#2 奇妙なる船
私は今、あの紺色の味気ない服に身を包み、真っ白な壁と殺風景な机が整然と並ぶ部屋にいる。
何とも屈辱的だ。女扱いされず、男と同じ服を着せられている。しかもこれを毎日着るようにと、あの男から宣告される。私は理解した。つまりこれは、生き恥を晒せということか?
が、私に付き添うリーゼルというこの女も、私と同じ服だ。この女ももしや、私同様に、貴族の身分を剥奪された者なのか?にしては、いささかの気品も感じない。仕草は平民そのものだ。
しかもよく見ればこの女、髪の毛が短い。肩にも届かぬ長さの髪、市場で働く売り子の娘そのものだ。間違いなくリーゼル殿は、平民階級であろう。
それにしても、この建物は不可思議だ。窓のない通路でさえ明るい。電灯と申す火のない松明のようなものがずらりと並び、隅々まで明るく照らしている。
それだけではない。つい先ほど、私はリーゼル殿に連れられて、狭い部屋へと連れて行かれた。そこで服を脱ぐように言われ、浴場に入って身体を清め、そして、今に至った。
◇◇◇
リーゼルという女は、私にいきなりこんなことを言う。
「さっ!マドレーヌさん、服脱いじゃって下さい!」
平民風情に服を脱げと言われた私は、かつてない恥辱を受ける。が、すでに私は罪人という、平民以下の卑しき身の上。とても文句は言えない。私は、その女の指示に従う。
「それじゃあ、お風呂でさっぱりしようか!」
素っ裸にされて連れてこられた先は、浴場だった。私と、リーゼル殿の2人だけ。そこで私は、手を横に広げて壁に向かって立つよう言われる。
「……そうそう。でね、洗浄ロボットが髪と身体を綺麗に洗ってくれるから、そこでしばらくじっとしててね」
そう言いながら、リーゼル殿も同じように手を広げて、壁の前に立つ。
この姿勢に何の意味があるのだろう。これで、身体が綺麗になる?リーゼル殿の真意を図りかねていると、突然、壁の中から腕のようなものが飛び出してきた。
「り、リーゼル殿!?こ、これは!?」
「ああ、動いちゃダメですよ。じっとしてて下さい」
というが、私はその壁から生えてきた怪しげな腕によって、身体のあちこちを弄られる。おまけに、身体中を泡だらけにされてしまう。
「ふんふふん、ふんふん……」
こやつ、人ならざる得体の知れぬこの怪しげな腕に、胸やお尻を弄られていてよく平気でいられるものだ。ましてや、鼻歌など……ああ、私の身体も、隅から隅まで弄られている。胸の谷間に、股の間まで……おまけに、上から雨のようにお湯が降り注いできて……
とても、綺麗になった。
何ということだ。肌が潤いを取り戻し、髪が輝きを取り返した。なんだったのか、あの腕は?恥辱と驚きに塗れながら、私はリーゼル殿と共に浴槽に浸かる。
「あの、リーゼル殿……」
「なんですか、マドレーヌさん?」
「いや、その……私はこれから、どうなってしまうのでしょうか?」
するとリーゼル殿は、涙をはらはらと流しつつ、私にこう言った。
「マドレーヌさん!辛かったですよね!」
この娘は突然、叫ぶ。急になんだ?私は尋ねる。
「あの……何のことだか……」
「聞いてます!明らかに謀略としか思えない罪で監獄に放り込まれてふた月もの間、耐え続けたんですよね!?で、あなたのことを知った司令部が助命嘆願し、ようやくそれが叶ったのです!もう、解放されたのですよ!いやあ、本当によかった!」
私はてっきり、これから刑に処されるものだとばかり思っていた。その処刑前の最後の沐浴をされているものだと私はずっと思っていた。が、私がどうやら死罪を免れたであろうことを、たった今、リーゼル殿の口から知る。
「それでは……私は……」
「そう!もう死に怯えなくても良いんですよ!その代わり、軍属として迎える他なかったんですけど、ここだって慣れれば……」
