進学編 ①魔法学校への切符、薬師行脚
次回は1月17日の投稿です。
フィオナ① 4歳 魔法学校への切符、薬師行脚
4歳にもなると、フィオナは滑舌がだいぶ良くなった。
今日は学校がお休みの日だ。
「フィーちゃん体力ついてきたし、村の外にお散歩にいってみる? 」
あるときヴェラが声をかけてきた。
「……えっ!? 」
晴天の霹靂。
決して行ってはいけないと言われていた森に行けるのか。
「い、いいの? あぶないんでしょ? わたしたたかえる? 」
フィオナはヴェラに問いかえした。
「フィーちゃんが戦う必要はないわ」
ヴェラは首を左右にふった。
「魔物除け持ってくから安心よ、でもフィーちゃんには私の傍を離れないって約束してほしいの」
「わかった、はなれない! 」
フィオナはヴェラの服のすそをぎゅっとつまんだ。
フィオナはヴェラが用意してくれた動きやすい服に着替えた。
あと帽子をかぶった。
「じゃあ行きましょうかー」
ニコニコヴェラとフィオナは手を繋いで村の外へ向かってくのだった。
村には金属の杭が間隔を開けて地面に打ち付けてある。
そして紐で杭と杭を結んである。
この向こう側が『村の外』として、絶対に出てはいけないと言われていた。
ここから先は魔物除けの効果が薄まって行くそうだ。
「よっぽど危ない魔物が増えすぎないように、村の人達と定期的に狩りに出てるのよ、冬になる前なんて保存食の為にいっぱい狩りに行ってるわね」
「まものよけってどうなってるの?」
「いろんな魔法を使ってるわ、この杭は結界よ、危ない魔物が入って来れない様になってるの」
杭の前でヴェラの説明をフィオナは聞いていた。
「さ、行きましょうか」
手を繋いでヴェラとフィオナは杭の間を潜った。
結界を超えたのか、空気ががらっと変わった。
(うおお、なんというか、森の気配が強い! )
フィオナは人の領域ではなく森の生き物の領域みたいだと思った。
ぞくりと少し恐怖を感じた。
あまり人が通らない森は整備された道などなく、木々の合間の獣道や藪を掻き分けて進むしかなさそうだ。
ヴェラが手をかざすと植物が静かに二手に倒れて道ができた。
「わあ! 」
初めての森にフィオナはドキドキした。
少し進むとすぐ辺りは暗くなった。
フィオナは上を見上げると、背の高い木々が葉で太陽光を塞いでいる事に気付いた。
「やまのなかってくらいんだね」
「そうね、こういう時は、こうするのよ」
ヴェラがフィオナの眼前に手をかざした。
「…ん、わぁ!? みえるようになったよ」
フィオナの視界は暗い森の中が急に見えるようになった。
「見えるようになぁれーっておまじないをかけるのよー」
「ほんとうに? わたしそれできるかなぁ? 」
フィオナは困った顔をした。
「出来るわよ、フィーちゃんならね、魔法はイメージだってレギアスから教わったでしょう? 」
「わかった、やってみるよ」
ヴェラが魔法を解いてまた視界が暗くなった。
(ゲームでいう暗視ってやつがイメージに合うかな、見えるようになぁれ~! )
フィオナは自分の目に魔力を集中させイメージしながら魔法を使った。
画面が緑一色のグラデーションで物が見えるようになった。
(う、これみえるけど癖があって辛い、もっとヴェラママがやってくれたみたいにみやすくして~)
3回ほど試みるとだんだん辺りがはっきり見えるようになった。
「やった、できたよ! 」
「よかったわね、流石フィーちゃんね」
ヴェラがにこにこ褒めてくれた。
「うん、ありがとう、ヴェラママのおかげです…」
褒められると照れくさいフィオナであった。
人があまり立ち入らない森の中はとても歩きずらい。
地面が湿気を含んでいる所を踏んで靴が濡れたり、木の根が自由に生えているので気を付けながら歩かねばならない。
フィオナは15分ほど歩いては休憩したり、ヴェラにおんぶしてもらったりして森を進んでいった。
「あ、みてみてフィーちゃん」
ヴェラがフィオナに声をかけ指を指す。
その先には村のそばでみたような金属の杭が地面に打ち付けられていた。
「これもけっかいのまものよけ?」
「これは違うわね、迷わせて村とは逆方向に行ってもらうものよ」
「へぇ…わたしたちもまよわないようにしないとね」
フィオナは来た方向を振り返った。
一面深い森で方向感覚を見失いそうだ。
「大丈夫よ、迷っても空飛んで帰れば良いじゃない」
「たしかに…て、え、いままよってるの? 」
「迷ってないわよ、フィーちゃんこれ見て」
ヴェラがポケットから透明な球体を取り出した。
球体はゴルフボールみたいに少しゴツゴツしていて、中には色つきの小さなボウルが複数浮かんでいる。
一部に細工でしっかり閉じられた蓋がある。
「これはね、中のボウルが決まった方向に向かうのよ」
中には複数のボールがそれぞれの方向に浮かんでいる。
「この赤いボールが飛んでる方向に村があるわよー」
「へぇーすごいね!! 」
フィオナは感心した。
「ほかのボールはどこをさしてるの? 」
フィオナが質問する。
「キノコを育ててる所とか、湧き水の所とかを指してるわよ」
「そうなんだ」
バキバキドサササー
少し遠くから音がする。
「なんのおとだろ? 」
「ふふ、行ってみましょうか? 」
「うん」
ヴェラの様子から怖い物ではないようだ。
フィオナは音の方へヴェラと向かう事にした。
ギューン、バキバキドサササー
向かった先は少し開けた場所で、毛むくじゃらの大柄な男性が木のそばで作業をしている。
どうやら木を切り倒しているようだった。
あたりに倒れた大木が横たわっている
「こんにちは、トマスさん」
ギューン、バキバキバキ、ドサササササー
音が大きくて向こうは聞こえないようだ。
「トマスさーん」
ヴェラが風魔法で声をトマスの方へ飛ばした
気付いたのかトマスは作業を止め、こちらに気付いて会釈した。
「これは奥様とお嬢さん、どうも」
トマスが会釈をする
「作業を止めてしまってごめんなさいね、娘にこの辺りを教えている所なんですの」
「そうでしたか、お嬢さんこんにちは、私は木こりやら何やらをやってまして、村で使う木炭の材料を集めたり、魔道具や彫刻の為に木を切っているんですよ」
フィオナはトマスの顔を覚えていた。
毎年挨拶にくる村の人間だ。
「きをきる? 」
「そうです、木は生き物ですから、なるべく傷つかないように切って加工して使うんですよ」
トマスは大型の刃が付いた魔道具を持っていた。
フィオナの腕力ではとても持ち上がりそうにない。
トマスさんと簡単な挨拶を済ませ、フィオナ達は村に帰った。
これからはレギアスかヴェラどちらかが一緒なら村の外へ出ても良くなった。
***
フィオナ 6歳
フィオナとミアはダナン幼児学校を卒業し、今年からアントノフカの労働者向け学校に通いだした。
「フィーちゃんミアちゃんまたねー! 」
「うんまたね-! 」「またねー」
学校帰りに子供どうしが別れの挨拶をする。ごく自然な光景。
2人はクラスメイトから双子だと思われている。
フィオナは変装魔法が上達し、ミアと自分の姿を部分だけ変装し上手く自分の体に馴染ませることが出来るようになっていた。
具体的に言えば顔と服から見える肌部分だけミアに変装して、髪や衣服は普通に今着ている物で魔法を使わないで済むようになっている。
労働者向け学校はひと教室で年齢がバラバラの学生達の面倒を3、4人の教師たちで教えている。
生徒達はそれぞれ学びたい科目を教師から教わり、できたら次の科目へと移るので個人ごとに勉強の進みは違う。
一つの教室に教師が3人いる。日によって人数は変わる。
フィオナは王都の魔法学校へ入学するために魔法の授業と、社会人が身に着けるべき基本教養を学習中だ。
ミアも基本教養を学び、母の仕事を手伝いたいそうで植物と魔法に関わる学問を専攻して学習している。
曜日や時間によって教室で教えてくれる科目は変わる。
基本教養は語学、数学、家庭科が主だ。
広い演習場などないから筆記特化の学校である。
一応基本魔法の実技を外の小さい広場で行ったりする。
他に実技用の教室があり、こっちは魔道具の簡単なしくみや他科目の実技が行えるように長机とあらゆる道具や部品が置いてある。
他の専門の学校へ入学出来るようになるまでの知識、技術を教えてくれる場所なのだ。
(前世で言う所の職業訓練特科の小学校、中学校、の合わせた所って感じ)とフィオナは思う。
フィオナは神様から与えられた体のおかげで記憶力はよく暗記はすらすら出来た。
だが暗記ができても理解に繋がってない部分を教師から教わるのが授業の流れだった。
ミアの方は手先が器用で裁縫や実技系が得意な様だ。
***
休日は家事手伝いと魔石のバイトをしている。
最近は農作業の手伝いができるようになったのがフィオナは嬉しかった。
フィオナ個人の小さな畑も持たせてもらえたので、山で見つけた果物の種や綺麗な花を植えてみている。
それから虫だ。
そこかしこにはよく幻想的に美しい虫が飛んでいる。
それから虫食は普通の事なのでよく献立にでてくる。
食用の虫の見た目と味をよくした品種改良種や、普通に美味な虫がこの星には沢山ある。
山でレアな食用ムシをレギアスがとってきた時は温かい季節の間だけ外物置で育て増やしたりしていた。
ムシの中には食用以外にも布になったり薬になったりといろいろ効果があるらしくすっかり生活に身近なものになってしまった。
(我ながら前世虫嫌いだったとは思えない程逞しくなったなぁ)
こうして順調にフィオナはスキルアップしていった。
***
フィオナ 7歳
「フィーちゃん、今いいかしら? 大事な話があるの」
真面目な顔のヴェラと、ばつの悪そうな顔をしたレギアスがフィオナに話しかけてきた。
先日労働者学校で成績表を渡され、軒並み『秀』(一番良い)の成績をつけ、王都への入学が現実化してきた頃の事だった。
「どしたの…」
両親のただならぬ様子にフィオナはちょっと心配になる。
「実はフィーちゃんに話していない事があります」
「なんでしょう…」
ヴェラが書類と手紙の山を持ってきた。
鍵のかかった書類棚に入ってたようだ。
「…?」
ぱっと見ただけでは何の書類かよくわからないが、高級そうな封蝋がされている。
「フィーちゃん、実は今のままだと王都に行けないのよ」
「えっ‼‼⁉? 」
寝耳に水。一体どういうことなのだろう。
「覚悟して聞いてね、フィーちゃんが覚えてるかわからないけど…実はフィーちゃんはうちの本当の子じゃないの…」
悲しそうにヴェラが告げた。
「本当は人族の前公爵家の子だったのよ…」
「……」
「――知ってるよ⁉ 」
フィオナが答えた。
「大丈夫よ! 私もレギアスもフィーちゃんの事は本当の娘だと思って愛してるからね! 」
「わかってるよ全部わかってるから!! そこじゃないよ聞きたいのはー! 」
実の親の記憶の方が薄いのに、いまさらそんな話を真面目にされても!
