#7 騒妙なる訓練
「総司令部より入電!これより、砲撃演習を開始する!全艦、砲撃準備!以上です!」
「艦橋より砲撃管制室!砲撃戦、用意!」
『砲撃管制室より艦橋!砲撃戦、用意よし!』
再び艦内が緊迫したのは、あのお風呂場での出来事の翌日のこと。小惑星帯と呼ばれる場所に集結した地球459遠征艦隊1万隻が、まさにこれから砲撃訓練を始めるところだ。
それにしても、1万隻だ。この艦橋の窓の外を見渡す限り、ずらりと同じような形の船が果てしなく並んでいる。王宮よりも大きな船が、王国貴族の数よりも多い。驚くより、呆れるしかない。
私もローベルト少佐から、砲撃というものを教えていただいた。それが強力な砲であることも知っている。が、それが実際に火を噴く様を私はまだ目にしたわけではない。一撃で、王都すらも焼き尽くせるというこの船の砲というものを、私はここで初めて目にすることとなる。
「司令部より電文!目標ナンバー確定!ターゲットナンバー、3321!」
「了解した。ターゲットナンバー3321にロックオン!」
「了解、艦橋より砲撃管制室!ナンバー3321にロックオン!」
窓の外には、何も見えない。星が光っているだけだ。だがあの先、人の目では見えない程遠くには、敵に見立てたたくさんの小惑星が配置されているのだという。
そしてそれは、攻撃こそしないものの、敵の船と同じように逃げ回る。それを実際に狙い撃ちして鍛錬を重ね、命中精度を上げるのがこの訓練の目的だ。
そしてこの艦橋内に、ジリリリリンッという大きな音が鳴り響く。
「砲撃合図来ました!砲撃開始!」
「砲撃開始、撃ちーかた始め!」
艦長の号令と共に、艦内に甲高い音が鳴り響く。キィーンという音が、この艦橋内に響き渡る。時折、噴出口から出るシューッという噴出音も聞こえてくる。
そして数秒後に、突然、窓の外が一変する。
それまで真っ暗な闇だった窓の外には一面、青白い光が眩く光る。と同時に、ガガーンという猛烈な音が響き渡る。
そう、それは雷の音だ。まさに落雷の音そのものだ。我が公爵家の中庭にあった大木に雷が落ちたことがあったが、まさにその時の音と光にそっくりである。しかしなんと大きな音か。あまりの大きさに、私は身体をビクッと震わせてしまう。そしてその砲の衝撃により、床と壁がビリビリと震えている。やがてその光は徐々に消えて、再び暗い闇に戻る。
「外れ!右に2、上に11!」
「続けて第2射!弾着補正、効力射、撃てーっ!」
艦長の号令と共に、再びまたあの青白い光が窓を覆った。と同時に、落雷の音。正直私は、怖くて仕方がない。
人が本能的に、恐れを抱く音と光だ。今すぐにも床に伏せて、耳を塞いで耐え忍びたい衝動に駆られる。が、私は今、砲撃というものを知るためにここにいる。周りの乗員らも、平然と自らの持ち場での役割をこなしている。私一人がここで恐怖するなど、許されないだろう。
だから、歯を食いしばって耐える。時折響く落雷音と振動と眩い光に耐えながら、私は副長のローベルト少佐の横でじっと立ち続ける。
「外れ!右に7、下15!」
「おい、ズレが拡大しているぞ!どうなっているか!?」
『管制室より艦橋!すいません!今度こそ、当てます!』
「シミュレーション不足では無いのか!?後で報告せよ!」
この喧しい砲撃音の最中でも、ローベルト少佐は平然と部下に指令を下す。私も、恐怖心など抱いてはいられない。
「初弾命中!が、バリアにて防御されました!」
「続けて撃ち続けろ!数を当てれば、いずれ沈むチャンスがある!」
何発か撃った後に、どうやら相手に当たったらしい。が、どうやら弾き返されたようだ。
