#9 陰妙なる貴族
王都宇宙港への帰還と同時に、私の申告が協議にかけられる。その結果を私は、司令部の食堂にて待つ。やがてそこに、ローベルト少佐が現れた。
「いたか……」
私のところに歩み寄る少佐殿。私は起立し、敬礼する。返礼で応えるローベルト少佐。
「手短に、結論だけ言おう」
と言った後に、ローベルト少佐は私をしばらくの間、じっと見つめていた。そして、おもむろに口を開く。
「砲撃科への配属は、承諾された」
それを聞いた私は一瞬、鼓動が高まるのを覚える。
「ただし、次の訓練までの間、シミュレーション訓練を行う。その結果次第だ」
「し、シミュレーション訓練……ですか?」
「そうだ。まず、貴官の砲撃科において就ける役割は、砲撃手のみ。それ以外は資格上、無理だ」
「左様ですか。砲撃手ですか……」
「砲撃手とはつまり、狙いを定めて引き金を引くだけだからな。体力も免許も関係ない。だが、あればかりは天賦の才が必要となる」
「天賦の才とは?」
「要するに勘だ。30万キロ彼方にいる敵艦の動きを、先読みする才がある者かどうか、そこに全てがかかっている」
「は、はい……」
正直いえば、ほとんど思いつきで言い出したことであり、実のところ砲撃科の仕事とはどのようなものであるかを、私はほとんど理解していない。だが、私ができる仕事がたった一つだけあると聞かされた。ただしそれは、才能を伴うものだと少佐は言う。
「と、いうわけで、これから3週間の間、毎日、シミュレーション訓練を行うこととする」
「はっ!」
「その指導教官だが、現在、我が艦で砲撃手を務めるボニファーツ中尉にお願いする」
「はぁ……ですが少佐、一つよろしいでしょうか?」
「なんだ」
「私が砲撃手となった場合、ボニファーツ中尉はどうなるのでございますか?」
「ああ、それならば心配ない。その場合は中尉には、操舵手に戻ってもらう」
「操舵手……?」
「砲撃訓練時に、ボニファーツ中尉のすぐ脇にいたエリアス少尉、彼の役割がその操舵手だ」
「そ、そうなのですか?」
「なんだ、役割も知らないまま砲撃科を志願したのか。まあいい、操舵手というのはだな……」
それから私は食堂にて、ローベルト少佐より砲撃科の役割について伺う。
砲撃科には、5つの役割がある。まずは前方で構える2人。操舵手と砲撃手だ。
操舵手とは、その名の通り、艦を操舵する役割を担う。目標とする敵艦に艦首を向けつつ、敵に狙いを定めさせないよう時折方向を変える役割である。これは駆逐艦の操縦資格が必要で、元々はボニファーツ中尉がこの操舵手を務めていた。
そして砲撃手。これは主砲を装填し、操舵手がランダムに動かす艦と敵艦との動きを読み取って、タイミングよく引き金を引いて敵艦を沈める役目を担う。
「えっ!?元々は少佐殿が砲撃手だったのでございますか!?」
「そうだ。つい半年前まで、私が砲撃手だった。が、昇進に伴い、副長に任ぜられた。それゆえボニファーツ中尉が砲撃手をすることとなった」
思わぬ話を聞いた。ローベルト少佐は元々、砲撃科だったという。本人曰く、3度の勲章を授与されるほどの命中率を誇った砲撃手であり、それゆえに異例の昇進を果たせたそうだ。
「だが、私の実力だとは思っていない。ボニファーツ中尉という優秀な操舵手がいたからこその戦果だ」
「そうなのですか、ボニファーツ中尉あってのローベルト少佐なのですね」
「階級こそ2つ違うが、元々は私とボニファーツ中尉は同じ軍大学の同期生でね。同じ艦に配属されて、互いに切磋琢磨し、軍功を築いてきた」
「はぁ……」
「しかし、最近の中尉はダメだ。だいたい奴は砲撃手には向いていない。だから、本来の操舵手に戻してやらないといけない」
どうやら、ローベルト少佐が砲撃科を抜けてからというもの、ボニファーツ中尉はその腕を振るうことができない状態にあるようだ。意外な事実を知ってしまった。
で、それ以外の役割だが、操舵手、砲撃手の後ろに座るのは砲撃長と呼ばれる、砲撃管制室全体を統括する役割の士官。我が艦では、アウグスティン大尉の役割だ。
そしてその後ろには、防御手と呼ばれる人物がいる。敵の砲の直撃を予測した時、バリアを展開してそれを防ぐ役目だ。これは、ヒルデブラント中尉が担っている。
で、もう一人、弾着観測員と呼ばれる役割がある。本来これは、今は操舵手をしているエリアス少尉の役目だという。だが今はこれを、艦橋にいるレーダー手が担っているため、砲撃管制室を4人で回しているのだそうだ。
「……ということは、私がもし砲撃手となれば、本来の体制に戻ると言うことなのですね」
「そうだ。だが、その条件として、貴官の砲撃手としての素質を見極めさせてもらう。それがダメなら、主計科に配属する」
「はい、承知いたしました」
