#16 怪妙なる派遣人
私のあの初陣の日から、7日が経った。その日、この司令部に王国からの派遣人がやってくることになっていた。
その派遣人と艦長、そして副長であるローベルト少佐と共に、私も会うことになった。
「ボドワンという名の騎士、だそうだ。年齢は31歳。聞けば、次の騎士団長として期待された人物だということだ。マドレーヌ上等兵曹、彼の名に、聞き覚えは?」
艦長から確認される。相手は王国貴族内でも、よく知られた人物。ということは、私のことも当然、知っているはずだ。
「いえ……名前は存じておりますが、人となりまでは……」
「そうなのか。だが、いいのか?顔など合わせても」
「同じ船に乗る者である以上、顔を合わせざるを得ないでしょう。構いません」
「そうか」
相手がたとえ王国騎士だろうが、同じ船に同乗する以上、顔を合わせずにはいられまい。ならば、艦長やローベルト少佐と共に顔を合わせておく方が、何かと都合がよい。
ところで、私は昨日、新たな階級を拝命された。いきなり三階級特進し、上等兵曹である。つまり私は、リーゼル殿と階級では並んだことになる。やはり、敵艦を沈めたことが評価されたようだ。それも、訓練なしでの移動砲撃。実弾訓練での好成績も相まって、破格の昇進が決まった。
だが、この階級が通用するのは、あくまでもこの司令部のある宇宙港の街の中での話だ。一歩街の外に出れば、私は未だ「大罪人」なのである。このため私は、王都セリエーニュに足を踏み入れることはできない。
そんな王都から、しかも元第二王子である国王陛下から派遣された騎士。どう考えても、私に好意を抱くはずのない人物である。果たして、どのような人物なのだろうか?
「失礼いたします」
その人物が、ついに現れる。佐官室の扉が開き、薄い青色の裾の長いスーツを纏った人物が現れる。内側には、刺繍を施したウエストスーツに、同じく薄青色のやや短いズボン。騎士と聞いては鎧姿を想像するが、これは騎士階級の男性の普段着姿。
だが、問題はその中身だ。やや痩せこけた頬に、鋭い目つき。ひと目見て、ただ者ではないことを悟る。その目が、私を捉える。目があった私は、思わず背筋がゾッとするのを覚える。
「カール・マルテル王国にて、聖霊騎士団参事を務めさせていただいております、ボドワン・バダンテールと申します」
胸に手を当てて頭を下げる。王国騎士が貴族に対してする礼である。それを受け、艦長が敬礼しつつ応える。
「私は駆逐艦4160号艦の艦長、ヴィクトア大佐だ」
「お初にお目にかかります、ヴィクトア大佐殿。その隣にいらっしゃる方は?」
「私は、駆逐艦4160号艦で副長を務める、ローベルト少佐と申します」
「左様でございますか。この度は私も、その船に同乗させていただきますゆえ、何卒よしなに。ところで……」
ローベルト少佐との挨拶を終え、その横に立つ私の方をジロッと睨むボドワン騎士。
「そちらのお方は、元ドルバック公爵家の御令嬢、マドレーヌ嬢でございますな」
ドキッとする。やはりこの者は、私の名を知っていた。それどころか、顔まで……私はおそらくこの時、動揺を顔に表していたことだろう。艦長が口を開く。
「この者は、我が艦の砲撃科にて砲撃手を務めるマドレーヌ上等兵曹である」
「貴艦の砲撃科の……ということは、もしかして先日の撃沈は……」
「まさしく、マドレーヌ上等兵曹の功績によるものである。その辺りは、すでに報告を受けているものと思うが」
「左様ですか。元公爵家の御令嬢が、砲撃で功績を……」
私を睨みつけるように凝視するボドワン騎士。私も何か一言、発しようとするが、この鋭い目つきに睨まれ、声が出ない。
「私の使命は、貴艦に乗り込み、我が王国出身兵士による働きぶりを観察、それを国王陛下にお伝えすること。ぜひとも、貴艦への乗船を許可されたい」
単刀直入、彼は自身の使命を艦長に報告する。それを受けて、艦長は応える。
「仔細は、すでに了解している。貴殿の乗船を許可する」
「はっ」