この船にも、そして敵の船にも、バリアと呼ばれる、いわば盾のような仕組みがあるらしい。王都すらも焦土と化すことができるほどのこの砲火すらも弾き返せるというその盾によって、たとえ命中しても、弾き返されることが多いという。敵がほんの少し油断した時にのみ、この砲は当たる。同じことが、味方にも言える。ローベルト少佐は出発前にそう、教えてくれた。
このため、砲撃によって倒すことができる敵は、4時間あまり撃ち続けてもせいぜい2パーセント。これは100隻中、2隻しか沈められないということと同義だ。
だから、この砲撃訓練で敵艦を撃沈できる方が稀だという。よくて1隻、一度の戦闘で2隻も沈めれば、それだけで栄誉勲章ものだと少佐は話していた。
だが、王都を焼き尽くせるほどの莫大な力を叩きつけておきながら、敵を撃てないとはどういうことか?私は少佐からこの話を聞いたときは、思わず憤慨する。だが、今はその理由がよく分かる。
いくら目を凝らしても、敵が全く見えない。距離にして30万キロ先、これはこの世で最も速い光でさえ1秒間かけて進む距離だという。時計の針が一つ刻むたびに、王国内を何百往復もできるほどの遠くにある敵に、たかだか全長300メートルほどの船が狙いを定め当てるなど、およそ不可能というものだ。
我が王国にも、4人の手練れの銃士がいる。4銃士と呼ばれている彼らでさえも、距離にして200メートル先の人ほどの大きさのものを狙い撃ちできるという程度だ。この駆逐艦の比ではない。それほど遠くの敵に今、この駆逐艦はその砲撃を当てようとしている。王都の端から投げた糸を、もう一方の端にある針の穴に通すようなものだ。
砲撃が延々と続く。次第に私も、この砲撃音に慣れてくる。あれほど恐怖を感じた先ほどまでと比べて、私は随分と冷静にこの轟音を受け止められるようになってきた。少し余裕が出てきた私は、艦橋の中を見渡してみる。
艦長と副長が交互に、手元のマイクで檄を飛ばし続けている。ここにいる20人の乗員らも、それぞれの持ち場にあるモニターを見ながら、何かをしきりに報告し続けている。
一体、何を20人もの人を使って報告させるだけのことがあるのだろうか?モニターを覗くが、その大半が意味不明だ。円のようなものに、一筋の光がクルクルと回るものであったり、折れ線が横に流れる画面だったりと、様々だ。その数値や画面を見ては、いちいち艦長や副長に何かを告げている。
「砲撃によるエネルギー放出で、電波障害さらに拡大!レーダーノイズが増加中!」
「止むを得ない、重力レンズ補正、右に3移動!」
「重力レンズ、補正します!右に3!」
「どうか、ノイズは低減したか!?」
「はい、ですが、このままではあと数発で再び同レベルのノイズに悪化する見込みです!」
「そうか……ならば、さらに4移動!」
「はっ!重力レンズ、右に4!」
もはや何をやっているのか分からない。重力レンズというものはローベルト少佐から事前に聞いている。それは、遠眼鏡のようなもので、なんでも重力とやらを用いてレーダーの電波や可視光を曲げて収束させ、遠くにいる敵の姿を捉えることができる仕組みだと言う。
その遠眼鏡を動かしているようだが、なぜそんなものをこの砲撃の最中に動かさなければならないのか?私にはまだ理解できない。
そういう砲撃訓練が、4時間の間続く。やがて、ジリリリリンという、ベルの音が再び鳴り響く。すると、艦長がマイクに向かって叫んだ。
「訓練終了!砲撃止め!」
「砲撃管制室!砲撃止め!」
『管制室より艦橋!砲撃、停止します!』
「よし……砲撃戦、用具納め!」
『管制室より艦橋!砲撃戦、用具納めよし!』
ようやく、あの砲撃音が鳴り止んだ。急に静けさを取り戻した艦橋内。先ほどまでの名残か、私の耳の奥ではキーンという耳鳴りがする。
