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②谷間村を出る日、卒業、就職

次回は1月20日の更新です。

②フィオナ 9歳 谷間村を出る日



山の谷間村のトイレは水洗式ではない。


陶器のような便座に座って用を足すと、糞尿は1メートルほど深めに掘った穴に落下し、枯葉の山に落ちる。

そこは少し傾斜のあるトンネルだ。

排泄すると、魔法で更に上から枯葉が被せられる。


そしてトンネル内を糞尿は風魔法で押し流され、余分な水分は水魔法である程度吸収されながらコロコロ転がって団子状になり、トンネルを抜けて村から離れた場所に捨てられる。


ちなみに途中で吸収された水分は浄化魔法をかけたあと別の下水に流れ、団子とは別の村から離れた場所にまかれる。


「一応糞尿を捨てる場所は月ごとに変えてるんだよ~」

とレギアスは楽しそうに説明する。


フィオナはトイレの配管掃除をしているレギアスの作業を見せてもらっていた。

2人とも口に布をあて手袋とエプロンをしている。


便座のトンネルは上や横から2重の蓋を開けて掃除できるようになっている。


現在レギアスはトンネルの壁の汚れを落としている。

といっても汚れは枯葉に包まれ水分をほとんど含んでなく、棒を軽くあてるとぱさぱさと簡単に取れてトンネルの下へ落ちて行った。

トンネルの横幅は広くフィオナがすっぽり落ちてしまいそうだ。


(便座の口が落っこちない大きさで本当に良かった! )

とフィオナは心底思った。

「そうねー、フィーたんは危ないからこの作業は任せられないかな」


「あんま匂いしないのが不思議」

フィオナが感想をもらした。

実際ロード家のトイレはそんなに匂いが気にならない。

普段から便座の蓋を閉めているからでもありそうだが。


「それはね~排泄した端から枯葉で包んで水分を取ってるからだよ」

「そうなんだ」

「そう、用を足して便座の蓋を閉めると枯葉が落ちて風魔法がトンネル中の糞尿を片付けてくれるからね」

「用を足した後にごお! って音がして、便座の蓋が開かなくなってたのはそういう訳だったんだね」

フィオナは納得した。


ばたんとレギアスはトンネルの蓋を閉めた。

「この村のトイレのトンネルは全部最終的に一つのトンネルに繋がってるんだよ、さ、次はタンク内に枯葉を追加しようか」

「うん」


ロード家トイレ地下から階段を上がり出て、屋外に出る。

トイレがある場所の裏手に屋根付きの大きなタンクがあり、乾燥した枯葉が中に溜まっている。


レギアスとフィオナは別の場所で乾燥させた枯葉を運んできてタンクに補充した。


その後はレギアスとフィオナで他の家々のトイレ地下のトンネルとタンクを点検して回った。

が、掃除の仕方やタンク補充のやり方は村人に伝えてあるそうで、ほとんど個人の家でやる事は無かった。

各自で定期的に管理しているのだろう。


台車に積んでいた枯葉の残りは元の場所に戻すそうで、レギアスは猫車をカラカラ押している。

フィオナも袋に枯葉を入れて手伝っているが、レギアスは既に4往復はしている。


「レギパパ、魔法でびゅーんて運んじゃえば良いのに」

フィオナが質問した。

「出来るけど、こういう手間が人間ぽくて面白いんだよ」

ニコニコしながらレギアスが答えた。

「そうなんだ」


レギアスもヴェラもそういう所がある。

魔法に頼る事もあるが、あえて手間のかかるやり方を選んだりする。


「私は魔法好きだから魔法使ってもいい? 」

フィオナが聞いた。

「良いんじゃない? あぶない事とかさえしなければフィーたんが好きなようにやってみなよ、わからなかったら僕やヴェラに聞けばいいよ」

ニコニコのレギアスは楽しそうに作業しながら答えた。


(はぁ、一連の作業を見てたけど、人糞が畑の肥料に使われてなくて良かったー‼‼‼ )

フィオナはホッとした。

「使わないよ、人間から出た養分はなるべく他のいろんな生き物に介するようにしてるから」

レギアスが説明した。



フィオナとレギアスは村共有で枯葉を干している資源小屋に着いた。

資源小屋は屋根付きの床は地面から40センチほど離して作ってある長屋だ。

壁に熊手や穀物を操るフォーク等農具が置かれている。


ここは天気の良い日は窓が開け放たれ風が吹き抜けている。


資源小屋の一箇所に目の細かいシートを敷いて、上に枯葉をひとまとめにして積んである場所がある。

そこではヴェラが森から取って来た枯葉を補充していた。


「あら、二人とも終わったの? 」

「終わったよーヴェラお疲れ様ー」

レギアスが言いながら台車から枯葉を下ろした。

「はいお疲れ様、フィーちゃんも頑張ったわね」

「ありがとう、ヴェラママもお疲れ様」

フィオナが答える。


「フィーちゃん畑の肥料が気になるんだって」

「肥料? 外の土の山が肥料よ」

「土の山? 」

ヴェラは窓から見える石畳の上の土の山を指した。


「畑の収穫で出た野菜くずとか、畑の雑草とか、今日取ってきた枯葉を混ぜて放置しとくのよ、隣の山はまだ土になりかけね、2、3カ月かかるのよ」

「ここに捨てる生ごみも、匂わないように1回乾燥させるんだよ」

レギアスが補足する


(そんなに手間がかかるとは。肥料の為にめちゃくちゃスペースも必要だし、こりゃ大変だ)

「…簡単に肥料になる魔道具作れないかな」

ふとフィオナが呟いた。


「魔道具作るの⁉ 教えるよー」

レギアスがくいついてきた。

「うん、やってみたいな、便利な魔道具作れるようになれば、魔石より儲かるかもしれないし」




そんなわけで夕食後に魔道具の作り方をちょっとずつ教わり始めた。



魔石から動力を得て…魔動力の高い材質で繋げて…魔法を記憶してくれる石に指定の魔法をしっかり覚えてもらって…発動条件の回路作って…ここは肥料を入れて、導線を考えて…



数か月後、家庭で出た生ごみや家畜の糞をコンパクトな箱に入れるだけで肥料になってしまう、名付けて『強制肥料装置』を完成させた。


長方形で縦長の、高さ50センチくらいのゴミ箱みたいな見た目だ。

中はトイレのトンネルと同じ、汚れがこびり付きづらい素材で作った。


生ごみを入れて蓋を閉めると魔法で強制的に水分を抜き、細かく砕いて混ぜて、魔法でごみ内の生き残った植物を確実に殺す。

基本は堆肥作りと同じ造りだ。

出来た物は匂いはなく環境にもやさしいので自然に返すもよし、家庭菜園の肥料として土に混ぜて使うもよしだ。

一定の大きさの生き物が誤って入った時には作動しない様にセンサー付である。


フィオナがこういうものをつくりたいと伝えて、ほとんど組み立てはレギアスが担った。


「魔道具って、細かい装置を弄るだけじゃなくて、工作の技術もいるんだねぇ」

フィオナは感心した。

「全体が出来ちゃえば、部品部品は別の人に委託する手も出来るよ、まぁこのくらいなら僕が作っちゃうけどね! 」

凄いでしょ! とレギアスはどやった。


「うんうん、凄いよレギパパ! これ試しに設計図売ってみてよ! 」

「おっけー売り込んでみるよ‼ 」



いつもレギアスが作った魔道具を買い取ってくれる営業の人にレギアスは頑張って売り込んだそうだ。

「ではお試しで」とめでたく設計図は買い取ってもらえ、園芸が好きな家庭や、水が使えない環境に住む人たちに需要があってプチブームを巻き起こしたのであった。


後日、営業の人から設計図を購入した値段の倍以上の金貨を追加でいただけた。

相当儲かったようだ。


ーーーーーーーーー

9歳 秋


今年も冬の備えで慌ただしい時期が始まろうとしている。

秋には冬が来る前に麦や野菜を収穫し終えて、保存食用に食材を加工したり、狩りに出たり、薪や魔石の補充や買い出しととにかくやる事がいっぱいなのだ。

ロード家以外の住人は、荷物を減らさなければならないし、収入を得る為に何度か山を下りて行商にも出なければいけない。



9歳になったフィオナの体は以前よりずっと伸びて、5頭身になった。

運動もすばやく出来るし元気いっぱいな年ごろだ。





フィオナは近いうち労働者学校を辞める予定だ。

冬の備えの手伝いや親孝行をしたいし、冬ごもりをして春がくれば、雪解けとともに王都に行って1年間受験勉強をするのだ。


ちなみに今まで通っていた労働者学校には卒業というものはない。

学生は望む技術や資格を取ったら就職先の推薦状を取ってもらったりなんなりして、自分のタイミングで学校を去っていくのだ。

その事をミアに伝えた。


「フィオナちゃんが辞めるなら私も辞めようかな」

とミアが言った。

「え、ミアはミアの人生を生きないと! やりたい事はないの? 」

フィオナはぎょっとしてミアにおせっかいを焼いた。

少しミアは考えてから、口を開けた。


「私、母さんの技術を継承したいの、お仕事のお手伝いにもなるし、母さんの生活を支えられたらなって考えてる」

ミアも成績は悪くない。

ミアはフィオナに付き合ってよく一緒に勉強しているからフィオナは知っていた。


「それがやりたい事なの? 」

フィオナが聞く。

ミアは頷いた。

「私も大きくなったし、母さんと一緒に人族の外に出ようかなって話は出てるの」

「人族の外!? 」

フィオナはびっくりした。

人族の領域の外には、あらゆる知的な魔物が生活していると知識では知っているが、実際どんなところか予想もつかない。


「母さんの故郷が人族領地の外にあるんだ、長旅をする為に私も身を守る方法を覚えたいし」

「長旅…身を守る方法…」

フィオナが反復する。




そうして2週間後、フィオナとミアは一緒に労働学校を辞めた。

フィオナは大量の作物の収穫をしたりとロード夫妻の手伝いをして、ミアはミアでノルと冬越しの手伝いに行商についていったりしていた。



夕食後ののんびりとした時間にフィオナはロード夫妻に聞いた。

「ノルディアナさんの故郷が人族領の外にあるって聞いたんだけど…」

フィオナにはノルやミアも同じ人に見える。


夫妻はフィオナの質問を聞いてからお互い目くばせをした。

(繊細な質問しちゃったかな?)