「ただし、事前に提示した我が艦の規則に則り、行動することを求める。また、当艦においては、貴殿を特務士官待遇として迎え入れることになっている。その旨、重々承知の上で、乗艦されたし」
「承知いたしました。では、次の出港時には参ります。本日はこれにて、失礼させていただきます」
再び会釈し、そのまま佐官室を出るボドワン騎士。あの騎士がいなくなると同時に、艦長がふと呟くようにこう述べる。
「やれやれ……果たして、どのような使命を受けているのやら……」
やはり艦長も、あの騎士の派遣に些か疑問を抱いている様子だ。それはそうだろう。私の働きぶりなどを観察するためだけに、騎士団で2番目の地位の人間など寄越すだろうか?何か、狙いがある。
「できれば、あのような者を乗せたくはないのだが、国王陛下たっての希望となれば、断るわけにもいかぬ。ともかく、次回の航海では極力、マドレーヌ上等兵曹とあの男との接触を控えさせるようにせねばな」
「はっ!ご配慮に感謝いたします!」
私は、艦長の配慮に敬礼で応える。そして私は、佐官室を出る。
「へぇ~。で、その騎士が、もしかしたらマドレーヌちゃんを狙ってるっていうの?」
「けしからんですね。こんなマドレーヌちゃんを狙うなどとは……」
で、その直後に、どういうわけか司令部内の浴場に連れ込まれて、いつものようにリーゼル上等兵曹とトルテ准尉に弄られている私。
「そうなのでございます……あの鋭い目つき、そして、騎士団参事という地位。私、なんだか胸騒ぎがいたします……」
「そうなんだ~、胸騒ぎねぇ」
「なるほど、胸騒ぎがするのですね」
「そりゃあこれだけ大きな胸があれば、騒いでもおかしくはないよねぇ」
「本当ですよ、騒ぐほどの胸があるというのも、実にけしからん話ですわねぇ」
などと言いながら、私の胸の辺りを弄り出すこの2人。いや、胸騒ぎといっても、そこが騒いでいるわけではないのだが。
「で、どうするのです?まさかその騎士を、艦内に野放しにするのですか?」
「そうよ、どう考えたってその騎士、やばいよ。放っておけばきっと、マドレーヌちゃんをふん捕まえて、まるで乳牛のように……」
「何ということを……許しがたい騎士ですね!マドレーヌちゃんを乳牛の如く弄るなどと、何と悪辣な……」
この二人は、私のことをなんだと思っているのだろうか?私を乳牛のように弄っているのは、まさにこのお二人ではないか。
散々弄られた私は、午後から行われる訓練のため、シミュレーター室へと向かう。
そのシミュレーター室に着くや、私は、そこにいる人物に戦慄を覚える。
「おお、来たか、マドレーヌ上等兵曹」
「ほ、砲撃長、こちらのお方は……」
「ああ、こちらは王国騎士団のボドワン参事だそうだ。なんでも、司令官の許可をもらって、貴官の職務を見学させてもらいたいと申し出て、許可を得たと聞いている。とうとう貴官は、王国内でも注目の的のようだな」
はっはっはっと高らかに笑うアウグスティン大尉だが、私は気が気ではない。まさか、司令部内での訓練にまで首を突っ込んでくるとは、想定外だった。
が、いくらなんでも、ここは司令部内。おかしなことなど、できるわけもない。あの鋭い目で訓練の様子をじっと伺うボドワン騎士。ともかく私はこの男を警戒しつつも、その日の訓練をいつも通り終える。
「……なるほど、砲撃の腕前、噂通りにございますな」
そう私に呟いたボドワン騎士は、そのまま足早にシミュレーター室を去った。
「そうか……シミュレーター室にまでやってきたか」
「はい、司令官にまで接触していたようで」
「危険だな。ともかく、私の方からもあの男を警戒するよう、司令官に具申しておこう」
その日の帰り道に、私はローベルト少佐と共にショッピングモールへと立ち寄る。そこで私は、昼間のあの騎士の行動を話す。
あの男の鋭い目が、脳裏を離れない。一度見たら忘れられないほど、印象的な眼だ。さすがは、次の騎士団長と噂されるほどの騎士だ。だが、私はそんな男に、目をつけられてしまった。
