#19 玄妙なる凱旋
「本当に、行くのでございますか?」
「当たり前だ。呼び出されている以上、行かざるを得ないだろう」
あの戦闘が終結して、4日が経った。ボドワン騎士が王都に戻り、陛下に私のことを報告した結果、私は王都セリエーニュへ向かうこととなった。
ここにきて、すでに3ヶ月は経つ。その間、私は一度たりとも王都へは入っていない。この街の中に閉じこもり続けていた。それには当然、理由がある。
私は、王都に入ればその途端に、大罪人となる。当然、私はその罪ゆえに捕まり、即座に死罪を言い渡されることだろう。治外法権のこの街の中であれば、私はその罪を問われることはない。
ところで先の戦いの結果だが、2時間ほどの戦闘で我が艦隊は175隻を沈め、110隻を失った。わずかではあるが、撃沈数は敵に勝る。ただし、勝った側の我々の方ですら、1万人以上の人命が失われたということなのだが。
それはともかく、私はそのうち2隻を沈めた。紛れもなくこの戦果は、艦隊で随一である。この戦果を受けて、私はまたまた昇進がかなって、准尉となった。兵曹長を飛ばして、二階級特進である。その結果、今度はトルテ准尉と階級が並ぶ。
だが、裏を返せば私は、一度の戦いで200人以上の人間をその砲火で消滅し殺めた張本人ということになる。王子殺しどころではない、本当の大罪人だ。だが妙なことに私は、その事実を賞賛されて国王陛下の元に呼び出された。
ボドワン騎士の報告を受けて、なんと私に、王国から栄誉勲章が送られるというのだ。国王陛下直々のお達しだ。
にしても、大罪人が、栄誉勲章。誰も殺めていないというのに大罪人呼ばわりされて投獄されたかと思えば、これまでの戦闘で計300人以上も殺めた結果、今度は栄誉勲章。この国は、どうかしている。
そして私は、ローベルト少佐と共に王宮へと向かう。
街と王都との境目にやってきた。車でその境界の門までやってくると、まずはこちら側の事務所で、向こう側に出るための手続きをする。そして王国側に入り、入国手続きをとる。
そこで私は、引っかかる。
「あの、申し訳ありませんが、お連れのマドレーヌ様をお通しするわけにはいきませんが……」
すると、ローベルト少佐が食いつく。
「なぜだ?理由を教えてもらえないか」
「は、はい……こちら側の記録では、マドレーヌ様は犯罪人ということで、規則に則れば、お通しできないことになっておりまして……」
「おい、それはおかしいだろう」
「と、もうされましても……」
「今回、彼女は国王陛下からの招待でこちらに来ている。そこで彼女は、勲章を授与することになっているのだ。それが入国できないというのは、おかしな話ではないか?」
「えっ!?あ、はい、すぐに調べますので!」
国王陛下の名と勲章授与の件を出した途端、王国側の役人はあたふたと対応し始める。慣れない手つきで、慣れない電話をかけて確認している姿は、妙に滑稽だ。
だが、私は同時に悟る。ここではやはり、私はまだ大罪人なのだと。
ようやく通過許可を得て、再びローベルト少佐の車に乗り込む私。だが、私は窓の外を、直視できない。
「どうした?なぜ、下ばかり向いている」
「はい……私の名前と顔は、おそらくここでは王子殺しの大罪人として知られております。とても表を見る気持ちには……」
「マドレーヌ准尉!」
「は、はい!」
「貴官は英雄だ。この国どころか、この星を守り切った砲撃手だ。それ以上でも、それ以下でもない。もっと自信を持て」
「はい、ですが、悪名ばかりは……」
「大丈夫だ、気にするな」
私を励まして下さるローベルト少佐。私は少佐の言葉に促され、外を見た。
懐かしい光景だ。そこは、紛れもなく王都だ。広場が見え、露店がちらほら目に止まる。
ところどころ、私がいた頃とは違うものもある。空には小型の民間船に灰色の駆逐艦が飛び交い、地上にはスマホを覗き込む人や、馬車に混じって車が何台か走っている。宇宙港の街で買ったと思われる服を着た人々も、まばらに見られる。
だが、まだ私がこの王都を離れて3ヶ月、監獄にいた期間を入れてもせいぜい5ヶ月だ。急速に変化しつつあるとはいえ、それでもまだ目に映る光景のほとんどは、以前のままだ。
だが、これほどの数の人と車がいれば、私が顔を上げたところで誰かなど分かるはずもない。王子殺しとして民衆にその名を轟かせたとはいえ、民衆にとっては、この空高く、星の世界からもたらされる新しきものに心躍らせ、5ヶ月も前の哀れな令嬢のことなど、すっかり忘れてしまっているようだ。
そして私を乗せた車は、王宮の前にたどり着いた。
本来ならば、私は社交界向けのドレス姿で訪れる場所ではあるが、今日は軍服姿での参上となる。あくまでも私は、地球459遠征艦隊、第415戦隊旗艦の駆逐艦4160号艦の砲撃手、マドレーヌ准尉である。
王宮へと進む。入り口に立つ衛兵に、陛下からの招待状を渡すローベルト少佐。ここではすんなりと、私とローベルト少佐は通される。
長い長い廊下を歩き、その奥へと進む。謁見の間の手前にある控えの部屋で、私とローベルト少佐はしばらく待機することとなった。