フィオナは戸惑った。


一度目を閉じ、ヴェラが語りだした。

「私もノルからきいているわ。フィーちゃん、人族のくくりってなんだと思う?」

「えー…祖先に血の繋がりがあるとか? 2本足で歩くとか…? ごめん、わからないよ」


「答えは、その種族の偉い人が『私達は人族なので人族のカテゴリに入れてください』って言って王都の王様が許可したら人族になるわ」

ヴェラが答えた。


フィオナはきょとんとした。

「…それだけ? 」

「人族に仲間入りしたからには人族のルールを守らないといけなくなるわね、王都から決められたルールよ」

「ふーん…」

フィオナはヴェラの質問の意図を考え直した。


「つまり、人族って名乗ってない人たちが、人族領の外に住んでるって事? 」

「『人族』は呼び分けの名前でしかないって事よ、フィーちゃんの言う通り人族領の外にもノル達みたいないろんな人が住んでるわ」


「…なんか目から鱗、じゃあそこにノルさんたちは向かうんだね、全然違う世界に行っちゃうような気がしてたよ」

「いろいろ常識だと思ってた事が食い違う事はあるでしょうけど、ノルもミアもお友達だわ、いつでもこの村に帰って来てねって伝えてあるのよ」

ヴェラがにっこり笑った。

「そうだねぇ…」

正直フィオナにはまだよくわからない話だ。親友を見つけたら人族領を出て、ノルさんたちの故郷にも行ってみたいなとフィオナは思った。






冬の始まりにノルディアナ親子は村を離れて行った。

もちろん、ロード家や仲の良い村人に挨拶してから。


「いつもの町で冬を越えてから、人族領内にある異種族街にしばらく身を置く予定です」

さよならの挨拶の時、ノルがロード家に話した。


異種族街とは、人族領内で人族以外の知的生物が多く暮らしている街の事だ。


「ロード家の皆様のお力が無ければこうして旅立つ事も出来ませんでした、本当にお世話になりました」

「ありがとうございました」

ノルとミアが一緒にお礼をした。


「良いのよ、これからもあの口座に振り込み続けるし、何か必要な時は連絡して」

ヴェラがノルとミアをハグする

「これ、連絡用の魔道具作ってみたよ、魔石なくても、太陽光の光を貯めておけば使えるからね、これで僕たちに連絡して」

レギアスがノルとミアに2つ小箱を渡した。

「ありがとうございます何から何まで…」

ノルは少し涙ぐんでいるようだ。


(我慢せず泣いちゃえばいいのに)

とフィオナは思った。

ロード夫妻は悲しい事があると感情を抑えず号泣する。

「そうね、ノル思いっきり私に甘えて泣いちゃっていいのよぉ」

ヴェラがハグしたままノルをあやす。


レギアスはフィオナとミアを連れて少し離れた所に移動した。

「ヴェラに仲良しの友達が出来て良かったよ」

レギアスが微笑んで言った。


(お、めずらしく旦那みたいな事言ってんな)

レギアスとヴェラが仲良しなのは横で見ていたらわかる当然の事なので、ここで茶々を入れるのはやめとこうとフィオナは思った。


フィオナが横にいるミアを見ると、遠くでヴェラに甘えているノルを見て、ミアもほほ笑んでいた。

(ミアも旅の先で幸せになってほしいな)

フィオナはミアの手をぎゅっと握った。


「フィオナちゃん、今まで遊んでくれてありがとうね」

ミアはフィオナの方を向き、微笑んだ。

「うん、私もあの子を見つけたら、ノルさんの故郷に遊びに行くからね! 」

フィオナが言うとミアは目を見開いたあと、涙を潤ませた。

「本当? 絶対だよ、フィオナちゃんは私にとっても大事な友達なんだからね! 」

ミアがフィオナに抱き着いた。

それにフィオナは優しく腕で包んで、ぽんぽんと背中を叩いてあやした。


「また会おうね」


フィオナがミアに教えた指切りのハンドサインを2人でした。

「何それ良いな、あと可愛い‼‼‼ 」

2人の様子をみていたレギアスが悶えた。


ロード夫妻は旅の邪魔にならない程度の保存食をノル達に渡して見送った。


それから数日間フィオナは(ミア達が無事に下山できますように)と祈り続けた。

山の谷間村でたまにぽつぽつと小雨がふる事があった。

山の天気は時として登山家には危険な事もある。




数日後、魔道具で「冬越しの街に着いた」とノルから連絡が来てロード家一同ホッとした。

『この魔道具凄いですね、またお話しできるなんて嬉しいです、…あの、ヴェラ、私達友達だよね、また会いに行くから』

そうノルが言った。


「ビえええええええええ‼‼‼ うわーんノルーーーーーーー‼‼‼‼ ひっく、うええええええええええええあああああ‼‼‼‼ 」

連絡を切った後ヴェラがいきなり大泣きしだした。

ずっと寂しさをこらえていたようだ。

美しい大粒の涙と鼻水と涎がくしゃくしゃにゆがんだ美女の顔から流れて来る。

レギアスが「よく我慢したね」と褒めながら涙をふくタオルをヴェラに渡し、あやし始めた。


ドザァ――――――――――

急に大雨がふり出した。

その音にフィオナが窓を見る。

激しい雨粒が窓を打ち付け、暗雲が空を覆っている。


(しばらく天気怪しかったけど、ついに降って来たか、洗濯物外に干さなくて良かった、これはしばらく降り続けそうだ)

とフィオナは思った。


フィオナもヴェラママを慰めに向かった。




沢山大泣きした翌日、ヴェラはにっこりご機嫌だった。

話を聞くと、ノルに『友達』と言ってもらえて嬉しかったようだ。

「離れていても気持ちは通じ合っているからもう平気よ! ノルにはまた会えるもの」


フィオナはヴェラが元気になってくれて嬉しかった。

(ヴェラママは強いなぁ、私はあの子がいないと、時々不安で寂しくてどうしようもない時があるよ)

フィオナは他にも前世地球に残してきた友人達が幸せであるように祈った。

「フィーちゃんには沢山友達がいるのね」

ヴェラがフィオナの頭を撫でた。

「いや、全くそんなことはないけど」

フィオナは素早く否定した。

「友人は少しはいた…それから、前世良くしてくれた人達とか…、私が勝手に幸せになっていて欲しいなーって思うんだ」

「そうなの、元気でいて欲しいわね」

「うん」




ノルが谷間村を下山する今年最後の村人だった。

現在村にいるのはロード家の人間のみだ。

家の窓を木で補強したり、庭の植物に囲いを施したりした。

フィオナも出来る事を積極的に手伝った。


そうこうして日々を過ごしてるうち雪が降るようになり、大雪がふるようになり、雪から逃げるように玄関を閉じて、今年の冬ごもりが始まった。


やっぱり冬ごもりの1日目はご馳走を食べる。


「今年もお疲れ様!ヴェラ、フィーたん!」

「お疲れ様」

「お疲れさまー」

レギアスの音頭にヴェラとフィオナが順に答えた。


フィオナの前世の文化を真似して、コップ同士を軽くぶつけた。

夫妻が飲んでるのはアントノフカで購入したであろう、包装の綺麗なロゼワインだ。


フィオナはまだ未成年だから飲めない。

よって高級な葡萄ジュースをいただいた。


「かんぱーい!」

乾杯の音頭はフィオナがとる。

この村の謎ルールだ。何故なら乾杯はフィオナの前世のルールだからだ。

「かんぱいフィーちゃん」

「かんぱいフィーたん、この間のユビキリも教えてよー」


今年取れた野菜をふんだんに使ったスープ、魔物肉のロースト、香辛料は普段より贅沢に。

ロード家は雑談をしながら温かい食事を囲んだ。


冬の準備が終わってほっとしたフィオナは早々に眠気が押し寄せ、食後に自分の部屋に戻り眠りについた。


***


次の日。

朝ごはんを食べ終え、レギアスは防寒着をしっかりきて出かけようとしていた。

「どこいくの?」

フィオナが訪ねた。

「アントノフカに探し物を…」

レギアスがもにょもにょ喋った。

「そうなんだ、風邪ひかない様に気を付けていってらっしゃーい」

フィオナは見送った。

「行ってきます! 」

レギアスは格好よく会釈してアントノフカ行の石板に乗っていった。



「レギパパ変だったけど、どうしたんだろうね? 」

フィオナは居間に戻って朝の片づけをしているヴェラに言った。


「うふふ、内緒なのよ」

「え、どういう事? 」

「まだどうなるかわからないから、レギアスが帰ってきたら聞いて見ましょ」

「うーん? わかった」



この日、レギアスは帰って来なかった。

ヴェラは「大丈夫よ」と言っていたのでフィオナは納得した。

心配のいらない両親を持つ事は全く幸せである。


フィオナは王都方面の本屋から取り寄せた王都と入学予定の魔法学校関連の本を読む作業に戻った。





数日後。

「ただいまー」

早朝にレギアスが帰って来た。


ノック後、フィオナの部屋のドアが開けられる。


寝ているフィオナを誰かがぽんぽんと叩いた。

「ごめんねフィーちゃん起きて、レギアスが帰って来たわよ」

「ねmr…レギパパおかえrn…」

すやすや…

「フィーちゃん起きてー」


フィオナはヴェラに抱っこされてキッチンまで運ばれた。

「フィーちゃん大きくなったわねー」

抱き上げたフィオナの重量の変化に、ヴェラは感慨深く言った。



「フィーたん来たね!おはよう!」

キッチンでエプロンをしているレギアスは、早朝から元気そうだ。


「れぎぱぱ…おきゃえり…」

フィオナは眠くてこっくりこっくりしている。

「寝てた所ごめんね、でもフィーちゃんにオムライスの作り方教えてもらいたいんだ」

(オムライス? )


そうして寝ぼけながらフィオナはレギアスにオムライスの作り方を教えた。


時には言葉で、時には念話で…味もイメージを送った…



***


眠りから覚めて気が付くとフィオナはオムライスを食べていた。

正確にはヴェラがスプーンで食べさせてくれていた。


「…オムライスだ」

フィオナが呟く。


もっもっもっ


「どう? フィーたん美味しい? 」

「味…美味しいよ」

(寝ぼけててよくわからないけど)


