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#20 高妙なる弾劾

 謁見の間は、大いにざわめく。(わたくし)も、このまったく想定外のローベルト少佐の一言に驚きを覚えずにはおられない。


「ええい!何を申すか!5ヶ月前の社交界の席で、ここにおる貴族の前でこやつは、第一王子を毒入りのワインで殺めたのじゃ!あれだけの目撃人がいて、犯人が明らかなこの事件に、いまさら何を覆せるというのか!」

「簡単ですよ。我々の科学力を用いれば」

「な、なんだと!?」

「それではまず、マドレーヌ准尉、いや、当時のマドレーヌ嬢が無罪であることから証明いたしましょう」


 ローベルト少佐は自信満々だ。だがこのお方は、根拠なく物事を語ることは決してない。何か、それ相応の根拠や論証を持っているのだろう。(わたくし)は固唾を飲んで、ローベルト少佐の言葉を待つ。

 ローベルト少佐は時折、スマホの画面を見ながら、話始める。


「事の発端は4ヶ月前、我々の元に、あるお方がやってきたのですよ」

「だれだ、あるお方とは?」

「王族、とだけ、申し上げておきましょう。その方は我々に、ある調査を依頼してきたのです」

「調査じゃと?」

「はい、第一王子の死因についての調査です。」

「……なんだ、そんなことはとうに分かっておる。毒殺じゃ」

「その通り、我々が調べたところ、確かに毒殺でした」

「なんだ、であるならば結論は……」

「お待ちください。その毒の種類が、問題だったのですよ」


 宰相閣下の問いかけに、淡々と応えるローベルト少佐。だが今のところ、宰相閣下の疑念を崩せてはいない。


「まず、第一王子ですが、この王国では、王族はいきなり埋葬せず、3ヶ月間は(もがり)の期間を置き、その間、王族の遺体は殯宮(もがりみや)に安置することになっている……間違いありませんね?」

「ああ、それはその通りだ」

「ですから、我々は1ヶ月前に亡くなった第一王子の遺体に、対面することができたのですよ」

「なっ……!なんという不敬な!」

「すべては、依頼者の要望ですよ。我々が勝手に第一王子の遺体に手を触れるなど、できるはずもございません」


 4ヶ月前といえば、(わたくし)はその頃、モンブロー監獄の地下牢にいた。その時、ローベルト少佐はそのようなことに関わっていたのか。


「で、第一王子の遺体を調べさせてもらいました。そしてその身体から、2種類の毒が検出されたのです」

「どのような毒であったか」

「はい、一つは『アコニチン』、俗にトリカブトの毒と言われている猛毒です。そしてもう一つは『テトロドトキシン』、フグやアカハライモリという生物から取れる、これも即効性の猛毒です。この2種類の毒が、第一王子の身体から検出されたのですよ」

「……なるほど、つまりそれは、ワインの中に2種類の毒が入っていたと、それだけの話ではないのか?」

「いえ、残念ながら、この2種類の毒が検出されたことが、マドレーヌ嬢が無実である、決定的な証拠なのでございます」

「なっ!なんだと!?どういうことだ!」


 再びざわめく謁見の間。確かに、2種類の毒が発見されたことが、どう(わたくし)の無実に繋がるのか、さっぱり分からない。


「アコニチンとテトロドトキシン、この2つの猛毒を同時に摂取すると、互いの毒を打ち消し合うのです。これは拮抗作用と呼ばれており、この2つの毒が合わさると、一時的に毒の作用が出なくなるのです」


 なんということだ、たった2つの毒素が出たという事実だけで、そんなことまで分かるのか?それを聞いた宰相閣下は黙り込む。だが、ローベルト少佐は続ける。


「ところが、体内においてアコニチンよりテトロドトキシンの方が早く減少する。大体1、2時間ほど経つと、アコニチンの毒性が顔を出し始める。呼吸困難、心臓発作……これはまさに、第一王子の亡くなった状況、そのものでした」