フィオナは一息ついて、問い直す。
「それで、なんで王都に行けないの? 」
「フィーちゃんを悲しませたくないんだけど…」
「いいから、とりあえず聞かせてください」
「実はフィーたんの両親はあまり良い事をしない人でね、ある理由からフィーたんと永遠に縁を切る事になったんだけど、公爵家ってつまり王様の兄弟家族のことを指すのよ」
そういえばそうだったなとフィオナは思い出した。
「フィーたんには罪が無いからお咎め無しで無事うちの養女になったのだけど、そういう複雑な身の上があるからフィーちゃんは王都からずっと離れた場所の、私達後見人の目の届く範囲で暮らしなさいって言われてるのよ」
「…」
話を聞いてるうちにフィオナの顔が青くなってきた。
「あと当時からフィーちゃんは特別強い魔力持ちだってわかってたから、大きくなって魔法に卓越したら王族の役に立つようにとも言われているの」
遠くに居ろ、でも必要な時は駆り出される。
「初めの頃は毎月フィーちゃんは良い子ですよーってお手紙を王都に出してたわ、最近は一年に一回で済んでるけど、一応フィーちゃんは王族から監視対象になってるのよ」
「魔力が必要な手伝いにきてくれって何度かお願いが来てたんだけど、フィーちゃんはまだ未熟な魔法使いだからお役に立てませんって断ってきたのよね」
「そう、だからフィーたんの魔力の才能を隠してたんだ、フィーたんが作った魔石もフィーたん名義では売れないからロード家として売ってたし」
「……」
静寂が居間を包んだ。
フィオナは言葉が出ずにいる。
(王族に監視されてる? 王都に行けない? それじゃ魔法学校にニュウガクデキナイ…? )
ショックで頭がぐわんぐわんするフィオナ。
「フィーちゃん、嫌でしょうけど大事な事だからよく聞いて」
ヴェラが身を乗り出す。
「魔法学校に行くために偽の戸籍作っちゃおうと思うのよ」
「…は? ……は? 」
思いもよらない返答にフィオナは聞き返した。
***
森の谷間村の木こりトマスは実は結婚している。
相手は人族の領域より外に住んでいる女性だ。
遠くはなれた場所でトマスは今日も作業に勤しんでいる
「ごめんくださぁーい」
女性の声が玄関から聞こえた。珍しい事だ。
声の主に覚えがあるトマスは急いで玄関にかけつけた。
「はいどうしましたか? …奥様! 」
玄関にはヴェラとレギアスがいた。
「これは御屋形様も! いつもお世話になってます」
深々とトマスは頭を下げた。
「わぁ~頭を上げて! トマスさん、今日はうちの娘の事でお願いにきたんです」
レギアスが恐縮した。
「お嬢様ですかい? わたしに出来る事ならなんでも言ってください」
トマスが聞き返した。
「実は…」
***
「トマスさんの娘さんに成りすます⁉ 」
フィオナは驚きで聞き返した。
時系列的にトマスにロード夫妻が挨拶にいった後の事である。
「そう、もうトマスさんには話してあるわ」
「彼はご結婚されていてね、相手が人族じゃないから人族の戸籍にはトマスさんが結婚したっていう事実しか書かれてないんだ」
「だから人族の戸籍に登録してない娘って事で名前を変えて王都にいけばいいんだよ」
「戸籍をなりすますって…そんなことできるの? 」
「そもそも戸籍を登録してない人は多いよ、戸籍は登録する分には手間がかかるけど、しないぶんには手間かからないから」
「私達夫婦は登録しちゃってるのよ…ごめんねフィーちゃん」
つまりロード家の戸籍にはフィオナが養女として登録されているということだ。
「トマスさんは、いいの? 」
フィオナはふたりをじっと見つめた。
「戸籍を作る気はもともと無かったんだって、しかも戸籍は僕とヴェラで偽造するから人間なんかにバレないよ、トマスさんは『フィオナ』という娘がいるって山仲間に話してアリバイ作っておいてくれるってさ」
「えっと、じゃあ私また苗字変わるの? 」
「トマスさんにも奥さんにも苗字は無いから、ただのフィオナになるわ、ただの人間のフィオナ」
「どう? フィーたん? 嫌じゃない? 」
「全然! 魔法学校に行けないことと、ロード家の籍がなくならなければ何でもいいよ! 」
「よかった! トマスさんも副業で魔道具職人をやっているから嘘はつかなくていいし、本当の事だけ秘密にしておいてね! 秘密の多い女はモテるのよフィーちゃん♡」
「モテなくていいの! 私トマスさんにお礼言ってくるね!ヴェラママレギパパも本当にありがとう‼‼‼‼‼ 」
フィオナは家の外に駆け出した。
こうしてフィオナは人生の闇を知り、同時に魔法学校への切符(※偽造)を手に入れたのだった!