「お世辞じゃなくてぇ、もう一口食べれる? ちゃんと味わってみて~」

「わかった」

もっもっもっ

フィオナは今度は意識して食べた


「…うん、普通に美味しいよ? 」

卵の表面は硬めだが中はとろとろにやわらかい。


「美味しいなら良かった!また後日同じ卵で作るからねー」

「…ふぁ? 」

「産みたてと、数日後経ってからの卵のどっちが美味しいのかわからなかったからさ、食べ比べてみたいんだ! 」


どうやらレギアスは朝1に産みたて卵をもって帰り、帰宅後すぐにオムライスを作り始めたようだ。


「卵によって違うかもしれないからさ、さっきのは僕が一番美味しいって思った卵だよ」

これから2番目に美味しい卵で作るね! とレギアスは卵を溶き始めた。


「…? まさか大量に卵持ってきたの? 」

「いや~キリないなと思って、トップ3だけ買ってきたよ! 」

「…3っつも食べれないよ、オムライスじゃなくてまずはオムレツにしようよ」

フィオナが提案する。

オムレツって何? と聞かれたのでライスの無いオムライスだと説明した。


「でも味変わっちゃわない? 」

「まずはそれで良いから、ほらケチャップだって似せきれてないんだし、まずはオムレツから」

フィオナは説得した。

「ん~フィーたんがそういうなら、わかったよ、まずはオムレツだね! 」

そうしてレギアスはフィオナが教えた比較的失敗しないオムレツの作り方で作り始めた。


「そういえば、レギパパはここ数日美味しい卵を探してたの? 」

「うん、初めは卵を産んでくれる野鳥を探しに行ったんだけど、色々食べてみたらお店の卵の方が美味しかったから、そしたら今度はどこのお店の卵が一番美味しいのか調べてたんだよ」

(…はー本当レギパパもヴェラママも凝り性だな~)

フィオナは感心した。



今年の冬は何度もオムライスの試作品が出た。

ケチャップもフィオナの味のイメージからハーブを足したり試行錯誤して、前世の味に近づいて行ったのだった。



ーーーーーーー


長い冬ごもりのある日の事。


「なんか今日のご飯豪華だね? 」

フィオナが食卓についてヴェラに聞いた。


わざわざ新しいカラフルなランチョンマットに料理が並べられている。

ハーブとドライフルーツを贅沢に使ったお茶は綺麗なカップに注がれ、アントノフカで買ってきたのか生野菜を可愛く盛り付けたサラダまである。


ロード夫妻はにまにま笑みをこらえている。


(あ、これは…)

2人の態度でフィオナも察した。

「そう! フィー(た)ちゃん、誕生日おめでとー‼‼‼‼ 」

夫妻が手をぱちぱち叩いて祝福してくれた。


「ヴェラママ、レギパパ、ありがとう」

冬ごもりの日々でフィオナは日付を忘れていた。


「フィーちゃん10歳の誕生日おめでとう! 」

「おめでとー! 」

「ありがとう2人とも、朝ごはんいただきます」

そう、これは朝食だ。


彩鮮やかな具沢山のサンドイッチを3人は食べ始めた。


「フィーたん今年の誕生日は何したい?」

「どこか行きたい場所や食べたいものはあるかしら? 」


「んー」

フィオナは考えた。

来年から王都に行くからしばらくフィオナは家を空ける。

2人に何かプレゼント出来ないだろうかと…


そしてフィオナはふと思いついた。

「アントノフカで買い出しして、ケーキ作ろうか」


ケーキはこの世界にもある。

アントノフカでケーキを買ったり、ヴェラに作ってもらったりしていたが、フィオナが作った事は無かった。

全部一人で準備するのは大変だから、ロード夫妻には手伝ってもらわなければいけないが、気持ちは伝わるだろう。

幸い夫妻はお菓子作りが好きな為ケーキ型はもともと家にある。


「よし! アントノフカで買い出ししよう! 」

フィオナは決めた。

「おっけーじゃあ食べたら出かける準備しようね」


こうしてロード家でアントノフカに繰り出すことになった。




アントノフカ食料品店


交易路の交わる場所にあるアントノフカならでは、いろんな輸入品が売っている。

大きな店だ、フィオナの誕生日ということもあって、それなりにオシャレをしてのお出かけだ。


「小麦粉は家のを使おう、卵もまだある、砂糖はまだあったっけ? 」

フィオナが聞いた。

「お砂糖買っておいて良いわね、いつもの大容量のやつ」

ヴェラが棚から大袋の砂糖を引き抜いた。


砂糖、バター、生クリーム。

苺は冬に採れないそうで、代わりに甘味の強いリンゴ1個とベリーのジャムを買った。


(アントノフカにもしばらくこれなくなるかもな、お世話になりました)

フィオナは心の中で礼をした。




帰宅した一家は、外着から動きやすい服に着替えて、エプロンを付けた。


まずは温度がわかる魔道具付きの窯に、火を起こす準備をしておく必要がある。

「ヴェラママ、ケーキを焼く温度に窯を調整してほしいんだ」

「わかったわ」

窯を一番使い慣れているヴェラが手伝ってくれる。

「手伝ってもらっちゃってありがとね、窯は使うの難しいや」

フィオナはヴェラに礼を伝えた。

「良いのよ」


窯の真下に薪を入れ燃やす場所がある。

フィオナはとりあえず3,4本薪を入れて、乾燥した穂に火をつけ薪の上に置いた。


ヴェラが種火と薪を上手い事配置し直してくれて、薪に火が付き煙が出始めた。


窯には風魔法がかけられており、燃える火の煙は手前に向かず窯の横を通り温めながら上へ登り、外へ続く排気口へ出て行ってくれる。


(この世界には一酸化炭素という言葉はないけど、燃えてる最中の火は危険っていう認識はあるんだよね)

今まで何人も死者を出したが故の人間の知恵なのだろうか、とフィオナは思った。


火力が十分強くなってきた、ヴェラは薪を足してケーキを焼く適温に調整をし始めた。


「ヴェラママ、私は生地作り始めるね、しばらく任せるね」

「はい、任せて頂戴」

ヴェラママは頼もしい!




「レギパパ私はこれから材料を測ります」

「わかった! 」

調理台に必要な道具屋材料一式をレギアスは出して置いてくれた。


フィオナはそこから材料を適量測っていく。

測り終わった材料はレギアスが除けていってくれた。


窯に近づけてバターを常温に戻して、型に生地がくっ付きづらくなるようバターを塗った。


次にボウルに砂糖、卵を入れて、フィオナはボウルを結界でつつみ、魔法で滅茶苦茶勢いよくかき混ぜた。

途中途中様子を見ながら空気を入れて混ぜ、泡立ち具合を整える。


その後は小麦粉をふるいにかけながらボウルに足していく作業だ。

ボウルの真上にふるいを浮かせ、結界で導線を作り小麦粉を落とすのでボウルの外に小麦粉がこぼれる心配が無い。

こういう時魔法はとても便利だ。


ボウルの中身を程よく混ぜたらバターを足して更に混ぜた。




後は型にボウルの中身をいれてヴェラに焼いてもらう。

ヴェラのタイミングで生地入り型を窯に素早く入れて焼き始めた。


生地が焼けるうちに生クリーム作りの準備をしておく。

同じように材料を測っておき、使い終わった調理器具を洗っていく。


この世界に食器用洗剤はないから、調理器具用の浄化魔法がかかった魔道具で洗っていく。

柄の先から出る魔法の光を当てるだけで擦らなくてもほろほろと汚れが浮いて落ちていく。

あとはそれを水で流して洗浄完了だ。

(水で流さない人もいるらしいが、フィオナ的に流さないと気が済まない)


待っていると良い匂いがしてきた。

のぞき窓から窯の焼き加減を覗くと、生地がふっくら膨らんで、良い色合いになっていた。


「そろそろ出してみましょうか、フィーちゃん危ないから離れてて」

「はい」

窯から距離をとるフィオナ。


窯からすばやく生地入り型を取り出して窯の蓋を閉じる。

「ほらフィーちゃん、焼き加減みてみましょう」

と、ヴェラはフィオナに木の串を渡した。

「うん」

串を生地の中央にさしてゆっくり引き抜く。

串に生地がくっ付いてきたらまだ焼き足す必要がある。

でも串に生地は付いてこなかった。

「生地やけた! 」

喜ぶフィオナ。

ヴェラがぱちぱちと拍手してくれる。


焼いた生地をそっと型から外し、ひっくり返して台に乗せておく。

真下に氷を敷いて間接的に冷やしていく。


「窯の火を消さないと…」

「私がやっておくからフィーちゃんは見てて」

フィオナをヴェラが制す。

ヴェラは火の勢いが落ち着いてきたら、燃え残りの薪や木炭、灰を火消し壺に入れていった。

最後にしっかり蓋をする。

これで燃え残った火が自然に消えてくれるのだ。


ヴェラに窯の管理は任せてフィオナは生クリーム作りに取り掛かった。

氷を入れた冷水の上にボウルを置き、生クリームに砂糖をいれて冷やしながら混ぜた。

しっかり冷えたらボウルの中身を結界で包み、魔法で勢いよく混ぜる。

様子を見て生クリームを好みの硬さにしていく。



買っておいたリンゴを洗って皮をむき、薄くスライスしておく。

ふとフィオナは思い付き、残ったリンゴの皮を更に細切りにしておいた。


生地が冷めたらケーキ用ナイフで横に半分にしてケーキ回転台にのせ、上にスライスリンゴやベリージャム、生クリームを乗せてさらに半分の生地でサンドする。


フィオナはサンドした生地の周りを回転させながら生クリームを塗り出した。

が、思ったよりきれいに塗れない。

生クリームを塗るパテを手で持って、魔法で浮かせながら塗っていく方法に切り替えたら上手く塗れた。


魔法で残った生クリームを更に泡立ててもっと硬くしたら、絞り袋に生クリームを入れて上をデコレーションして、まんなかにスライスリンゴをきれいにのせた。


「完っ成‼‼‼‼‼ 」

フィオナが声を上げた。

横で見ていたヴェラが拍手し、声にレギアスがキッチンに戻ってきた。

「わーおめでとうー‼‼ フィーたんの作ったケーキだー‼‼ 」


林檎の皮はポットに紅茶と一緒に入れてお湯を注いで蒸らしてリンゴティーにした。

前世の知識で覚えていた事だ。



この後家族水入らずでケーキを食べ、大いに楽しんだのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


フィオナ 10歳 春


山の谷間村の春が来ると雪が解け獣道が通れるようになる。

村の雪かきが終わったタイミングで、フィオナは王都へ出発することにした。




山歩きに適した服、保存食、魔物除けのお守りを首から下げる。

汗拭きタオル、地図、トマスさんの娘フィオナの戸籍証明書…

忘れ物がないようフィオナは真剣に準備した。

路銀も十分もらっているし、王都までの馬車の手配などは手紙による手続きで済ませてある。


アントノフカにも馬車は出ているが、山を下りて近くの村から馬車に乗った方が早いそうだ。

「そんな緊張しなくても村まで僕達が送ってくから大丈夫♪」

とレギアスがフィオナを励ました。

「うん…でも長旅は緊張するよ」

「そうね、不安よね…私達がいつでも見守ってるからね! 」

ヴェラも横でフィオナの荷造りを手伝ってくれている。


初めはレギアスも荷造りを手伝ってくれていたのだが、あれこれとフィオナのリュックに詰め込もうとするのでヴェラが止めたのだった。



朝食をすませ火を消し、ロード一家は山の谷間村から獣道を通り山を下りはじめた。

空はまだ少し暗い。

空気は冷たく溶け残った雪をあちこちにみかける。


レギアスはフィオナをおんぶしてすたすた山を下り始めた。

ヴェラも一緒についてきてくれて、すぐそばを歩いている。


(獣道を徒歩でってすごい話だよなぁ)