「マドレーヌ上等兵!」
と、不意に私を呼ぶのは、ローベルト少佐だ。
「はっ!副長殿、なんでしょうか!?」
「……いや、初めてにしては、あの砲撃音にまるで動じなかったな。さすがだ、大したものだ」
「は、はぁ……」
「明日もまた訓練を行う。今度は、砲撃管制室にて見学せよ。本日は、これにて終了だ。明日は艦隊標準時で1200(ひとふたまるまる)までに、砲撃管制室に向かうよう。以上だ」
「はっ!」
私はローベルト少佐に敬礼すると、艦橋を出る。エレベーターで降りて、食堂にて夕食を摂る。
しかし、先ほどの少佐の口ぶりでは、私は少し、耐えすぎたのであろうか?褒められたのだから気にすることではないのだが、なんだか無理をして耐え忍んでしまった自分が、かえって恥ずかしく感じる。
貴族の令嬢というものは、少しくらい怖がりな方が令嬢らしいということで好まれるものだ。私のように強がる娘は、女らしさがないとかえって軽蔑されてしまう。ここは軍人らしく耐え忍ぶことが美徳と思い込み踏ん張ってしまったが、もしかするとここでも、女らしさというものはあまり変わらないのかもしれない。
などと、パスタを突きながら、私は今日の訓練の様子を反芻していた。そこに、あの2人の人物が現れる。
「あら、マドレーヌちゃんじゃないの!」
リーゼル上等兵曹だ。その隣に、トルテ准尉がいる。
「何を一人で寂しくお食事なさっているのです!?」
「い、いえ、別に寂しくなどとは……」
「そうやって、トルテ准尉が脅しにかかるからですよ」
「わ、私は別に脅してなんかないですわよ!人聞きの悪い!」
リーゼル上等兵曹とトルテ准尉がまた、いざこざを始める。だがここ1週間ほどの司令部での生活で、この風景にも私は馴染み始めていた。
「で、ところでマドレーヌちゃん。あのさ……」
「あれぇ!?トルテ准尉、いつのまにマドレーヌちゃんをちゃん付で呼ぶようになったの!?」
「いいじゃないですか!あなただってちゃん付けで呼んでいるじゃないですか!」
「私はいいんですよ。マドレーヌちゃんとは、もはや親密な仲だし。ねー、マドレーヌちゃん!」
私はここで、なんと応えるのが良いのかわからない問いかけを投げかけられる。ここは貴族時代に身につけた対処法、にこりと微笑んでごまかすことで乗り切る。
「もう、話が進まないじゃないわよ!ったく、話を逸らさないでよ!」
「何ですか?もしかして、悔しいんですかぁ!?」
「ああ、もういいから!それよりもマドレーヌちゃん!」
「は、はい!」
「食事が終わったら、お風呂、一緒に参りましょう」
「は、はぁ……」
……それから、30分後。
「ああ、もう、リーゼル!なぜあなたまで来るのですか!?」
「よく言いますね。これまではずっーと、私と一緒に入ってたくせに」
「うっ……!ま、まあ、この船には女が3人しかいないわけですから、仲良くやればいいんですわよ」
「ふうん、仲良くねぇ……」
「な、何ですか、その口調は!?」
両手を広げて、ちょうど3人揃ってロボットに身体を洗ってもらっているこの時に、いちいちトルテ准尉に突っかかるリーゼル上等兵曹。私は、この人ならざるものに全身をあちこち弄られていて、とても声など出せない。
「ぷはぁ!やっと今日1日が終わったぁ!」
「昼食後は、ずっと砲撃だったからね」
「ほんとですよ!なんだってあれだけ砲撃音を鳴り響かせておいて、1発も当たらないんでしょうね!」
「それはあなたの彼氏に聞いて頂戴よ!あなたの彼氏、砲撃手なんでしょう!?」
「うう、本当だわ……まったくボニファーツのやつ、何やってんのかしら……」
風呂に入るや、ぶつぶつと砲撃科への文句が出始める。