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コイフ ①7歳 薬師行脚
コイフ達は揃って二年生に進級した。
水色舎ではノア舎長先生の容姿の話が恒例事項のように繰り返され、クロエが苦笑いしていた。
ユキ副舎長は研究員に進級して、今年も後輩を指導してくれている。
部屋替えは希望者のみで行われ、今年もコイフとクロエは同室だ。
座学にも慣れて、薬草販売の資格も入手し、括ったノートが何冊にもなって、ついにコイフとクロエが待ち望んでいた授業がやってくる。
薬師行脚だ。
町々を渡り歩きながら、材料から調合まで自分で行い、見習い薬師として微々たる報酬を得る実地試験だ。
数人でキャラバンを組んで互いに採点しながら進むことになる。
コイフは、クロエとロビン、ミミ、ムークの5人で組んで、それぞれの地元を二回に分けて案内してもらう約束をしていた。
全員の地元が四方に散っていたから帰郷もかねて決めたのだった。
1回目は一番遠いミミの家まで行脚して、ミミのお宅にお呼ばれする、そうして別ルートを行脚しながら薬学舎に戻ってくる計画でいる。
ミミの家はここから北西に歩いて3日の田舎だそうだ。計7日間の旅になる。
田舎でもちゃんと薬師がいて薬局があると言うから、薬草、生薬の補充も出来るだろうと踏んでここに決めた。
陽気の良い、春の内に行こうという話になって、進学してすぐ教授の試験も突破し、仮免をとって5人は薬学舎を出発した。
仲良くなった同級生や先輩、先生が見送ってくれて、なんだかうれしくってコイフは泣きそうになった。
旅の荷物は重い。
乳鉢に乳房、薬研に薬包紙、鍋に煎り箸にと、とにかくたくさんを手分けして運ぶ。
そこに替えの下着や野宿セットなど一式を加えれば、薬学舎で支給された大きな行李がぱんぱんになってしまうほどだ。
それを背負っての旅で、一番大切なのは水の管理だ。
飲みすぎたらお手洗いが近くなるし、いざ調剤と言う時に使えない。
たっぷりの水袋を腰から下げるのも重たくって仕方ない。
高等薬学舎になぜ体力育成の授業があるのかと思ったらこういう事だったようだ。
「雨の季節の前に出て本当に良かったのよ」
コイフの言葉に、背の低いクロエとミミが頷く。
「あーしは卒業したらこれを一人でやるのさ、しっかり身に着けておきたいのさ」
「絶対にやりとげておじいちゃんに褒めてもらうのです! 」
ムークとロビンが背負い慣れない行李を揺らす。
「ほんとに重たいなこれ」
「町に着いたら降ろせるのね、頑張るなのねー」
5人はてくてくと歩き、城下町の門から街道に出て行った。
一日目の町は比較的近くに設定してある。
街道には出店が並び、活気に溢れている。串焼き肉に、新鮮な野菜や果物。漂う温泉の香り、蒸したお饅頭。商店に民家、教え処に入る前の子供達が駆け回っている。
コイフにとっては見るものすべてが珍しい。
四つの集落を越えて、目的の町にたどり着いたのは昼過ぎだ。
町の中心にある井戸を借りて水を補充すると、木工の露店と布屋の露店の間にゴザを出して、白衣に着替え、出張診療所を開いた。
「高等薬学舎の見習い薬師行脚でーす! お困りの症状にお薬お出ししまーす! 」
声を上げながら広場や民家を回り、お客さんを集める。
広場にはすぐ人だかりが出来て、出張診療所は調剤を始める。
一番多い症状は切り傷やすり傷だ。
化膿止めを定価の半分以下、安価で手に入れられるので怪我の無い人でも買いに来るほどだ。
湿布や痛み止め、かゆみ止めも人気で、作ったはしから渡していく
お客さんの方も毎年のことだし慣れたもので、見習い薬師に難しい調剤や診察を求めない。
「人前で調剤するのがこんなに緊張するなんて思わなかった! 」
以外にも最初に悲鳴をあげたのはムークだった。
人見知りのミミは黙々と調剤することでなんとか平静を保っている。
鷹揚でひょうきんなクロエは接客に回れば敵なしで、オシャレに余念の無いロビンも、その華やかさから集客が得意な様だった。
接客と診察、調剤を同時にこなそうとしたムークが疲れてしまうのも無理が無かった。
「ムーク、少し休んできてほしいのよ、ムークは頑張りすぎなのよ」
「うん…ありがとうコイフさん、少し休憩してくるよ」
熱暴走で今にも頭から煙を出しそうなムークは、袖付きエプロン(白衣として使う割烹着のことだ)を脱いで公園の方にふらふら歩いて行った。
寄り添うことも励ますこともままならず、己の力不足をコイフは恥じる。
それでも、この薬師行脚は待ちに待った学びの機会であることには変わりない。
この苦い体験だってきっと学びだ。
「お次の方診察どうぞー! 」
コイフも再び診察に精を出していた。
持ち前の向上心で立ち直ってきたムークは、次にダウンしたミミと交代して調剤に集中することにした。
コイフもロビンと診察を交代して、コイフは集客に町をまわる事になった。
「ふあぁ、これが市民の民家なのね…! 」
初めてみる住宅街にコイフは感動する。
まあるい、白い漆喰のドーム状の家がぽこぽこと立ち並び、足元はオレンジの煉瓦で舗装されている。
家々の窓辺には、花や洗濯物、果物の干し台などが並び、扉は各家庭個性的な木製の扉だ。
足元に萱を敷いてある家もあれば、茅葺屋根の家もある。家庭菜園の小さな畑があったり、花に囲まれた家もあった。
(なんて可愛らしいのかしら! )
コイフはなんだか楽しい気持ちで、各家々を回っていく。
コンコンとノックして、「こんにちは、わたしたちは高等薬学舎の薬師行脚です、お困りの症状はございませんか? 」
とお決まりのご挨拶をする。(学生ボランティアですとか赤十字募金を行っていますって言うのと同じなのよ…、とコイフの前世が愚痴っぽくてうるさいのだが)
「まぁ、今年は早いのね! そうねぇ、おばあちゃんが膝が痛くって困ってるんだけど、広場まで行くのも億劫なくらいなのよね…」
ロップの奥さんの言葉にコイフはピン! と来た。
「なら、配達します! 湿布と飲み薬どちらがお好みですか? 」
「まぁまぁよろしいの? 助かるわぁ! 飲み薬がいいのだけど、獣樹の根は効かなかったのよ」
「でしたら、『泉蛍のヒカリドコ』はいかがですか? 患部の炎症によく効きますよ」
「知らないお薬だわ、お願いしますね学生さん」
「はい喜んで! 」
と居酒屋みたいな返事を返す。
コイフは帳面を取り出して、家の特徴もメモしていく。
「濃紺のドアに、ハーブの魔除けのリース、足元にホビットうさぎの陶器の人形…っと、また後程届けに来ます、ありがとうございます」
このビジネス方式はアリだ。
スキップしたい気分で、コイフはこの後も広場に来られないお客さんに出会う度、同じように注文を取っていった。
広場に戻ると、出張診療所に信じられないくらいの人垣が出来ていた。
「ちょ、っと、通して、ください、なの、よ、って…クロエ! この大繁盛は何事なのよ? 」
人波を潜り抜け接客をしていたクロエに話しかける。
「あーしもわかんないのさぁ! あ、こちら最後尾でーす! 」
そこにミミが人波に酔ってヨタヨタしながらやってきた。
「うっぷ…酔い止め…作らせてなのです、ああ、コイフ、『オシャレなお嬢さんに診断してもらいたい』層と『優しいお姉さんにお薬を作ってもらいたい』層の観光客一団がきてしまったのです…」
「か、観光客⁉ 」
高等薬学舎から遠く離れすぎると薬師行脚が来なくなる、そういう地域の兎人は出張診療所の薬師たちが仮免である事を知らない。
よって難しい診察も増えてしまうのだ。すると回転数が滞り、一人の調剤に時間がかかり、また人目も集めてしまうと教授の試験で習った。
「しかも狙いがロビンとムークだからクロエが入ってもむりぃだったのです…ミミはこんな衆人環視耐えらんないのです…うぇっぷ…ちょっと横になってくるのです…うぇえ…」
さっさと薬を調合し終えたミミは出張診療所から離れてしまう。
よく見ればロビンとムークも必死だ。
「これは、わたしがどうにかしなきゃなのね…!」
しかしコイフとてちんちくりんである、二人の可愛さに勝るかと言うとミミの言う通り「むりぃ」である。
ならばコイフが二人より優れているものを使うしかない。
コイフは広場の真ん中にある椅子の上に立って大声を上げた。
「さぁさみなさーん! お立合いなのよー! わたしたちは高等薬学舎から来た薬師行脚なのよー! 今から調剤マジックショーをはじめまーす! 」
風魔法で声を遠くまで飛ばす。
なんだなんだと人目が集まったところで一発派手な魔法、ダウくん直伝フロストブリザードでキラキラ雪の結晶を振りかける。
行李から調剤用の素材を取り出す。
「これは『泉蛍のヒカリドコ』、泉蛍は光る時熱を発します、その熱で自分が死なないようにお腹に冷却器官がありまーす! 」
「知ってらぁ! 」というヤジが飛んで観客が笑う、コイフも笑う。
「お兄さん博識なのよー! ではその冷却器官が生物由来の魔石であることももちろんご存じでしょう」
コイフは複数の泉蛍の腹から綺麗に冷却器官だけを取り出すと、それを自分と一緒に宙に浮かべた。
「薬効が失われない様に冷やしながら魔石を粉にしまーす、ではもう一度、フロストブリザードなーのーよー! 」