おんぶされたフィオナの視界は目まぐるしく森の景色が流れていく。

夫妻は木の根に転ぶ事も無く、枝に引っかかれる事も無くスムーズに進んでいる。

(2人はさすがに山歩き慣れてるんだなぁ、すごいなぁ)

フィオナは感心した。

「疲れたら休憩してね」

とフィオナはレギパパに伝えた。

「んーわかった、ありがとフィーちゃん」

まぁ今までの2人を見てきたフィオナとしてはあまり心配していないのだが…



2人はスピードを落とすことなく進み続け、いっこうに疲れた様子を見せない。

しまいにはフィオナがおんぶに疲れてきた事を伝えた。

「ごめん、おんぶ疲れたー」

「じゃあ、レギアス交代、私がフィーちゃんを抱っこしてくわ♪」

素早くヴェラが近づいてきて、ヴェラはフィオナを受け取り抱っこして進みだした。


山の景色は壮観だがずっと続くと飽きて来る。

おんぶされているうちにフィオナは眠くなってしまった。

「フィーちゃん、寝ちゃって大丈夫よ」

「…そう? お世話になります…」

フィオナは眠りに落ちた。




ふと意識が浮上して薄く目を開けると、まだ森の中を歩いていた。

(まだかかるみたいだね…)

フィオナは2度寝した。


寝すぎて眠れなくなっても森の中を歩き続ける。

途中登ったり下りたりして、フィオナ一人だったら方向を簡単に見失っていただろう。

フィオナは途中でお姫様抱っこに姿勢を変更してもらった。

当たりは日が昇って明るくなっていた。


「フィーたん飽きて来たでしょー」

「…うん、2人に頑張ってもらってるのにごめん」

フィオナは謝った。

「いいのいいの、それじゃ歌でも歌おっか」

「あらいいわねー」

急に歌い出すのがロード家だ。

フィオナも慣れたものでレギアスの歌い出しからすぐ途中参加できる。


山を探検する子供向けの歌だ。

♪~

三人元気に歌う。

魔物除けが聞いてるのか魔物が出てくる事はまったくなかった。


レギアスとヴェラは歌の歌詞をアレンジして山に生えてる植物を教えてくれた。

花の名前や木の名前。


それはフィオナには面白く飽きずに聞き続けた。


「ヴェラママ」

「どうしたの、フィーちゃん?  」

「トイレ! 」


フィオナは花を摘みに少し離れた木の陰に行った。

すぐ用を済ませ、フィオナオリジナル洗浄魔法をかけ、水魔法で手をすすいで夫妻の元に戻ってきた。


レギアスに肩に担がれて一行はまた進み始めた。




「そういえば、心を読まれないようにする方法ってどうしたら良いの?」

フィオナはレギアスに聞いた。

「ああ、まだ教えてなかったね、世間では精神魔法とか呼ばれてるらしくて、対精神魔法のお守りを付けとけば考えを読まれないし、昏倒魔法をかけられたりする事も防げるんだ」


「昏倒魔法!? そんな事する人がいるの!? 」

こわっっとフィオナは思った。


「いやいや犯罪だから、やってはいけない事なんだよ、それに精神魔法が使えるのはよっぽど魔力量が多くて魔術にも卓越した生物にかぎられてくるし、自分より格上にはまず使えないんだ」

「普通に暮らしていて被害を受ける事はまずないから安心して」

ヴェラが補足してくれた。


フィオナはほっとした。

「じゃあ王都や人の多い所にいても安全なんだね、良かったぁ~! 」


「で、精神魔法の防御方法だけど…」

「うんうん」

フィオナは先を促した。

「精神とか思考って、頭の所にあるんだ、頭部と魔体がしっかりくっ付いてる所が人間にはあって、考えを読むときはそこを狙うの」

「ふむ」

「だから他者の魔法や魔体が頭部に接触しようとしてくるのを防いだら良いよ」

「なるほど~! 」

フィオナは既に他人の魔体や魔力の流れに感づけるようになっている。


「じゃあ、頭に向かってへんな動きをしてきたら撃ち落とせば良いのか!  」

「それも手だし、普段から頭部周りに防御魔法を張っておけばいいよ」

頭部がガードされてればそもそも攻撃できない作戦だ。


「どうやるの? 」

「心読まないでー、攻撃しないでーっていう気持ちを込めて頭の周りを覆っておけばいいよ、毎日やってれば慣れて魔法のコツが掴めると思う」

「わかった」

フィオナは頷いて自分の頭に教わった通りイメージと魔力を送った。

(心読まないでー攻撃しないでー)

明るく穏やかな膜が頭部を守ってくれる気配がしだした。

(お、これかな? )


「フィーたんもうコツを掴んだんだね、流石だねぇ」

レギアスが褒めてくれる。

肩にのってるフィオナは良く見えないはずだから、魔法の目で感知しているのだろう。


「じゃあ、今からこっちが心を読もうと魔法を破るから、フィーたんは強く防いでいてね」

「え、わかった!! 」


フィオナが精神防御の魔法を自分に強くかけた。

すると突然鋭いものが無慈悲に貫いてきた感覚がした。


「…‼‼‼⁉ 」

びっくりしてレギアスの肩でふらつくフィオナ。


「破られたのわかった? 」

レギアスが聞く。

「わかったし…なんかショックだし驚いたし…」

フィオナは狼狽しながら涙が零れかけた。

「ごめんごめん、フィーたん、魔法を破るだけで怖い事はないからね!  フィーたんは魔法掛け直してみて、落ち着くはずだから」


「…」

言われた通り開けられた穴に防御の魔法をかけ直す。

穴は塞がり、守られている感覚に包まれて落ち着いてきた。


「あー怖かったー」

溜息を吐くフィオナ。

精神防御を破られると本能的恐怖を感じた。


「落ち着いてよかった、結構感覚で分かるものでしょ? 」

「うん、でもレギパパが向かってきた気配がわからなかったんだけど…」

「それは僕がフィーたんのすぐ傍にいるからだよ、初めから近くにいたからね」

「あ、それもそうか」

つまり魔術師同士は下手に距離をつめない方が良いという事か、とフィオナは納得した。


「じゃあ次は僕と念話しようって特別許可するイメージをその魔法にかけてみようか」

「いやです」

「なんでえ!? 」


「今不機嫌だから、また今度ね」

フィオナが答える

「ううう…フィーたんを怒らせちゃったかな…? 」

レギアスはしょげた。


「レギアスはそういうところ遠慮がないのよ、だからルーサー君にも距離おかれちゃったのよねー」

ヴェラがやれやれと言った。

「ルーサー君って私の面倒見てた青髪のおじさん? 」

フィオナが質問する。

「お、そうそう! フィーたんの前の弟子だったんだよ」

「彼も今は王都で働いてるそうだからいつか会えると良いわね」

「そうだね、っていうかそれは私が身分隠さなくて済むようになったらかなー」


「彼なら興味なくて気にしなそうだけどね」

「そうねえ」

夫妻でクスクス笑い合った。

フィオナは幼児の頃のほとんどぼやけた記憶にそういう人がいたなぁとなんとなく覚えている程度だ。

もう顔まで思い出せない。



そうこうしてるうちに、森が開けた。

「そろそろ森が終わるわよ」

とヴェラが声をかけた。


立ち並ぶ木の量が減って草原を進んでいく。

少し遠くに数件ほど民家が見えた。


「わーやっと森終わったんだ、あれは村? 」

「村ね、みんな農家の方でお店とかは無い小さな村よ」

「あそこまで馬車は出てないんだ、この草原を抜けた向こうの街まで行くよー」

「わかったー」


木と草原だらけの場所を突っ切っていく。

途中沼や畔があってもぴょんぴょんジャンプしてこえていった。

フィオナが後ろを振り返ると、高く深い山がそびえていた。

(あそこからきたんだなぁ…)



