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③下宿、就職する

次回は1月23日の更新です。

③フィオナ 10歳 下宿



フィオナは列車から王都近くの駅に降ろされ、案内に従い乗合馬車に乗せられた。

何時間か揺られていたが、馬車の揺れが静まっていき、やがて止まった。


「お客さーん、終点だよー王都『メニード』に到着さー」

馬車の運転手が客室に声をかけた。



フィオナは無事、単身王都へたどり着くことが出来た。


「ここが…王都」

口をぽかーんと開けてフィオナは外の景色を眺めていた。


あらゆるものが魔法で動いている。


馬車が沢山走っている、魔物がひいてる車もある。

魔石で飛ぶ車もある。

それぞれの車用の道路が縦横上下にのびていて、生き物が引くタイプの車用の道は糞が落ちていた。

技術がピンキリに存在している。


そしてあらゆる外見、あらゆる大きさの種族が道を行きかっていた。

巨人のような巨体にもさもさした体の種族が向こうの大きな通りから下りて大きなアーチの門へ向かっていくのが見えた。


「…」

つーんと腐敗した糞の匂いがした。

フィオナは自分の周りにだけ強風を発生させ、宙に浮かんだ。

そして入国手続き入り口の看板に従いすっ飛んでいった。



大きな門が青空を背景にそびえ立っていた。

ここで入国手続きをするはずだ。

戸籍証明書か身分証、名前、目的を言う程度で通れるとロード夫妻は言っていた。

(緊張する…)

受付をしている番兵がこちらを見た。

「次の方、おや、お嬢ちゃん一人かい? 」

「はい、魔法学校の試験を受けに来ました」

「浪人生かい、えらいねぇ、じゃあ名前と身分証出して」

「これ、戸籍証明書です、名前はフィオナ」

「うん、はい、いいよ、ようこそ王都へ、試験頑張るんだよ」

番兵のおじさんはにこやかに通行手形をくれた。


(っは~~~~~緊張した‼‼‼ )

無事、偽造戸籍で王都の門を通過することが出来た。一安心だ。



手続きを済ませ、さてどっちに行こうと辺りを見回すと、嗅ぎ慣れない嫌な臭いがしてきた。

裏だ。馬車の受付口も裏通りにある。

どうも近くに拾った糞を貯めておく場所があるようだ。

フィオナはちり紙用に取っておいた『強制肥料製造機』のチラシをそっと置いて行った。




(ついに来たぞ! )

まずは鞄から地図を取り出して予約していた下宿先を探す。

地図に従って歩いて行く、王都は道も広いし歩道も広い。

下宿まで、ほとんど大きな道を行くだけでたどり着けそうだ。


目的地が近づくにつれ建物は豪奢になり、道行く人々も裕福そうな格好をしている者が多くなってきた。

そして豪奢な柵の門で遮られた所に受付と書かれ礼儀用の軽鎧を着た兵士がいる。


地図はその先をさしていた。


(ふぇ…どういう事? )

扉の前の兵士に下宿先の道を訪ねてみる。

断られるかとも思ったが、兵士は愛想よく質問に答えてくれた。


「それならこの門を抜けて、左手1つ目の脇道に入って、その先にある大きな建物です、看板があるのですぐわかるでしょう! ようこそいらっしゃいました王都貴族街一番プロムナードへ! 」

とやたら丁寧な敬礼をした後に門を開けた。



門を潜ると…潜る前から見えていたのだが、高級な店が大通りに向かい合って建ち、ひしめいている。

(王都貴族街一番プロムナードぉ…?)


かつてロード夫妻と野良仕事をしていて、「今日は見分も兼ねてお洒落なお店行くよ」といわれ新しく用意したらしい石板でワープしたら、やたら高級な町並みにつれてかれ、高級なホテルに泊まり高級な店の高級な食事で、夫妻による脳内会話マナー教室が始まったあの時の事を思い出した…。


(あの時は食事だけじゃなく生活のいろんな事をリアルタイム抜き打ちで学ばさせてもらったなぁ…お腹痛くなってきそう)

けれども、神様に頑丈に創られたフィオナの胃は、これしきの事で支障をきたす事はない。


仕方なく案内されたとおり1本脇道を抜けると、背の高いポプラのような木が立ち並ぶ落ち着いた道に出た。

人気はあるが大通りのごったがえしより空いている。


進むと大きな黒塗りの建物が見えた。

『世界魔具雑貨堂』と大きな入り口の上に看板が付いている。

グレーのタイルに白い目地、赤茶色の巨大な門と、珍しい総ガラスのドア。

入り口以外は真っ黒で、まるでビルだ。



王都『メニード』の城下町『バショウ』。


ここは人間種が魔法を学ぶ最高の町にある最高の雑貨店だ。

魔道具から教本まで手広く売っており、当然魔法学校入試試験の過去問も有名な会社のものが競うように置かれている。




そんな『世界魔具雑貨堂』は雑貨店の副業として、塾教室と下宿をやっている。


正面入口ではなく店の真横に立つ四階建ての建物がそれだ。

店から通路で繋がっており、一階が事務や受付である。




フィオナは意を決して『世界魔具雑貨堂』の入り口を開く。

所狭しと雑貨が並び、大きな物から小さなものまで値札が下がっている。

中は清潔で、ドレスの女性からフィオナの様に簡素な服の子供まで、老若男女が買い物に来ている。

(既視感があるとおもったけど、画材屋に似ているな)とフィオナは思う。


奥から右の通路に映ると、塾教室の受付に出た。


「予約していたフィオナですけど…」

すぐに愛想の良い女性が応対に出た。


「フィオナ様ですね、通行手形のご呈示をお願します、はい、結構です、ご両親から既に入学試験の手続きや下宿部屋の手配、授業料等のお支払いは頂いております」

と説明を受け、支払い済み証明書を渡された。


「…っ‼‼‼⁉?? 」

支払い証明書に並ぶ0の数を見て体がびくっと震えてしまった。

しかも明細を見るとここで受けられるありとあらゆる保険やらサービスやらプランに加入していると書かれている。

これで塾も宿も入学手続きも、はては城下町での暮らしも保証された。

入試に落ちた時の再入学の保証までされてある。やかましいわ!




