クリスマスケーキ売りの悲哀
「うわっ、やっぱり寒い。」
自動ドアが開くと、冷たい風が店内に吹き込んでくる。防寒対策のために厚めタイツを履いて、足元もブーツだけれど、やっぱり脚が冷えそうだ。一応、電気ストーブは準備してもらっているけど、お客さんが増えてきたら、ストーブにあたっていることはできないだろう。
なんで、サンタコスチュームって、こんなに寒いわけ?
サンタクロースって、北欧の人なんでしょ? よく知らないけど、フィンランドだっけ? サンタクロースの村があるのって。こんなに寒いなんて、おかしいよ。
まあ、本物のサンタクロースはスカートなんて履いてないけどね。
日本の女子用サンタコスチュームは、スカートなのよ。どういうわけか。
当日になって文句言うのもなんだけどね。ここまで、寒いと思ってなかったのよ。
はあ。
何で、私が、この寒空の下、コンビニ前の駐車場に急ごしらえの販売所に、見た目重視で防寒力低いサンタコスチューム(ミニスカよ!)なんか着て立っているかというと、何のことはない、アルバイトなのだ。
今日は12月24日。つまり、クリスマスイブ。
となれば、この急ごしらえ販売所の売り物は、クリスマスケーキとチキンと決まっている。
ここは、駅近くのコンビニで、要するに、準備よくクリスマスケーキを予約なんてしてなかった会社帰りの人たちに、「まだ間に合いますよ♡ クリスマスケーキ♪ チキンもいかがですか? 何だったら店内でアルコール類なんかも見ていってくださいよ!」を、やるための臨時即売所である。
コンビニ各社が、クリスマスケーキ販売に、年末売り上げ大幅アップを狙って力を入れまくっているのは、別に、私たちアルバイト店員じゃなくても知っていることだろう。
わざわざ、ケーキ専門店や百貨店まで足を延ばさなくても、近頃では、クリスマスシーズンには、特別に有名洋菓子メーカーやカリスマパティシエ監修のハイクオリティなケーキが、コンビニでも売られているのは、多くの消費者に気が付かれている。
前もって予約するような準備の良い人は、会社帰りに、コンビニで受け取って帰宅するし、そうでない人だって、売っているんだったら買って帰ろうとする人はいる。
これから電車に揺られなきゃならない状態じゃ、無理だけどね。
だから、私たちが狙うのは、電車から降りてきた人たちなのだ。
さあ、寒い寒い言ってられない。そろそろ、帰宅時間の会社員たちが帰りの電車から降りてくる。ここは、駅に近いだけあって、電車の走る音、さらには駅に停発車する音がよく聞こえる。
けれど、私たちの前、コンビニの駐車場に面した歩道を歩いてくる人達の手には、明らかにケーキの箱が入っていると分かる袋が下げられていた。さらに、某有名チキンチェーンの包みを持つ人も。
そうなのだ。
実は、私のアルバイト先である、ここのコンビニと同系列のコンビニ店は、駅構内にもある。こっちはフランチャイズ店で、あっちは直営店なんだけどね。直営店は、改札を出たすぐの位置にあって、当然ながら、そこでもクリスマスケーキとチキンは売られている。
そして、駅の隣のマンションの1階には、あの、道頓堀川に投げ込まれた呪いの人形と同タイプの人形がサンタの衣装を着て立っている店がある。
その2店舗の前を通過してきた人の多くは、既に目的の物を購入済み。
行列に並ぶのが嫌、もしくは、ここまで来て、やっぱり買っていこうかと迷いがある人を、掬い取らねば、山と積まれたチキンやケーキの入った箱は減ってくれない。
私と、この時間にシフトに入った大学生2人は、声を張り上げた。
「「「クリスマスケーキ、いかがですかぁ~。チキンもありますぅ~。」」」
しかし、既にケーキを買った客(彼らは直営店の客であって、こっちの客じゃないのだけど)は、2個目のケーキを買うはずもなく、さっさと通り過ぎていく。
今夜は、天気予報でも冷え込むと言っていたし、実際、寒いしで、皆、足早だ。
「「「クリスマスケーキ、いかがですかぁ~。チキンもありますぅ~。」」」
なんか、初っ端から虚しい。
それでも、ぽつぽつとは、ケーキを買ってくれる人はいた。
この場、3人も要らないんじゃない? とは思ったけど。
「「「クリスマスケーキ、いかがですかぁ~。チキンもありますぅ~。」」」