今度は小規模なフロストブリザードを胸の前に作り出す。
雪の嵐は、泉蛍の冷却器官を冷やしながら綺麗に粉末化してくれる。
「このままだとにっが~いから、固めた蜂蜜を砕いて混ぜまーす! 」
取り出した調剤用の蜂蜜の塊を、雪の嵐の中に落とす、これも綺麗に粉になって混ざった。
「さらに痛み止めに眠り草の葉を一枚、こっちは乾燥させて砕きまーす!」
草を反対側に浮かべると、アスチルベットお姉様直伝の魔法で水分を分離させ乾燥させる。
雪の嵐の中には入れず、キイロオーガバチを倒した時の風の嵐で攪拌して粉砕する。
観客が「おぉー! 」と声を上げる。
何せ、浮遊と、雪の嵐、水分分離、風の嵐の4つの魔法を同時に使っている事になる。
4つも同時に使う魔法使いは巷にはなかなか存在しない。
それが珍しいと感じてもらえたのだろう、とコイフは思う。
「最後の仕上げなのよー! 全部を混ぜてー…」
フロストブリザードの下に風の嵐をもってきて、フロストブリザードを解除すれば薬の全部が風の嵐の中に納まる。
コイフはちょちょいと薬包紙を畳んで、風の嵐の下に持っていく。
風をわざと少しずつ弱めて、最後に粉薬の塊が自分から入っていくように、風の終点を薬包紙の中に納まっていくよう仕向けた。
ちょん。と封をしたら。
「おばあ様に渡す関節炎のお薬の完成なのよー! 」
観客が沸いた。
ちらりと出張診療所の方を見るとロビンとムークが「今だ! 」とばかりに客をさばいていた。
クロエもどさくさに紛れて、列整理を終わらせたようだ。首から『本日診断終了』の看板を掛けている。
このまま人目を逸らせばミミが帰って来られるだろう。
コイフはもう一度大きな声を出した。
「さーて! お立合いお立合い! 次は胃薬を作りまーす! なのよー! 」
夕日の射す広場に出張診療所がひとつ。
ゴザの上で倒れるのは仮免薬師が5人。
「お、おわったのよぉ…声カッスカスなのよぉー…」
「たすかったのですコイフ…ミミも力になれたのです…」
「つかれたぁ…しゃべりすぎて顔いたぁいのねー…」
「薬擦りすぎて手がいたぁい…」
「足が…棒なのさぁー…」
いつまでもこうしているわけにはいかない、ぷるぷるする手足を叱って立ち上がり、4人は出張診療所の片付けを。
コイフは薬のお届けに住宅街に向かった。
観光客のおかげで売り上げはそこそこ。今夜は野宿せずに済み、翌朝町の雑貨屋で薬草を仕入れて出発したのだった。
3日間の旅をして、コイフ達一行はついにミミのふるさとにたどり着いた。
そこは広い林の中にあり、狭い林道を抜けた先にあった。
「懐かしいのです…! こっちです、こっちに公民館があるのです、そこで出張診療所をやるのです」
珍しくミミが先導をする。
「ミミってば張り切ってるね」
「なのよ? なんだか温泉の香りがするのよ? 」
「本当なのねー」
「お風呂、入りたいのさー! つかれたのさー」
確かに、と全員が頷く。
ぽつりぽつりある民家や商店を横目に、砂利道を踏みしめて木立の中の村道を進む。
「着いたのです、ここが公民館なのです」
ミミがキイと鳴る柵を開けて中に促した、少しの勾配の先に茅葺の屋根が見えてくる。
目の前にあったのは、辺鄙な田舎にしては大きくって綺麗な木造の建物だった。
「わぁ、すっごい! ここが公民館なのねー? 」
コイフ達は口をぽかんとあけて建物を見上げる。
教え処くらいある二階建ての建物だ。
引き戸を引いて中に入ると広い土間と上がり框があって、足を洗う水が置いてある。
ありがたく足を洗うと、「こっちなのです」と急かすミミに続いて、中をきょろきょろしながら歩いて行く。
中央が吹き抜けで広く、村の住民が裸足でくつろいでいる。
みんななんだなんだとこっちを見ていてむず痒い気分だ。
「到着なのです! 」
えっへんとミミが胸を張った所はなんと…
「「「「温泉だぁ~! 」なのよー! 」なのさー! 」なのねー! 」
女湯と男湯の兎人お馴染みの暖簾が下がっていて、湯気の良い匂いがする。
「ここは村人の共同温泉なのです、基本村人の暇人は公民館にきて、ひとっ風呂浴びて、二階の座敷でごろ寝しているのです、だから、ミミ達もひとっ風呂浴びてからお仕事しようなのです! 」
全員が頷いた。
入浴日でない日の入浴も、市民の為に開放しているから貴族は使わない温泉も。
コイフには初めての経験で最高に気持ち良かった。
さて、コイフの魔法で全身を乾かした5人は足布もきれいに洗って干しつつ、二階の座敷に出張診療所を構えた。
「こんにちは村の皆さん、わたしたちは高等薬学舎の薬師行脚です、お困りの症状はございませんか? 」
とお決まりの挨拶をすると、わぁ! と老人が集まってきた。
「ミミちゃんかい? まぁまぁまぁまぁおおきくなってぇ! 」
「おおいだれかリリさん呼んで来ィ、ミミが立派になって帰ったぞィ」
「かわいらしいベベさぁ着て、垢抜けたんねぇ!」
「よっしゃ、いっちょ調剤頼むべか」
「お友達かねぇ、愛らしねぇ、飴ちゃんあげよねぇ」
ミミの故郷の村人は、故郷の無いコイフにとっては、眩しいくらいにコイフ達を歓迎をしてくれた。
湿布に風邪薬、喉薬に鼻炎薬、化膿止めに目薬、この村の人は健康だ。
農作業をして痛めたからあれをくれこれをくれと、ニコニコしながら言ってくる。
ミミもいつもの人見知りがどこ吹く風で「はいなのです」と調剤をしている。
手持ちの薬草が切れかけた頃、入り口からひとりの老いたドワーフライオンが入って来た。
「ミミか…?」
ミミが叫んだ。
「おじいちゃん‼‼ 」
ミミは駆け出して老人に抱き着いた。
「おじいちゃん、ミミは帰ったのです! 無事に二年生になったのです! 」
「そうか、そうかぁ、リリは嬉しいぞ」
「みんな紹介します、祖父のリリなのです」
「リリだ、そうか友達が…そうか…」
リリ爺は感極まって泣き出してしまった。
「ミミのおじい様、わたくしはコイフと申します」
「クロエなのさ」
「ロビンなのねー」
「ムークです、ミミさんにはいつもお世話になっています」
なんだか周りのギャラリーも泣いている。
クロエが抜け目なく、『本日診断終了』の看板を掛けた。
公民館から出る頃になると、日は落ちて辺りは薄暗くなっていた
「林の中だから暗いなのね」
「はい、すぐ日が落ちちゃいます」
「その分星はきれいそうだね」
「星空はミミのお墨付きなのです! 」
話ながらミミの自宅に向かう。
「わぁ! おっきな蔵があるのさ! 」
「あれは酒蔵兼店舗なのです、明日帰りに紹介するのです」
「じゃああれがミミの生家なのねー」
「はい、あ、おかあさん! おとうさん! おーーーい! 」
ミミが飛び跳ねるのを見て、全員が自分の事の様に嬉しくなる。
「こんばんは、お世話になります」
ミミの笑顔のおかげで疲れなんて吹っ飛んでしまった。
4人は顔を見合わせて笑ってから、笑顔で元気よく挨拶することが出来た。
「ミミから手紙はもらっています、みなさんどうぞくつろいでね」
「田舎メシだがいっぱい食べてほしいのだな! 」
ミミの両親が出迎えてくれた家は、城下町にはほとんどない土壁作りで丸い建物がいくつも続く広い家だった。
まず土間と上がり框だけの部屋があって、次に広いリビングダイニングがある。
リビングダイニングは黒くてピカピカした木の床で、一枚板の座卓には所狭しと野草や豆、山菜の料理が並んでいた。
さらに奥は二股に分かれていて寝室と客間だ。
コイフ達は客間に一泊させてもらえることになっていて、干し草のベッドが4つ並んでいる。
荷物を下ろしたコイフたちは、滅多に食べられない郷土料理に感激してお腹いっぱい頂いた。
ミミの家族は、酒屋のおじいちゃんのリリと、料理が好きなお父さんのキキ、お母さんのミレーヌ、町の教え処に行っている兄弟が3人で、6人家族だそうだ。親戚も近くに沢山住んでいて、今日も何人か公民館で会っていたらしい。
ミミは楽しそうに今まであったことを家族に話す、乗合犬車で町まで出た事、街道を通って一日で城下町に着けた事、薬学舎で寮に入って、それから友達が出来た事、今日までの旅の全部を五人で笑いながら話す。
温かい夜は更けていき、コイフ達はふかふかの干し草のベッドでぐっすり眠った。
日の出前に目が覚めたコイフ達は良い匂いにつられて居間に入る。
キキお父さんが朝ごはんを作っていた。
川魚の串焼きと根菜のスープが、季節外れの囲炉裏端で美味しそうに出来上がっている。
「おはようみなさん、朝ごはんもいっぱい食べて行ってほしいのだな! 」
コイフ達は朝ごはんもいっぱい頂いたのだった。
「お邪魔しました」
「ごはんとっても美味しかったなのね」
「泊まらせてくださってありがとうございます」
「お世話になったのさー! 」
お父さんのキキとお母さんのミレーヌはうんうんと嬉しそうに頷いて、「残り一年もしっかりやりなさい」とミミの頭を撫でた。
「はい、おとうさん、おかあさん! ミミは立派になって帰ってくるのです」
ミミもぴっと背筋を伸ばして言う。
「さぁ、酒蔵を見せてやるぞ」
コイフ達5人は、ミミの生家を後にして、リリ爺の酒蔵の見学に向かった。