「では当下宿の生徒には個人証明書が発行されます、フィオナ様は一番グレードの高い金級ゴールド証明書になります」

フィオナは受付嬢から金色に光るカードをもらった。

これがあるといろいろお得らしい。

『世界魔具雑貨堂』で大幅値引きとかレアな魔道具の購入予約とか出来るそうな。



「ご予約されたお部屋は、フィオナ様が初めてのお客様です! 是非ご感想など室内のアンケート用紙にご記入いただけたら幸いです! 」

説明の人がニッコーと最上級の笑顔をした

「あ、はは、はい…」

曖昧にフィオナは答えた。


事務のスタッフが全員立ち上がり『ありがとうございました』と最大級の礼をされながら受付嬢と下宿部屋に向かった。

奥に階段と魔導エレベーターがあり、ゴールドカードを掲げると使える仕組みになっていた。


1、2階に教室があり、3、4階が生徒用の住居エリアとなっているそうだ。


エレベーターでは3階までしかいけなくて、エレベーターから出ると警備員のいる関所みたいになっている。

ここからは関係者意外は立ち入り禁止になっているそうだ。

3階通路はシンプルな片側ドアが並ぶ。ビジネスホテルみたいだ。

そこを抜けてまた階段とエレベーター。


エレベーターで4階まで上がり、3階より部屋のグレードが高いのか通路に両扉がいくつか並ぶ。


通路を進み突き当りまで案内され、真っ白い装飾の綺麗な両扉があった。

明らかに今まで通りすぎた部屋より豪華な感じだ!


「フィオナ様、ドアノブのこちらにカードをかざしていただけますか」

「はい」

いわれたとおりドアにゴールドカードをかざすとガチャリと音がした。

ノブを回して開ける、そこにはスイートルームがあった。


ボタニカルな壁紙が貼られ、全体的にピンクとクリーム色で上品にまとめられている。

家具は傷をつけるのが恐ろしいほど美しい彫の装飾が付いている。


この下宿部屋は『貴族街の名に恥じぬ高級な部屋』というコンセプトで作られており、それがフィオナの下宿先だった。

一通りの案内と説明を済ませて受付嬢は去って行った。



(あは…あはははははは)


両親からの愛に笑いが込み上げてくる。




入り口のドアを開けるとローテーブルとソファーがある応接室。隅に高そうな丸くて背の高いランプが置いてあるのが印象的だ。

ローテーブルの上には『サービスです』と書置きと共に籠が置かれ、中にはジャムの塗られた焼き菓子が入っていた。

壁際の棚にはワインが飾られ、グラスも綺麗に並べられている。そばのミニテーブルに高そうなお皿がのせられ上にオシャレに個包装されたチーズが乗っている(あとで開けてみてチーズと分かった)


入り口の向かい、奥の両扉を開けると廊下になっており、すぐ眼前にベランダに続く掃き出し窓があって貴族街の美しい街並みが眺められた。

遠くに見える王城や、町中にたつ尖塔がファンタジーらしく素敵だった。


ベランダから廊下に戻り、左手に行くと広い書斎があった。

背の高い書架2種類と立派な勉強机、金庫がある。

本棚には既に塾で使う教本や文房具などがリボンや包装で包まれ棚に収められていた。

足元に置かれた2つの40センチ四方の木箱には、開けてみると授業で使うであろう魔法雑貨が入っている。

壁面上部には時計とカレンダーがついていて受験までのスケジュールを教えてくれる。


書斎奥の両扉を開けると寝室があった。

クイーンサイズのふかふかベットに綺麗なシーツがセッティングされている。

ナイトテーブルの上に魔道具電話が置かれていてこれでいつでもモーニングコールをしてくれるそうだ。

衣装かけの横にもドアがある事に気付いて開けてみると、ウォークインクローゼットだった。

衣装や帽子、靴のお手入れ道具も供えられている。


寝室から出て掃き出し窓の所まで戻って来る。今後は窓から右手に行く。すぐのドアを開けるとここも寝室になっていた。

しかし先ほどみた寝室よりベットのサイズも小さく、こじんまりとした印象を受ける。


(ははあ、きっと本来は従者をつれて住む部屋なのだろう、寝室が2つあるのは片方が従者用なんだ、豪華な家具や調度品は扱いのわかるものに手入れされる前提だったのか…)

フィオナは『調度品傷害保険』に加入していて本当によかったと両親に感謝した。


従者用寝室から出て更に通路を進むとダイニングルームがあった。

説明書によると、ここまで食事を運んでもらう事が出来るそうだ。

下宿には食堂があるのにここでわざわざ運んでもらって食べるなんて…贅沢な!


豪華なダイニングテーブルの上にサービスの果物が置いてあった。

紙ナプキン等は未開封の状態で収納に入っていた。


壁沿いの美しい食器棚をあけると中には銀のスプーンやナイフが入っていた。

(きちんと管理しないとダメな奴ぅー‼‼‼ )

フィオナはこれらに絶対指紋を付けないと硬く誓った。


(いやいやまって、人によっては人前で食べられなかったり、自分のマイ食器じゃないと食事出来ない人もいるもんね、私だって人前で変身解けないし!うん、私ここにいても良い! )

