#18 精妙なる戦闘
砲撃管制室中がガタガタと揺れる。私の一撃目が、敵艦に向けて一直線に放たれた。
が、こちらからは何も見えない。照準器内は真っ白、晴れるのを待つしかない。
「命中!ただし、敵はバリア展開!」
エリアス少尉が、弾着結果を伝えてくれる。初弾から、いきなりの命中だ。だが、残念ながらそれは弾き返される。
「次弾装填!効力射!続けて撃てっ!」
「了解!」
砲撃長からの指示が飛んでくる。私は、第2射の装填を始めた。そして装填完了音と同時に、引き金を引く。
「外れ!左3、上4!」
「弾着補正しつつ、続行!装填開始!」
再び私は、装填レバーを引く。照準器を覗き込み、発射に備える。
が、その時、艦橋から叫び声が上がる。
『敵の砲撃、きます!バリア展開!』
「砲撃中止!バリア展開だ、急げ!」
私は引き金から指を離す。後方では今、防御手がバリアを展開しているところだろう。
訓練では、何度となく経験した手順だ。が、実際の戦闘では初めてだ。その直後、私は初めて、バリアのありがたみを知る。
ギギギギッというなんとも耳障りで不快な音が、この管制室内に響き渡る。ガタガタと揺れる艦内、そしてこの不快音。だが、今このバリアがはじき飛ばしているのは、我々が放ったビームと同じものだ。
王都をたった一撃で灰塵に変えることができるほどの威力のビームを、この船に傷一つつけることなく弾き返す技術だ。恐ろしい音だが、この音が響いている限りは命の危険がない。そう考えれば、この音には耐えられる。
バリアがビームを弾いている間にも、こちらの砲の装填は続いている。そしてこの不快音に混じって、ピーという装填完了音が聞こえてくる。
「バリア解除!砲撃再開!」
砲撃長のこの言葉を受け、私は再び照準器を覗き込む。目の前には、敵艦が映っている。
なかなか、中心に敵が寄ってこない。こちらとあちらの動きが、揃わない。だがそれでも、敵艦は徐々に十字線の中心に接近し始める。
ここだ、そう思った私は、引き金を引いた。ガガーンという、落雷音のような砲撃音と、小さな地震のような揺れが襲う。この音にも、最初は感じ入り……いや、驚いていたが、今ではすっかり慣れてしまった。目の前は、光で真っ白になる。
「撃沈!ナンバー4198、消滅!」
第3射目で、いきなり撃沈と宣言するエリアス少尉。照準器を覗くと、目の前からナンバー4198の船が消えていた。
これが訓練なら大喜びするところだが、周りに敵艦から放たれた無数のビームが見える。こんな状況では、とても一つの戦果に一喜一憂などしていられない。
集中力が少しでも途切れたら終わる……まさにこの、生死の境に立たされているという緊張感が、この砲撃管制室を覆っている。
『次のターゲットナンバーは、4221!』
次に命のやりとりをする船が、司令部から艦橋経由で指定される。私の覗く照準器には、その相手の姿が映し出された。私は、装填レバーを引く。
あの船にも、女性兵士は乗っているのだろうか?もしかしたら、私と共にお風呂場にて交われば、気の合う人なのかもしれない。私以上に辛い過去を持ち、今、戦場に立たされているのかもしれない……
そんな思いが脳裏を過ぎる。先ほど沈めた船を含め、私は撃ち合っている相手のことなど、微塵も知らない。別に恨みなど、あるわけもない。ただただ、陣営が違うというだけで争っているに過ぎない。
が、装填完了音が鳴り響くや、私は引き金に指を伸ばす。そして、ビームを放った……
そういうやりとりを数十回繰り返したところで、再び弾着観測員のエリアス少尉から、驚きの報告が入る。
「撃沈!ナンバー4221、消滅しました!」
戦闘が始まって1時間ほどしか経っていないが、私は2隻目の撃沈を記録した。
これで2隻目だ。すでに命中も20近くに上る。その間にこちらも数回、バリアによって敵の砲火を弾いているが、まだ直撃はない。ゆえに私の艦はまだ、戦い続けている。
艦隊戦においては大体、4時間の戦闘で平均2パーセントの撃沈と言われている。つまり、1万隻同士の打ち合いならば、互いに200隻ほどが沈むということになる。
裏を返せば、1万隻が撃ち合っても、そのうち相手を沈められるのは200隻しかいないということだ。ましてや単艦で2隻以上沈めるなど、滅多にないという。
その滅多にないという戦果を、私はたった今、あげてしまった。
『次!ターゲットナンバー、4214!』
だが、戦闘中にはそんな快挙など無意味である。すぐに、次の目標が機械的に割り振られてくる。私は気を取り直し、照準器を覗き込んだ。
すでに2隻を殺めてしまった……いや、前回の戦闘も合わせれば、3隻だ。1隻当たり、およそ100人が乗るというから、私はこの引き金で、すでに300人もの人々を殺めてしまったことになる。断頭台の上で、大勢の民衆に罵られながら、王子殺しの大罪人の悪名を背負って命を失うはずだった、この私が、である。
戦闘が2時間ほどに達しようとした時、ようやく敵に、動きがある。
敵艦隊が、後退を始めた。徐々に離れ始める敵艦隊、脇にあるレーダーサイトのモニターからも、その動きが手に取るようにわかる。
『敵艦隊、後退!これより、追撃戦に入る!』
だが、後退する敵にも容赦はしない。敵の動きに合わせて、我々も前進する。戦闘前のブリーフィングで、追撃戦は大体30分程度で解除されると砲撃長が言っていた。しばらくの間、撃ち合いを続けながら前進するが、ぴったり30分で、戦闘停止の命令が出た。
砲撃音やバリア作動音、そして追撃戦での機関音など、やかましい音があちこちから鳴り響いていたこの砲撃管制室が、急に静まり返る。低くて小さな機関音が鳴り響いてはいるが、先ほどまでの砲撃音に比べたら、凱旋パレードの前のそよ風の音のようなもの。静かすぎて、耳が痛くなるほどだ。
それからさらに30分が経過し、戦闘態勢解除の指令が発せられる。そこでようやく、操縦系は砲撃管制室から艦橋へと移る。ボニファーツ中尉は、ようやくレバーから手を離すことができる。私も、2本のレバーから手を離した。
そしてふと、私は自身の右側を見た。そこにはあの男、ボドワン騎士が立っていた。
私は、ゾッとする。私は思い出す。
この戦闘が行われるまでは、この男は私に手を出すことはないだろう。それはこの艦だけでなく、我が艦隊、しいては我が地球997の戦闘力をそぐこととなり、その影響は計り知れない。そんな危険を冒してまで、私に手を出すことはしないだろう、と。
だが、その戦闘は終わってしまった。ここにいる全ての乗員が、もっとも油断している瞬間だ。そんな時にあの騎士が、私のすぐそばに立っている。
私は、最大の危機を迎えているのではあるまいか……?
ボドワン騎士は、あの鋭い眼で、私を睨みつける。そしてやつは、胸に手を当てた。
まずい、私は砲撃手席で身構える。
が、ボドワン騎士はその場でひざまづいた。
思いも寄らないその騎士の行動、呆気にとられる私に、ボドワン騎士はこう告げた。
「マドレーヌ様、私は貴方様の中に、前騎士団長であるナタナエル様の姿を見ました。間違いありません、貴方様は、ナタナエル様をこの世に復活なされたのです。私はこのことを、国王陛下に報告いたしたいと存じます」
まったく想定外の言葉を、私はボドワン騎士の口から聞かされることとなった。