 確かに、第一王子は(わたくし)の前で突然苦しみ出した。そして、胸を押さえながら亡くなった。ローベルト少佐のいう通り、そのアコニチンという毒によるものと言える。


「マドレーヌ嬢がワインを渡した時には、ちょうどその毒素が顔を出し始めた時だったのでしょう。大体、マドレーヌ嬢が2つのワイングラスを用意し、先にマドレーヌ嬢がそのワインを飲んだのは、本来、毒味の意味があるのです。マドレーヌ嬢が無事ならば、そのワインの中には毒など入っていなかった。そういうことでもあるのですよ。だがその時にはすでに、第一王子の体内には毒が仕込まれていた」

「……ならば、その毒はいつ、第一王子の体内に……」

「第一王子の亡くなる、およそ2時間ほど前。祝天の日の儀式が始まる直前に、第一王子の元に飲み物が差し入れられたのですよ。教会からの差し入れということで、特に警戒することなく第一王子はそれを飲まれた。だが、その差し入れはある人物によってもたらされたものなのです」

「……だ、誰だというのだ、それを差し入れたのは!?」

「この場にいるお方ですよ。宰相閣下」


 ローベルト少佐め、なんだか少し、焦らしはじめてはいないか?何やら少し、口を濁し始めた。で、その人物の名を明確に告げないまま、少佐は話を続ける。


「ともかく我々はこの調査結果で、犯人だとされている人物の無実を確信しました。そこで我々は、マドレーヌ嬢のことを知ります。まずは人命救助のため、我々は彼女を保護することを決定したのです」


 驚くべき事実を知る。(わたくし)は、無実だと知った上で、この艦隊司令部に引き取られたのか。だが、ブリエンネ公は反論する。


「何を言うか!その先に差し入れた飲み物とやらも、マドレーヌ嬢の仕業かもしれぬではないか!そんなことくらいで無実などと、どうして言えようか!」

「そうですね、では続いて、真犯人に迫ってみましょう」

「し、真犯人じゃと!?」

「そうですよ。第一王子を殺し、マドレーヌ嬢に罪をなすりつけた、真の犯人をですよ」


 と、ここで話は本当の大罪人が誰かということに移る。ローベルト少佐は続ける。


「マドレーヌ嬢が犯人でないと分かったものの、誰が犯人かは分からずじまいだった。ところがある官吏の言葉をきっかけに、我々はその真犯人に迫ることができたのです」

「だ、誰だ、その官吏とは?」

「その前に、この王国の法律を確認しておきましょう。この王国では、トリカブトやフグ毒など、毒物の流通を大幅に規制しております。実質的には、毒の流通を禁止していた。それを王都内に持ち込むには、それこそ何重もの手続きが必要。これがこの王国の法的な前提です」

「ああ、そうだ。毒殺の危険を極力なくすためだ。100年ほど前から、そういう法になっておる」

「ところが、この王都内で毒が使われた。ところが事前に、毒の入手に関する届出も、手続きもなかった。だから官吏は不思議がっていたのですよ」

「不思議でもなんでもなかろう。法に則らない、非合法な方法で入手したのだから、その官吏とやらが関わっておらぬのも、当然ではないか?」

「その通りです。非合法な入手法でしか、この王都内には毒が入っていないはずだった。ところが、それでは不都合な事実が一つ、あるのですよ」

「なんだ、その不都合な事実とは?」

「あの事件の直後の、ドルバック家一族の処遇ですよ。あの一族はたしか、マドレーヌ嬢の犯した罪に連座する形で、その数日後に王都内にあるドルバック家の屋敷にて、全員が毒ワインを飲まされて自害させられた。違いますか?」


 ここで再び、この王宮の一角がざわめき始める。


「念のため、我々はドルバック家一族のその遺体も調べたのですよ。その結果、彼らの身体からはアコニチンが検出されたのです。つまり、トリカブトの毒で死んだのです」

「……それが、どうしたというのか?」

「ところが、トリカブトの毒がこの王都内に持ち込まれているべき法的手続きが存在しない。ならば一体、彼らに毒ワインの刑を執行した張本人は、どこからそのトリカブトの毒を入手したのだろうか、という話になるのです」