フィオナは変に自分を戒めた。


ダイニングルームにはまた別の部屋に続いており、隣の部屋は従者が使うであろう流し場となっていた。

冷蔵庫の様な食品保冷庫があって、開けてみると未成年にも関わらず高そうなワインが入っていた。

それから別の保冷庫にサービスのそのまま食べられる食品や飲料水がいろいろ入っていた。

1つはサラミだとわかった。あとは分らなかった。


更に奥の部屋には簡易な脱衣所、浴室、トイレがある。


掃き出し窓のある廊下に戻って更に進む。

次の両扉は脱衣所だった。水回りが繋がっているのだろう。

しかしフィオナは初めここが脱衣所と気付けなかった。

7畳以上はある広いスペースに手洗い場やタオル棚、衣装かけ、化粧台が壁に備えられていて、奥につながる扉の先が浴室だったので脱衣所だと理解した。

大き目の布がはられた四角いカゴの中に洗濯物を入れておくと翌日洗濯して届けてくれるそうだ。


通路に戻り脱衣所のすぐ隣がトイレだった。

浴室とトイレは広くて綺麗だった。

あといろんな香料や化粧品らしきものが置いてあった。


これでやっと全部の部屋を回れただろう。



「ふー…」

フィオナは応接室に戻ってソファーに座り、部屋の説明書の続きを読んだ。


室内全体には空調システム完備。

書斎では集中出来るよう音楽が流れる。

過剰なプラン設定のおかげで、いろんな記念品やら生活雑貨が既に配置されていた訳だ。


暫く買い出しに行く必要が無いだろう。


掃除は午前中のうちにドアに要クリーニングの札をかけておけば夜までに掃除をしてくれる。

その際にあらゆるアメニティグッズの補充もしてくれるそうだ。



食事は3階にラウンジがあり、そこで朝、昼、夜と食事が賄われる。フィオナのゴールドパス(証明書)を見せればいつでも無料で食事が出来る他、一階のカフェや『世界魔具雑貨堂』の提携店も食事が割引になるらしい。


(そんなに使わないよ! でも自炊しなくていいのは正直助かる! )



よってフィオナがやればいいのは着るものの用意だけである。

(あー服…どうしよう…プロムナード? の店にあった服は正直高そうで動きにくそうだったしなぁ)

ぼふ、と音を立ててソファーに頭から突っ込む。

(シャツとズボンと、動きやすそうな洗っても丈夫な服が欲しい…職人さんが着てるようなやつがいい…職人さん…そうだ! )

フィオナはポケットに金貨を1枚入れると荷物を全て置いて、ゴールドパスと地図だけを持って受付に戻る。




「あの、魔道具を作っているところに行きたいんですけどどこですか? 」

「工区ですか? 今馬車を回します」

「いえ、悪いですから、地図に描いてもらえますか? 」

「よろしいんですか? 本当に? …でしたらここからこう行っていただいて、乗合馬車のターミナルを使えば便利ですが、本当に馬車を用意しなくてもいいのですか? 」

「はい、大丈夫です」

こうして『工区街』への行き方を手に入れたフィオナは外に出た瞬間に思い切り高く飛んだ。

「あっちの方か」

そのまま教えてもらった『工区街』へ飛び去っていく。

なにしろ金貨で乗合馬車には乗れないことくらいフィオナは知っていたからだ。


王都の空にはフィオナ以外飛んでいる人間を見かけなかった。

町中上空は安全の為に車が通る事を禁止されている。


フィオナは貸し切りの空を飛んだ。



フィオナは地図をみながら場所を確認し、『工区街』の上空で静止する、それから周りを見回して女性の姿を探した。

どこかの女将さんのような人が、赤いレンガの住宅のような所に入っていくのを見て、そこに降りた。



「…レザークラフト、皮用品店」

(ハズレか)とフィオナは思ったが、小銭を入れるお財布が欲しいと思い立ってお店に入った。


「うわ、すご」

レザーアーマーにレザージャケット、靴から鞄、剣の鞘まで所狭しと並んでいる。

(ファンタジーだぁ~! いいなぁ! いつかこんな剣とか欲しいなぁ! )


「あ、これいいな便利そう」

フィオナの目に着いたのはレザーのエプロンとワンピースだった。

どちらも魔道具職人の女性が着る物で、動きやすさも耐久性も折り紙付きだ。

何しろデザインが朴訥としてかわいらしい。

自分の身長に合いそうな物をいくつか当ててみる。

(うん、良い感じだ)とフィオナは思う。

値段を見ると金貨で買っても酷く怒られることもなさそうだ。


ついでに財布になりそうな小物入れも買って、鞄も新しい物を購入した。

ロード夫妻の買ってくれた服は旅の荷物を減らすために全て山の谷間村に置いてきてしまった。

もともと着いた先で必要な物は買い足していく予定だったのだ。


会計に向かうとカウンターにいたのはさっきの道を歩いていた女将さんだった。

「あの、これを下さい」

「あれ、お嬢ちゃん一人かい? 」

「あ、はい、受験で来ています」

「金貨一枚ね、じゃあお釣りがこれだよ、計算は出来る? 」

「はいできます、ありがとうございます、あと、女将さんみたいに動きやすいこのエプロンに似合いそうな服はどこに売っていますか? 」

女将さんは気を良くした様だった。

「そうさね、地図を見せてごらん、ここを曲がって、このへんさね、いろんな店があるから覗いてごらん」

「行ってみます」

買ったばかりの財布に小銭をしまい、買ったばかりの鞄に荷物をしまって、地図で示された通りを目指した。




(わぁすごい! )

そこにあったのは日常雑貨の市場だ。

ランプや敷物、鞄はもちろん靴やタオル、靴下や下着まで雑多に市が立っている。

(安いし大容量! 良いんじゃない? )

歩いているとお目当てのシャツやパンツを扱った店を見つけた。

綿100%のシャツや、厚手のパンツが雑多に吊り下がっている。

そこからフィオナは好みの物を数枚取っていく、ついでに下着(ババシャツ、ももひき)と靴下も買った。

(適当に洗っても大丈夫そうだし、洗剤は部屋にあったからいいや、タオルは部屋にあったけど、気軽に汚せるタオルを買えて良かった)

そこから少し歩くと食料市もあって、アントノフカには出回らりづらかったチョコレートがあったので購入し、空を飛んで帰ったのだった。




帰って、慣れない自室で買った服を着てみる。

綿のシャツに厚手のパンツ、皮のワンピース。

思った通り動きやすくて快適だ、なにより冒険者みたいで恰好が良い!