「もっとも、その素質というのは、今のボニファーツ中尉の成績を上回ることだ」
「はぁ……それは、どれくらいの成績なのです?」
「正直言って、酷いものだ。この半年に行われた訓練回数は7回、そのうち彼が残した成績は、命中が10、撃沈が0だ。これを上回ることは、さほど難しい話ではないがな」
「そ、そうなのですか……」
今の我が駆逐艦4160号艦の砲撃科の状況は、あまり芳しいものではないことを知った。そんなところに私が飛び込むこととなったのだ。いくら思いつきとはいえ、その重責を感じる。
そして、その日の午後、私はシミュレーション室へと向かった。
「おお、来たね」
迎え入れてくれたのは、ボニファーツ中尉だ。私は敬礼する。中尉もそれに、返礼で応える。
「それじゃあ、始めようか。じゃあまずこの座席に座ってくれるかな」
「はっ!」
まずはボニファーツ中尉が左側に座る。私は、その右隣に座る。
「それじゃあ、簡単に説明しよう。砲撃手が扱うのは、この二つのレバーだけ。左手には装填レバーが、そして右が発射レバーだ。つまり、左で装填を行い、右で砲を撃つ。それだけだ。簡単だろう?」
「は、はい……ですが、どうやって狙いを定めるのですか?」
「それはね、この照準器を覗くんだ。十字線があって、その真ん中に敵がいた時に右手のレバーを引けば、命中するという仕組みさ」
「はい。」
「……というほど、話は単純じゃないんだけどね。まあいいや、それは実際に触ってみれば分かるさ。それじゃあ、やっていようか」
いきなり私はこのシミュレーション機器にて、砲撃訓練を行うこととなった。
「操舵手は、敵に的を絞らせないよう、しかし敵艦をこちらの砲が捉えられるように艦を操作する。敵艦を的に捉えたと思ったら、引き金を引いてごらん」
「はっ!了解しました!」
「じゃあ、いくよ」
ボニファーツ中尉が、艦を操作する。私は照準器を覗き込む。するとそこには、茶色の物体が映り込んでいる。
「まずは簡単に練習してみよう。敵の砲撃はないものとし、装填レバーも不要にしてある。で、照準器に敵艦がいる。ここだと思ったところで、引き金を引いてみて」
「はい」
敵艦が、私の目の前でゆらゆらと揺れ動いている。こちらとあちらの動きが重なってそう見えるだけなのだが、私はその敵の艦が十字の中心におさまるのを待つ。
ちょうど敵が、その十字の中心に差し掛かる。私は思い切り、右手で引き金を引く。
ガガーンという砲撃音が鳴り響く。といっても、ここは模擬訓練施設、音はあれど、あの振動はない。しかし本番さながらに、目の前は真っ白になる。
うまく当てたと思った。が、判定は外れだ。
「外れ。右に5、下に21だ」
「は、外れですか……うまく捉えたと思ったのですが」
「そう、それはきっと、今見えている的に合わせたからだよ」
「今見えている的に?どう言うことです?」
「簡単さ。敵は大体、光の速さで1秒先のところにいる」
「はい、そう伺いました」
「と、いうことはだ。今見えている姿は、1秒前の敵の姿だ」
「……そうなのですか?」
「そうだよ。そして放たれたビームが敵に到達するのも、約1秒かかる。だから敵は、ビームが届く頃には今見えているところから2秒分ずれたところにいるんだ」
それを聞いて私は愕然とする。と言うことはつまり、今見えている姿だけでは狙い撃ちできないことを示している。
「砲撃手の役目というのはつまり、その2秒後の敵の動きを勘で予測し、それを当てるということなんだ。実際にはかなり難しい。なにせ、敵も必死に逃げ回るし、それにこちら目掛けて撃ってくる。こちらはそのビームを避けながら、2秒後を予測しながら当てなきゃならない。しかも、砲撃手自身が艦を操作するわけではなくて、ビームを避けるのと敵艦を捉えるのを操舵手が行うから、二人羽織での戦いとなる」
ようやく私は、砲撃手の大変さというものを理解した。ローベルト少佐が天賦の才と言った理由がよく分かる。
それから3時間ほど、私は砲撃訓練を続ける。徐々にではあるが、敵艦に当てられるようになってきた。 が、今は砲撃レバーのみの操作で、しかも敵からの反撃がないという条件での話だ。実際にはそんな甘い状況は、絶対に起こりえない。
「なかなか筋がいいね。これなら3週間もあれば、僕を越えてくれそうだ」
「そ、そんなことはありません。私はまだ、始めたばかりですし……」
「いや、だってマドレーヌ上等兵、この3時間で5度当てているだろう?」
「はぁ、ですがそれは反撃のない敵だからこそで……」
「同じ訓練を僕が初めてやった時は、5時間やってゼロだったからね。やっぱりマドレーヌ上等兵の方が全然上だよ」
「は、はぁ……」
なんだか、とても褒められた気がしない。私はただ、勘に任せてレバーを引いただけだ。たまたま当たったというだけに過ぎない。
