中である。
「すごいのよ! 魔道具ってこうやって作られているのね! 感動なのよ! 」
コイフは目をキラキラさせる。
対してフィオナは、義両親であるレギアスとヴェラのやっていた事を見ているから、懐かしい感じだ。
「工房の火を見せてください」
「火でしたら次の部屋です」
番頭が案内してくれたのは土間に竈がいくつもある鉄材加工所だった。
「危ないので近寄らないでください」
「わぁ! 冬なのに熱いのよ」
「ここから見ます」
工夫達は半裸で汗だくになりながら鉄を鋳溶かしている。
「ここの火は職人の汗の火ね」
コイフは感動して言う。
「職人の火…」
フィオナは何かを考えるように呟いた。
工房を出た頃には薄暗くなっていた。
「フィーたん、早く馬車乗り場に戻りましょう」
「はい、あ」
フィオナが立ち止まる。
「どうしたの? 」
「街灯の火を見ていて…、あれも魔石で灯していて、魔石が切れる前に交換されるんですよ」
「へぇ! そうなのね、フィーたんはものしりなのよ」
「けど、結局火の違いはさっぱりわからなかった、たくさんの火を見たけど適した火なんてわからない、そういうのって職人さんが身に着けるものなのでは? 」
「ご、ごもっともなのよ…」
さて、異世界あるあるである。
薄暗い路地に少女がふたり、起こるイベントはだいたい決まっている様な物。
「お嬢ちゃんたち、金持ってる? 」
ヤカラ絡まれイベントだ。
フィオナはごくりと緊張しながらも、コイフをかばうように前に立った。
「持っていないのよ」
コイフはうんざりしながら正直に答えた。
「うるせぇ! 亜人は黙ってろ! そっちのガキに聞いてんだ!」
「まぁ! まぁ! なんてことなの⁉ 」
『亜人』だなんて、何十年も前の大戦時に使われていた侮蔑語だわ!
どの種族も自分が一番偉いと思っていて、自分の種族以外を指して侮辱したのが『亜人』『デミ』といった言葉で、絶対に使ってはいけないとレッキス先生に習ったというのに!とコイフは憤る。
コイフは段々腹が立ってきた。
「子供からお金を巻き上げようなんてどうかしているのよ」
「うるせぇ黙ってろ兎! 」
「なんですって、酷い侮辱だわ! やれるもんならやってみるのよ、フロストブリザード! 」
「兄貴! あの兎魔法使いだ! 」
「知るか! やっちまえ! 」
全員ろれつの回ってない若者たちだ、お酒に飲まれているのは明白だった。
「今よ、逃げるのよフィーたん! 」
コイフはフィオナに抱き着く
「飛ぶわ! 闇魔法で重力操作してから…全力浮遊! 」
ブワッと二人の体が宙に浮きあがる
「で、できたわ! よかった! 」
空から乗合馬車停留所まで飛び降りて、びっくりするメイドのブランシェと赤毛のダニエルと共に乗合馬車に飛び込んだ。
「コイフ様、なにがあったのです」
メイドのブランシェに問いただされる。
「攻撃的な男たちに金品を要求されて逃げてきたの」
「そんな! 私が居たというのに! 」
赤毛のダニエルが悔しそうに言った。
「大丈夫、上手く逃げて来られたわ、ね、フィーたん? 」
走る馬車の座席、そこには涙を流しながら顔をしわくちゃにして歯噛みするフィオナが座っていた。
イライラが溜まっていたのに、そこに怒りが加わったフィーは感情の制御が難しくなっていた。
「うっ…ひっく、ごめん、コイフ、私のせいで危ない目にあわせちゃって、悔しい…! 魔法が使えたら敵じゃなかったのに」
「危ない事なんてなかったわ、大丈夫なのよフィーたん」
フィオナはしばらく馬車の中で怒りながら泣いていた。
馬車がターミナルの乗合所に戻って来て、コイフとフィオナ。後ろに控えてメイドのブランシェと赤毛のダニエルが並んで歩く。
「滅茶苦茶いらいらする…」
下宿近くの公園に戻ってきたフィオナは不完全燃焼そうに魔力の渦をまとっている。少しずつ、周りの物が燻りだしている。
「入試の課題がいっそこの街を焼き尽くせって問題なら、出来るのに」
魔力が渦巻くのをみて(出来そうなのよ…)とコイフは思う
「ちょっと待ってるなの! ダニエル来て頂戴」
コイフは夜の街を駆け出す。
「ふようひーん! 不用品はありませんかなのー! 塵一つ残さずに処分するのよー! タダで引き取るなのよー! 」
「コイフ様⁉ 」
「ダニエルもお願い! 」
「ふ、不用品ー! 」
ダニエルも恥ずかしそうにしながら声を上げてくれる。
家々を一軒一軒まわって、割れた花瓶や大破した靴、割れてしまった鏡台やマグ、家財などを抱えて公園に持って帰る。
数分でうず高くそびえる不用品の山が公園に出来上がった。
「さぁ! フィーたん、ぶっ壊すなのよー! 」
「でも魔法が…」
「魔法なんてなんだっていいのよ! 魔力ガスの爆発でも、殴る蹴るでもいいのよ! 気持ちを押し込めて我慢するのが感情のコントロールじゃないのよ、適度に出してストレスを緩和していくのが感情のコントロールなのよ! 」
「適度に出す、怒っても、喜んでも良いの…? 」
「あったりまえなの! それが人間なのよ」
「わかった…」
フィオナの空色の目が薄紫色に怪しく輝いた気がした。
不用品の山にフィオナが手をかざす。
フィオナの周りで燻りだしていた魔力は不用品の山へ一気に凝縮していくのをコイフは感じた。
「…燃えろ! 」
ぶわっ
不用品の山が赤く光り出したかと思うと、火の手が上がった。
燃えづらい物などお構いなしに火を噴き溶けてゆく。
急激に高温になり勢いよく燃える炎は周囲の空気をどんどん吸い込んでいった。
フィオナは風魔法を使いコイフ達を巻き込まないように周囲の空気を制御する。
頭上に空気と炎の暴走を流し発散させた。
「うふふふふふ」
上手く魔法が発動し、怒りを発散出来てようやくストレスから解放され笑い出すフィオナ。
「出来たじゃない! やったわフィーたん! 」
コイフがぴょこぴょこ嬉しそうに飛び跳ねて褒めた。
「出来た!!!! ありがとう!! コイフのおかげだよ!!!! ありがとう!!!! 」
フィオナは叫ぶように言った。
フィオナ怒りの魔法爆発、スランプをやっと脱出出来たのだった。
「みてコイフ!火なんて何でもいいんだよ!一緒に燃やしても結局みんなそれぞれ勝手に燃えちゃうんだよ! 」
不用品の素材によって違う色の炎を上げたり不完全燃焼で黒い煙がでる物をフィオナは指した。
「そうなのよ! 火なんてただの呼び方なのよ! 燃やせばいいだけなのよ! 」
「よし、次は炎弾を的に当てる練習をするのよ! 」
コイフは過去問の実技のページに記されたお題を指した。
「その前に焼くものがある」
フィオナは最後に長い事自分を悩ませた赤本を、燃え盛る不用品の山へ投げ捨てたのだった。
「コイフ、いろいろ本当にありがとう」
「試験会場で会いましょうなのよ、フィーたん」
握手をして二人は分れた。
フィオナは久しぶりに熟睡出来るような気がしたし、コイフは婦長のイライザにコテンパンに叱られたのだった。
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