(いいな~いつかは絶対冒険者するんだ~! )

安定にまみれた部屋で、フィオナは将来の自分を夢想した。



1日目はあっという間に過ぎ、フィオナは旅の疲れもあって入浴後すぐ眠った。

パジャマを買い忘れたので市場で買ったロングババシャツとももひきを着て。

(なんか日本に帰ってきたみたい、落ち着く~…)





次の日、朝早くに目を覚ましたフィオナはロード夫妻に魔道具で連絡した。


「フィーたん! いつ連絡来るのかなと思ってた―! 連絡来てくれて嬉し―い‼!‼ 」

レギアスの歓待の声が聞こえた。

「ごめんごめん、ホントは昨日着いたんだけど、慌ただしくて1日が終わっちゃってたんだ」

「フィーちゃん、旅は大丈夫だった? 不安なかった? 」

数日ぶりに聞く両親の声は、遠い地にいてもかわらず温かかった。


「不安はあったけど、なんとかやっていけると思う、下宿先凄いね、明細高くてびっくりしたよ」

ヴェラがうふふ、と笑いながら言う。

「フィーちゃんが遠い地でやっていけるように私達が手伝えるなら良いのよ」

「そうそう、それに初めから出来るだけしっかりした場所にするつもりだったし、ミアちゃんの姿なんだから! 生活に困って人に迷惑かけない様にしないとね」

レギアスの言葉にフィオナは目から鱗が落ちた気分だった。


「確かに…ミアの名誉の為にもしっかりして生活するよ! ありがとう! 」

フィオナはにっこり微笑んだ。




やりとりが終わった後、通話の魔道具を寝室の窓辺にかけておいた。

窓から太陽光がそそぐように。


_______

③コイフ 9歳春~10歳秋 就職する



「いらっしゃいませーなのよー! 」

国一番の大手薬剤所『東兎人満月堂』に元気な声が響く。



コイフは今日も元気に労働している。

コネにコネを重ねて就職した薬局で、身分を隠して毎日楽しく下働きだ。



今朝も日が昇らないうちから、社員寮を起き出して店の掃除。

外の掃除を新人の仲間と一緒に行い、寮に戻り朝食を食べる。

それからは誰かの「いらっしゃいませー」に合わせて「いらっしゃいませー」を復唱しながら、ひたすら雑用に励む毎日だ。


二年目の現在は、簡単な調剤ならやらせてもらえるようになったけれど、先輩達の手はとにかく早くてついて行くのに必死だ。


コイフにとっては毎日起こる事の全てが面白い。


箱入りのお姫様であるコイフは町の雑多な出来事に胸を躍らせる毎日だ。

それは二年目になっても変わらない。

今朝なんか「酔い覚まし」とかかれたメモとコインを持ったおじさんが玄関で寝ていたので思わず飛び跳ねてしまった(おじさんは起こすと酔いが覚めていて帰って行った)



同期のメニーとサニーはハーレクインの双子で、コイフとは別の薬学私塾出身だ。

柄の色が左右色違いなのがあまりに魅力的で、お客さんにも可愛がられている。


メニーは悪戯っ子のツンデレ少女で、サニーは人懐っこいぼんやり少女だ。

2人はとっても仲が良くって、メニーは妹のサニーにだけデレデレになるのだ。


「はい、お湯屋のおじちゃん、湿布薬だわ! また無理なんかしたら出禁にしてやるんだから! 」

「メニーお姉ちゃん言いすぎだわ、はい女将さんには喉薬、季節の変わり目だからうがいもしっかりしてね」

今2人は窓口で接客対応と薬の受け渡しをしている。

コイフはといえば、今使っていない第二調剤室の掃除をせっせと行っている。

午前と午後では調剤室を変え、常に清潔を保っているのだ。


「第二調剤室の掃除終わりましたなの! 」

「ありがとコイフ、お掃除変わるわね」

「私とサ二―でやるんだからすーぐに終わるわ! 見てなさいコイフ」

「メニーお姉ちゃんたら素直じゃないわ」


次の掃除は問診室だ。

所謂、診察みたいなものをここでやる

問診室も4つあり、こちらも午前と午後で部屋を変える。

掃除を姉妹と交代した。


コイフは急いで白衣に着替えて頭に布を巻いて、口布もして、手袋をはめて受付に出る。


「こんにちはお花屋さんのお兄さん、はい、火傷の薬なのよ、患部に爪の長さくらい出して塗って、必ず布を巻くなのよ」

「そんなにヤワじゃないぜ? 水仕事もすんだからよ」

「だーめなのよ! 化膿してぐじゅぐじゅのイタイイタイになってしまうのよ、必ず清潔な布を巻くなのよ! 」

「わかったよ、ちぇ、コイフは新人のくせに態度がデカいぜ? 」

「言ったことをきいてくれるお客様にはしとやかなのよ」


調剤室の先輩方が作った薬を番号順に渡していく。

わがままを言う患者さんへの対応も慣れたものだ。


「薬局のおねーちゃん、わっしは苦い薬は嫌じゃぁ」

「金物屋のご隠居さん、今回は糖衣の錠剤になってるのよ、口の中で溶ける前に飲み込んでください」

「わっしは甘いのが好きじゃあ」

「のど飴ひと瓶いかがなのね?」

「わっしは薬は嫌…」

「わたしみたいなちっちゃい子でも飲めるお薬なのよ、お大事に~なのよ」


こまったさんへの対応もばっちりだ。



「出来るようになったじゃないコイフ」

「奥様! はい、今日から二年目ですから」

「最初入り口から入って来た時はたまげたけどねぇ」

「今年の新人も入り口から入ってくるかもしれませんよ」

「あんたくらい元気な子なら大歓迎だけどね」


奥様はこのお店、『東兎人満月堂』を継いだチェム旦那様の姉さん女房で、お店のボスだ。

とっても気の良い人で、言葉はぶっきらぼうだけれど何かと世話を焼いてくれる。

初対面で、『従業員は裏口から』という常識を教えてくれたのも奥様だった。


「奥様~お掃除おわりました」

「どーう? コイフ! あんたの倍は早いわ! 」

「2人なんだから早いのは当たり前さね、メニーとサニーはお昼行ってきな! 」

「「お先に失礼しまーす」」

「メニーとサニーは今日も仲良しで羨ましいのよ」

コイフは奥様とクスクス笑った。

「さてコイフ、今日はちょっと調剤をやってみるかい? 」

「…っ! はい! やりたいです! 」

「よし、オーロラとシリウスに昼行ってこいって伝えて、アネモネに面倒見てもらいな」

「はい! なのよ! オーロラ先輩! シリウス先輩! お昼なのよー! 」

コイフは受付を飛び出して調剤室に飛び込んで行った。(もちろんドアの開け閉めは静かにした)




