#8 至妙なる戦艦
それから3日間、訓練は続いた。私は残りの3日を、砲撃管制室で過ごす。
やはりあの力強い砲撃の反動のおかげで、私の身体はどうにかなってしまいそう。訓練後に恍惚とした表情の私を、あのお二人が浴場で揉み解すという日々が続く。
そして、5日間の訓練は終了した。
「えっ!?戦艦……でございますか?」
「そうですわよ。帰還前に補給する為、立ち寄るの」
「その戦艦というのは、どのようなところなのでしょうか?」
「そうねぇ、ここよりもずっと大きな船で……」
「えっ!?駆逐艦よりも大きな船なんて、あるのでございますか!?」
「大きいなんてもんじゃないわよ。中に街があるんだから」
「ま……街ですかぁ!?」
お風呂場にて、トルテ准尉から聞いた戦艦という船の存在に、私は驚く。
名前からすれば、それは戦う船ということなのだろうが、この駆逐艦だって戦う船だ。それよりも大きいとなれば、さぞかしとんでもなく大きくて太い砲身が……
「あれ?マドレーヌちゃん、なんだかまた興奮してない?」
「たった今、戦艦の話をしましたからねぇ……ということはもしやこの娘、さらに太い主砲があると想像して興奮しているのでは!?」
「となれば、トルテ准尉!」
「……ダメな娘ですねぇ。このままではいけませんわ、さらなるお仕置きを加えてやらねば……」
「ああ、ちょ、ちょっと、これ以上は……ああーっ!」
こうして私はお二人からまたすっきり……いえ、辱められてしまった。
その翌日、私は艦橋に呼ばれる。そこで、その戦艦という船に入港するところを見学することとなった。
「戦艦シュレースヴィヒまで、あと120キロ!」
「両舷前進微速。管制塔からの入港許可は?」
「はい、まもなく来るものと……たった今、来ました。駆逐艦4160号艦、第22ドックへ入港されたし、以上です」
「了解した、両舷前進微速、進路そのまま」
すでに遠くに光る点が見えている。どうやらあの点に向かって進んでいるのだろう。
周囲に時折、駆逐艦の姿が見える。同じ方向に進むもの、逆方向にすれ違うもの、様々だ。どうやらあの戦艦という船に、交代で停泊しているようだ。
ローベルト少佐によれば、戦艦シュレースヴィヒが受け持つ駆逐艦は全部で300隻。ところがその船は、一度に40隻しか入港できないという。このため、交代でそれらの船を受け付けているという。
一度停泊すれば、補給に10時間はかかる。その間にこの船の乗員らは戦艦の中にあるという街に向かう。いわばそれが、この狭い駆逐艦乗員の発散の場となる。
確かにこの駆逐艦という船は、狭い上に窓もない。昼夜の区別もなく、まるで地下牢だ。いや、あそこに比べたらずっとマシなところではあるが、地上と比べるとここは、地下牢同然といってもいい。
だからこそ、街という存在が必要なのだと、リーゼル上等兵曹は言う。それは私も同感だ。せめて、私のいた地下牢も、そのような配慮があれば良かったのだが……いや、それではもはや、牢ではないな。
「戦艦シュレースヴィヒまで、あと15キロ!」
「両舷前進最微速!」
「繋留ビーコン捕捉!進路補正、右0.2、下0.1!」
「了解、進路補正、右0.2、下0.1!」
気づけば、すでにその戦艦は眼前にいる。大きな灰色の岩肌を剥き出しにし、ところどころに、まるで櫓のような城門のようなものが建っている。そしてその先端には……尖った岩しか、見えない。
「ローベルト少佐、戦艦という船には、砲身はないのですか?」
思わず私は、その疑問を口にする。するとローベルト少佐は応える。
「この駆逐艦と同じ口径の砲ならついている。あの岩肌の、あの塔の辺りを見よ」
「はぁ……」