その控え室では、ローベルト少佐はなにやらスマホばかりを見ている。私はといえば、することがない。この先に訪れるであろう事態を考えると、気が気ではない。
たまらず私は、ローベルト少佐に申し上げた。
「少佐殿、私、このようなところに来て良かったのでしょうか!?」
するとローベルト少佐は顔を上げて、こう応える。
「良かったも何も、我々は招待されてやってきた。何も臆することはない」
「い、いえ、ですが私は……ここでは、罪人にございます」
「マドレーヌ准尉!」
ローベルト少佐は、半ば恫喝気味に私の名を呼ぶ。
「貴官に尋ねる。貴官は、本当に王子殺しの大罪を犯したのか!?」
「いえ、何度も申し上げておりますが、そのようなこと、天に誓ってございません!」
「ならば、堂々と振舞うことだ。大丈夫だ、なんとかなる」
そう言って再び、ローベルト少佐はスマホの画面に目を移した。
だが、私は、気が気ではない。なにせ、今日のこの勲章授与においては、国王陛下がご臨席されると聞く。そう、私の家と対立するブリエンネ公爵家が推した第二王子であった国王陛下が、である。そして当然、宰相を務めるブリエンネ公カルロッタ様も、出席されるのは間違いない。
そんな二人の前で、私が断罪されぬ道理がない。
準備が整ったとの連絡が、王宮の執事長から入る。私とローベルト少佐は、隣にある謁見の間へと入る。
「地球459、ローベルト少佐殿、マドレーヌ准尉殿、ご入場ーっ!」
入り口で、衛兵が高らかに叫ぶ。目の前に敷かれた赤い絨毯は、陛下のおわす玉座のある壇上まで一直線に伸びる。その両脇には大勢の王国貴族らが列席し、私達を迎え入れる。
その後ろには、私も知る貴族令嬢が幾人もいる。そのうちの何人かは私の顔を見て、それが誰かを悟ったようで、驚きの表情を隠しきれずにいた。だが私は彼女らに構うことなく、ローベルト少佐と共に奥にある玉座の前へと進む。
壇上のすぐ下に、あのボドワン騎士が立っていた。私を見るや、深々と頭を下げるボドワン騎士。そして壇上には、国王陛下とその側近、そしてその左隣には、宰相であるブリエンネ公カルロッタ様がいた。
ローベルト少佐は、私の一歩前に立つ。そこで陛下に向かって敬礼する。私もローベルト少佐に合わせて敬礼をする。
「地球459遠征艦隊、第415戦隊旗艦、駆逐艦4160号艦所属の副長、ローベルト少佐であります。この度の式典へのご招待、並びに我が艦の砲撃手への勲章授与、艦隊司令部を代表し、お礼申し上げます」
「うむ、此度の戦さにて、我が臣民が敵方から我が王国とこの星の防衛に貢献したと聞いた。その功を讃え、後世の範としたい。よって我が王国より、栄誉勲章を授与するものとする」
国王陛下は応え、私の方を見た。私は敬礼して、一歩前に進む。
だが、やはりというか、予想通りの事態が起こる。
「陛下!なりませぬ!」
従者が勲章の入った桐箱を、まさに陛下の前に差し出そうというその時に陛下のすぐ脇から叫び声が上がる。
それは宰相、ブリエンネ公であった。
「陛下、その者は陛下の兄上を殺した大罪人!そのような者に勲章の授与など、すべきではありませぬ!」
思いの外早く、非難の声が上がった。周りの貴族が、ざわめき始める。
「恐れながら、陛下!」
と、そこに歩み出たのは、あのボドワン騎士だ。
「ボドワンよ、申してみよ」
「はっ!私は過日、駆逐艦4160号艦に乗り、マドレーヌ准尉殿の戦いぶりを拝見いたしました。かの者は、先の戦いで亡くなられた先代のナタナエル騎士団長が如く聖典の一説を唱え、鬼神の如く敵を打ち払い、そしてこの艦隊で随一の誉高き戦果を上げたことは、紛れもない事実でございます」
それを聞いた宰相閣下は、ボドワン騎士に反論する。
「黙れ!そなたは一体、どちらの味方なのか!たとえ戦さ場で活躍した英雄といえど、王子殺しの大罪人なれば、その罪に見合う罰を受けるのが当然であろう!それなくして、勲章授与など、あり得ぬわ!」
「宰相閣下!私は騎士団の一員として、この王国を守る責務を負う騎士としての意見具申を行ったまでございます!太陽神ユピテイルに誓い、嘘偽りは申しておりませぬ!」
驚いたことに、あのボドワン騎士が私を弁護してくれている。てっきり私は、あの騎士こそがブリエンネ公爵の手先なのかと思っていたが、このやりとりを見る限りでは違うようだ。
「宰相閣下!」
と、この二人の間に割って入ろうという者がいる。そう、ローベルト少佐だ。
「つまり、宰相閣下は、マドレーヌ准尉が大罪人であることが問題だと、そう仰せになるわけですね。」
「その通りだ。たとえ英雄であっても、王族殺しは如何なる功績をも覆す大罪。それを持つ以上、我が王国の栄誉を受けることなど、まかりならぬ。」
「分かりました。では……」
ローベルト少佐は宰相閣下に応えつつ、ポケットからスマホを取り出す。そして、高らかにこう宣言した。
「ではこの場にて、マドレーヌ准尉が大罪人でないことを、証明してご覧に入れましょう」