『東兎人満月堂』の定休日は週の真ん中である。

定休日にコイフは、私塾でバニラ講師に魔法の勉強を見てもらって、街のお湯屋さんでお風呂に入って寮に帰る。という充実した日々を送っていた。


後輩もできて生活に追われながらも楽しい日々でも、コイフはちゃんと自分が姫であることを忘れなかった。


昨年から毎晩『貧民街の貧困問題、困窮者支援』の草案を直し、時々高等魔法舎に行ってアスチルベットお姉様と話し、時々王宮に戻ってタナお姉様と話し、徐々に成果を出していった。

また『魔導保管庫』の改良、大型化も困窮者支援に組み込み、宮廷魔術師にも協力してもらっている。


本当に忘れていなくって良かったと思う。


王宮から手紙が来たのだ。




「ぷえっ! 『10歳の春、王宮で成人式を行う』…ですって⁉ 」

コイフの頭に一番最初に浮かんだのが『シフト調整』の文字であった。

急いで寮の階段を駆け下りる。

早朝は冬の空気が残って寒い。


「おはようございます奥様! あの、春の一日に成人式が…! 」

「おはようコイフ、あんた知らなかったのかい? 春の一日は国中どこでも成人式さ、あんたはシフトから外しといてやったよ」

「えっえっ! し、しらなかったのよ…奥様ありがとうございますなのよ」

「ええー! 先輩今年成人なんですか? じゃあ年下??? 」

「コイフはストレートで薬学舎出てるからね、ね、サニー! コイフのくせにナマイキなのよ! 」

「メニーお姉ちゃん、コイフはすごいって言いたいのよね? 」

朝の食堂が笑い声で満たされて、コイフもえへへと頭を掻いた。


聞くとその日は国中が『成人祝いの日』であり『名付けの日』らしく、コイフがシフトから抜かれていたのは、コイフ以外全員知っていたそうだった。




「先輩は成人式の後ご家族とどう過ごすんですか? 」


薬品管理を教えながらの雑談でそう聞いてきたのは、後輩のワイズだった。

「ワイズは家族とどう過ごしたの? 」

「あたしはですねー! すっごくおいしーい果物をお母さんがケーキにしてくれて、弟たちと凧揚げして、おねえちゃんにお化粧おしえてもらってー」


凧揚げと言うと正月の風物詩を前世の知識で想像するが、こちらの凧はカイトで、どれだけ丈夫な帆布ハンプを織れるか、防水処理が出来るかも含めたスポーツである。と、この前ワイズに見せてもらったのだった。

青空を飛ぶ凧はとてもカラフルで綺麗だし、悠然としていてかっこいいのだった。


「わたしも凧揚げしてみたいなのよー! でも成人式ではきっと見るだけなのよ」

「ええーもったいないですねー! 」

「きっと静かに過ごすんじゃないかしら? 」

「楽しんできてくださいねー! 」

「ええ、ありがとなのよワイズ」

そう言って薬品管理に戻ったが、ゆっくりなどとんでもないのであった…。


何故なら同封の手紙に書いてあったのだ。

『貧民街の貧困問題、困窮者支援、並びに魔導冷蔵庫の運用』の本発表を行うと。

(嫌な汗が噴き出そうなのよ~! )とコイフは叫びたかった。




いつも通りの楽しい労働の日々が二月ほど過ぎれば、春の一日である。


その日の前日は名残雪が降って、コイフはワイズとメニーサニー姉妹と雪かきをした。

「じゃあみんな、成人式に行ってくるなのよ」

「いってらっしゃいコイフ!」

奥様がコイフをぎゅっと抱きしめてくれた。


「せいぜい楽しんでくると良いわ! 」

「お姉ちゃんは楽しんできてねって言ってるわ、わたしもお祝いしてるのよコイフ」

メニーサニー姉妹が店の奥から手を振ってくれる。


「おめでとうございます先輩! 帰ったらみんなでお酒飲みましょーね! 」

後輩のワイズが外掃除で鼻を赤くして見送ってくれた。


「みんなありがとうなのよ、行ってきます」

従業員一同の視線を受け、コイフは街の成人式会場の方へ向かった…。



見えない距離まで歩いた瞬間周りを見回して4メートルほど浮かんで超特急で王宮に飛んだのだった。

(お忍びって…! 大変なのよ! )




王宮に着くとそこには懐かしい姉妹達が同じ部屋に集まっていた

「コイフお姉様! 」

「クルミちゃん⁉ 久しぶりなのよ~! 」

とんでもなく美少女になっている胡桃色のロップイヤー、妹のクルミちゃんが満面の笑顔で寄って来た。

「お元気でしたか? 」

「ええ、クルミちゃんは研究生? 」

「はい、街の教え処で教育実習をさせてもらっているんです、コイフお姉様は? 」

「う、うん、わたしも実習のようなものだわ」


懐かしい顔と再会の言葉を交わしているとドアがノックされる。

今いる姉妹の顔を見渡して、最年長が自分であることを確認したコイフは「どうぞ、お入りになって」と声をかけた。

メイドがドアを開けて、入って来たのはタナお姉様だった。

タナお姉様はコイフを見て、「なかなかやるじゃない」といった顔をした。

「タナお姉様、お久しぶりですわ、今日のドレスは特段に美しいですね」

とコイフは淑女の皮を被り続けた。


「久しぶりねコイフ、全員分のドレスが用意されているわ、メイドが付くから着替えて、順に広間に集合してちょうだい」

「はいお姉様」

「ありがとうございますタナお姉様」

そこからはワイワイキャッキャと笑いながらのドレスアップの開始だ。

なにしろタナお姉様のような美しいドレスが着られるのだ!