ミミの祖父、リリ爺の酒蔵は土塀ながら風格のある立派な建物だった。
中に入ると普通の兎人の住宅よりも深く床が掘られていて、小さな階段がついていた。
そのまま途中までは土間になっており、土足で上がるようになっている。
奥には少しの板間とカウンターにお会計、それとリリ爺のつっかけが置いてある。
広い室内は縦にも長い、コイフの身長が1メートルだから3メートルはあるだろう。両の壁一面が棚になっていて、酒の瓶が仕舞ってあり梯子が立てかけてある。
「この後薬師の所にも行くんだろう? よく見ていくと良い、ミミの友人ならリリは大歓迎だ」
「はい、勉強させていただきます」
リリ爺の言葉にコイフは膝を折った。(兎人のしぐさでおじぎと同じ意味だ)
「ほえー広いのさーかっこいいのさー! 」
「それに凄い量の薬酒なのねー」
「あったりまえなのです! おじいちゃんのお酒は凄いのです、ミミはおじいちゃんみたいになりたいのです」
ミミは照れたように言った。
「本当にすごいね、土造りなのはもしかして湿度を保つためかい?」
「林の中にあるのも発酵と関係があるなのね?」
ムークとコイフの質問にミミとリリ爺は答えてくれる。
「土造りなのはこの村の習慣でもある、いざと言う時に土に埋めて守る為だ、だがお嬢さんの言う通り湿度を保つ為にも役立ってくれる」
「コイフは物知りなのです、木の中や土を使って発酵させるお酒もあるのです! 」
「ミミはいちご酒が好きって言っていたのよ」
「お祝いの日に飲ませてもらえるのです、度数が低くて子供でも飲みやすいから風邪の時にお湯割りにして飲むこともあるのです」
どうやらミミの酒好きは土地柄だったようだ。
「なるほど…パーティーだったからお酒をもってきたのね…」
飽きれた様なロビンの言葉はあのパジャマパーティーでのことだ。
ミミは「なのです」と恥じ入った様子で答えた。
酒造見学を終えた5人はリリ爺にお礼を行って薬師の元に向かった。
挨拶と材料補充の為だったのだが…。
「おーう来たな後輩」
「はじめまして、わたしたちは高等薬学舎から…」
「いーよ、知ってる知ってる、俺もやったもんよーう」
「アトムおじさんは高等薬学舎の出身なのです」
「ミミ! おっさんていうな、俺はまだ15だよーう」
兎人の成人が11歳なのを鑑みると、ミミにとって15はおっさんである。
アトムおじさんは耳がとっても大きいジャージーウーリーだ。
土作りの一般的な丸い建築。
所狭しと薬草が吊られ、薄暗い店内。
小瓶が並んでいる棚にも、床のダイアトマイトにも埃が積もっていない。
どうやらとても良い店の様だ。
「お前らかわいい後輩に、先輩から指導だよーう、自分たちの薬の材料は自分達で採ってこい」
「ええーーケチなのです」
ミミが堂々と不満を言うくらいだから、悪い人ではないのだろう。
「誰がケチだよーう、そしてそれを俺が適正価格で買い取ってやる、自分たちの採取物はそのまま持っていけよーう」
なるほど、後輩指導は嘘ではないようだ。
「もちろん季節外れの品は売ってやるから安心しろーう」
アフターケアもばっちり、この勝負受けても良いだろう。
「舐められたものなのねー」
最初に頷いたのはロビンだった、コイフも頷く。
「わたしたちが春から早起きしてフィールドワークしていたこと、見せつけてやるなのよ! 」
「「「「「おーーー!!! 」」」」」
5人の声が揃った。
背負子をアトムおじさんから借りて、そして元気に薬師のアトムおじさんの店を飛び出していった。
(異世界あるある! 突然腕試しされるイベントなのよ! まさかわたしが受けるとは思わなかったのよ! すっごいのよ! )
内心コイフはとても楽しんでいるし、残りの4人も楽しそうに耳が立っている。
「ミミが先導するのです! 」
ミミを先頭に行李を置いて、背負子に背負い変えて次々林に分け入っていく。
「血止め草、あったのです! 」
「ということは、この奥に…あった、眠り草だ!」
「ってことはこっちには歌う花やワラダケは群生してないのねー、クロエ反対を一緒にみるのね」
「合点なのさー! 」
「蛇っ!! ふぅ、毒袋ゲットなのよ」
ドヤドヤと林に分け入り、フィールドワークの経験を生かして5人はすさまじい速度で生薬を採集していく。
「ミミ! ヨモギ竹があるけど高くて届かないんだ」
「まっかせるのです! ムーク足場よろしくなのです! 」
「オッケー! 」
身軽なミミがムークの背を駆け上がって樹上に寄生する竹に無事着地してみせる。
「クロエ、コイフあったなのねー! 」
「しーなのさロビン、歌う花が歌い出しちゃうのさ」
「そうね、静かに蕾だけ摘むなのね」
「あ、ワラダケもあるのよ」
繊細な収穫を行うクロエとロビンの傍ら、キノコを倒木からむしり取っていくコイフ。
昼過ぎにはアトムおじさんに借りた背負子はいっぱいになっていた。
「おーうい、こりゃあやられたなぁ…」
「どやぁなのです」
「私達を舐めてもらっちゃ困るなのよー」
ミミとロビンが盛大に胸を張っている。
「やぁー舐めてたなぁ、もっと低レベルな物が出てくると思ってたよーう」
育ちすぎたキノコは収穫せず、収穫したものの胞子はその場に撒いてきた。
ヨモギ竹も一枚ずつ、丁寧に葉の茎を鋏で切って炙ってある。
血止め草の根に眠り草の茎と葉、歌う花の芽、ハスノキの木の実にアカシ種に旬の果実。
「参った参ったぁ、言った通り買い取るよ、後は何が欲しいんだよーう? 」
「買い取った分チャラにしてあげるのです」
「なのねー」
アトムおじさんは苦笑いして「お手柔らかに」と笑った
もちろんこっちも容赦する気はない。
採った生薬と買った生薬を入れた行李を整頓してよいしょと背負い直す。
「ミミたちはもう行きます、次に会う時はミミも薬師なのです」
「おん? もうそろそろ夕方だろ、無理せんで家に帰って明日出発すればいーじゃんよーう? 」
「いいえ、行くのです、またねなのです…アトムおにいちゃん」
コイフ達は、オレンジ色で照らされる木立の間を抜ける。
「やっと街道に出たなのねー」
「今夜は町の手前の河原で野宿しようよ」
「ミミのお母さんからもリリ爺さんからもいっぱい山の幸もらったさー! 」
「やった! BBQなのよー! 」
「ばーべきゅ??? なのです?」
「お外で友達とご飯を作って食べるレジャーなのよー! 」
「お貴族様のレジャーなのさー? 」
野宿は3回目だか今夜はなんだか楽しい事が起きそうだと4人ははしゃぎ回る。
予想通り日は落ちて、町までの道で野営になった。
河原に石を組んで作った簡易火床にわざわざ穂口とマッチで火をおこしてフライパンを置く。
コイフは帰り道の農業直売所(道端に突然ある無人販売のあれだ)で買ったミルクを魔法で頑張ってバターにして山菜やキノコを炒めた。
野宿では交代で見張りをする。
男のミミとタッパのあるムーク。
魔法が使えるコイフ。
闇に溶け込めるクロエと目端が利くロビン。
コイフとクロエとロビンは満腹になってすぐに寝てしまった。
ミミは河を眺めながら何となく寂しそうにしている。
ムークはクスリと笑ってからミミに声をかけた。
「ミミの家族は良い人たちだね」
「そうなのです、ミミは家族が大好きなのです」
「リリ爺の酒蔵、かっこよかったよ」
「そうなのです、ミミはおじいちゃんみたいにかっこよくなるのです」
「アトムおじさん面白い人だったね」
「そうなのです、昔っからあんな感じなのです」
「ミミ」
「なんですか」
「偉かったね」
少しの沈黙の後、ちょっとだけ鼻を啜る音がした。
「そうなのです、ミミは、もうみんなのキャラバンの仲間で、薬師見習いなのです」
今度はムークも河を眺めた。
「そうだね」
「なのです」
もうミミは笑っていたからムークも、寝たふりをしていたコイフも、ロビンもクロエもクスリと笑った。
翌朝は町で水と食料の調達をして隣町まで進む。
町から裏街道を通って、隣町で出張診療所を開いた。その夜は安宿にぎゅうぎゅう詰めで一泊した。
残りの旅程、5人はトラブルなく城下町に帰り着いた。
出た門を潜ると、門の衛兵さんがホッとした顔をしてくれたのがコイフは嬉しかった。
大通りに出ると焼き串や果物、出店の良い匂いだ。
それに比べて自分たちは…
「汗くちゃいのよ…」
全員が恥ずかしそうに俯く。
その中でクロエだけが「ちっちっち」と指を振った。
「まだ路銀が残ってるのさ」
指さした先にあるのは銭湯だった。
もちろん市民の銭湯は100パーセント温泉かけ流しである
全員が、もう先に見えている薬学舎と銭湯を見てから頷いた。
自分たちは薬師行脚、薬師に一番大切なのは、そう。
清潔である。
コイフ達は迷わず銭湯の暖簾をくぐったのだった。
薬師行脚から無事帰宅して翌日。
容赦なく全日講義があって船を漕いでしまった。
その夜コイフとクロエは水色舎の二人の部屋でレポートを書いていた。
次は秋の出発、クロエとロビンの町、帰りにはムークの町に行く旅程だ。
「なんだかんだで薬師行脚、やっぱり楽しかったのよ、みんなの故郷も楽しみなのよ~」
コイフはペン回しをしようとして失敗した。
もともとコイフはペン回しが出来ない。
ぎし、と椅子が回る音がしてクロエの方に振り向く。