「い、いえ、そうではなくて、私の身分はその……もしや、農奴に落とされたのでございますか?」
「えっ!?み、身分!?」
私の次の関心ごとは、私の置かれた身分であった。公爵であることを奪われた私の身分は、どこまで落とされてしまったのか。その身分によっては、死よりも辛いこととなる。
「そうだねぇ……身分ってのがよく分からないけど、そういう意味じゃ私と同じ、平民ってことになるのかな」
リーゼル殿のこの言葉を聞いて、私は胸を撫で下ろす。少なくとも、最下層の身分ではないと分かっただけありがたい。
「それにしてもマドレーヌさん、綺麗な髪、してますねぇ」
「そ、そうですか?」
「そうですよ。こんなに長くて、これほど鮮やかなブロンドヘア、見たことがありません。さすがは公爵のご令嬢ですね」
「いえ、私のドルバック公爵家はすでに廃嫡され、ただの平民ですよ。そのように持ち上げられても……」
「いやあ、ダメですよ、マドレーヌさん!いくら家がなくなったからって、誇りまで捨てちゃ!もっと自分に、自信もたなきゃ!」
何気ないリーゼル殿の言葉へつい私が返したこの返し文句に、なんと私は叱咤された。だが、言われてみればその通りだ。平民ながら、何と貴族想いな民なのだろうか。私はこのおっとり気味な娘のことを少し見直す。
「さてと、それじゃそろそろ上がりましょうか」
そう言いながら、浴槽から出るリーゼル殿。私も黙って、この娘についていく。
なんだろう、随分と恥辱的な浴場でありながら、終えてみると身も心も入る前より清らかに感じられる。しかし、私の長い髪はすっかり濡れてしまった。このままでは、重くて動きにくい。どこかでしばらく、休ませてはもらえないものか……
「さあ、マドレーヌさん!乾かしますよ!」
「は?」
と、そんな私を大きな鏡の前に連れ出すリーゼル殿。私は、その鏡の前に映るあられもない姿に、再び恥じらいの心を呼び起こされる。そして、その身体を何やら柔らかな布で擦られた後に、妙なものをリーゼル殿が持ち出す。
ウィーンという甲高い音を立てるそれは、何やら熱い息を吹き出してくる。その熱い息を、なんと私のこの自慢の髪に吹きつけてくるリーゼル殿。なんということ、先ほどの誇り云々の話は何処へやら、再び私はこの平民娘からあらぬ恥辱を受けて……
髪が、信じられないほどサラサラになった。
えっ?どういうこと?私、これほどまでに輝いて、滑らかな髪をしていたというのですか?
恥辱の後には、驚きが続く。先ほどから不可思議極まりない所行が続くこの建物。そしてリーゼル殿は私の胸に、妙なものを巻きつける。
「うわぁ、思った通り!やはりFカップはありますよね!いやあ、羨ましいなぁ……」
どうやらこれは、胸当てのようだ。にしても、私の身体にピタリと張り付く。そして下にもパンツなるものも履かされて、そして紺色のあの服を渡される。
「あの、これは……」
「我が連合軍の制服ですよ」
ポンと渡されたそれは、明らかに男装であった。公爵家の令嬢であった私が、男装に身を包むなど、なんという恥辱……
「しかし、何ゆえかような男装を着なければならないのかと……」
「ああ、そうですね。まあ、制服ですから、しょうがないですよ。でもこれ、こう見えて結構、動きやすいんですよ」
あまり気にする様子のないリーゼル殿。颯爽とその男装を身につけると、私のその服を着せにかかる。
確かにこの服は、動きやすい。しかし、女であることを捨てよと言われたようなものだ。私は少し、悲しくなる……
◇◇◇
そして今、私はこの部屋に連れてこられた。屈辱的な服と、清潔な身体と、命の安堵と共に。
途中見かけた、ガラス張りの壁の向こう側には、やはりあの石砦が浮かんでいるのが見える。あれは一体、何なのだろうか?そしてここにいる者たちは、何者なのか?