おそらくは現在、宰相を務めるブリエンネ公カルロッタ様の差し金だろう。何せ私は、第一王子擁立に動いたドルバック公爵家最後の生き残り。後顧の憂いを断つためにも、その生き残りである私を始末する機会を伺っているのは、間違いない。
だからこそ、私の元にあの騎士を送り込んできたのだろう。私などあの男にかかれば、素手でも倒せるほどの弱い存在。あの騎士も、その宰相から貴族の地位でも約束されて、私の暗殺を虎視眈々と狙っているのかもしれない。
「あ……」
あとは食料品を買おうかというところで、ローベルト少佐が立ち止まって声を上げる。
「どうされたのですか?」
「しまった、定時連絡の時間だった。すまないマドレーヌ上等兵曹、少しここで待っていて欲しい。すぐに戻る」
「はい、承知いたしました」
私が応えると、ローベルト少佐は急ぎ、ショッピングモールの外に向かう。軍務ゆえに、おそらく自分の車の中で連絡するつもりなのであろう。そこで私は、その場で待つ。
……遅いな、すでに10分ほど経過している。こんなことなら私は、すぐ脇にあるあのパンケーキ屋で時間を潰すべきだったか。
そういえば、あのパンケーキ屋の前で、ヴァルター大尉に睨まれたことがあったな。その直後には、艦内で……今思えば、少佐のことを意識し始めたきっかけは、ヴァルター大尉のおかげかもしれない。そういえば、トルテ准尉も同じくヴァルター大尉に詰め寄られたのがきっかけで、モーリッツ少尉とお付き合いを始めたと言っていた。皮肉なことだが、ヴァルター大尉のおかげで付き合いを始めた者が2組もいる。
まさかとは思うが、ヴァルター大尉自身は他人のためにわざと、そのような悪役を演じているわけではあるまいな?
などと、パンケーキ屋の見本を眺めながら、私はそんな勝手なことを考えていた。
が、その時、背後から何かを感じる。私は、振り返る。
一瞬、心臓の鼓動が、止まるほどの衝撃を覚える。すぐ目の前に、あの男がいた。
「な……なんですか……」
引き攣った声で、私はその男、ボドワン騎士に尋ねる。
「何だと申されましても……私の役目は、あなたの観察ですよ、マドレーヌ嬢」
「そ、それは、陛下のご命令なのですか……?」
「いえ、どちらかと言えば、国王陛下より宰相閣下のご意思と申し上げた方が、よろしいですかな」
ボドワン騎士はあっさりと、自身がブリエンネ公の意思で動いていることを認めた。私はその言葉に、戦慄を覚える。
「ま、まさか、私を亡き者にしようと……」
「そのような御命令を、私は受けておりませぬ。ただ、今は観察せよと、それだけです。もっとも、この先はどうなるかは、分かりませぬが」
鋭い目で、私をきっと睨みつけ、淡々と語るこの凄腕騎士は、私に尋ねる。
「ところで、ローベルト少佐……でしたかな、あの方とは、どういう関係で?」
おそらくは、先ほどからずっとつけていたのだろう、私と、そしてローベルト少佐の後ろを。そして少佐がいないのをいいことに、今ここに姿を現したのだ。そのような相手に、どうして少佐のことを応えることが、出来ようか?
「私に、その問いに応える必要が、ありましょうか?」
「いいえ、貴方様の自由です。ここは、自由な街でございますからな」
そう言うとボドワン騎士は振り返り、足早にその場を去る。それから程なくして、ローベルト少佐が現れた。
「少佐殿、あの、たった今ここに……」
私はすぐに、ボドワン騎士のことを伝えようとした。が、ローベルト少佐は慌てた様子で、私にこう告げる。
「マドレーヌ上等兵曹!大変なことになった!もうまもなく、我々に……」
多少のことでは動じないローベルト少佐が、珍しく慌てている。それは、尋常でない何かが起きたことを案に示している。だが一体、何が起きたというのか?
と、その時、私とローベルト少佐のスマホが、高らかに鳴り出す。
ショッピングモール内のあちこちから、同じ音が鳴り響く。それはおそらく、私とローベルト少佐と同じ、軍属の者のスマホだろう。そしてその音は、いわゆる警報音だ。
そしてその警報音は何を意味しているのか、それは私でも分かる。
それは「敵襲」の知らせだ。