クロエがなんとも言えない顔をしていた。
「どうしたなの? クロエ? 」
「家に手紙は書いといたのさ…でも、コイフびっくりしないでほしいのさ、うちの町はミミの村ほどきれいな故郷じゃないのさ」
クロエが珍しく真剣な声音で言った。
頷いたコイフは、その意味を本当に理解していなかった。
平穏な薬学舎生活が続き、ペーパー試験も終わって秋のはじめ頃。
コイフ達5人は再びキャラバンを組んで薬師行脚に向かった。
目指すは北東に2日、クロエとロビンの故郷だ。そこから南東に少し遠回りしてムークの故郷を目指す。
クロエの家とムークの家に一泊して計5日の旅だ。
コイフ達は以前足りなかった知識を増やし、以前作れなかった薬を作れるようになり、着実に二度目の行脚に備えていた。
クロエとロビンの故郷には薬師が居ないと聞いていたからだった。
小さな行李にこれでもかと材料を詰めて、化膿止めや痛み止め、胃薬など、お馴染みの薬はすでに作って薬包紙に包んである。
城下町の門を潜って街道に出て、途中一泊野宿を挟むと翌朝にはクロエとロビンの故郷の町に着いた。
通称『貧民街』
東兎人国の北東にある盆地で、夏は暑く冬は寒く水はけが悪い。
なので大層地価が安いことから、いつの間にかお金の無い住民が集まって出来た町だ。
病や怪我を負ってしまって働けなくなってしまった人、何らかの理由があって食うに困る生活をしている人が多く、決して治安が良くはないこと。
良いやつもいれば悪いやつもいること。
必ず二人組で動くこと。
絶対に無料で施しをしないこと。
事前に2人に聞いていたのはこれだけだ。
後は見ればわかる、と。
到着した瞬間に空気が異様なのがわかった。
まず、田畑が無い。
いくら盆地で日当たりが悪くても、水はけが悪くても、東兎人国には温室くらいは作る事ができる救済制度があるはずだ。
「…排泄物はどうしているなの? 」
「そのまま売ってるのさ、植物が実るまで待てるほど裕福じゃないのさ」
東兎人国ではおが屑や藁をトイレの下に敷いて排泄物を分解して肥料にしている。
それは田畑を耕す為で、まさかそれを売るほどお金がないなんて思わずコイフは絶句する。
「こんな入り口で立ってないで広場に行くなのね、今回は看板を作って来たなのね! 」
「看板? 何に使うんだい? 」
「金額を明示しないとここでは物は売れないなのね、あとから請求されたり値切られたり、金銭トラブルを嫌う土地柄なのねー! 」
「ローカルルールなのです」
ロビンに引率されて着いたのは広場というより遊具の無い公園だった。
そのあちらこちらに男性が大の字になって寝ている。
「おいちゃんたちー、こんなとこで寝てたら踏まれちゃうよーどいたどいたなのねー」
「そろそろ風邪ひく季節なのさー! 」
ロビンとクロエがその男の人達を跨いで公園の一番いい所に陣取る。
「んあ? クロエかぁ? 退学になったかぁ? 」
「じょーだんなのさ! 進級して薬師行脚にきてあげたのさ! 出張診療所をこさえるのさー、みんな呼んできてほしーのさ」
「タダか? 」
「おっちゃんボケてないで宣伝してくるのさ! 薬が半額以下なのさ」
ロビンが看板を掲げた。
木彫りの看板には診察、調剤、注文がいくらと細かく彫られてスミが入れられていた。
「お? おん? マジか? ちょっくら呼んでくるわ! 」
男はそのあたりで寝ている他の男を踏みながらどこかに行ってしまった。
(げ…激渋なのよ……! ドゥープってこういう事を言うなのね…! )
コイフは圧倒されて惚けてしまったが、頭を振って出張診療所の準備に取り掛かる。
「ミミ、一緒に水くみにきてほしいなのよ」
「まかせるのです」
「コイフさん、ミミ、気を付けて」
ムークに見送られコイフとミミは共同井戸に向かう。
「一人で行動するなってどういうことなのです? 」
「うーん、気を付けて行動するしかないってことなのよ? 」
少し速足で住宅街を抜ける。
「ボロい家が多いのです」
「なのよー、洗濯ものも古い服が多いのよー」
井戸も古かった。
石組みの井戸は苔むして、木の屋根はトタンで補強されているが雨が降ったら絶対に雨漏りしそうだ。
「…生で飲むのはやめておくなのよ」
「…なのです」
飲み水はその場では補充せずに、持ってきた桶一杯に水を汲んで(ちなみに滑車も錆びてたわんでいた)二人は駆け戻った。
なんだかずっと、大勢に見られている様な気がしたからだ。
「こんにちはー! わたしたちは高等薬学舎の薬師行脚です、お困りの症状はございませんか? 」
おっちゃん氏のおかげか公園にはそれなりの人だかりが出来た。
「本当にこんなに安いのかい? 」
「はい、わたしたちは薬師行脚中の仮免薬師ですから、勉強させていただいてます」
値段の書かれた看板を見て、恐る恐るという風に子供を抱いた母親が声をかけて来る。
「ミナミンママ! 本当なのさー! あーしが保障するのさ! 」
「クロエじゃないかアンタほんとに進級できたんだね」
「失礼なのさー」
「クロエがいうなら…うん、診てもらおう、最近乳の出が悪いんだ、それからこの子がずっと咳をしていてね」
コイフはうーんと唸る
「おっぱいにけがはしていないのね?」
「ちょびっとこの子に噛まれてね、関係あるのかい? 」
「クロエが貴女のことをミナミンママって呼んでたのよ、もしかしてよく子供を産む女性なのかしらと思ったのよ」
「ミナミンは2つ上の子よ、クロエがここを出る数日前に産まれた子よ、クロエ覚えてたのね」
「もちろんなのさー! 」
クロエはかがんで、ミナミンママにも診察椅子に座るよう促す。
ようやくミナミンママが出張診療所に入って来てくれた。
「頻繁に乳首に傷がつくとお乳の出が悪くなることもあるのよ、傷薬と循環を整えるお薬を出すから3日試してみて欲しいのよ」
「3日で治るのかい?」
「傷だけが原因なら、きちんとお薬を飲んでくれれば大体治るのよ、あとは栄養のあるものを食べたり体を冷やさない方がいいなのよ」
「そうかい、なら旦那に良い物でも食べさせてもらうわ、…お薬も本当にこの値段なのかい?相場の半分以下じゃないか」
「もちろんなのよ! 」
「ならもらうことにするわ、この子の咳止めも」
「喜んでなのよ! 」
コイフは嬉しくて笑顔になってしまう、また居酒屋みたいな返事をしてしまった。
クロエとロビンの知り合いやミナミンママのママ友のおかげで患者が来ないわけではないのだが…未だ住人は出張診療所を遠巻きに見ている。
「ねぇクロエ、ロビン、なんであの人たちは来て見て帰ってしまうのかしら?」
そんなにミナミンママも含め、人だかりに集まる住人はそこまで貧しいようには見えない。
クロエが声を潜める。
「お金を持ってることをバレたくないヤツもいるのさ」
「それがなけなしの薬代なのか生活に余裕があるか、泥棒にはわからないなのねー」
ロビンも賛同する。
「ならこんなのはどうなのよ?」
コイフは前回の薬師行脚で思いついた販売方法をクロエとロビンにやってもらうことにした。
「こんにちはー! わたしたちは高等薬学舎の薬師行脚なのさー、お困りの症状はございませんか?なのさー! 」なのねー!」
クロエとロビンには各家を回ってもらって訪問販売をしてもらう。
一方コイフは公園でまたマジックショー調薬だ。
遠巻きに見ていた住人はコイフの魔法に拍手喝采だ。
「さーて! 出来上がりましたこれは目薬なのよ! 目ヤニに困ってる患者さんはいるなのかしら? 今ならお値段は半額以下! さぁー買った買ったなのよー! 」
薬の叩き売りをしている間に徐々にお客が増えていく出張診療所をムークとミミに任せて人目を自分にひきつける。
そんなこんなしている間に昼も過ぎていく。
「おーい戻ったのさー! 」
「そろそろ撤収なのねー! 」
クロエとロビンが空っぽになった行李を振りながら戻ってきた。
「わかったのよー! 」
最後の薬を作り終えて叩き売る。
その間にミミとムークが片付けをする、コイフが「お開きなのよー、ありがとうございました! 」と観客に挨拶をすると声がかかる。
「魔法使いのおねーちゃん! 回復魔法は使えないの? 」
「わたしのことなの? うーん、初級魔法なら使えるのよ、切り傷を直したり…」
「じゃあ俺のじーちゃんの足を生やしてよ」
コイフは血の気が引いて気絶するかと思った。
観客が殺到する。
「弟の両腕を動くようにしてくれ! 」
「兄貴の指を元に戻してくれ」
「俺の腕を」
「足を」
「声を」
「歯を」
「骨を」
「コイフ! 聞いちゃだめだ! ごめんなさいそれは医者の仕事で、私達見習い薬師には出来ないんだ」
「今日は来てくれて! あ、ありがとーなのです! 店じまい! なのです! 」
ムークが観客からコイフを遮ってくれる。
ミミが一生懸命喋りながら店じまいを終わらせる。
「コイフ、早くかえるのさー! 」
「コイフ、早くなのね! 」
クロエとロビンが手を引いてくれる。
その間コイフの頭の中は真っ白だった。
腕を、足を、指を、歯を、コイフは生やせない。
両腕も、声も、骨も、治せない。
(この悔しさは知ってるのよ)
コイフの前世が、観客たちと同じ声音で叫ぶ。
(魔法があるならわたしの体を治してよ!)