あるとあらゆるものが、この王国内では見たことにないものばかり。いくら公爵家令嬢であった私とて、所領を視察する父上について、市場や港などに何度も足を運んだ。臣民の暮らしや王国の風景など知らぬ、世間知らずな令嬢ではないつもりだ。
その私が見知らぬこの場所、一体いつのまにできたのであろう。私が地下牢に閉じ込められていた僅か2ヶ月のうちに、これほどの建物があのモンブロー監獄から馬車で行けるほどの距離にできたなどと、到底信じられぬ。
「待たせたな。では、始めようか」
と、そこにあの男が現れる。先ほど、看守から私を引き取り、私にこの建物内に入るよう命じた男。確か名は、ローベルトと申したか。私は背筋を伸ばし、その男の顔をキッと睨む。
「あなたは長いこと、王都郊外にあるあの物々しい監獄の地下牢にいたと聞いた。警戒したくなる気持ちは分かるが、我々はあなたをどうかしようなどとは思っていない。それは、信じて欲しい」
「……一つ、お尋ねしても、よろしいですか?」
「どうぞ」
「それではなぜ、私を助けたのですか……?ご存知の通り、私は王子殺しの大罪人、そのような私を救って、何になろうというのですか……」
どうもこのローベルトという男が、心底信用できているわけではない。もしかしたら、私の身体が目当てなのかもしれぬ。それならばそれで、私はここに連れてこられた目的を知りたい。
「その前に、あなたに問いたい」
と、私の質問に、ローベルト殿は逆に聞き返してくる。
「なんでございまいしょう?」
「あなたは、その王子を本当に殺したのか?」
この問いに、私は即座に答える。
「そのようなこと、するはずがございません!私には王子を殺す道理がありません!」
この主張は、何もここが初めてではない。第一王子が倒れた社交界での場、モンブロー監獄での尋問、ありとあらゆる場で唱え続けてきた。だが、私の声に耳を傾ける者など、どこにも現れなかった。
が、ローベルト殿は私のこの応えに、短く応える。
「そうか。ならば、問題ない」
妙な言い方だが、私は拍子抜けする。あれほど幾度となく主張した私の真実の叫びを、これほどあっさり受け入れらたのは初めてだからだ。私は、再び問う。
「あの……失礼ですが、なぜそのように私の言葉を受け入れられるのですか?」
「あなたが今、言った通りだからだ。あなたが自身の拠り所である第一王子を暗殺するなど、どう考えてもあり得ない。おまけに、あの場の状況からは、ワインによる毒殺などとても考えられない。どう考えてもこれは……」
ローベルト殿は、何かを言いかけて口をつぐむ。そして一呼吸おいて話始める。
「いや、今は何を言っても王国側は、あなたのことを大罪人と呼ぶことだろう。だが、我々の側から見れば、あなたは証拠不十分による不起訴扱いが妥当だ。しかし王国側はあなたを公開処刑にすると主張した。そこで我々は王国側にかけ合い、あなたを引き取ることにしたのだ」
「どういうことで、ございますか?」
「どうもこうも、今、話した通りだ」
「いえ、ですが……ここは、カール・マルテル王国ではないのですか?」
「ああ、そういうことか。そういえばあなたは我々について、ご存知ないようだな。我々は、この王国の人間ではない」
「……どういうことです。」
「我々はちょうど2ヶ月前にこの王国と接触し始め、そしてひと月ほど前に条約を締結、そして今、この地にて宇宙港と居留地を建設中である」
「では、あなた方は一体、どこから……」
私のこの問いかけに、ローベルト殿が応える。
「我々は宇宙、すなわち、星の国からやってきた。ここより350光年彼方にある地球459という星からやってきた」
このローベルト殿の言葉は、私にかつてないほどの衝撃を与える。国どころではない、空高く星の国から来たと主張する彼らに、私は尋ねる。
「で、でもならばなぜ、あなた方は王国などと手を結ばれたのですか?」
「その話は、長くて深い。明日にでも説明しよう。それよりもだ、あなたの先ほどの質問、あなたをどうするつもりかという問いに、私はまだ答えてはいない」
「あ……はい、その通りです」
「我々は、地球459より派遣された宇宙軍である。その目的は2つ。一つは、この星の防衛。そしてもう一つ、この星の人々に自身の星を守れるだけの力を授けること。それだけだ」
彼らは軍隊だとはっきり明言する。それは、なんとなく予想はついた。だが、どうも私は腑に落ちない。
「あの、それで……それが私の問いの回答なのでございましょうか?」
「そこで我々は2つ目の目的、この星の人々に、我々の力を授ける。その先兵として、あなたを選んだ。そういうことだ」
これを聞いて私は再び衝撃を受ける。地下牢から出られたかと思えば、私に軍人になれと申すのか?