「あそこに、細長い筒状のものが見えるだろう。あれ一つが、駆逐艦と同じサイズの砲身だ」
「ああ、よく見れば、そのような筒がいくつもありますが……あれ全部で、いくつあるのでございますか?」
「35門だ」
「さ、35!?」
「そうだ、全長4500メートル、主砲35門、収容艦艇数40。それがあの戦艦シュレースヴィヒだ」
「あの……あれだけの船ならば、もっと大きくて太い砲身というのはないのですか?」
「昔は大口径砲というものをつけた戦艦はあったらしいが、連射速度が低く、それでいて運用が難しいため、今はもう作られていない。そもそも戦艦は、戦闘に参加せず、後方支援のための船となった。大口径の砲など、なおのこと不要だ」
「そ、そうですか……」
なんだ、大きくて太いのは付いていないらしい。せめて、その昔あったという大口径砲とやらを、一度でいいから見たかった。できれば、発射場面に立ち合いたかったものだが、ないのであれば仕方がない。それにしても、駆逐艦と同じ砲が35門とは……それはそれで、興奮してしまう。
それにしても少佐は、何やらけげんそうな顔をしているな。私、なにか妙なことを聞いてしまったのだろうか?
そんな35門もの砲門を抱えた凛々しき戦艦に、徐々に接近する駆逐艦4160号艦。近くにつれて、私はその大きさに脅威を覚える。もう窓いっぱいに岩肌しか見えないというのに、まだその表面にたどりついていない。下手な城塞都市なら、丸ごと納まる大きさはある。街があるのも納得だ。この辺りから、艦橋内は慌ただしくなる。
「ドックまであと200……180……160……」
「両舷減速!速力を40まで減速!」
「両舷減速、赤25(ふたじゅうご)!」
「……100……80……60……」
目の前には、2本の塔が建っている。その間に滑り込むように、駆逐艦4160号艦は突き進む。
「40……30……20……10……結合!」
「前後繋留ロック作動!」
「機関停止!入港状況を確認し、報告せよ!」
「繋留ロック結合よし!艦姿勢良好!管制塔にてグリーンランプ点灯!駆逐艦4160号艦、入港完了!」
「乗艦用通路、接続します!」
ガシャンという鈍い音と共に、この船の動きが止まる。しばらくこの艦橋内ではやりとりが続くが、艦長がマイクを取り出し話し始める。
「達する、艦長のヴィクトアだ。当艦はただいま、戦艦シュレースヴィヒに入港した。これより10時間、シュレースヴィヒへの乗艦が許可されている。なお当艦は、艦隊標準時の翌0300(まるさんまるまる)に抜錨、地球997に向けて発進する。出発の30分前までには当艦に帰投するよう。以上」
それを聞いた艦橋内の人々は皆、立ち上がり始める。そして皆、出入り口から外に向かって歩き出す。
とにかく、あの戦艦とやらに行けるようだ。私は少佐に敬礼し、出口に向かう。
と、そこで私はふと思う。そういえば私、あの船の中の入りかたも、街の巡り方も知らない。困ったな、そうだ、こういうときこそ、あのお二人に……
「あー、ちょっと無理。主計科はこれから1時間ほど忙しいの」
「えっ!?そ、そうなのでございますか!?」
「そうよ。後で合流するから、マドレーヌちゃん、頑張って一人で向かってて」
「は、はい……承知いたしました」
忙しそうに荷物を持って歩き回るリーゼル上等兵曹から、このように言われてしまう。仕方がないので、エレベーターで一人、出入り口のある1階に降りる。
が……すでに他の乗員はおらず、がらんとした通路だけが、私の目の前に見えている。行くと言っても、どうやってゆけば良いのか……途方に暮れていると、声をかけられる。
「なんだ、マドレーヌ上等兵じゃないか。どうした?」
振り向くとそこには、ローベルト少佐がいる。