人が歩く道とは思えない場所も夫妻はずんずん進んでいき、途中丘を3つほどこえてやっと目当ての街が見えてきた。

「山を下りてもしばらくかかるんだね」

本当に大変な道中だとフィオナは思った。


「まぁフィーたんが帰って来る時にはまた迎えにいくよ」

「そうそう、次はもっと早い方法を用意しとくわよー」

夫妻は元気そうだ。


「そろそろ人の整備した道に入りましょ、フィーちゃんもここから歩いてね」

「ん、わかった」

「うううフィーたんと離れるのやだー」

レギアスが悲しみながらフィオナを下ろしてくれた。


人道を通り街に入る。




そこはアントノフカほど大きな街ではなかった。

珍しい物はないが必要なものは全部そろってるって感じだ。

それでも何台も馬車が待機し、多くの人が行きかっている。

しゃれっ気のない建物が立ち並び、大通りにそって屋台が並んでいる。



3人は街路を進んで雑然とした飲食店に入った。

テーブルの間を進むと「トマスさん」とレギアスが言った。


テーブルにトマスが茶を飲んで待っていたのだ。

「これはこれは御屋形…」

「今は良いから」

トマスの挨拶を遮り席に着く。


「トマスさんごきげんよう、今年もよろしくお願いしますわね」

ヴェラが挨拶した。

「はい、お3人方、今年もよろしくお願いします」


席向こうでトマスも挨拶に答える。


この町でトマスさんと合流し、これから途中までトマスさんにフィオナを送ってもらう予定なのだ。


もろもろの話をしながら料理を注文して食事をとった。




「それじゃ、トマスさん娘の事よろしくお願いします」

夫妻が2人して頭を垂れた。


「はい、しっかりお届けしますよ、むしろ王都まで連れて行かなくていいんですかい? 」

トマスはフィオナを見て心配した。


「大丈夫です、トマスさんが送ってくれた後は、もう交通便の人の案内で王都まで行くように手続きしてありますから」

「そうですか、わかりました」


「フィーたん、寂しい時や困った時、どんな時でもこれを使えば僕らとお話しできるからね」

とレギアスはフィオナに小箱を渡した。

フィオナが小箱をあけると可愛らしいイヤーカフが入っていた。


フィオナはさっそく耳に付けた。

耳のくぼみにしっかりはさまり飛んだり跳ねたりしても落ちる様子は無い。

しかも付け続けても痛くないのはありがたかった。

「ありがとう、ちょっと心細いから、お話しできるの凄く嬉しいよ」

本当はとてもフィオナは心細い。本来フィオナは甘えんぼなのだ。


「魔力でもいいけど、天気のいい日にお日様に当てておけば使えるからね」

「わかった」

「それからこれ、当座のおこずかい持って行って」

「ありがとうレギパパ」

フィオナはコインが何枚か入っているらしい革袋をくれた。

「絶対また私達の所に帰って来てね、フィーちゃんは私達の大事で大好きな娘なんですからね」

涙を潤ませながらヴェラが言った。

「私もだよ、ヴェラママ、レギパパが、私の、本当の両親だと思ってるから、絶対帰るからね、それから、今まで本当にお世話になりました、ありがとうございました! 」

フィオナも涙ぐんできた。

「いつまでもフィーたんが帰って来ないなら僕らがフィーたんの所に会いに行くからね! 」

レギアスも涙ぐんでいる。


「わかった! 手紙かくから! 元気にしててね! 」

「絶対ね、私達も元気してるからフィーちゃんもね! 」

「うん、もう行くからね! 」

涙腺が崩壊する前に言いたい事を言ってフィオナはトマスを連れて行った。





「…フィーちゃん行っちゃったわね」

「そうだね…でも、僕らはいつでもフィーちゃんを見守っていられるから…」

「そうねぇ、でもフィーちゃんが寂しがると思うと悲しいわ」

「…今日は真っ直ぐ家に帰って大泣きする? 」

「あら、せっかく久しぶりにこの町に来たのだし、美味しい物買って帰りましょ! 」

「それも良いね! 帰りは姿を隠しながら飛んで帰っちゃえば良いし」

そうして夫妻は出店を巡り始めるのであった。





フィオナはトマスと一緒に馬車に乗り込んだ。

この馬車は途中交代の馬を繋ぎ変える時間はあるものの、夜間走り続けてくれる。

馬車に乗る頃には日が落ちかけていたが、あっという間に窓からの景色は夜の闇になった。


乗合馬車で向かいにも別の客が座っている。

座席は少し余裕があるもので、フィオナは座席の背にもたれながら仮眠を取った。

空が白んできた頃に目的の街に付いた。

長時間馬車に乗っていたので尻が痛い。


到着した街はなんというか都会って感じだ。

アントノフカより先進的な感じがする。


高い建物が立ち並び、発展しているのだろう。

「お腹空いてるかい? 」

トマスが聞いた。

「大丈夫、空いてないです」

フィオナは首を振った。

トマスはフィオナがいつでも食事が出来るように売店で携帯食を買ってくれた。

「そんな、お世話になってるのに悪いですよ! お金も渡されてますから! 」

フィオナが慌てて断るが、「オトナが子供に奢ってやりたい時は払わせてくれ」と笑ってさとされた。


「御屋形様たちには本当お世話になってるんです、凄い方達なんですよ」

トマスが言った。

「はい、凄い人達だと思います」

フィオナも頷いた。



トマスはフィオナを、クラシックで大きな建物につれていった。

建物内は広くつくられていて、奥の方にゲートと窓付き小部屋になっている受付が横並びに複数設置されている。

ゲートの向こうには広い廊下が続いているのが見えた。


2人は受付まで向かった。


トマスが懐から出した紙を受付の人に見せる。

「予約してたものです」

「お名前を伺っても? 」

「予約したのはトマス、こちらは娘のフィオナです」

「はい、確認しました、フィオナ様を始発便で王都方面へですね」


大人達はやり取りをした後、受付のドアを開けて制服を着た女性が出てきた。

「既に料金は頂いております、フィオナ様、ご案内しますのでどうぞこちらへ」

と、横のゲートを開けてくれた。


「フィオナ、ここまでだ、この人についてって王都までいくんだぞ」

とトマスはフィオナに声をかけた。

フィオナはトマスに向き直って

「ありがとう! 行ってきます! 」

と礼をしてトマスから離れ、案内の女性について行った。


「娘もいいもんだな」

とぼやきながらにっかり笑い、トマスは来た道を引き返して言った。




フィオナは案内されるままにゲートをくぐり、幾つも交差する通路を進んで行く。

慣れない場所で緊張はするが、ここまでくると腹は座る。


地下への大きな階段を下りるとそこは汽車らしき大きな物のホームだった。


(わぁ、なんだろう、これも乗り物なの!? )

フィオナは少し胸が高鳴った。

ホームにそってシックで黒と赤のカッコいい車体が鎮座している。

車輪は付いてない。

線路に沿って魔力で動くようだ。


ホームの番号が振られた、乗り込み線の場所で案内は止まった。


「まもなく発車の準備が整います。ここでしばらくお待ちください」

「はい」

フィオナは頷いて車体を眺めていた。

早朝のホームは人がまばらだった。

温度差があるのか車体から煙を吹きだすことがる。


10分ほど待っていると、合図の音がなり車体が一斉に開いた。

車体とホームの間に長さ50センチほどの橋がかけられる。

「お待たせしました、さぁ参りましょう」

案内の人が車体に入り、続けてフィオナも車体に乗った。

中は皮が張られて綺麗だった。

装飾は華美ではなく清潔感を感じる。


通路両側に扉が並んでいて、そのうちの一つにフィオナは案内された。


「フィオナ様、こちらがご予約していたお部屋でございます」


扉をあけるとそこは簡易な寝台となっていた。

「この列車は終点まで走り続け、到着後に別の案内の物が迎えに参りますので、それまでこの部屋でお寛ぎくださいませ」


室内のテーブルに置かれた飲食や売店、トイレの場所などを記した車内地図を教えてくれた。

「それでは失礼いたします、良き旅を」

言って案内の人は出て行ってしまった。

室内には窓が付いてるので先ほどの案内の人が列車から下りて帰って行く姿が見えた。


「…」

フィオナは当たりを見回した。ベットもシーツも綺麗そうだ。

窓や入り口のドアの窓にもカーテンでしめられるようになっている。

壁には簡易な棚やハンガーがついていた。


案内の人の話だと、列車が着いたらまた別の案内の人が室内まで迎えにきてくれるらしい。


「…すっげー」

フィオナは静かに感動した。




結局この列車は王都まで着かなかった。

王都近くの大きな街が終点で、そこから先は乗合馬車が出ているようだ。

乗合馬車のターミナルまでの道を案内の人から教えてもらい、わかりやすく看板もあるので迷う事はなかった。

が、フィオナは見知らぬ場所で初めて一人だった。あまりに心細くって頑丈なはずの胃が痛むような気がした。


本当にロード夫妻には感謝しなければ。

フィオナはイヤーカフを大切そうに指の腹で撫でた。


_______

②コイフ 8歳 卒業と就職


「コイフ王女、お召し変えは済みましたか? 」

「はい、お待たせいたしました」

「では参りましょう、タナ王女がお待ちです」

「はい、おねがいします」


二年生の終り、冬の終わりも近いある日、コイフは初めて王宮に『帰ってきた』。

一度も住んだことはないけれど、お父様である王様が住んでいるのだからここが実家、という事になる。(お母様を含めた王妃さまたちはお屋敷に住んでいる)