コイフはからだ全部が痛くて仕方なかった、それは前世の自分の痛みだ。
自分には出来ない。
薬学では救えない、魔法でも救えない。
自分には、何もできない。
何も、できない。
できない。
「コイフ…コイフ! 大丈夫なのさ! 」
クロエの声がコイフに刺さる。
「コイフはいいやつなのさ! このあーしが証明するのさ」
「クロエ…」
「なにが出来ても出来なくっても、コイフはいいやつで、あーしの友達なのさー!!! 」
コイフははっと目を覚ましたような心地だった、目に映る世界が広くなる。
「ここは…? 」
どこかの道の端だろう。
灰色の未舗装の道、石造りの階段があって、そこに座っているコイフを4人が心配そうにのぞき込んでいた。
クロエの手の熱が、コイフの肩に伝わる。
「コイフ、元に戻ったのさ!? 」
「みんなも…わたしどうしちゃったなの? 」
ムークが言う
「放心状態だったんだよ、話しかけてもわからないようで…心配したよ」
「よかったのです~! 」
小心者のミミは泣いてしまっている。
「ね、気にしなくったっていーのね」
ロビンが慰めてくれる、観客の言葉の事だろう。
コイフはグッと歯噛みした。
「出来る気になってた自分が恥ずかしいのよ…悔しいのよ…」
強く握った手をクロエが上から握った。
「出来ない気になってるコイフが恥ずかしいってこと、今からみせてやるのさ」
クロエはそう言って立ち上がる。
「暗くなる前に家に行くのさ」
そこから数ブロック先にクロエの家があった。
板張りの小屋の様で、でも二階がある。
「ただいまーなーのーさー!!! 」
突っかかる引き戸を元気にばーん!と開くとクロエは大声を出した。
わっ!と未就学の子供達が飛び出してくる。
「クロエねぇ、おかえりーーー!!! 」
「クロエねぇ、おみやげは? 」
「そのひとたち、クロエねぇの友達? 」
「わぁ、待て待て、アンタ達は新しいきょうだいだね? 順に名前をいうのさ! 」
「エマ!」
「サラ!」
「アンナ!」
「よーし、エマ、サラ、アンナ、かーちゃんを呼んでくるのさー!」
「「「あいあいさー!」」」
程なくしてクロエの母親が、短い廊下の先から現れた。
「クロエ! おかえりなのさ」
「かーちゃん! ただいまなのさ! 」
クロエは母親とハグして、そのリボンみたいな可愛らしい耳を撫でてもらった。
クロエの母親はクロエと同じ真っ黒な毛並みだが、胸元が茶色いオターだ。
「ロビンも! おおきくなったのさ」
「おばさんひさしぶりなのねー!」
ロビンもクロエと同じようにクロエのかーちゃんとハグした。
「これ、みんなで買ってきたお土産、使って欲しいのさ」
「あら、立派な野菜にお肉、こっちは果物さ! これは? 」
「常備薬一式なのさー! 胃薬に風邪薬、目薬に傷薬、あーしが調合したのさ」
「立派にやってるじゃないさ! さ、入りな、皆さんもどうぞ」
クロエのかーちゃんは歩くたびにコツ、コツと音がする。
「杖…?」
「かーちゃんは子供の頃真っ直ぐ歩けない病気だったのさ、でも薬を飲んで毎日がんばって練習したから、今は杖があれば真っ直ぐ歩けるのさ」
「薬を」
「おかげで、貧乏だけど楽しくやってるのさ! 」
コイフは(薬学ではダメだった)と思っていた自分を恥じた。
そして『貧民街』は『貧しい不幸な人が大勢いる』という思い込みも恥じた。
「クロエ、わたし間違ってたわ」
「なのさ! だからいつものコイフにさっさともどるのさ! 」
「うん、そーするのよ」
えへへと2人笑い合って、全員で元気よく「お邪魔します」と言った。
クロエのかーちゃんが来た道を向かうと、左右にドアがあって右側に入る。
外観とは打って変わって、隙間も無い板張りの壁に、壁紙が張り付けてある。
室内は東兎人国には珍しい、四角い部屋だ。
板敷に、使い古されたカーペットが敷かれ、
部屋の真ん中に大きなテーブルと、作りがバラバラのイスが7脚ある。
奥には台所があって、野菜棚がある。
コンロに火がついていて、シチューがクツクツ煮込まれていた。
「適当に座って」と言われて、コイフ達は行李を下ろして適当に座る。
後からエマ、サラ、アンナがやって来て、「そこあたいの席ー! 」と主張するから席替えなどもした。
結果、アンナがクロエのかーちゃんの膝に座っている状態で話が始まった。
水差しからワインを注がれコイフはぎょっとする。
「わ、わたしたち未成年です! 」
「あらそう? 街の方の子は飲まないのさ?」
「飲まないのさ、前ミミがお酒出した時もコイフだけへべれけだったのさ」
思わぬ新事実が発覚した。
(あの時記憶をなくすほど酔ったのも、酒だと気付かなかったのもわたしだけだったの! )とコイフはショックを受けた。
「じゃあコイフちゃんにはこの子達と同じ麦茶にするのさ、アンナ、コイフおねーちゃんに注いであげるのさ」
「はーい! 」
アンナちゃんがクロエのかーちゃんの膝から飛び降りて、慣れた手つきで麦茶を注いでくれた。
「いただきますなのよ」
お茶は薄くて乾いた喉にちょうど良かった。
「うちは女所帯でねぇ、この子らは町の、日中面倒が見れない家から預かってるんだよ」
「だからぜーいんあーしのきょうだいなのさー! 」
教え処の休暇日を使ってでもクロエのかーちゃんに会いに来てくれる子供がいる程らしい。
「代わりにちょっとお金をもらってるのさ」
「すごいのよ、保育園なのね? 」
「洒落た言い方するとそうなるのさ」
と言ってクロエのかーちゃんは笑った。
「うちはばーちゃんとかーちゃんとキリエおばさんとねーさんが3人いるのさ」
「上の3人はクロエと年子だからまだ学生さ」
クロエとクロエのかーちゃんが説明してくれた。
「クロエと姉妹のためにこさえといた部屋が二階にあるから使ってね、クロエ、案内するのさ」
「りょーかいさ! 」
クロエに続いて部屋を出る。
「この部屋はなんなんです? 」
正面の扉が気になったミミが聞いた。
「ばーちゃんの部屋なのさ、日中はこっちでも子供たちが遊んでるけど、ばーちゃんはもう寝ちゃってるのさ」
「じゃあ静かにしなきゃね」
ムークに言われて抜き足差し足で歩いたが、階段が古くってどうしてもギィギィいう。
登りきると同じ間取りで二部屋あった。
クロエが左を差して「こっちがキリエおばさんの部屋、絵を描いてる人さ」と言った。
コイフの耳がピーンと上がる。
「わたし見たいのよ! 」
言葉が気持ちより先に口から出た。
「お、いいのさ! 聞いてくるのさ! みんなは先に右の部屋に入っててほしいのさ! 」
と言って駆けて行った。
そのままロビンに案内されて右の部屋に入った。
古いが汚れていないカーペット、同じく古いが物の良いカーテンが窓にかかって、年季の入った頑丈なベッドが4台と、床に布団が一組置かれていて、『クロエ』と書かれた伝統模様のワンピースが布団に置かれていて苦笑いしてしまった。
「コイフ! キリエおばさん良いって! 」
クロエが元気よく入って来て、布団を見て苦笑いしていた。
行李を置いて、コイフは隣の部屋に向かう。
ノックを2回。
「失礼します」と言ってコイフはキリエおばさんの部屋を開いた。
一面のキャンパスの山、油絵具の匂い、木炭の匂い、絵描きの匂い。
懐かしい匂い。
コイフは(前世のわたしは絵を描いていたんだわ)と思った。
壁一面にキャンバスが立てかけてあって、家具は部屋の脇に追いやられている。の
その家具の間からモソっと何かが出てきた。
真っ黒で巻き毛の兎人だ。
「入ってもよろしいですか? 」
「ああさ」
コイフは言われて足を踏み入れる。
「クロエの友人で、コイフといいます、今日は一晩お世話になります」
「クロエの友達にしちゃあ品がいいさ」
「わたしとクロエは同室なのよ」
キリエの口調が砕けていたから、コイフも敬語をやめた。
「なるほど、絵は売るほどあるよ、好きに見てくさ」
「はい、お邪魔しますなのよ」
ぐるりと部屋中を見渡してから、コイフは手あたり次第キャンバスを手にとる。
「わたしこれ好きだわ! これも! あ、これはきっと海ね! 」
「それはアタシの想像の海、行ったことは無いのさ」
「とっても素敵な絵だわ! この絵はどこに卸してるなの? 」
キリエが嬉しそうに笑った。
「卸してないさ、趣味の絵だし、アタシは画壇にも入って無いさ、売れないさ」
「こんなに素敵なのに売れないですって!? 」
コイフは手あたり次第見た山の中から、アスチルベットお姉様によく似たドワーフホトの踊り子の絵をじっと見つめた。
「こんなに素敵なのに…ほぁ、すてきなのに…すてき…」
「あげるさ、そんなに気に入ってくれたんなら」
「えっ! いいなのよ? 」
キリエは絵をキャンパスから剥がすとコイフの手にそっと乗せた。