「はっ。実は、戦艦というところには、どのように向かえば良いのか分からず、途方に暮れております」
「ああ、そうだったな……迂闊だった。ちょうど私も街に向かうが、一緒に行くか?」
「はっ!喜んでお供させていただきます!」
助かった。少佐と一緒ならば迷うことはない。私はローベルト少佐について、通路を抜ける。
通路の向こう側には、がらんとした広い場所に出る。公爵家のお屋敷なら、丸ごと入りそうなほどの大きなその空間は、しかし何も置かれていない。その不思議な場所を抜けると、窓のついた大きな扉がいくつも並んだ場所に出る。
何人かが、その扉の前に並んでいる。そこから先は、どこにも行けそうにない。ということはここで、何かを待つようだ。
「あの、少佐殿、ここで何を待つのですか?」
「もうすぐ、電車が来る」
「で、でんしゃ?」
「見れば分かる。まあ、馬車の大きなものと思えばいい」
まさかあの扉の向こうに、本当に馬車が来るのか?いや、車という馬を必要としない乗り物を所有する彼らのことだ。そんなものが来るわけがない。
などと考えていると、その扉のある方からフォーンという妙な音が聞こえてきた。
そして、ザーッと音を立てて、目の前に長く大きな銀色の長い車が滑り込んできた。この銀色の連なった長い馬車のような乗り物が目の前で停まるや、あの扉が一斉に開く。
「よし、乗り込むぞ」
ローベルト少佐に促されて、私はその扉を潜る。その扉の向こうには、大勢の人が乗り込んでいる。その人混みの中に紛れ込むと、プシューッという音を立てて、扉が閉まる。
その電車という乗り物が、音を立てて動き始める。ぐらっと揺れる私は、思わずそばにあった棒のようなものに掴まる。すると窓の外が急に真っ暗になる。
なんだろうか、ここは……まるで洞窟だ。ずっと暗い壁が続いている。それどころか、音もうるさい。
なにやら、地下牢での嫌な記憶が蘇るところだ。私は思わず、車内に目を移す。するとそこには、殿方の士官ばかりが立っている。
彼らは、私の方をちらちらと見ている様子だ。この中では、女は私だけ。やはり目立つのだろう。少しばかり、恥ずかしさを感じる。
一体、いつまでこれに乗り続けるのだろう?そう考えていると、ローベルト少佐が私に向け呟く。
「大丈夫だ、そろそろ、明るくなる」
ローベルト少佐の言葉通り、窓の外を見ると、急に明るくなる。私は、その光景に目を奪われる。
窓の外に、大勢の人が歩いている姿が見える。その奥には車が、そしてさらにその奥に、なにやらガラス張りの建物がいくつも並んでいる。電車はそれらのすぐ脇を、かなりの速さで走り抜けて行く。
唖然としていると、その電車はある建物の中に入り、そこで停まる。プシューと音を立てて開く扉から、中の人々が出て行く。ローベルト少佐は私を手招きしながら、他の人々とともにその扉へと歩き始める。私はその後ろをついて行く。
建物を潜り抜けるとそこは、まさに街だった。ただし、私の知る街とは、大きく異なる。
高い。とにかく高い。どこまでも上に伸びる建物、その上には、大きな床板のようなものが見え、その上にも人が歩いているのがここからも分かる。そんな床板が、全部で3段見える。
そのはるか上にある天井には、まるで太陽のような明かりがいくつも取り付いている。その明かりのおかげで、昼間のように明るい。その光の下、大勢の人々が歩いている。
目の前にはアスファルトと言われる真っ黒で硬い地面が敷かれており、その上に何台もの車が走る。電車を降りた人々のうちの何人かがその車に向けてスマホを掲げると、たくさんの車の一台がその人の前に止まり、扉を開ける。それに人が乗り込むとその車はスーッと音もなく走り始める。
「さて、どこか行きたい場所はあるか?」