部屋の端で優雅に資料(『貧民街の貧困問題、困窮者支援、並びに魔導冷蔵庫の運用』の資料だ、ずるいわたしも読みたいとコイフは思った)を読んでいるお姉さまは綿の刺繍編みのケープに刺繍編みのインナードレス、サテンの胸元とサイド、スカートが切り替えで縫われた黄色の美しいドレスを着こなして赤い靴を履いている。


なんて素敵なのだろうと姉妹は色めき立つ。


コイフにはなんと新品の刺繍編みの帽子コイフまで付いていた!

「うれしいのよ! これでドレスでもわたしだってわかるのよ」

コイフに着せられたのは黒のケープとインナードレス、桃色のドレスだった。

「わぁ、かわいいのよ」

クルミちゃんが着ているのは茶色のケープとインナードレス、クリーム色のドレスだった。

「クルミちゃんもすてきだわ! 」

「ありがとう、コイフお姉様も素敵だわ! 」


揃いのドレスを着た姉妹は、メイドの案内に従って広間まで移動する。




広間はホールと呼んでいいくらいに家具が無かった、端の方にいくつかソファがあるくらいで、そこに丸テーブルがいくつか置いてある。

普段はダンスホールなのかもしれない。


左側に窓があり、組み木のフローリングの床。

柱は真っ白い木みたいだ、そのまま天井を格子状に区切っている。

天井が高く、長い真っ白なカーテンが吊る下げられていて、その奥に階段状の壇上があって真っ赤なカーペットが敷かれている。



先にいたのは兄弟達だ。

えらく男前な男性が振り向いた。

「もしかして、コイフか? 」

まさかのまさか、お兄様達である。

美形になっている! 子兎だったころの面影がほとんどない!


仰天していると後発の兄弟や姉妹が来て、広間の扉が閉められる。


(いよいよだわ)とコイフは思った。




「国王陛下、並びに王妃様方入場」

読み上げ番がそう言って、使用人たちが壁まで下がる。

コイフもタナお姉様もクルミちゃんも、壇上に向かって最上級の礼をした。


「面をあげよ」

全員がお父様を見上げる。

コイフのお母様、クルミちゃんのママの第二王妃、タナお姉様のママの第三王妃が揃って並んでいる。


「これより成人の儀を行う」




さて、兎人の男性の花形職業は実はガラス職人である。

東兎人国ひがしうさひとくにの北東を登っていくと休火山がある、そのおかげで材料になる砂がたくさん採れる。

板ガラスの職人も、ガラス吹きの職人も手の毛を剃って分厚い手袋を付けている。


男の子達のヒーローだ。


そんなガラス製の、とんでもない透明度のグラスが出てきた。

コイフの前世で見ていたグラスと同じくらいだろうか?

もしかしたらそれ以上の高級品かもしれない。


薄く透き通ったグラスにたぶん白ワインであろう酒が注がれて配られる。

とんでもなく緊張してきた。


国王陛下が椅子から立ち上がりグラスを掲げる。王妃様方もだ。


「このグラスは国民の誇りである、最高級の砂を使って作らせた最高級のグラスだ」

「その服は国民の文化である、何年もかけて5つの工房を買い上げて作らせた一級品だ」

「この酒は国民の命である、大量のぶどうを我々が独占し、今日の為に造った酒だ、これを飲み干したのならすっかり大人になって、これを口に出来なかった者の為に尽くせ、乾杯」

「乾杯」

色んな意味で重すぎるワインを飲み干して、国王陛下を見る。



「成人おめでとう、息子、娘よ」

楽団がやって来て突如音楽を奏でだす。

国王陛下は父親の顔になって笑い、王妃様方は母親の顔になって壇上から降りて来る。

グラスを給仕に返し、炭酸水を飲み干す。

「成人おめでとう! 」

イケメンになった兄弟も、美女になった姉妹も、お母様方に抱きしめられていく。

「コイフ、立派になったわ」

「ありがとうございますお母様! 」

しばらく9年ぶりに家族水入らずの時間が流れた。




「では、何人かの王子、王女から発表がある、呼ばれた順に出てくるように」

と王が言うと、王妃は壇上に戻っていった。


「メルト王子、ポコ王子、タナ王女、コイフ王女、壇上へお上がりください」

読み上げ番の文官室長のカークさんが読み上げてくれていた。


コイフはもうガッチガチだった、見ると、メルトお兄様は景気づけに茶色い酒を煽っていた。


国王陛下の方を向きながらも、広間に背を向けないように奥に講壇がある。

呼ばれたコイフ達は階段を上り、用意された講壇の脇に順に並ぶ。



「第55王子メルトだ、この度俺…私は、平民の女性と結婚する運びになりました! 」


ええーーー⁉ お兄様に春が来ていたのね! それはおめでたいことだわ!

「ワカお兄様が王位を継ぐまではしっかり王子として働かせてもらう事になった! みんなよろしく頼む! 乾杯! 」


広間中の姉妹が笑顔で、兄弟はぽかん顔で、シャンパンを乾杯した。




ポコお兄様は打って変わって外交の話をしていた。

外交を活性化させ、輸出を増やし、外貨を獲得したいと言った旨の手堅い話だった。




「王室第一文官室所属、第49位王女、タナでございます」

「第56位王女、コイフでございます」

「国王陛下並びに王妃様におかれましてはご壮健寿ぎ致します」

タナお姉様とコイフは最敬礼をした。


「かねてよりお話していた『貧民街の貧困問題、困窮者支援、並びに魔導保存庫の運用』について本発表させていただきます」

タナお姉様の言葉にコイフが一歩進み出る。

「発案者のコイフです、提言の内容は3つです」



「最初に提案した犯罪者の収容ですが、趣味の買い上げが上手く回った結果、犯罪数が半数以下に減りました、北の盆地地区ではゴールドラッシュととらえられているそうです、一度目の一斉摘発が効果を発揮したということもあろうでしょう、旧地区長は脱税で残念でしたが…、新地区長はこの度の収益で老朽化の進んだ公共設備の改善を行うとのことです。」

コイフは暗記した現行の北の盆地地区の説明をそのまま読み上げる。



「1つ目の提案は劇団の城下街への常設です、劇団は交易街で好評を博しております、これまで交易街向けのみだった講演を市民の娯楽とすることでより一層雇用の幅が広がり、収益も増えるでしょう」


「税は国2割街1割で宜しいと思います」

タナお姉様の押し売りもクリティカルに決まった。

「また若年層の雇用も増やすことが出来るでしょう、労働舎との提携も視野に入れて良いと思われます」

コイフは、子供達が演じる民話を妄想する…絶対に交易街でウケるに違いない! 