「ところでマドレーヌちゃん、どこに行くつもり?」
「えっ!?あの、なんの話でしょう?」
「決まってるじゃない。艦内の配属先よ。地球に帰還してからすぐに、決めることになるわよ」
「そ、そうなのですか?」
「そうよ。で、どこにする!?」
「リーゼル、聞くまでもないわよ。そんなの決まってるでしょう、彼女がいくところは、たった一つよ」
「えっ!?どこ!?」
「主計科よ」
急にリーゼル上等兵曹から、艦内の行き先を問われる。が、トルテ准尉は主計科だと言い切る。
「そうかなぁ、でも他にマドレーヌちゃんにお似合いのところが……」
「ないわよ、どう考えても。他はどこも力仕事で、すぐに怒鳴り散らされるような男臭いブラック職場よ。あるいはレーダー手や航海科、航空科のような特殊技能を必要とするところしかないわね。軍大学も出てない私やリーゼル、それにマドレーヌちゃんじゃあ、主計科以外に行き先はないわ」
「そ、そうだね。言われてみれば、主計科しかないか……」
「まさか機関科はないわよね。あんなクソ暑いところ、マドレーヌちゃんではすぐに倒れてしまうわよ」
「あそこは無理だよね。このお風呂場よりも暑いんだもん。とすると、やっぱり私達と同じ、主計科しかないわねぇ……」
私の行き先は、主計科と決まってしまった。確かに、言われてみれば他に行き先などなさそうだ。
「ところで、主計科とはどのようなお仕事をされるのですか?」
そういえば私は、主計科というところをよく知らない。そこでお二人に尋ねてみた。
「ああ……そうよねぇ、なんて言えばいいんだろう?」
「そうですよね、いろいろありすぎて、どこから話せばいいのやら」
この私の何気ない問いに、すっかり困り果てたお二人。主計科にいるはずのお二人が即座に応えられないとは一体、主計科というところは、なんなのか?
「ええと……でも、ついさっきまでその主計科で、お仕事をされてたんですよね?」
「そうよ。なにせ砲撃訓練中には、トラブルがよく起こるのよ。だから二人共、さっきまで走り回ってたわ」
「と、トラブルとは……」
「照明がね、あちこちで切れるの。あれだけ派手に音と振動を出してくれるから、その衝撃で電球の根元が緩んで、明かりが消えちゃうのよ」
「それだけじゃありませんわよ。砲身に近いところでは、放射エネルギーによって発生する電磁波をもろに食らって、稀に発生した過電流で電球が吹き飛んだりするの」
「だから、砲撃訓練終了直後には、吹き飛んだ電球がないか、一通りチェックしてるのよ」
「はぁ……」
とりあえず主計科と言うところは、この明かりを交換して回っているところだということは分かった。
「とにかく、補給と雑務全般、それが、主計科の仕事なのよ。他にも、食堂の維持管理や、洗濯室のメンテ、それにトイレやこの風呂場の掃除も、主計科がやってるのよ」
「たった4人で、この広い艦内全てを網羅しろって言うんだから、無茶な話よねぇ」
「あの、主計科にはお二人以外にも、あと2人いるんですか?」
「ええ、男性士官が2人。なんだか頼りないのばっかりですけど」
「は、はぁ……」
ああ、そうか。どうやら主計科とは、屋敷にいる執事や侍女がやる仕事を受け持つところのようだ。お二人の今の話から、私はそう理解した。
私が、この船の侍女か……それも悪くはないが、なぜかしっくりとこない。貴族としての誇りが、そうさせているのか?いや、そういうわけではないのだが、私は機会を得て断頭台から逃れ、今、こうして生を得てここにきている。だが、その行く末が侍女というのも、何か合点がいかない。
それにしても、先ほどからずっと気になっているのだが、なぜこのお二人は会話をしている間も、私の胸の辺りを弄ってくるのだろう?