と、ローベルト少佐が私に語りかける。私は逆に尋ねる。
「少佐殿こそ、どこか行きたい場所があるのではございませんか?」
「ああ、そうだな……」
「であれば、私はそれに従います」
「そうか」
ローベルト少佐はしばらく考え込む。そして私にこう言った。
「ではまず、食事としようか。ちょうど昼食の時間だ」
「はっ!承知いたしました」
「なあ、マドレーヌ上等兵」
「なんでございましょう?」
「今は別に任務中ではないのだから、もう少しだな……いや、なんでもない」
何か言いかけるが、ローベルト少佐はそのまま歩き始める。私はその傍をついていく。
建物の下には、ガラス越しに店らしきものが見える。服、食べ物、飲み物を売る商店、土産物屋のようなところもある。
宇宙港の街にある仮設市場を大きくしたような印象だが、あそこでは売られていないものも多い。中には何の店なのか、まるで想像もつかないところもある。
と、ローベルト少佐はその店の合間にある階段に向かう。不思議なことに、その階段は上へ向かって動いている。私はその奇妙な階段に、少佐とともに乗り込む。長い長いその階段を登るにつれ、眼下の街を歩く人達が小さく離れていく。
そして、一つ上の床板の上にたどり着く。そこもまた大勢の人が見える。が、車の姿はない。一番下の層では道だったところは、ここでは吹き抜けになっており、柵越しに下を眺めることができる。ふと目を移すと、すぐそばにはまた別の動く階段があり、さらに上の床板へと続いているようだ。
「どうした?」
「あ、いえ、不思議なところゆえ、つい……」
「そうだな。こういう場所を見るのは初めてだろう。この街は、縦横400メートル、高さ150メートルのくり抜かれた空間に作られた、4層構造からなる街だ」
「は、はぁ、4層もあるのですか」
「何せこの狭い場所に、2万人の人々と、駆逐艦からの乗員を受け入れなくてはならない。それゆえ、その空間を極力生かせるよう、階層構造で作られている」
「左様でございますか。しかし、本当に大勢の人がいらっしゃいますね」
この時はボーッと聞いていたが、考えてみれば2万人という数はとんでもない規模だ。
我が王国でもっとも繁華な王都セリエーニュでも、全部で56万人ほどだ。ここよりはずっと広い場所に、それほどの人数。ここはその王都の貴族街の一角よりも狭いところに、なんと2万人以上も押し込めていることになる。
それゆえに、これほど高い建物がひしめいているのだろう。そこはただ、人が住むだけの場所ではない。商店も並び、大勢の客を相手にするための場所もある。上に重ねなければ、とても成り立たない。
などと考えていると、少佐がある店へと向かう。私は急いでその後を追う。
そこは、食べ物の店だった。なにやら真っ平らなパンのような生地の上に、野菜や干し肉のようなものをちりばめた不思議な食べ物が、店頭に並んでいる。
よくみればそれは、食べられるものではない。実物そっくりな見本のようだ。それを少佐は眺めることなく、中に入って行く。
「あの、少佐殿。ここは……」
「ああ、ここはピザ屋だ」
「ぴ、ピザ……」
「おすすめのピザがある。それを一緒に食べよう」
中に入ると、弦楽器と管楽器の軽快な音楽が聞こえてくる。奥には店主らしき人物がいる。その店主のそばに行くローベルト少佐。
「いらっしゃい。いつものかい?」
「ああ、だが今日は、2つだ」
「ええと、お連れさんでもいるので……ああ、なるほど」
店主は私の顔を見るや、何やら納得する。するとその店主は丸いパン生地のようなものを二つ取り出すと、それを棒で薄く伸ばし始める。それがよく見えるカウンター席に、ローベルト少佐は座る。私も、その横に座る。
