#21 有妙なる新生活
鳥のさえずりが、聞こえる。あれは、庭木にとまる鳥の声だろうか。私はふと、庭の方を見た。ひと組の小鳥の番いが、仲睦まじく木の上でさえずっている。
私は今、軍服ではなく、王国風のドレスに身を包んでいる。そして窓の外を眺め、ある方の帰りを待っているところだ。
あの勲章授与の日、そして弾劾告発の舞台から、すでに3ヶ月が経っていた。私は今、王都の地にて居を構えている。
ここは、我がドルバック公爵家の屋敷。私の無罪が確定すると同時に、ドルバック家はその家名と、屋敷と領地を取り戻す。
この屋敷には、5人の侍女と侍従長がいる。かつてこの屋敷に仕え、ドルバック家廃嫡と共に散り散りになっていたが、皆、こうして再び、屋敷に戻ることが出来た。
「マドレーヌ様」
と、そこに侍女の1人が部屋に現れる。それを見た私は、部屋の出口に向かう。
「ええ、ただいま参ります」
あのお方の帰りが近い。私は急ぎ、玄関へと向かう。
ところで、あのブリエンネ公カルロッタはどうなったかといえば、弾劾された日の夜のうちに、王国にて大罪人となった。だが、ブリエンネ公爵は牢には入らなかった。
というのも、その日のうちに公爵は、毒をあおって亡くなった。自身が用意し、第一王子と我が一族の命を奪った、あのトリカブトの毒をだ。
当主を失ったブリエンネ公爵家は、どうにか嫡男を立てて家を存続するが、かつての栄華はもはやない。もっともこれは、我がドルバック家も同じではあるのだが。
さて、そんな我がドルバック公爵家だが、お家存続のために私は、あるお方を当主として迎え入れる。そして屋敷も整備、電化、近代化して、今に至る。
その当主がたった今、帰ってきた。黒い車が、我が屋敷の中庭に入ってくる。私は、玄関へと急ぐ。
玄関の扉が開く。侍従長と侍女がずらりと並んで、その旦那様を迎え入れる。
「お帰りなさいませ、旦那様」
そして私も、旦那様を出迎える。私はドレス姿のまま、足を揃えて直立し、右手で敬礼しながらこう言う。
「お帰りなさいませ!ローベルト少佐殿!」
すると、ローベルトが応える。
「……ああ、ただいま」
申し訳なさそうに応えるローベルトを見て、私は思わず「ぷっ」と吹き出してしまう。
「おい、マドレーヌ。そろそろ、私を出迎えでからかうのを、やめてくれないかなぁ」
「いえいえ、からかうだなんてそんな……我が御当主様であると同時に、駆逐艦4160号艦の副長様でもあるのですから。理に適った出迎えではございませんか?」
「いや、それはそうだがな……」
「ところでローベルト。お食事になさいますか?それとも……私と一緒に、お風呂などいかがですか?」
「召使いの前だと言うのに、大胆なことをいうやつだな。とはいえ、食事にはちょっと早いし、お風呂もなぁ……」
「なんならお早めのベッドでもよろしいですが」
「マドレーヌ、お前最近、リーゼル上等兵曹の影響を、受け過ぎているのではないか?」
我がドルバック家は、駆逐艦4160号艦副長のローベルト少佐を当主として迎え入れた。これは、国王陛下の希望でもある。大勢の貴族の前での、あの堂々とした振る舞い。このまま、ただの戦闘艦副長のまま置いておくのはあまりに惜しい。そう陛下は考えておられた。
その陛下を、私は誤解していた。
てっきり私は、あの2人の王子が玉座を巡って争っているのだと思い込んでいた。が、実は第二王子こそが第一王子を陛下にすべきと考えていたようで、父上もそれを承知で、第一王子の陛下擁立に動いていたらしい。
あの事件とはつまり、我がドルバック公爵家を陥れ、ブリエンネ公爵家の権力を強化することが目的であり、継承権争いなどは二の次だった。だから、第二王子の意思など、反故にされてしまった。だが、結果としてブリエンネ公爵家当主カルロッタは権力を手にし、宰相の座を手に入れた。
しかし、その第一王子の死に疑問を抱き、接触したばかりの地球459遠征軍司令部にその調査を依頼したのは、国王陛下となったばかりだったあの第二王子だというのだ。そしてその命を受けて秘密裏に動いていたのが、ローベルトだ。陛下自らが動いたことで、この事件も、そして私の運命も、大きく変わる。
ボドワン騎士団参事だが、表向きは宰相の命で我が艦の様子を探りにきたようだが、実はボドワン騎士も陛下からの密命を受け、宰相の動きを探っていたらしい。つまり、宰相側の人間と思わせて、陛下のために動いていた。
そんな複雑な事情を、あの日にまとめて知ることとなった私だが、結果として我が公爵家の復活が叶う。だが私はまだ、軍を辞めたわけではない。
何せ私は2度の戦闘で、3隻を沈めた砲撃手。それも、一度は移動砲撃による戦果。艦隊内部でもこれほどの実績を持つ砲撃手はいないようで、この実績のおかげで私は軍を引退させてはもらえない。
このため、私は公妃 兼 砲撃手として、今も駆逐艦4160号艦の乗員として籍を置いている。おかげで先日、私はローベルトともに参加した社交界にて、貴族令嬢や妃から、「砲撃の公妃」などと呼ばれていることを知る。あの場ではごく普通の公妃を演じているつもりなのですけれど、なぜか皆、私のことを目を輝かせながら見入ってくる。恥ずかしいような、誇らしいような……
ところで、私は軍に砲撃科に留まる代わりの条件として、ローベルト少佐を公爵家当主としていただくことを提案した。こうして私は、この有能で、愛おしい士官を、我が当主として迎え入れることになる。