「わぁ…! 」
「いいさ、そのかわり、大事にしてさ」
「はい! 大事にします! 」
コイフはうれしくって何回も頷いた。
「すごい! 兎人のお人形なの! ふわふわで可愛らしいのよ! 」
「それは友達が作ったのさ、何百もあって邪魔だからってくれたのさ」
「本物みたい! 」
「抱いてみる? 」
ほかにも、もうキャンバスから剥がしてある絵を見ていたら、もう一枚、兎人の村を描いた絵が気に入って、じっと見ていたらキリエがくれた。
「絵ばっか描いてまともに働いてもないのさ、誰かに喜ばれるなんて初めてさ」
キリエはそういって笑うとコイフを見送ってくれた。
コイフは眠る寸前まで夢見心地で絵を見つめていた。
それなのに。
夢を見た。
嫌な夢だ、前世の夢だ。
机にかじりついて絵を描いているのは前世のコイフで、へとへとのくたくたで、ガツンと衝撃がして床に倒れた。
目が覚めた。
(前世のわたしは絵を描いていたのね、でもなんらかの理由で体が痛くなって描けなくなってしまったのね)
コイフは寝ぼけ眼にぼんやりそう思う。
降りるとクロエのかーちゃんとキリエおばさんがシチューを出してくれた。
「今朝も早いんだって? がんばるのさ! 」
みんな起きた順にクロエのかーちゃんに喝を入れられてシチューを食べた。
「ロビンは帰らなくていいのさー?」
「私は卒業したら家族で働くなのね、いーのいーの、今くらい友達との時間を大切にしたいのね」
「ロビン、オトナなのです」
「ふあぁ、おはようございます」
「おはようなのよムーク! 」
「さ、ごはんお食べなのさ」
シチューからは『おふくろの味』がした。
「お世話になりました」
5人で頭を下げるとクロエのかーちゃんが一人ずつ抱きしめてくれた。
「こんな町、二度と来ちゃだめさ」とキリエおばさんは笑っていた。
「また来ます! 薬師になって、なのよ! 」
そう言ってコイフ達5人は、日の出とともに『貧民街』を後にした。
この後はムークの故郷を経由して少し遠回りで帰ることになる。
クロエとロビンの故郷は大きな町だったから、街道に出ればロビンの故郷は案外近い。
街道を歩いてコイフ達5人は南下していく。
「次の町がみえてきたなのねー! 」
先を行くロビンが跳ねて教えてくれる。
遠くにぼんやりと町のシルエットが見える、同時に遠くから陽気な音楽が聴こえてきた。
「なんなのさー? 」
「お祭りなのよ?」
「もうすぐ夕方なのさ」
ムークが難しい顔をして言う
「ミミ、ロビン! コイフにクロエも、聞いて欲しいんだ…」
「どうしたのなのよ? 」
「今から行くのがあたしの故郷の町なんだけど、じつは少し変わっていて…」
「ローカルルールなのです? 」
ミミの言葉にムークが言いよどむ。
「変な町だけど、悪い町じゃないんだ、だから嫌いにならないでほしいんだよ」
全員が頷く。
「わかったのよ、心して行くのよ」
「変な町、楽しみになってきたのさ! 」
「今夜は変な町で一泊なのね」
「どんな変な町でもムークはムークなのです」
陽気な音楽は、近づくにつれて、ズム、ズム、という重低音がはっきり聞こえてくる。
「変な太鼓の音なのさ」
コイフには何となく聞き覚えがあったがそれがなんだったか思い出せなかった。
ぽてぽてと一行は歩いて町の門をくぐる。
音の出どころを探って耳がぴんぴん立ってしまう。
「町の中央の方なのです」
地図を見ながらミミが言う。
「行ってみるのさ! 」
「ムーク、大丈夫なのよ? 」
「うん、大丈夫だよ…」
音がどんどん大きくなっていく。
町の中央に大きな櫓が組まれていて、その四方に箱がいくつも括りつけてある。
本当にただの木の箱に見えるが、櫓の中央に立っている兎人がその箱にさわると音が変わった。
「あれ、楽器なのよ!? 」
「魔道具だよ、昔行商に来てくれた魔道具技師が特注で作ってくれたんだって、うちの町の必需品だよ」
「うわーすっげー音量なのさー!」
町民が櫓の周りで音楽に合わせて縦ノリ横ノリしている、出店が毎日決まっているかのように(実際決まっているのだろう)立ち並び、みんな何か美味しそうなしゅわしゅわしたものを飲んでいる。
(こ、これは…! )コイフの前世の記憶が強く反応した。
「もしかして…アゲアゲなのよ…!? 」
「わかるのかい? コイフさん! よかったぁ! 」
「アゲアゲのパーリナイなのよ? プチョヘンザなのよ!? 」
「そうなんだ! うちの町はパリピの町なんだよ! 」
「ウェイなのね!? 」
「ウェイなんだよ‼ 」
「何言ってるのかさっぱりなのさーーーー‼ 」
コイフの魂とムークが共鳴する中、クロエが叫んだ。
「ムーーーーク! 」
男性の声が広場に轟いた。
一斉に広場中の眼が、入り口にいるコイフ達に注がれる。
「ワッチャ! 我が妹、ムーークがぁ高等薬学舎からぁ! 行脚にぃ? 」
広場中が叫ぶ。
「キターーーーーーーーーー‼‼ 」
ドゥドゥいう太鼓(コイフにはEDMに聞こえるが多分エレクトリックはこの世界には無いので魔法の太鼓であろう)の音が一層大きくなって、BPMが上がる。
コイフ達4人がポカーンとしているとムークが叫んだ。
「兄さん姉さん、ウェーーイ! ただいま! 」
「「「「ムークさん⁉⁉ 」」」」
素のムークは満面の笑みで町民に手を振った。
そのまま一行は踊りの波に流される。
ガラスを集めて作られているピカピカのミラーボール(仮)が集める月の輝きの下、焼いた肉をサラダ菜で包んだものや、しゅわしゅわした飲み物(これは炭酸水だった! )を飲んで、周りに流されて踊った。とても楽しかった。
「ということで、うちはパリピの町なんだ、毎晩ああやって踊って夕飯も済ませて寝るんだよ」
ムークの家族にバイブスアゲな歓迎をされて、用意された寝床に倒れ込んだのが今である。
「なるほど…これが『うぇい』で『ぱりぴ』なのさ…、理解したのさ…」
「しゅわしゅわの飲み物がおいしかったのです」
クロエとミミが鼻をぴくぴくさせながら力尽きている。
反対に大喜びなのがロビンとコイフだ。
「最高の町なのね! 気に入っちゃったのね! 」
「踊るの大~好きなのよ~! 」
ムークは誰にも引かれてない様子を見て、ほっとしたように言う。
「みんなとチルに過ごすのもすっごく居心地良いんだけど、たまに町のノリが恋しくなるんだ」
「もしかして、教え処でもこうなの? 」
「櫓の後ろに坂があっただろ? 教え処の子供達専用のフロア…えっと、運動する場所かな? があるんだ、自主参加だけど大体みんな踊ってるよ、陰キャも陽キャも踊らない人は踊らないけど」
「なるほどなのよ」
恋しくなる気持ちはわかる、コイフも教え処ではダンスの授業が大好きだった。
「みんなにはオトナって思われてるからはしゃぐの恥ずかしかったんだ、でもやっぱり伝えたくって…友達だから! 」
「オトナだって踊りたい時には踊るのなのよ」
「私明日も踊りたいなのねー! みんなで歌って踊るのね! 」
「人に揉まれないなら大歓迎なのさ! 」
「ほら、ムークはムークなのです、変な町とか関係ないのです」
ムークは感極まったように顔を手で洗って、「うん! そうしよう」と言って、皆で笑った。
さて、朝起きれば変な町も普通の町だった。
ムークの両親も兄姉にもテンションアゲめで見送られ、コイフ達は出張診察所を開いた。
のど飴と間接痛と二日酔いの薬が沢山売れた。
ウェイな町民が集まる頃には店が閉まってしまうので、昼過ぎには店じまいして町を出た。
EDMによく似た魔法の音楽を背に、コイフ達は街を目指して帰路を進む。
途中で野宿になり、火床を作って食事をして。
手を繋いで輪になって、歌いながら踊った。
(あの子ともこうやって踊ったわ、歌ったわ、あの子は今、どこで何をしているのかしら)
みんなの故郷を見て、コイフは少しだけ過去が恋しくなった。
翌朝無事に城下街に着くと、前回と同様、路銀の残りで銭湯に飛び込んだ。
「そういえばうちの町のお風呂はしゅわしゅわしてるんだ」
ムークの遅めのカミングアウトに一同は騒然となった。
「あのしゅわしゅわの美味しいののお風呂なのです⁉ 」
「炭酸泉ってやつなのね⁉ 」
「美肌効果があるという噂の⁉ 」
「入りたかったのさー‼ 」
まさかの食いつきにムークが苦笑する。
「変な町だけど、また入りに来てくれる? 」
全員が「もちろん」と答えたのだった。
無事、薬師行脚を終え、実習の単位を取り終えたコイフ達は授業の遅れを取り戻すべく、しばらくは補講に忙しいのであったが。
秋はゆっくりと過ぎて行き、冬にはしっかり授業受けて、たっぷり勉強できる。
まったり学園ライフがやってくるのだった。
次回は1月17日の投稿です。