その王宮にコイフは手紙を書いたのだ。

コイフなりに必死で考えた『貧民街の貧困問題、困窮者支援』についての草案をタナお姉様宛に送ったのだったが、まさか王宮からお召しが掛かるとは思わなかった。




コイフは教え処の卒業パーティーぶりにドレスアップさせられ、朝も早くから王城の廊下を使用人に挟まれて歩いている。

ある扉の前で止まって入室を促され、部屋に入った。



「コイフ! 久しぶりね」

「タナお姉様! お久しぶりでございます」

粛々と礼をして、久しぶりに見る姉妹の顔を見る。

ブロークンブルーで立ち耳のタナお姉様だ。

「タナお姉様のドレス姿は見慣れませんわ」

「コイフだってそうよ」

談笑をしながらふっかふかのソファに座る。

メイドがお茶を入れてくれる。



この部屋は、わかりやすく簡単に言えば客間だ。

ひと家族住めそうな広さだが客間だ。


金細工で装飾してある木製のドア、金ぴかの手すり、パーケットフローリングは薄い茶色で美しく、敷かれた赤茶の織物も一級品だ。

お茶を置くだけのサイドテーブルも一枚板が加工されたもので、ぴかぴかに磨かれている。

座っているソファとカーテンは明るい黄色でエンボス加工がしてある。


「それでねコイフ、送ってくれた草案なんだけれど…」

タナお姉様が紅茶を置いて言う。

「はい、そのことで召還されたと思っておりますが…なにかありましたか? 」

「えぇ、お父様が大層気に入られてしまって」

「お父様が」

コイフは驚きすぎてオウム返しした。

お父様というのはつまり王様のことでこの東兎人国ひがしうさひとくにで一番偉い兎人うさひとだ。



「なぜ草案がお父様の元まで上がってしまったのです…? 」

「私が提案したからよ」

「タナお姉様が」

コイフはオウム返しするしかなかった。


「その、何故か聞いても…? 」

「非常に素晴らしい草案だと思ったの、でもこの王宮には貧民街の実情を知る者、見て来た者がいなかったのよ」

それはそうだろう、とコイフは思った。



王宮に上がった兄弟は教え処からずっと貴族居留地から出ていない。

他の貴族も、わかりやすく言えば大体『優秀な親戚』だ。

わざわざ貧民街に行く学校には進学すまい。

「わかりましたわ、お姉様、見てきたわたしに説明をさせるつもりでしょう? 」

「そうよ、話が早くって助かるわ! 」


タナお姉様は、持っていた巻物をパーっと広げる。

「そうね、コイフは今、継承位第56位ね」

何かを指で追って、コイフの現継承順位を読み上げる。

「そ、それはもしかして今位の家系図なのでは? お姉様、それは秘匿文書ですわ」

「あらいいじゃない、あなたも王族で私の妹なのだし」

「よろしいの? なら見たいわ! アスチルベットお姉様は息災? 」

コイフは手のひらを反して家系図を覗き見た。

「ふふ、息災よ、今は高等魔法学舎で研究員をしていらっしゃるわ」

「あぁ、神都に行かれる前にご挨拶したいのよ…」

「同門の仲ですものね」


二杯目のお茶が注がれて、コイフとタナお姉様は居住まいを正す。

メイドが紙とペンを持ってきた。

「ではコイフ、お父様への説明を詰めましょう」

「はい、タナお姉様」

姉妹は草案のブラッシュアップを始めるのだった。





「タナ王女、コイフ王女、国王陛下がお呼びでございます」

昼も過ぎた頃、部屋の外からお呼びがかかる。

「王女付きの文官長よ」

タナお姉様が説明してくれた。

「では行きましょうかコイフ」

「緊張するのよ…お父様と話すのは初めてです」

「そうね、でも国王陛下はこの草案を気に入ってくれたわ、きっと話を聞いて喜んでくれるはず」

「それが、国の為になるはず…なのよ…」

「えぇ、きっとなるわ」

「行きましょう、お待たせしてごめんなさいお姉様」

廊下に出て文官長に挨拶をすると侍女含め5人で廊下を歩きだした。


昼下がりの日が廊下に影を作っている。

普段なら教室で薬を煎ったり、講義にかぶりついている時間なのに、不思議な気分だ。




「コイフ、ここが謁見の間よ」

止まったドアの前に番兵が二人。

重そうな分厚いドアが兵士の手によって開かれる。


タナお姉様が最上級の礼をするからコイフも同じように礼をする。

メイドは下がり、文官長はふたりの後ろで礼をしていた。

「タナ王女、コイフ王女、文官室長ご入出」

読み上げ番の番兵が入室を告げる。

タナお姉様が一歩先に入室をし、コイフがついて行く。

その後ろを文官長がついてくる。




謁見の間、なんて言うのでコイフはRPGの王様のいる部屋を思い浮かべていたが、そこは会議場だった。

備え付けの机があり、個々に役職の貴族が座っている。

前世テレビで時々見た、国会議事堂の狭い会議室に似ているわ、とコイフは思った。


「王室第一文官室所属、第49位王女、タナでございます」

「高等薬学舎学生、第56位王女、コイフでございます」

「王室第一文官室、室長カークでございます」

深く礼をしたまま名を告げた。


「面を上げよ」

(お父様だわ)とコイフは思った。


顔を上げると懐かしい顔があった。

正面の机にお父様、奥の椅子に第一王妃であるお母様。

左右の椅子にも知っている兄弟がいる。

ポコお兄様も、一緒にワックスを作った1つ上のお姉様も。

(懐かしくって泣いてしまいそうだわ)とコイフは思う、鼻の奥がツンとして、でも耐えた。

(だってわたしのお話を聞いてもらいに来たんだもの、泣いてはだめなのよ)

コイフはふんわりとほほ笑んで見せた。


タナお姉様が言う。

「お会いできて光栄でございます陛下、以前議題にあげた『貧民街の貧困問題、困窮者支援』について、製作者のコイフ王女から直接お話を致します」

コイフが一歩歩み出て言う。

「本日召還に預かりました、コイフでございます、国王陛下並びに王妃様におかれましてはご健勝謹んでお喜び申し上げます」

久々の貴族社会に(これで合っているかしら)と不安に思いながらもコイフはタナお姉様と練習したのとは違う挨拶をした。

(だって、お母様にも挨拶したかったのだもの)とコイフは自分のつま先を見つめながら思う。


「拙作の草案を拝見いただけたと伺い、大変幸福に思います」

コイフは議場をやんわりと見渡す、そして息を次いだ。

「わたくしが『北東の盆地地区』を訪れて感じたことをお伝えしたいと存じます」

北東の盆地地区とは貧民街の正式名称だ。

国王陛下が「うむ」と頷いた。



「結論から申し上げますと、あそこには自由が溢れすぎていて秩序が届かないのです」

会議場がざわめいた。


「わたくしが薬学舎の野外実習で訪れた時、公園に人が何人も寝ていました、ですが、彼らは家や職ないから公園で寝ていたわけではありませんでした、彼らと顔なじみの住民に聞いたところ、彼らは公園で寝ころびたいから寝ころんでいるのだそうです」

これはクロエに聞いた話だ。

今度は水を打ったように室内が静かになった。


「一日芝生の上で寝ころんでいたい結果、仕事がなかったり、家を必要としなかったりする者が大半なのです、何故なら無料で住める場所など北東の盆地地区にはたくさんあったからです、空き家、古巣、共同住宅、それこそ宿舎のある工場もありました」

これはクロエのかーちゃんに聞いた話である。

年寄りの議員が頭を振っている、まさに寝耳に水なのだろう。


「最低限の仕事をして、残りの時間を趣味に費やしている人もたくさんおりました、絵画、歌、演劇に楽器、工芸、文学、様々です」

こっちはキリエに聞いた話だ。


「これらの者たちに援助は必要ありません、それが彼らの選んだ人生の楽しみ方だからです、問題は次の二つの層です、ひとつは怪我や病気によって働きたくても働けない者や体のどこかを失っている者」


議員の何人もが苦い顔をした。


「職業医師か上級魔導士を国で招致しようと草案には書いてあったが、予算はどこから出すつもりか? 」

国王陛下がコイフに声をかけた。

「はい陛下、いいえ、招致は予算上無理だと思いました、ですので、魔導師が越して来たい町にしようと思うのです」

コイフは打ち合わせ通りに答える。

議場がやおら騒がしくなる。


「して、それはどのように成す? 」

「陛下、わたくしは成人したら必ず王都の魔法学校に入学致します、そこで探って参ります、魔導士の好む町を、どうでしょう陛下わたくし一人を進学させるだけで北東の盆地地区の貧困問題が半分解決致します」


「つまり、引き続き計画を練る、と、そういうことか」


コイフは慎ましやかに礼をして見せた。


「はい陛下、そして、すぐに実行できる計画がひとつございます」

「申してみよ」


「趣味に楽しみを見出している者がたくさんいる、と申しました、彼らの作品を買い取って複製して売るのです」

コイフは撮影魔法で複製して持ってきていた、キリエの絵を文官長に渡す。

文官長はそれを議員に渡し、最後に王の手に渡る。

「どこかの町の絵…か? それなら撮影魔法の方が早いではないか」

「はい陛下、撮影魔法の方が早く、そして高価です、複製魔道具で複製をたくさん作って安価で売るのです、観光客に! 」

議場がひそひそと騒めく、「観光客? 」「どういう意図だ? 」などと聞こえてくる。


(今が畳みかけるチャンス! )とコイフとタナお姉様は頷きあう。


「現在、我が国の外交の窓口は、南の、砦のある『交易街』のみでございます、大使館も交易街にしかありません」

タナお姉様が言う。

大兎人国おおうさひとくに雪兎人国ゆきうさひとくに、国境を同じくする間都国はざまとこく、と漁都国りょうとこく現在この4つの大使館がありますが、現状観光客は来ていません、なので誘致するのです」

コイフが言う。

「交易街に兎人うさひとの村は無く、この絵は珍しがってもらうには十分です、そして交易街にはたくさんの織物工場がございます」

タナお姉様が地図を出して説明をする。

「織物工場には国中の入浴施設から大量の抜け毛が集まり加工されます、その端材を安価で買い取りこのようなフェルト人形を作ります」


コイフはシルバ〇アファミリーのようなサイズの兎人のフェルト人形を取り出した。



あの日、キリエの部屋にあったフェルトの人形にコイフは一目ぼれした、しかしそれはキリエの友人の作ったもので抱かせてもらえただけだった。


コイフはその人形が忘れられず、自分の抜け毛で小さい人形を作った。

針を束ねて毛を叩き、細い針で突いてまとめて立体にして、小さな兎人の人形を作り上げた。

服を作った時に余った布で服も作って着せた。


自分の抜け毛で作ったので色が混ざって灰色の兎人の人形になってしまったが、出来はかなりいいはずだ。



絵も、フェルト人形も、タナお姉様と打ち合わせをしている最中に必要となり、浮遊魔法で窓から出て、薬学舎の自分の部屋に窓から飛び込んで取ってきたものだった。

その時のクロエの驚きぶりったら、その場で垂直に飛び跳ねて、ドアまで逃げた上に「コイフがお姫様みたいなのさーーーー‼‼ 」と舎中に聞こえるくらいの声で叫んでいた。

だって、ドレスって運動向きじゃないんだもの。



人形も議員の手を渡って国王陛下にまで届く。

「ふむ、これを欲しがるものがおるのか…? 」

コイフの中の孔明が今です! と言った。


「はい、必ず居ます、そしてこれをまずは無料で各大使館に配ります、これは先行投資です」

コイフが断言する。

「交易街の国営物販所には現在、季節の野菜と旬の果物、織物とガラス工芸が少しあるだけですが、そこに数種類の絵と、この人形の大きい物を置いて販売します、売値は七掛けで宜しいと思います」

タナお姉様が決定事項のように物販交渉をする

「いかがでしょう陛下、この絵も人形も、北東の盆地地区の趣味人が制作しています、国費で絵を5枚、人形を10体ほど買い付ければ、あとは収益で新しい商品の買い付けが出来ます、劇団をつくっても良いでしょう、工芸を売ってみても良いでしょう、このように趣味人の趣味を買い上げることで外貨を得ると共に、北東の盆地地区の収入が上がります」

コイフも薬師行脚のマジックショーの時の様に畳みかける。


「ふむ、趣味人の絵を5種類、人形を1体配るだけで成果が出るというのならそれは安価だ、一考の余地があるな、して、それだけか? 」

国王陛下は表情を変えないまま、人形を王妃に渡した。


「まぁ! なんて可愛らしいの! 」

王妃が声を上げた。

全員がびっくりして王妃を見る。

「素晴らしいわ、このお人形の大きい物があるのでしょう? 皆さん仏頂面でしたからどんな物かと思ったら、なんて素敵なの? 私も一体欲しいですわ、私の子供達の様に愛らしいもの! 」

王妃様はコイフの記憶の中のお母様の顔で幸せそうに笑っている。

「コイフ、これをいただいてもよろしい? 」

コイフはお母様と言いそうになったのをぐっと飲み込んで言った

「もちろんですわ王妃様」


コイフは自分の笑顔が皆を幸せにすると思っていた、だってみんなが笑ってくれるからだ。

「ありがとうコイフ、大切にするわね」


王妃もにっこり幸せそうに笑ってくれた。

コイフは少しだけ胸がチクリと痛んだ。



「では援助の必要な二つの層の内、もうひとつの層のお話をさせていただきます」

コイフは一番の問題の口火を切った。

「もうひとつの層は、犯罪者です」

室内の空気がぴりりと引き締まった。

「やむを得ず犯罪をしている層、これは趣味の買い上げによる町の活性化で職にありつけると思います、問題は人生の楽しみとして犯罪をしている層です」

誰かが「人生の楽しみ…か」と呟く。

兎人にとって人生の楽しみは何にも勝るものなのだ。


「彼らは今のうちになんとかしなければなりません、今、油断しているこの時です! 陛下、恐れながら申し上げます、一斉摘発をお願いしたいのです、突然の摘発で残りも三々五々になってしまえば治安は回復します、そこに趣味人の買い上げで好景気を入れ、町の貧困対策と致しましょう」