そして、その翌日。
私は指定された時刻に、砲撃管制室に行く。扉を叩くと、中からボニファーツ中尉が顔を出す。
「ああ、マドレーヌ上等兵、時間通りだね。ようこそ、砲撃管制室へ」
「はっ!マドレーヌ上等兵、入ります!よろしくお願い致します!」
「ああ、いいよ、そんな硬い挨拶は。それじゃあ奥へ」
私は砲撃管制室に入る。そこは、予想以上に狭い部屋だった。
てっきり艦橋のように、大勢の人がいるものだと思っていた。が、ここには私を除いて、4人しかいない。
このこじんまりとした部屋の中には、一段低いところに2つ並んだ席があり、その上にも2つ。ボニファーツ中尉が下段の右側に座り、その左にはエリアス少尉が、そして後ろにはこの砲撃科の長であるアウグスティン大尉に、さらにその後ろには、ヒルデブラント中尉が座る。
「おお、きたか。マドレーヌ上等兵の席は、ここだ」
アウグスティン大尉が指したのは、大尉の右隣の席。ひとまわり小さなこの席に、私は座る。
『艦橋より砲撃管制室。あと10分で、訓練開始だ。これより、実戦モードに移行する。レーダー画面には、訓練用の陣形図を映す』
「砲撃管制室より艦橋!了解、現時刻をもって、実戦モードに移行!砲撃戦準備に入る!」
『艦橋より砲撃管制室!ではこれより訓練を開始する、警報発令!』
艦橋との短いやり取りの後に、ウォーンという警報音が鳴り響く。砲撃長であるアウグスティン大尉が叫ぶ。
「警報発令!各員、配置につけ!レーダー画面は、どうなっている!?」
「レーダー確認、艦影多数、総数1万隻!距離33万キロ!接敵まで、あと9分!」
わずか4人だが、ここでも艦橋と同じくらい緊迫したやりとりをしている。まもなく、艦橋から指示が飛んでくる。
『艦橋より砲撃管制室!艦隊司令部より、目標指示!ターゲットナンバー2145に、ロックオン!』
「砲撃管制室より艦橋!ナンバー2145にロックオンする!」
すかさず、ボニファーツ中尉が反応する。
「ナンバー2145、ロックオンしました!」
「よし、そろそろ操縦系が移行されるぞ」
アウグスティン大尉が応える。それからほどなくして、艦橋から再び指示が飛び込む。
『艦橋より砲撃管制室!ただいまより、操縦系を移行!』
すると、今度は左隣のエリアス少尉が応える。
「砲撃管制室より艦橋!操縦系移行、よし!」
そしてエリアス少尉は、なにやら目の前にある棒のようなものを握り締める。それに呼応して、ボニファーツ中尉が画面を覗き込む。
そしていよいよ、訓練が開始される。
『艦橋より管制室!砲撃開始、撃ちーかた始め!』
それを聞いたアウグスティン大尉が叫ぶ。
「砲撃開始!撃ちーかた始め!」
ボニファーツ中尉が、何やら手前にある引き金のようなものを引く。するとこの管制室内に、あのキィーンという甲高い充填音が響き渡る。砲身のすぐ後ろにあるというこの管制室内は、この装填音がさらに大きい。ということはもちろん、あの砲撃音も……
と、その時、ピーという聴きなれない音が聞こえて来る。何の音だろうか?だがその音の直後にボニファーツ中尉が叫ぶ。
「発射!当れーっ!」
そしてボニファーツ中尉が、右手で握る棒の上についた引き金を引く。
猛烈な砲撃音が、この室内にこだまする。すぐ目の前に落ちた雷の如く、恐ろしいほどの雷鳴音、昨日の艦橋での音など問題ではないほど大きな音と揺れ。私の座席が、激しく揺さぶられる。
すでに砲撃音に慣れていたつもりだが、この衝撃は半端では無い。おそらく昨日の私であれば、なりふり構わず床に伏せたであろう。
が、今の私は違う。もちろん、昨日よりさらに大きな衝動だが、その衝動が私の中に引き起こす感情が、恐怖のそれとは異なる。
ああ……なんだろう、なんと力強く、頼もしい音なのだろうか……
ビリビリと全身に高揚感が走るのを感じる。顔と胸の辺りが熱い。座席からお尻に伝わる振動が、私をさらにその上の高みに引き上げてくれる。私は、正面にいるボニファーツ中尉の前の画面に見入る。