「しかし、変わったお嬢様だな。お前は」
「何がでございます?」
「いや、どうせなら王族や貴族から迎えた方が、後ろ盾が多くて何かと都合がよかったのではないか?」
「いえ、それでは我が王国は、この新き時代を乗り越えられません。ローベルトのようなお方が加わり、我が王国を引っ張っていただかないとダメなのです」
「やれやれ、自分の船のことだけで、手一杯なのだがな……」
「そんなことはございません。つい先日も、騎士団の在り方をボドワン新騎士団長と話し合われていたではありませんか」
「あれは軍事的な話だからついていける。政治的な話や領地経営となると、まるで素人だ」
「よく仰います。あの勲章授与の時、素人であるはずの探偵っぽいことを、うまく演じておられたではございませんか」
けげんそうな顔をするローベルト。私は最近、ローベルトを弄ることに喜びを覚えつつある。
だが、私はローベルトに感謝している。私を監獄から出して下さったこと、そしてあの時、私の無実を証明して下さったこと。陛下以上に、私の方が惚れ込んだことは、言うまでもない。
だから、私はできる限り、それに報いたいと思っている。当主の座は、その一環だ。
ところで、駆逐艦4160号艦の面々は、相変わらずだ。
私のいる砲撃科は、5人体制のまま。ただ、ボニファーツ中尉は大尉となり、エリアス少尉も中尉に昇進した。
そして、あのお二人は……
「おっと、しまった」
「どうなされたのです?ローベルト」
私と共に、居間の方へと向かっていたローベルトが突然、叫ぶ。
「しまったな……司令部に、忘れ物をしてしまった」
「そのようなもの、明日取りに行けばよろしいではありませんか」
「いや、そういうわけにはいかない。今夜中には目を通しておかなければならない書類だからな」
「ええーっ!?また、お屋敷で仕事をされるのでございますか!」
「仕方がないだろう。当主と副長、両方こなすにはこうするしかない」
不機嫌そうな顔で、私は今、ローベルトを睨みつけている。そんな私の頬を、ローベルトは優しく撫でながらこう囁いた。
「大丈夫だ。今夜も……な」
それを聞いた私の顔はきっと、満面の笑みをしているに違いない。自分でも分かる。幸せの絶頂、まさしく私は、最高の伴侶を手に入れたのだと実感する。
そして、車にて司令部へと向かう我が夫を見送る私。そして私は屋敷に戻り、自室へと戻ろうとした、その時だ。
玄関の扉を叩く音がする。なんだろうか。まさか、忘れ物を取りに行ったはずのローベルトが、こちらにも忘れ物をしたのではあるまいか?ややこしい夫だ。そう思いながら私は、玄関へと向かう。侍従長が、扉を開く。
が、扉の向こうにいたのは、ローベルトではなかった。2つの人影。それを見た私は、凍りつく。
「いやあ、マドレーヌちゃん!遊びにきたよー!」
「屋敷の風呂場が新しくなったと聞いたので、来てあげましたわよ!」
そうだ。我が艦には、このど変態2人がまだいたことを忘れてはならない。
「あ、ああ、リーゼル上等兵曹殿に、トルテ准尉殿。ご機嫌麗しゅう……」
「なにが『ご機嫌麗しゅう』よ!貴族令嬢みたいなこと言って!」
「いえ、私、これでも公妃なのですけれど……」
「ねえ、それよりもさ、お風呂場ってどうなったの!?4人で入っても大丈夫なのかしら!?」
「え、あ、いや……大丈夫だとは思いますが……」
「そうなの!?やったぁ!それじゃあ私とトルテ准尉とマドレーヌちゃん!それから……」
リーゼル上等兵曹の左手が、すぐ脇にいる侍女に伸びる。
「へ?」
「フルールちゃんも、入ろうか」
フルールというのは、この屋敷の侍女だ。歳は20歳になったばかり。だがこの娘、背丈は低いが、胸が大きい。
それゆえに、リーゼル上級兵曹とトルテ准尉に、目をつけられてしまった。
「ひえええぇ!わ、私は、マドレーヌ様に使える侍女でございますゆえ、そのようなところに参るわけには……」
「なーに言ってるのよ!その公妃様がお風呂に入ろうというのよ!侍女のあなたが入らなくて、どうするっていうのよ!」
「そうでございますわ!侍女でありながら、こんな不埒なものを胸に抱いておいて……一体どうやったらこうなったのか、今日こそしっかり、探らせていただきますわよ!」
「ひええええぇ!ま、マドレーヌ様!」
「あの、トルテ殿にリーゼル殿、侍女にまで手を出すのはちょっと……」
「さ、マドレーヌちゃんも行くわよ!」
「は?」
「何言ってるのよ!早くしないと、あなたの旦那が帰ってきちゃうでしょう!さっさと済ませるわよ!」
「ひええええぇ!」
というわけで、私と侍女のフルールは、この2人に風呂場へと連れて行かれる……ここは、私の屋敷だというのに……
以前の静かな貴族暮らしには、もう戻れない。父上や母上、兄上、姉上はもう、この世にはいない。
しかし、一度は滅んだドルバック家は復興し、逆にその敵は敢えなく滅んだ。有能な当主を得て、ドルバック公爵家は新たな時代へと歩み始めている。
かつて王子殺しの大罪人として悪名を馳せた私も、艦隊一の砲撃手として知られることとなった。こんな将来が待っていたなどとは、あの地下牢にいた時には、思いもよらなかった。
もっとも、こんなお二人にまとわりつかれるなどとは、考えもしなかったのだが……
(完)