「してその後はどうする、三々五々に散った輩はどうする」

「こちらの息のかかった者を頭目として派遣すればよろしいでしょう、散った者を集めてマフィア組織を作らせて活用なされたらどうでしょう」


ざわりと議場が息を呑んだ。

タナお姉様も目を見開いてコイフを見ている。

ただの秀才程度、成人もしていない小娘が清濁を併せ呑んだことに議場の全ての兎人が困惑し恐れていた。

国王陛下の声が一段低くなる。

「して、こちらの間者を頭目に据えたとしてどう使う? 政敵でも潰すか? 」

「か、考えてませんでした」

コイフは間抜けな声を出した。


「その、政敵と仰っても、その、今の我が国にそのような輩は少ないですし、どこかの国に諜報に出すにも私達兎人では目立ってしまいますわ…その、申し訳ありません、悪いことには詳しくないのです…」

コイフがあまりにもシュンとするから大人たちは苦笑いしてしまうし、きょうだいはほっとしてしまう。

「良い、酷な事を聞いた」

国王陛下もへにゃりと手首をまげてぱたぱたと扇いだ。


「その悪い事とやらはワシらが考える事だ、お前の仕事ではないよコイフ、タナ、良い提案だった、文書にまとめてくれ」

そう言った国王陛下の顔は父親のそれだった。

「はい、ありがとうございます陛下」

「陛下並びに王妃様、議員の皆さま、本日はお時間いただきまして誠に感謝致します」

コイフが深く礼をしたのを見てタナお姉様も深く礼をした。




「ああもうコイフ! この子ったら全然変わってないわ! いっつもどきどきさせるんだから! 」

タナがコイフを思い切り抱きしめたのは客間に戻ってからだった。

「タナおねえしゃま、くるひいでふ」

「もう、反省なさい! 」

「ぷは、はいごめんなさいお姉様」

ようやく離されたコイフは借り物のドレスの皺を伸ばしてから顔を洗う。

「緊張したわね」

「しました…まだ胸の鼓動が走っているわ」

タナお姉様はようやくソファに座ってお茶に口を付けた。

コイフも座ってお茶を飲んだ。

「ふふ、やっぱりあのフェルト人形は女性に好評になるわ! 王妃様のお顔を見た? コイフ」

「ええ、お母様は幸せそうに笑ってらっしゃったわ、記憶の仲のお母様と同じ笑顔で」

「そうね、王妃様はコイフの作った人形だったから余計嬉しかったのよ」

「えっ、わたしの作った人形だから? 」

コイフはびっくりしてお茶をこぼしそうになってしまった。

「そうよ、教え処から出ればもうなかなか自分の子供の成長が見られないから、時々こうして偶然に会えるととてもうれしいって、私のお母様も仰ってたわ! 」

「…そうだったのね、そうなのね! お母様はわたしのこと大切に思ってくださっているから、ほほ笑んでくれたなのよ! わたしったらわからずに寂しいなんて思ってしまったわ! なんて馬鹿なのかしら…、うれしいのよ」


コイフはうれしくって、二回くるくると回ってから温かくなる胸を手で抑える。

タナお姉様は「やっぱりコイフは変わっていないわ」といって笑ってくれた。




「さ、そうときまったらコイフは今日の会議で話した内容をしっかりまとめてからもう一度私に送るのよ、絵描きの方と人形職人の方にもアポを取ってね」

「ぷえぇ⁉ お姉様、わたくし学舎の授業も課題も当番も、休日には塾もありますのよ? 」

「ここまで具体的に立案したのだから、あなたが書かなければならないわ、大丈夫、まとめは私がやるから」

「ぷええ! 」

タナお姉様は笑っていたが、コイフは泣きたい気持ちになった。

以後この草案は薬学舎を卒業した以降も何度もブラッシュアップすることになるのだと、今のコイフは知らなかった。



それが卒業試験に被ってくることにも…。




「なあああああああ‼‼ 卒論と試験勉強なーーのーーよーー‼ 」



今年も春告げ花が咲き、新芽がすくすくと残雪を割って日を浴びている。


コイフは三年生になった。

そして卒業の為の論文と試験と、王宮に送る草案のブラッシュアップでてんてこ舞いになっていた。

さすがに週1で行っていたバニラ講師の進学魔法私塾も減らしている。

「コイフ毛艶が悪いのさ、少し休むのさ」

「うう…ありがとなのクロエ、少し寝るのよ、クレア薬師とベル先生のご実家の薬剤店に内定が決まっちゃってるから落とすわけにはいかないのよおぉ…! 」

クロエに声をかけられて、コイフは寝床に向かった。

ばふっと布団に沈むとそのまま爆睡した。




あれからコイフは何度か貧民街を訪れている。


目的は作品の販売をしてくれる趣味人探しと、卒論の為だ。


貧民街ではクロエの叔母、キリエにすっかり可愛がられて、町の趣味人何人かと知り合いになった。

作品を買いたいというと蹲って嬉しさに泣き崩れる人もいた、劇団を作りたいというと飛び跳ねて喜ぶ老若男女もいた。

もちろんいい返事ばかりではなかったけれど。

何をいくつ卸すかはコイフとタナお姉様に裁量が与えられ、その場で買っては、帰って来てタナお姉様に送る、と言うのを繰り返した。


何度も貧民街を訪れると、薬が欲しいと声を掛けられることも多くなり、その場で作っては「来年からは見習いじゃない本物の薬師が帰ってくるのよ」とクロエの移動販売店(予定)の宣伝をした。



その中でコイフは「病人に届ける薬種とその方法」についての卒論を書くことにした。

ちょっと自分で自分の首を絞めている気がしてならないが、これはコイフの目標の一つである。

クルミちゃんが死にかけた時、どこかに流感の特効薬を作り貯めておけば、配布するだけで助かる兎人が増えるはずだと思ったのである。

問題は作りたての薬の方が効くことだ、つまり鮮度である。


コイフは卒論を短くするために『冷蔵庫のような魔導保管庫の見本』を卒業制作として添付することを思いつき、またもや自分の首を絞めている真っ最中だった。


問題は山ほどある、材料の大量確保に、その薬が不要だった場合の卸先や廃棄方法、そのコスト。

コイフは最後の一年間、慌ただしくあちらこちらと飛び回って過ごすことになる。

それは友人たちも同じだった。


クロエの卒論は「移動販売の利点とその運用について」

ロビンは「対面販売における、薬師と調剤師の役割」

ミミは「薬酒の役割、保存と効能」

ムークは「薬草採取の一般化とその方法」

であった。


コイフは閃いた。

『冷蔵庫のような魔導保管庫』ができればそれを国中の各所に置けばいいし、一緒に薬局を置けばクロエの様な移動販売薬師の便利な拠点に出来る。

その薬局に薬草買い取りカウンターを置けば、近くの住民の小遣い稼ぎとなるので、ムークの目指す薬草採取の一般化が出来る。

また持ち込まれた薬草を調剤師が見分けて代表で売ったことにすれば、薬草の品質も保たれるしロビンの考える販売者と事務の仕事も給与も増え雇用が増える。

更に『冷蔵庫のような魔導保管庫』の中で薬酒を保管すればミミの悩みの種である保存も効き、酒蔵は場所を選ばずどこにでも卸すことが出来る。

完璧な輸送システムである!


そう、コイフの『冷蔵庫のような魔導保管庫の見本』が出来上がりさえすればだが!



コイフは友人たちの未来のためにも必死に『冷蔵庫のような魔導保管庫の見本』を作っていた。

夜は研究室を借りて、時にはバニラ講師に教えを乞い、フィールドワークもかねて貧民街へ行き、タナお姉様に送る草案を書いて。

授業と生活の合間を縫って必死に制作に励み、時々王宮に召還されながら(どうやら趣味の買い付け計画は上手く進み、近日中に大兎人国おおうさひとくにから視察団がやってくるらしい、順調そうだ)卒論と卒制を同時進行していた。


コイフは隙間の無い、板を四方に打ち付けて作った木箱をいくつも用意した。

そして設計図を書いていく。

「あぁっ! 冷やすだけじゃダメだったのよ、湿度も管理しなきゃ、でもそれってどうやるなの? 魔法だけで空気を循環すると温度が上がってしまうし、闇魔法で時間を遅らせるのはほんの少しだけ、ううーーどうしたらいいなのよーー」

一つ目の図面は大失敗だった。

「順番を逆にするのなのよ、まず空気を循環させる、そうすると庫内と温度差が生まれるのよ、庫内の方が温かいはず」

「取り込んだ空気を冷やして、あったかい空気を無くしたいのよ、それにはどうすればいいの? 」

この装置で魔石を使えるのは一か所のみだ。

「レーゾーコってどういう仕組みだったかしら? あーん! 生前もっと勉強したかったのよ! 」

失敗の紙が積みあがっていく。


「とにかく生前の知識でやるのは無理なのよ、水を流すのはどうなのかしら、冷えた水を循環させて、お湯になったらまた冷やして回すなのよ」

「廃熱が問題だわ…それにこれなら風でやったって同じなのよ、冷えた空気と温かい空気の循環…ええい水と風、両方やるのよ! 」

「風で水が冷えたわ! 湯冷めするのとおんなじ原理なのね! なんだかリカノジッケンでやった気がするわ、全然覚えてないのよ…」

「風は外から取り込んで水をぐるぐる回すのよ! わたしなんだか回してばっかりなのよ」

「やった、風が廃熱してくれるわ! でも送風と冷却二個も魔石を使えないわ! あーーーーうーーお手あげなのよおおお」


コイフは走った。季節は既に初夏に差し掛かろうとしていた。


目指す先は教え処、魔法の先生ミシェル老師の所だった。

「ミシェル老師ーーー‼‼ 」

老師はコイフの作った『冷蔵庫のような魔導保管庫の見本』の設計図(未完)を見て笑う。

「懐かしいですな、王都の魔法学校に似たような食品保存箱がありましたよ」


汗だくのコイフは教え処の下駄箱で強いショックを受けていた。

「ミシェル老師…もしかしてレーゾーコ…人国ひとくににはあるのですか…? 」

「さぁて? レーゾーコという名では無かった気がしますが、いろいろな保存箱がありましたのじゃ」

「ろ、老師、教えてください、今一度わたくしに教えを施してください…! 」

「コイフさん落ち着いて、さぁ魔法実習室に行きましょう」

「老師ぃ! ありがとうございます! 」


ミシェル老師は、教え処機材カタログ(便宜上そう呼ぶことにした)の一覧の中から、魔法具のページを見せてくれた。

「あった、これですな」

「食品保存庫…本当ですわ…えっとなになに…って! とってもお高いのよ」

「人国から運ぶわけですからな」


ミシェル老師が食保存庫の名前を指さしてひとつひとつ説明してくれる。

「これが簡単な氷の魔法具ですじゃ」

「湿気が問題なのよ」

ページをめくる。

「なら火の魔道具はどうです? 中の熱を奪って燃えてくれる一石二鳥のアイテムです」

「温度は一定に保ちたいなのよ」

ページをめくる。

「ふーむ、湿度は低く、温度は一定…となりますと、風の魔道具ですかな」

「魔石は一つしか使えないなのよ」

老師の指が止まる。

「ではこちらでしょう、空気を冷やし気流を作り、熱い空気は自動で上の換気口に追い出されていく循環構造タイプです」

「それなのよ! なるほど、冷たい空気は下に溜まるのよ! ミシェル老師ありがとうございます! 」

コイフはミシェル老師に膝を折った。兎人流のお辞儀である。

「これを取り寄せるとなると時間がかかりますぞ? 」

「いいえ、作ります、答えを得たのだからあとは再現するだけです」

「立派になられましたなコイフ様」


大見得をきったコイフだったが、保冷庫の再現に丸一夏、秋を丸々実験にかけて、冬に差し掛かる頃にはみんなに応援されながら、ヒィヒィ泣きながら卒論の最終章に取り組んだのであった。