「2つ目の提案は趣味の買い上げの広域化です、趣味の買い上げの量を減らさず、北の盆地地区から更なる才能を発掘し、特にフェルト人形は工房化します、こちらも労働舎との提携も視野に入れて良いでしょう」

特にフェルトの兎人人形は各国に大好評だ、見本を用意して、作家さんに何回か指導に入ってもらえば問題なく量産化ができるだろう。

「そうすれば作家の才能を持つ者が北の盆地地区に越してきて人口の増加もありえる話になりましょう」

とタナお姉様が補足を入れる。



「3つ目ですが、これはポコお兄様に一日の長がございます、作品の海外輸出を行うのはいかがでしょうか? 」

先ほどのポコお兄様の提言は隙もなく堅実で素晴らしかった。


「現在は友好国からの使節団のみですが、海外輸出を行うことで我が国に訪れたくすることが目的となります」

「これは草案の頃述べた観光客の誘致の一環になります」

タナお姉様が補足を入れてくれた。

「観光は絶対に伸びます」

だってコイフは人間だったのだ。

兎人の生活は最高だ、前世のコイフが事あるごとに「最高! 」と叫んでいるのだから伸びないわけが無いのだ!



「そして最後にこちら、薬の魔導保存庫です、今はわたくしの手作りで小さいですが…これを国内で作って流行り病への対策とするのが私の提言です」


タナお姉様が私の作った『魔導保冷庫ver.2』を国王陛下に捧げる。

国王陛下がまじまじと見る。

「なるほど、空気の温暖差だけでファンを回すのだな…似たようなものが人国にもあったな」

コイフは淑女の礼をする。

「はい、王都に留学経験のある、教え処教諭のミシェル老に相談を致しました、人国の食品保存庫を真似て作りましたので権利を主張することはできません、ですが、国産の保存庫の足掛かりとなる事は出来るのでは無いかと考えております」