「あ、あの……私は貴族の令嬢としての儀礼作法しか心得ておりません。剣術、体術の心得など到底なく、力も乏しく……」
「問題ない。我々の武器は、剣術や体術の心得など不要だ」
「しかし女が戦場に出るなど、あまりに非常識ではございませんか!?」
「そんなことはない。現にリーゼル上等兵曹のような女性兵士もいる。我々にとっては、常識だ」
「し、しかし……」
貴族から軍人へなれと、ローベルト殿はおっしゃる。だが、それはあまりにも飛躍が大きすぎて、普通ならば到底受け入れられない話だ。私はもちろん、拒絶する。
が、考えてみれば私にはそれを拒否する権利などない。
断れば当然、私は王国に返されるだけであろう。となれば私は、即座に公開処刑で断頭台の露と消えるだけだ。
「……分かりました。私、軍人となる道を、選ばせていただきます。何卒、ご指導のほどをよろしくお願い申し上げます」
私は立ち上がり、机の脇にてひざまづき、頭を下げる。それを見たローベルト殿は言う。
「マドレーヌ殿、申し訳ないが、あなたの敬礼は我々のそれとは異なる。我々の敬礼とは、このように行う。リーゼル上等兵曹!」
「はっ!」
すると私の横に座っていたリーゼル殿が立ち上がり、直立してまたあの右手を額に当てる独特の礼を見せる。
「彼女のした、あれが我々流の敬礼だ。相手が艦長、司令官のような高官相手であろうと関わりなく、あのように行う。あなたもやってみせよ」
「は、はい!」
ローベルト殿に促され、私は立ち上がる。そして足を揃え、見よう見真似で右手を額に添える。すると、ローベルト殿も私に向かって同様の礼をする。
「うむ。それでいい。今後、特に上官に対しては真っ先にその敬礼で応えるよう」
「は、はい……承知いたしました」
「ところでマドレーヌ殿。あなたは元貴族令嬢であることを考慮し、当艦隊にて上等兵待遇で迎え入れることとなった。つまり、現時点よりあなたの横にいる、リーゼル上等兵曹があなたの上官となる。以後、そのように心得よ」
「は、はい!」
いきなり、辛辣な事実を突きつけられる。なんとこの平民の娘が、私の上官だと言うのだ。なんという恥辱だろうか。なれど私には、それに抗う術はない。
「そして、あなたがこれより先に乗り込む船が、こちらだ」
そういいながら、ローベルト殿は前の白い壁を指差す。が、そこにはただの壁しか……いや、そこには大きな絵が現れる。
なんという鮮やかな、写実的な絵であろうか。いや、その絵の精巧さにも目を奪われるが、それ以上にそこに映し出されたものに、私はまたまた衝撃を覚える。
それはあの、雲のように空に浮かぶあの石砦だった。
「あ、あの、この石砦は一体……」
「これは砦ではない。船だ」
「ふ、船、で、ございますか?」
「そうだ。宇宙艦隊の標準型駆逐艦。そしてここに映っているのは、あなたが乗り込む駆逐艦4160号艦だ」
「く、くちくかん……4160……?」
そしてローベルト殿、いや、ローベルト少佐殿から、私のこれから進むべき道が、示された。私はこの、石砦のような雲のような、この奇妙なる船に乗り込むこととなったのだ。