しかし、実際には装填や敵艦からの反撃がある。あちらも命がけだ。つい数ヶ月前まで、貴族の屋敷でのうのうと暮らしていた元貴族令嬢などに捉えられるわけがない。
手応えを感じぬまま、私はその日の訓練を終える。
翌日、再び訓練を行う。今度は、敵艦の反撃を加えた状態での訓練となる。案の定、当てるのはますます厳しくなった。その日1日続けて、ようやく2発だけ当てる。
その翌日は、今度は装填レバーが加わる。命中は1発のみ。しかも砲撃の際にレバーの引き忘れが多く、せっかく捉えた敵艦をみすみす見逃すという失態を何度も行う。
ただでさえ、まだ操作が追いついていないというのに、今度はさらに号令が加わる。
「ナンバー5633、撃てーっ!」
「外れ!右に7、上に5!」
「狙いが甘い!次弾装填!急げ!」
「はい!次弾装填!」
砲撃長に防御手、おまけに弾着観測まで加わった5人体制での訓練。たびたび操作は間違えるし、狙いもずれる。その度に私は、アウグスティン大尉から怒鳴られる。
うう、想像以上に辛い。あの砲撃管制室で感じた、快感に似たようなあの感触は、ここでは感じられない。ただただ辛いだけの毎日だ。
「ねぇ、辛いんなら、やめちゃえばよろしいのに」
「そうだよ、砲撃科なんて、マドレーヌちゃんには向いてないって」
「で、ですが、3週間は耐えるって決めたんです……」
「いやでもさ、はたから見てても辛そうだよ。本当に大丈夫?」
司令部の中にあるお風呂場で、リーゼル上等兵曹とトルテ准尉とに揉ま……囲まれて、私は主計科への誘いを受ける。ほぼ毎日、このお二人から説得されているな。だがその度に私は、なんとか踏み止まる。
が、やはり限界なのだろうか。所詮は世間知らずな貴族の令嬢だった私が砲撃手などと、身の程知らずもいいところなのではないか?
そう思い始めたのは、訓練を始めてから2週間になろうかという頃だ。だんだんと、夜も眠れなくなってきた。やはり当初の予定通り、主計科に配属してもらおう。私は意を決して、ローベルト少佐のいる佐官室へと向かう。
「失礼いたします!」
私は、佐官室に入った。と、ローベルト少佐の席を見ると、そこには司令部では見慣れぬ人物がいた。
いや、正確にはその人物に、私は見覚えがある。
その人物は、フォントネル男爵家当主、エドガール様である。ブリエンヌ公側にて第二王子を擁立し、我が父上とも張り合ったお方。そんな貴族が、ローベルト少佐の席を訪れているのだ。
あちらも私の姿に気づく。しばらく、私の顔を怪訝そうな顔で見ていた男爵は、急に私に向かって叫んだ。
「なんだお主、大罪人のマドレーヌではないか!」
その瞬間、佐官室の中は凍りついたように静まり返る。私も、まるで想定外だったこの男爵の登場に一瞬、思考が止まる。
その静寂を破ったのは、その男爵の前にいるローベルト少佐だ。
「フォントネル男爵、彼女をご存知で?」
「知っているも何も、王国貴族の間では有名な娘だ。王子殺しの、大罪人としてな」
私はその男爵の言葉に、再び打ちのめされる。あの地下牢にいた時、毎日のように看守から聞かされ続けたあの言葉を、まさかここで再び聞くことになろうとは。
「だいたい、なぜこの司令部ではあの娘、大罪人を、兵士として雇っているのだ!我が王国との同盟関係に、亀裂を生じさせるものではないのか!?」
恫喝する男爵。だが、ローベルト少佐は応える。
「……男爵の仰ることが、よく分かりません。何ゆえ彼女を兵士とすることが、王国との同盟関係に亀裂を生むというのです?」
「何をいうか!罪を犯したものを匿っておれば、疑われて当然であろう!」
「彼女は現在、上等兵として我が司令部にて任務を遂行しており、その行動に些かの問題もございません。当然、大罪人などと呼ばれるいわれもなく、男爵の言葉は、我が司令部に対するいわれなき誹謗中傷となりかねません」
「な、なんじゃと!?」
「ともかく、我が司令部との物資供給に関する契約をしようという矢先に、あまり司令部の中で事を荒立てると良いことはございませんよ。これ以上の恫喝は、ご遠慮いただきたい」
このローベルト少佐の言葉に、フォントネル男爵は口をつぐむ。
「ところでマドレーヌ上等兵、現在、私はまだ取り込み中だ。用事があるなら、後で声をかける。とりあえず今は、席を外せ」
「はっ!承知いたしました」
ローベルト少佐が私に、席を外すよう促す。それを受け、私は敬礼し、佐官室を出る。通路を歩きながら考えた。
そうだった、私にはまだ、やらなければならないことがある。せっかく生きながらえたこの命は、何のためにあるのか。あの男爵の一言が、私にそれを思い出させてくれた気がする。
そして私は決意する。必ずや、砲撃手になってみせる、と。