タナお姉様が追い打ちをかける。

「まずは国策として小さい物から制作をし、各薬局に配布するのはどうでしょう、流感は毎年やってきますので数年で統計が集まるはずです」


国王陛下が頷く。

「ふむ、検討に値する、議会で提言しよう」

これはほぼ本決定の意味だ。


コイフとタナは顔を見合わせてから最敬礼をする。

「ありがたく存じます国王陛下」

「深く感謝いたします」


「これで提言は以上になります」

文官室長のカークさんに促されて礼をとってから壇上を降りる。

小声でタナお姉様と話す。

「緊張しましたわ…! みんなの前なんて知らなかったんですもの」

「でも国王陛下のGOサインが出たわ! 私達の苦労が実ったわね! 」

「ええ、タナお姉様! とってもうれしいわ! 」




楽団が音楽を奏で始める、国王が王妃の手を取ったのをみて、ダンスだ! と皆気付いた。

急いで兄弟でペアを作る、コイフが手を取られたのはポコお兄様だった。


「ポコお兄様! 」

「コイフ、踊ろう! 」

「ええお兄様、先ほどの提言素晴らしかったです、見習いますわ」

「うん、僕もコイフとタナの画期的な提言、すごく参考になった」

ステップを踏みながら会話する。

「ふふ、やっぱり踊るのは楽しいわ! 」

「コイフはいつも溌剌としていて元気がもらえるよ、その調子で人国でもやっていくんだよ」

「はいお兄様、お母様にも抱きしめてもらってコイフは家宝者ですわ」

「僕らは同胞はらからだから、いつでも応援しているよ」

「うれしいです、頑張って魔法を収めてきますね」

「うん、あと輸出には一枚噛ませてね」

「どうぞ1枚でも! 2枚でも! 」

コイフは嬉しくってクルクル回った。

こうして楽しい時間は過ぎて、昼食会を行った所でお開きになった。



ドレスは王宮に返却する。

「コイフさま、このドレスは留学の際にお送りいたします」

とメイドに言われた。

「? 魔法学校はドレスを着るの? 」

「そう伺っております」

コイフはなんだかげんなりした。




薬局『東兎人満月亭』に戻ると食堂がお祝いと酒盛りの気配で騒がしかった。

「あー! コイフ先輩おかえりなさい! コイフ先輩はご飯の時間までここ来ちゃダメでーす! 」

ワイズがテキトーすぎるあしらいでコイフを遠ざける。

「わかったのよ、お部屋にいるのよ」

コイフは薬局『東兎人満月亭』の寮の部屋に戻る。

そして帰りしな渡された許可証を開く…。


『東兎人国 第56王女 コイフ 

10歳の冬の後月に人国への留学を命ず

               国王』


後月とは『あとつき』と読む、うさひとは季節を初月はつつき中月なかつき後月と3つに分けるのだ。


つまりこの薬局で働けるのも、あと一年も無い。

「学ぶべきことは学べているかしら…」

コイフは不安になる。

先輩とも同輩とも後輩とも、上司とも良い関係を築けていると思う。

だからこそコイフは待ちに待った王都行きの許可証をみて、心が重くなってしまう。

「こんな時あの子がいたら相談できたのに」

親友を探すために王都に行くのに、とコイフは少し笑ってしまった。


「うん、らしくないのよ、…よし、ちゃんと奥様に話しておかなくっちゃ! シフトも増やすわ! 」

ようやく草案から解放されたのだ。

仕事を学べる機会を増やして、残りの時間しっかりやろう!とコイフは起き上がる。


「わたしもみんなをお祝いするのよ! 」

コイフは机に座って、高等魔法進学舎での友人達へ、成人祝いの手紙を書き始めた。

その夜コイフは薬局の仲間たちに成人を祝われて、いろんな意味で軽いお酒を楽しむのだった。





光陰矢の如し、月日はあっという間に過ぎて10歳の冬だ。

「立派な薬師になって人国の薬局に勤めたい! 」と奥様に伝えると、その日から今日までビッシバシ扱いて頂いた。

おかげさまで一端の薬師になれたとコイフは思っている。


薬局『東兎人満月亭』の門扉でみんなが見送ってくれる。

「ふん! せーぜー人国でもみくちゃにされて泣くが良いのよ! 」

「メリーお姉ちゃんが泣いてるのよ、コイフ人国でも頑張ってね」

「ありがとうなのよメリー! サニー! 」


「先輩! 帰ってきたら必ず寄って下さいね! 」

「ありがとうワイズ! 必ず寄るのよ! 」


「さぁ! 兎人流の調剤妙技ってやつを人国に見せつけてやって来な!」

「合点なのよ奥様! お世話になりました! 」


来た時と同じ量の行李を背負って、コイフは『交易街』に向けて歩き出したのだった。





「か、カイジュウなのよーーーー‼‼」

コイフは恐怖に叫んだ。

国から指定された駅は『交易街』の『ワイバーン停留所』である。

まさか本当にワイバーンがいるとは思わないではないか!


「うるさいぞコイフ! 」

「あっ! メルトお兄様⁉ お隣はもしかして奥様なのよ⁉ 」

なぜか停留所に去年平民と結婚したはずのお兄様がいる。

そのお隣にはとっても大きな女性がいた。


「王女さま、はじめまして、私は大兎人国おおうさひとくにから留学に来ているサクと申します」

フレミッシュジャイアントの女性は、体は大きいがどこか朴訥とした雰囲気で、柔らかい笑顔で挨拶してくれた。

「サクお姉様になるのですね! わたしはコイフです、よろしくお願いします」

ちょいちょいと握手をすると温かい体温が心地いい。


「ところでメルトお兄様はなぜここにいらっしゃるの? 」

「コイフの荷運びついでに人国の商会と友誼を結びに行くんだ、間都国はざまとこくまでな」

「お見送りにきてくれたのね! うれしいのよ! 新しいお姉さまにも会えてうれしいわ! 」

コイフは嬉しくってクルクル回る。


「あれがお前の荷物だ」

と指さされて、コイフはびっくりする。

「大きいのよ! とても一人じゃ運べないわ! 」

こんなに一体、何が入っていると言うのだ!

「ドレスと化粧品とか姫活動用品一式だ、コイフそんな薬師みたいな恰好で大使館に行く気じゃないだろうな? 」

「大使館…そんなに凄い所なの? 」

コイフは大使館を舐めていた。

だって生前だって見た事がないのだ。

「大使館は小さな王宮だぞ、そんな事だと思った、行李に着替え一式入っているからそこの更衣室で着替えてこい! 」

振り返ると本当に更衣室がある、個室が3つ並んでいる。

「本当だわ! あ、本来はパイロットやテイマー用なのね…」

「コイフ王女、お手伝いしますわ」

「ありがとうサクお姉様! 」

ドレスは伝統的な重ねのオフショルダードレスワンピースだった。

腰帯を花形に結んで準備OK!

コイフはサクお姉様に手を握ってもらって停留所に戻る。


ぶわっ! と風が吹いた。



「これがワイバーン便なのね…! 」


3匹の翼竜ワイバーンが大きな木箱を引いて飛んでいる。


大きな木箱が二つ縦に積まれているような形で、箱ひとつの大きさは電車一両分くらいだ。

その、進行方向に向いた下の木箱の一面がガラスと鉄骨で出来ていて、なんとそこに人が乗っている!

「あれが車掌室だ」

「車掌さん⁉ ガラス割れないなの⁉ 」

「よく見ろ、足元は木だ」

「本当だわ! お兄様詳しいのね」

箱の底辺だけ床がちゃんとある。

「外交でよく見送りに来るんだ」

メルト兄さまが言った。


どしん、と箱が着陸して、ワイバーンも着陸する。

木箱の車掌室からふたりの人間が降りてきた。

車掌がヒトで、テイマーが兎人だ。

「ようこそお姫様、ワイバーン便へ! 」

車掌が木箱の二階に向けて階段を立てる。

「上が客席、下が荷物室です、王都まで最速で行きますよ! 」

テイマーのおじさんがさっさと私の行李を荷物室に運んでしまう。


「いってらっしゃい、頑張れよ」

メルトお兄様笑っててを振ってくれた。

「いってきますなのよ」

コイフも笑って手を振った。




木箱の中は席が6つしかなくって、長椅子が進行方向を向いて床に固定されていた。

「シートベルトなのよ…」

体を固定するベルトがあった、これをドレスで付けろと言うのか。

壁に目を向けると魔織布が壁紙に使われている。

「物理強化のバフがかかった魔織布なのよ、カーペットも、強力にかけてあるからこの客室は安全なのよ…問題は」

扉である。

と思ったら外でガタガタと音がする。

「二重扉ね」

よく見れば天井に空気の逃げ道が作られている。

「少しキーンとするだけで済みそうなのよ」

コイフは安心して椅子に座り、シートベルトを付けた。

(なにかあったら浮遊の魔法を使えばいいのよ)と思ったら気が楽になった。


ググ…ッと音がして重力が掛かる。

ブワッとワイバーンが羽ばたく音がして、箱がゆらゆら持ち上がってるのがわかる。

もう一度ブワッと羽ばたくとスウと箱が浮いたのがわかった。

瞬間、3回目のブワッで正面から重力がかかった。

「早い! 重力操作しないとぉお」

音を置き去りにしてワイバーン便が飛び去った。

「酔っちゃうのよおおお‼ 」

コイフは木箱の客席の中で懸命に重力バリアを張っていた。

次回は1月23日の更新です。

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