伸ばされた生地の上に、パラパラと野菜や干し肉を薄くスライスしたものをまぶしていく。その上からさらに、短冊状のチーズのようなものをかけている。その平らな生地を、大きく平たいさじのようなものですくいとると、窯の中へと並べてその扉を閉じる。
「で、少佐殿、こちらのお嬢さんはどちら様で?」
「ああ、地球997出身の、元公爵令嬢だ」
「元?まさか、少佐殿と結婚されて……」
「いや、そういうわけではない。訳あって、今は上等兵として我が艦に赴いている」
「はぁ、そうなんで」
「おそらく、あなたの作るマルガリータは、彼女が初めて見る食べ物のはずだ」
「でしょうな。あの星にピザはないと聞いておりますから」
どうやら少佐殿は、ここの店主とは顔なじみのようだ。調理台の上を手際よく片付けるその店主と、親しげに語り合っている。私はふと、周りを見回す。
街の中は大勢の人が歩き回り、いくつもの店から耳障りなほど大きな音で音楽が流されていたが、ここはとても静かだ。軽快ながらも落ち着いた曲が漂い、外とは違う時間の流れが作り出されている。
やがて、窯からピザという食べ物が取り出される。狐色に焼けた生地の上に載る、赤や緑の鮮やかな食材、黄白色のチーズ。それを皿の上に移すと、店主はそれを車輪のような道具でそれを切り始める。そして、私とローベルト少佐の前にそれを一枚づつ差し出す。
「さて、お嬢様、ピザの食べ方はお分かりですか?」
「い、いえ、初めてのもので……」
「そうかしこまらなくてもよろしいですよ。簡単です。ほら、横の少佐殿をご覧下さい」
私は店主に促されて、ローベルト少佐を見る。すると少佐殿は、片手ですっとピザの一切れを持ち上げる。その三角状の一切れの先端に食らいつく。
それを見た私も、一切れ持ち上げてみる。だが、少佐殿のようにはうまくはいかず、ふにゃっとしなってしまう。そこで私は両手を使い、それを持ち上げた。そして少佐と同じように、先の方から食べてみる。
ピーマンのカリッとした食感に、濃厚なチーズの旨味、トマトと思われる酸味とが、一度に口の中を襲う。生地は硬すぎず、柔らかすぎず、絶妙な食感を私に与えてくれる。食器を使わず、直接手で食べる食材ながら、なんと贅沢な食べ物であるか。
「ところでお嬢様、駆逐艦には慣れましたか?」
「は、はい、砲撃訓練には初め、驚きましたが、今はもう慣れまして……」
「ほう、砲撃訓練を?少佐殿、あれを体験させるには、いささか早すぎるのではありませんか?」
「いや、そんなことはない。彼女は初体験でも怯むことなく、あれを耐え抜いた。その翌日からは、砲撃管制室で訓練を体感している」
「なんと、それは大したものですな。私などはこの船の奥深くにあるこの店に長いこと住んでますが、未だにこの戦艦の砲撃訓練の音にすら驚く始末です。いやはや、見習わなくてはいけませんな」
談笑にふける店主とローベルト少佐と私。おそらくは訳ありの元公爵令嬢と聞いたからか、店主は貴族の話題には一切触れなかった。ジャズと呼ばれる軽快な音楽とともに、ゆっくりと流れるひと時を過ごす。
そして、ピザを食べ終えた2人は、その店を後にする。
それから少佐殿とともに、映画館と呼ばれる場所へと向かった。なんでもそこは、動画を見せてくれる店だと、ローベルト少佐は言う。
だが、動画ならばスマホというものを使えば見られるというのに、なぜわざわざ……と私は考えたが、中に入って、納得する。
大きい、そして、迫るような迫力の音と映像。スマホなど、比べ物にならない。
少佐殿と見たのは、帆船同士の砲撃戦の映画であった。が、あたかもそこで本当に海の波しぶきがあり、大砲を撃ち合っているかのような臨場感が私を襲う。砲撃訓練の時ほどではないが、そのしびれるような光景に、私は少なからず快感を覚える。