 ローベルト少佐の言いたいことは分かった。要するに我が一族に刑を執行した者は、その毒を非合法に入手したとしか思えない。そういいたいのか。

 そしてその刑を執行した張本人は、まさに(わたくし)のすぐ前にいる。


「な、何がいいたい!」

「まあ、まだ結論は急がない方がいい。もう少し、話を進めましょう」

「……なんだ、まだあるのか?」

「はい、そのトリカブトの毒の、入手ルートですよ」

「入手……ルート?」

「ええ、第一王子の亡骸から出てきたアコニチン、そして、毒ワインを飲まされたドルバック家一族の遺体から出てきたアコニチン、この両者の毒の組成が、ピタリと一致した。つまり、この両者は全く同じ場所から採れたトリカブトより作られた毒だと分かったのです」


 徐々に、話は真相に迫る。我が一族を殺した毒と、第一王子を殺した毒とが一致したとローベルト少佐は言っている。これはつまり……


「さて、その組成から我々は、トリカブトの産地をも特定しました」

「……どこだというのだ」

「この王都の南にある、オルレードの街の外れ……そうです、そこはまさにブリエンネ公爵家、すなわち宰相閣下のご領地です」


 ついにローベルト少佐は、真犯人の名前を口にした。


「ば、馬鹿な!誰がそのような戯言を!」

「すでに我々司令部では、いくつもの証言を得ております。トリカブトの毒を採取させ、それを運んだ者。彼らが口々に出したその直接の指示者。彼らは皆、口を揃えてブリエンネ公カルロッタ様、すなわち、宰相閣下の名前を口にしております」

「そ、そのような者のいうことなど、当てになるものか!」

「ですから当然、我々はその証言と、その裏付け捜査も合わせて行っております。そしてこれらに関する調査結果はすべて、昨日のうちに陛下、並びに王族の皆様へ報告済みでございます」

「なっ!」


 追い詰められた宰相閣下、いや、すでに追い詰められていたと言った方が正しいか。ローベルト少佐の緻密な論証に、ついに宰相閣下も屈する。


「さて、我々としてはこの結果をどうなさるのかについては、口出しするつもりはございません。ただ一つ、マドレーヌ准尉の大罪人としての悪名(あくみょう)を、この場にて直ちに取り消して欲しいのです」

「……うむ、承知した。これより5ヶ月前に遡り、マドレーヌ嬢およびドルバック公爵家の罪を、取り消すものとする」


 ローベルト少佐の言葉に、国王陛下が応える。この辺りで(わたくし)は確信する。あらかじめこの弾劾劇は、国王陛下も含めて用意されたものであったのだということを。


「それにしてもローベルト少佐殿よ、我の申し出に応え、よくここまで調べたものであるな」

「ははっ、もったいなきお言葉」


 茶番臭いやりとりが、陛下とローベルト少佐の間で取り交わされる。この言葉で察したのだが、第一王子の死因調査を依頼したのは、第二王子、すなわち今の国王陛下だということなのか?


 そして、(わたくし)の勲章授与は、滞りなく行われる。ただ一つ、宰相閣下が途中退席された、ということ以外は。

勲章を胸にした(わたくし)は、ローベルト少佐の前に戻る。


「少佐殿。ありがとうございます」

「……なにがだ」

「これでようやく、(わたくし)はこの王都で、大罪人ではなくなりました」

「そうだな。だが、貴官にはもう一つ、取り戻したことがある」

「なんでございましょうか?」


 するとローベルト少佐は突然、(わたくし)の前でひざまづく。そして、(わたくし)の右手を取り、こう言った。


「只今より貴方様は、ドルバック公爵家御令嬢、マドレーヌ様でございます」

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[良い点] 宰相が真犯人だったのか…、権力争いって怖い
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