さっき電車から降りた集団と思われる一群の人たちは通り過ぎたと思われたが、やっぱり、売り上げは低調。こりゃあ苦戦しそうだわ。そして、ケーキもチキンも売れてくれなければ、現物支給にまわされる可能性が高い。まあ、1個くらいはね。ちょうどいいかと思うんだけどさ。
「もう、寒すぎぃ。このコスプレ、薄くないですかぁ? あと、スカート、ミニである必要ってあるんですかねえ。」
隣で、暇を持て余した大学生が愚痴り始めた。
「だよね。人が少し途切れたから、ストーブ近くに寄っとこ。風邪ひいちゃう。」
「売り物がマッチじゃないけど、イブにこんなバイトしてるって、同じくらい惨めですよね。」
それ、言っちゃ駄目だって。
そんなふうに私たち3人が、足踏みしながら哀しい雑談をしているちょうど前を、若い男女が並んで歩いてきた。
「「「クリスマスケーキ、いかがですかぁ~。チキンもありますぅ~。」」」
しかし、2人はまったく気付きもしないがごとく、さっさと歩いていく。2人の手にはケーキの箱もチキンの包みの入った袋も無いのに。
「ああ、あれ、トリコロールだわ。」
「トリコロール」とは、フランス国旗のことではなく、ここから100メートルほど先にあるフランス料理店の店名である。
「リア充かよ。今から2人で、クリスマスディナーですってか?」
「コンビニでケーキなんか買う必要ないですね。あの2人。」
ますます寒い。今夜中に、ケーキは売り切れるのか?
あ、道理で寒いわけだわ。
ふと見上げると、真っ暗の夜空から白い冷たいものが、ひらひらと舞い降りてきたのだった。
私たち3人に、神様からのホワイトクリスマスのプレゼント、と考えるには、寒すぎる状況。こんな日は、焼き芋でも売った方がいいんじゃないかしら?
店内からは、自動ドアが開くたびにクリスマスソングが聞こえてくる。
「「「クリスマスケーキ、いかがですかぁ~。チキンもありますぅ~。」」」
次の電車が駅に向かって走ってくる音が聞こえてきた。直営店のケーキがさっさと売り切れてくれるのを祈りつつ、私たちは、再び呼び込みの準備を始めたのだった。
「「「クリスマスケーキ、いかがですかぁ~。チキンもありますぅ~。」」」
今夜、何度目かの台詞。誰でもいい。ケーキ買ってください。コンビニのチキンだって、そんなに悪くはないと思うんです。
そろそろ電車から降りた一団の最後尾が通り過ぎようというタイミングで、1人が、立ち止まった。
「ケーキいかがですか?」
反射的に売り込みをかける私。
「バイト? ケーキ売ってんの?」
その声には聞き覚えがあった。私は、恐る恐る顔を見た。ヤツだった。
「お久しぶり。えっと、ケーキ。」
「何時に終わるの?」
「売り切れたら、すぐにでも終わるけど。一応、10時で交代。で、ケーキはいかがですか? できればチキンも買っていただけると……。」
私は、なるべく素っ気なく、ヤツに答えた。これで、ケーキ買わないとか、言わないよね。無言の圧力というやつをかけることはできているだろうか?
ヤツは溜息をついた。なんで、そっちが溜息をつくのだろう。裏切ったのはそっちじゃん。
「じゃ、ケーキSサイズの……。」
「Mサイズ。」
「分かったよ。Mサイズ1つ。」
私は、Mサイズのケーキの入った箱を袋に入れ、斜めにならないようにテープで固定して手渡した。
「どういう方なんですかぁ?」
ヤツの姿が見えなくなったタイミングで、大学生2人は興味津々という文字を表情に貼り付けてきた。まあ、何かありました。と言っているようなものだったよね、あれは。
「前の職場の同僚。そんだけ。退職の経緯については守秘義務があるんで、割愛させていただきます。」
私は、早口に言って、この話題を無理やり切り上げた。が、2人は、どう見ても納得していない様子だった。それ以上言えることは無いのだから、困るのだけど。
シフト時間の後半になって、クリスマスケーキは売れ始めてきたようだった。たぶん、駅構内の直営店の方のケーキが売れ切れたか、人気商品だけが終わってしまったかしたのだろう。Mサイズのホールはあまり売れないだろうと、Sサイズの方を多く入れた店長の勘は当たったらしい。ほとんどの人はSサイズを買っていく。
私は、ヤツにMサイズのケーキを売りつけてしまったことを、ちょっぴりだけ、悪いことをしたかな? と思った。ヤツは甘い物が苦手だったから。