それから今度は、本屋へと向かう。私の知る本屋とは異なり、実にたくさんの本が売られている。といっても、紙の本を買う人は少なく、その本を店員の元に持ち込みお金を払い、その中身をスマホに転送してもらうという人が多い。
お金といえば、ここは札や小銭でのやりとりは一切ない。私もローベルト少佐から受け取ったが、電子マネーと呼ばれる薄い板切れのようなものでお金のやり取りを行う。このため、お金を持っているという実感はないが、支払いはとても楽だ。
それからしばらくは街を当て所なく歩いては、気になる店に飛び込むのを繰り返す。そして残り2時間ほどとなったところで、ローベルト少佐が最後に立ち寄りたいという店についていった。
そこは、ステーキの店だという。店頭には、分厚い肉の見本が所狭しと並んでいた。
「リブロースの150グラムを2つ。そうだな、どちらもミディアムで」
「はい、リブロースの150、ミディアムをお二つで」
「それから、赤ワインを……そうだな、トルマレイスカを2つ」
「はい、トルマレイスカをお二つですね。食事と一緒で?」
「ああ、それで頼む」
ワインと聞いて、私の脳裏には、少し嫌な記憶が過ぎる。だが、店員が去ってからローベルト少佐は、私にこう言った。
「事情が事情だけに、ワインに抵抗があるだろうとは思うが、それを克服することも、貴官の任務だと思え」
「は、はい……」
「安心しろ。ここの赤ワインは美味い」
私の心を察した上で、敢えてワインを選んだようだ。確かに私も、いつまでも過去に囚われてばかりもいけない。
やがて、熱々のステーキ肉とともに、ワイングラスに入った赤ワインが持ち込まれた。ローベルト少佐は、早速そのワイングラスに手をつける。
私も、ワイングラスを持つ。グラスの半分弱ほどに注がれたそのワインをくるりと回して、その香りを確認する。
コルクの香りをほんのりと奏つつも、プラムとチェリーのような匂いがする。一口含むと、ややフルーティーながら力強い果実味に、控えめの酸味。ミディアムボディなワインながら、思いの外濃厚なその味に、王国ワインにはない新鮮さを感じる。
このステーキも、分厚い肉ながらとても柔らかい。ナイフを入れるとまるでパンケーキの如く、さくっと切れる。それでいて噛み応えがあり、肉汁が口の中に溢れる。これほどまで柔らかい肉を、私は食べたことがない。
何もかもが、我々の王国よりも進んでいる。空を飛び、星の世界へ飛び出せるだけではない。食べるもの、着るもの、そしてなによりも、女に対する考え方が、まるで違う。
何せ私は今、軍属だ。我が王国でいえば、兵士か騎士と同じ。これは、私の知る常識を超えている。
我が王国で、女が騎士団に入ろうなどと主張すれば、奇怪な者として冷徹な目にさらされるであろう。だがここでは、女が兵士として加わり、男達に混ざり、立派にその役を果たしている。リーゼル上等兵曹などは、男性士官相手に自身の意見を述べている場面をよく見かける。
なれば私も……
「ところでマドレーヌ上等兵。貴官の配属先だが……」
と、その時、私に向け、少佐殿が艦内における配属先の話を始めた。
「様々な可能性を考えたが、やはり我が艦においては、トルテ准尉やリーゼル上等兵曹のいる主計科が適任だと……」
「少佐殿!」
私は珍しく、少佐殿の言葉を遮って叫ぶ。ワイングラスを片手に話しかけるローベルト少佐は、急に声を上げた私をじっと見る。
「なんだ。私に何か、言いたいことでも?」
「はい、配属先のことであります」
「配属先?それは今、主計科だと……」
「少佐殿。願わくば、私を砲撃科へ入れてはいただけませんか」