プロローグ ~夢のかたち
この街の名はシルバーヴァインといいます。
ここでは人の世とは異なる時間が流れ、人に似た、しかし人とは異なる生き物が石畳の上を闊歩しています。
住人は全て獣でありながら人の姿でもある、いわゆる獣人の姿です。
それは一度でも人に愛され、人間に憧れたことのある動物たちの夢の姿なのです。
人間は、自分たちの生活をよりよくするために共に暮らす動物を家畜と呼んでいます。彼ら家畜と呼ばれる動物たちは、人間の作った枠に押し込まれて生きながら、人間を愛し、または畏れ、あるいは小ばかにしています。それでもやはり、人間の知恵や能力には敬服し、毛なし猿と揶揄される姿かたちに憧れたりもするのです。自分がなぜ人間とは違うのか、考えてもわからない頭で必死に考え、悲しくなることもあります。
この街で、ずっと憧れてきた人間に近い姿を手に入れて、彼らはそれぞれの哀歓を抱いて暮らしているのです。
この街の周囲を薄暗い路地が取り巻いています。町の中心から見てきっかり東西南北に位置する路地の終わりには、キャンドルホルダーのついたスチールのレリーフ看板がかかっています。
そこに灯された蝋燭は、誰が取り替えているのか絶えることなく小さな炎をゆらゆらさせています。看板に彫られているのは文字で、こう読めます。
「ともよ ゆめのかたちの ままにあれ」
その看板の場所が、人間が大きな顔をしてのさばる現世へ通じているのです。現世のどこへ繋がっているのかは誰にもわかりませんが、そこから、人との思い出から抜け出せない動物たちが、世界中からふらふらと入ってくるのでした。
シルバーヴァイン……マタタビという意味を持つ街の名から推し量れる通り、住民の多くは猫です。犬もそこそこ、それ以外の家畜もちらほら。
人間に保護された後に放されて、でも元の暮らしに再び適応できなかった野生動物や、逃げ出してきたサーカスの動物たちまで。
そして皆、獣人の姿になっても何一つ不思議に思わないのです。何せ夢からできている街なので、それはもう、元からこの姿だったと言わんばかりです。どの獣人もすぐにこの暮らしに溶け込み、仲良くやっています。ゆめのかたちに、という願いとも呪いともつかぬ看板の文句の通り、巨大な象も小さなマウスも人間の大きさとなり、なんの疑問も持たず、時の流れも対等に生きています。
賢いフクロウの学者などは
「これはどういう現象なのだ??」
と不可解さを説くのですが、それを聞いても誰一人動じません。
あれほど憧れた姿を手に入れて、ささやかながら人間と同じ生活ができているのですから、それがどういう仕組みで起こるのか知ったからと言ってどうだというのでしょう?