かくしてギリギリで卒論を終えたコイフは三日寝込み、無事卒業の運びとなったのであった。






「♪あおーげばー♪とおーとしー♪わがーしのー♪おんー♪」


思い起こせば『恩』ばかりの高等薬学舎生活だった。


教授たちへの恩はもちろん、先輩や学友への恩、バニラ講師にミシェル老師、クレア薬師におばあちゃんのベル先生。

この国最新の施設に、集中して勉強できる環境に設備にも恩を感じる。


「コイフさんがまた妙な歌うたってる」

「アオゲバアってどんな生き物さ? 」

「尊いって言ってるからきっと神獣様なのね」

「神獣様に恩があるのですか? 」

なにより、この仲間と出会えた恩は計り知れない。


「そうなのよ、神獣様に皆と出会えてありがとうって歌ったのよ」

何という曲だったか忘れたがきっとそうに違いないとコイフは胸を張った。

「それならあーしたちも感謝さ! すっごく楽しい三年間だったのさ! 」

「そうだね、名残惜しいよ今日が卒業式なんて」

「学び足りないなんて思ったの初めてなのよ」

「ミミもです、もっと勉強したいのです」


コイフ達5人は高等薬学舎の大通りを並んで歩き、卒業式の会場に向かって歩いている。

入学式に満開だった桜並木は未だ裸んぼうで、低木も紅葉しているもの、枯れているもの、蕾を待っているものと様々だ。

卒業式の会場は入学式を行った教室だ。




卒業を諦めた同級生もいる、研究員として留まる同級生もいる、卒業できなかった同級生もいる。

だから会場には入学式より少し少ない人数が集まっていた。


教授がいつものように「エヘンッ」と咳払いをした。

「卒業おめでとう諸君、諸君らはこれから薬師として人の命を助けることになるだろう、それは判断の連続だ、重責だろう」

全員が頷く。

薬師の資格の重さを、コイフ達は3年かけてしっかり学んだ。

「もしどうしてもわからないことがあったら、患者の為だ、薬学舎まで駆けてきなさい、ワタシ達はここで諸君らを待っている」


言われた瞬間周りが何人か泣いた。

コイフも感動して泣きそうになった。

周りの教授も頷いて、あちらこちらから「先生! 」「教授 いままでありがとうございました! 」と感謝の声が上がる。

コイフも自然に、深く、深くお辞儀をした。

クロエもムークも鼻を啜りながらお辞儀をしていたし、ロビンもミミも泣きながら床を汚さないようにハンカチを握りしめてお辞儀をしていた。


そのあと名前が順番に呼ばれて、厚く漉いた紙の卒業証書を渡されて全員が思い思い感謝を述べた。


「教授のおかげで、あーしは春から故郷で薬屋ができるのさ、こんなにうれしいことはないのさ! 」

クロエは経営学の教授と抱き合っている。

「クロエったら相当難儀してたのよ、よかったのよ」

「そうだね、大号泣だね」

コイフとムークが頷きあう。


「教授っ! ありがとうございました! 教授のおかげで薬局で働けるなのね」

ロビンはあーんあーんと泣いてしまって止まらない様だ。

「卒論、苦労してたのよ」

「あの教授に凄く助けてもらってたもんね」

更にコイフとムークは頷きあう。



「教授、あたしも立派な薬師になります、ありがとうございました」

ムークも最後までしっかりしたお姉さんの顔で笑顔で教諭陣に挨拶をした。


「ミミはぁ! ミっ、ミミはぁっ! まだ不安なのです! でもっ! おじいちゃんと一緒に精一杯やっていくのですぅうう!」

ミミも大号泣だ、でもしっかり前を見て話している。



「教授、大変お世話になりました、これからも学んでいきます、ありがとうございました」

コイフは淑女の礼をして、決して泣かないように努めた。

「コイフくん、君の卒業制作、素晴らしかった」

「あの試作品、まずは薬学舎で使用したいんだ、許可をくれるかな?」

言われた瞬間コイフの涙腺も決壊した。

「もっ…たいない、お、言葉…なのよ…、是非使っていただきたいです、なのよ…! わたし、見に来ます! 」

こうして結果ムーク以外全員泣いた。




目元の毛をべしょべしょにして、コイフ達は自分の舎にもどる。

後輩たちに祝われて、舎長のノア先生に副舎長のユキ先輩、食堂のおかみさんに親父さん、みんなが揃っていて、食堂でパーティーだ。

コイフは泣きながら歌って、それからクロエと手を繋いで踊った。


昼を過ぎて、コイフとクロエが三年過ごした部屋はがらんどうだ。

それを見ながら二人は手を繋いでいた。

「いっぱい大変だったのよ」

「しょっぱなからコイフに水かけられたさ」

「クロエにお貴族様だーって言われたのよ」

「喧嘩もしたのさ」

「同じだけ仲直りしたのよ」

「コイフはしょっちゅう窓から入って来たのさ」

「クロエだって何回も寝床から落ちたのよ」

「楽しかったのさ」

「楽しかったのよ」

「うちらずっと友達さ」

「きっと何年たっても友達なのよ」

コイフとクロエは、来た時の倍になった荷物を持って、それから部屋に向かって膝を折った。

「「ありがとうございましたなのよ」なのさ」


そうして笑い合って水色舎を出て行った。目指すはいつもの、そして最後の集合場所。


「おーい! みんなーなのよー! 」

「待たせたのさー! 」

全員が出会った案内板の前に集合した。


ここに集合して授業に行ったり、街に出たりした。

今日はお別れをするのだ。

「今来たとこなのです」

「ムークがまだなのね」

2人も大きな荷物を抱えていた。

「ミミそれ薬酒の瓶なのね? 持って帰れるのね? 」

「乗合犬車で途中まで行くから大丈夫なのです」

「ロビンは新しい服縫ったのさ? なんで卒業式に着なかったのさ? 」

「泣いたら汚れちゃうなのね! これはオトナ記念の服なのね、これを着て明日から働くなのね! 」

「そっか、あーし達明日から働けるのさ! やったのさ! 」

「それよりコイフのその大荷物はなんなのです? 」

ミミの言葉に全員がこちらを向く。

「この箱は、みんなにあげようと思って…でも荷物になっちゃうのよ、後で送った方がいいなのよ? 」

「これはコイフが作ってたレーゾーコさ! 」

ミミとロビンが「おお! 」と感嘆の声を上げる。

「『魔導保管庫』なのよ、ミミのお酒も、作った薬も、低温低湿で保存してくれるのよ、一号のおっきいやつは薬学舎に提出しちゃったけど、みんなの分も作ったのよ」


それは木箱で、継ぎ目が無いようにしっかり魔法で接着されたものだ。

下部に空気を冷やす魔石の埋め込まれたファンがあり、通気口がある。

上には一辺だけ空気の逃げる隙間があり冷風の循環で低温を保つ仕組みだ。


手提げサイズの箱に長いストラップを付けて鞄にした物をクロエに。

「行商で使って欲しいのよ」

お酒の瓶サイズの物をミミに。

「お家まで試してみて欲しいのよ」

小箱サイズの物をロビンに。

「お店で役立てて欲しいのよ」

コイフとムークの分はサイズが同じだ。

「同じ就職組だからポーチサイズなのよ、ムーク」

案内板の後ろに話しかけた。

「コイフさん…なんであたしがいるってわかったの? 」

今にも泣きだしそうなムークが、案内板と低木の後ろから出てきた。

「だって、ムークが遅刻するわけないなのよ」


えへへと皆が顔を見合わせて笑うと、とうとうムークは泣いてしまった。

「みんなと別れたくないよ…! 」

ミミがムークの手を取る。

「ミミは! みんなにお手紙かくのです! ムークにも書くのです! 」

コイフが『魔導保管庫』を渡す。

「ずーーーーっと友達なのよ」

クロエが言う

「ムークの変な町、案外近いし会いに行くのさ」

ロビンが同意する

「炭酸泉、案内するなのよ」

ムークは「うん、うん、」と言いながら涙を拭いて笑った。

皆で笑って、コイフは全員で案内板の前に並んで卒業証書を掲げる写真を撮影魔法で人数分撮った。

コイフの前世が「勝訴」と言っていたけどあんまり面白くなかった。




全員と街の乗合犬車プールで別れ、コイフは新天地に向かう。

街の中心、街道を真っ直ぐ行って商店街に入ると見えてくるひと際大きい建物。


年季の入った木造の3階建てで、急な角度の三角屋根がついている。

セイブゲキみたいな観音開きのドアを開けて、清潔な店内を見渡す。

床は年季の入った板間だが綺麗に磨かれてぴかぴかに光っている。

部屋の左右にベンチがあり、お客さんが薬が出来て呼ばれるのを待っていた。

その両側に窓があり、喚起も完璧だ。

正面にカウンターがあって、そこで薬の受け渡しをしている兎人うさひとがコイフに気付いて出てきた。


「いらっしゃいませー! 診察ですか? 調剤ですか? 」


コイフは姿勢を正して店員に言う。

「ベル先生の助手でクレア薬師の弟子です、先ほど高等薬学舎を卒業して参りました、コイフと申します、本日よりお世話になります! よろしくおねがいします! 」

直角にお辞儀をした。

「わかったから裏から入りな! 」

「…! はい! 」


コイフは就職先の、クレア薬師とベル先生のご実家の薬剤店であるところの、国一番の大手薬剤所『東兎人満月堂』から飛び出して裏手に回るのだった。

次回は1月20日の更新です。

公式Twitterにイラストも載せてるので見てください。

→https://twitter.com/usagihimeha

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