ボニファーツ中尉が覗いているその画面は、真っ白な光で覆われている。が、やがて光は消え、再び暗くなる。
が、よく見ればそこには、茶色の何かが見えている。それはまるで、大きな岩のようだ。つまりあれは今狙い撃ちしている相手、すなわち「敵」だ。
その敵の画像が揺れ動いている。それを目で追いかけながら、引き金を引くのがボニファーツ中尉の役割のようだ。
『外れ!左12、下5!』
「ああ、クソッ!また読みが外れた!」
普段は穏やかな印象のボニファーツ中尉が、いつになく荒れている。そんなボニファーツ中尉をさらにけしかけるように、アウグスティン大尉が叫ぶ。
「何やっている!弾着補正、続けて砲撃!」
「了解!」
またキーンという音が響き渡る。やがて、ポーンという音がまた響く。するとボニファーツ中尉がまた、何かを叫んでいる。
「まだだ……いや、ここだっ!」
引き金を引く中尉、その直後にまた、強烈な雷音が響く。その音と衝撃が座席全体から伝わり、私の身体は激しく揺さぶられる。
だが、なんだろうか、この激しさが、とてもたまらない……
胸の奥が熱い。これほど激しく野蛮な音と振動だというのに、心揺さぶられるのはなぜなのか?早まる鼓動を抑えつつも、私はただその場にて、衝動が収まるのを耐えるほかない。
それにしても、なかなか当たらないものだ。何発も砲撃が続くが、その度に艦橋から「外れ!」の声が飛んでくる。悔しがるボニファーツ中尉。
だがその後ろで私は、言いようのない快感に襲われていた。危うく淫美な声が漏れてしまいそうだ。それに堪えつつ、私は次の砲撃を待つ。
また雷鳴と大揺れが襲う。この力強さ、私は感動する。そうだ、私はまさに、この力を欲しているのではないのか?
今の私には、力がない。力さえあれば、救えた命が幾多もある。その欲していた力を私は今、全身に感じているところだ。砲撃が終わるたびに、その次の砲撃を心待ちにする私がここにいる。
とまあ、こんな調子で、4時間の砲撃訓練が終わってしまった。
「おい、マドレーヌ上等兵、大丈夫か!?」
訓練終了後、すっかり座席の上で絶頂を迎えてしまった私に、アウグスティン大尉が心配そうに声をかけて来る。
「あ……はい、だ、大丈夫です」
「ここは砲身のすぐ後ろだ。衝撃も艦橋とは比べ物にならない。訓練2日目の見習い兵が来るようなところではないんだが……」
と、私の手を取ってくださる大尉だが、その時、思わず変な声が出そうになる。砲撃科の4人に心配されながらも、私は砲撃管制室を出る。そして、食堂へと向かう……
「……ちょっと、さっきからうわの空だけど、マドレーヌちゃん、本当に大丈夫なの!?」
その後のお風呂場で、トルテ准尉からも心配そうに声をかけられる。
「食事の時からこの調子よねぇ。訓練で一体、何があったのかなぁ……」
浴槽の中で私は、まださきほどの余韻に浸っている。だが困ったことに、なかなかこの余韻が治らない。
「ははーん、分かった」
「何が分かったというの、リーゼル。」
「これは体調とかじゃないわよ。この顔、これはもしや……」
そう言いながらリーゼル上等兵曹は、私の胸の二つの膨らみに手をかける。私は思わず、声が出る。
「ああーっ!」
そんな私を見たトルテ准尉も、目を光らせながら、私に手を伸ばす。
「ああ、なるほど、そういうことなのですねぇ!」
そしてトルテ准尉は、私の身体のあちこちに手をかける。
「あっ!ちょ、ちょっとお二人共、そのようなところを触られては……ああーっ!」
「やっぱりねぇ、マドレーヌちゃん、かなり欲求不満なのよね!訓練中に何があったか知らないけどさ、どうやら何かが、マドレーヌちゃんの心の底の欲求を揺さぶっちゃったみたいねぇ!」
「そうそう!いけませんわよ、そんなに溜め込んでは!こうして私とリーゼルが、解きほぐして差し上げますわ!」
「ああーっ!や、やめて……こ、壊れそう……ああっ!」
こうして私はその浴槽で、このお二人にありとあらゆるところを弄られた。胸とお尻に、それから……そして、その挙句に……
とても、スッキリした。