一話
拙い文章ですけど、楽しんで頂けたらありがたいです。
―――シドアニア王国 ルド森林地帯
「姫様、こちらです!」
日は沈み、辺り一面が闇に包まれた暗い夜の森に二人の人影が生い茂る木々の中、疾走する。ここは、シドアニア王国内の南部に位置するルド森林地帯と言われ、危険な魔物や犯罪などを犯した者、はぐれ者達が存在する王国内の危険指定区域である。もっとも生きている人間は高ランクの魔物によって食糧となるか惨たらしく殺されているかで出会うことは無いに等しいことでも知られている。
人影はしばらく走ったあと休息の為、少し大きい木の根元で一人は腰を降ろし、もう一人はまだ腰を降ろさず周囲を警戒していた。
「ここまで来れば暫しの間、休憩を取れそうですね。」
深く被った外套を脱ぎながら隣に腰かけている人物に話す。
その下は薄緑色の髪が肩まで切り揃えられ耳が長く、目がくりりと大きく、まだ幼さが残る可愛らしい女性の名はレイ・ディルクと言い、自らが姫様と敬う物の従者をしている。
「そうですね。ありがとうございます、レイ。」
ふぅ、と息を整えながら外套を脱ぎ、現れたのは暗闇の中でも満月の光に反射して金色の髪が色鮮やかに輝き、耳は少し長く、目は大きく、鼻は高く、形のいい唇はまるで宝石のようだと言わんばかりの顔が整った人物が答える。姫と呼ばれる彼女はエルフの長老三人が治めるシドアニア王国の第一王女であり名はソフィーナ・グラムハート。愛称はソフィであり、歳がひとつ離れた双子の弟ジェイクと妹アリスがいる。
「しかし、これで良かったのでしょうか…?まだ祖国を出てから五日ほどですが、私もジェイク達と共に父上と母上に協力する為、残るべきだったのではと考えてしまいます。」
「お言葉ですが、この役目は姫様だからこそ確実に遂行できると姫様のご両親が決断されたのだと思います。それに【風の神子】である姫様でも危険が及ぶ可能性はゼロではないので、良い決断だと自分は思います。」
二人の出身国のシドアニアでは現在、内乱状態になっており危険を危惧したソフィーナの母が、親交のある隣国エスニア王国に向けた密書をソフィーナに預け、レイと共に送り出した。しかし、ソフィーナの両親とは反対する勢力から密書を狙われており、現在追手から逃亡していた。
そんな中、ソフィーナは隣に立つ従者の女性に表情を暗くし、問いかけたが、ただ肯定するだけでなくしっかりとした自分の意思を伝えてくれる彼女に改めて従者となってくれてよかったと感謝の念を抱き、頷き答える。
「そう、ですね。今は、私に与えられた役目をきちんと逐えることだけを考えます。内容は見ないようにと言われているこの密書をエスニア王国に届けることが最優先ですね。それから、レイ、私のことは姫ではなく、ソフィと呼んでください。」
「はっ。すみません、ソフィ様。そろそろ出立のご準備をっ!?」
言葉を言い終える寸前、レイはその場から瞬時に移動した。レイが居た場所には鋭利なナイフが地面に突き刺さっていた。
「ありゃりゃ。眉間に刺してやろうかと思ったのに案外、やるお嬢ちゃんだね~。ま、そんなことよりソフィーナ姫様を渡してく
んねーかな?」
暗闇の中から出てきたのは黒色の外套を纏い、目だけ見えるよう顔を赤い布で巻いた一人の細身の背が高い男だった。男は、両手に銀色の細長いナイフを一振ずつ持ち、余裕なのかそれをくるくると回しながら遊ばせていた。
「【音無】まで出してきたのか!?それに、姫様を渡すだと?お前はこの密書を奪うよう命令されていないのか?」
「あ~。それはお前らが勝手に勘違いしているだけで本当の目的はソフィーナ姫様の身柄の確保が優先ってことよ。それにその中身を読んでも本当にやつらの味方をするのかい?」
男はナイフを片手にくるくると遊びながらレイに答える。
【音無】とはレイとソフィーナが暮らすシドアニア王国が誇る最強の暗殺者の内の一人であり、厳しい訓練を乗り越えた者に送られる称号である。称号を授かった者は以降、自分の名前を捨て、【音無】として生きていくこととなる。そして、今代の【音無】は歴代最恐として名高いことで有名である。
「どういう意味だっ!?」
「まぁ、素直に捕まってくれら教えてあげるよ。」
「誰がお前みたいなやつの言うことなど聞くものか!」
レイはすぐさま、懐から白い玉を取り出すとそれを地面に叩きつけた。するとたちまち煙幕が辺り一体を白く染めていく。その隙にソフィーナの手を取ると一目散に森の奥へと駆け出す。
「けほっ。も~煙ったいのは苦手なんだけど、少しの間、鬼ごっこでもしますかね。」
男はうんざりした様子から、すぐさま獰猛な笑みを浮かべた。音無はすぐにソフィーナ達の跡を追うべく、暗闇の森という視界が悪いのなど関係ないとばかりに最小限に木などの障害物を避けつつスピードを上げて走り出す。
二人と音無との距離は徐々に狭くなっていき、無慈悲にも【音無】の鋭利な銀色のナイフがレイの太腿部分に突き刺さる。
「レイ!?」
ソフィーナがレイに近寄り声をかけるが、レイは額に汗が滲みながら歯を食い縛り、苦痛の表情を浮かべた。
「くっ、姫様、私のことは気にせずお逃げください!」
「何を言ってるのですか!?そんなことしません!二人で一緒にエスニア王国に行くのですから!」
ソフィーナはレイに肩を貸すと、前を見据えて再び走り出す。前方には火の明かりで明るくなっている場所がある。
(レイの足の傷は思ったよりも深いわ。回復魔法で治しあげたいけど、追手の彼がいるからとりあえずは逃げるのが先ねっ。)
「あそこに焚き火の明かりが見えますからそこまで行きましょう!もしかしたら、冒険者の方が助けてくれるかもしれません。それまでは私が風魔法で音無の攻撃を防ぎます。」
「【音無】に勝てる冒険者などA級冒険者でないと無理ですっ。最悪の場合、私が自爆で奴を道連れにしてでも!」
「そんなこと絶対に私がさせません!望みを捨てては駄目です。風魔法エアシールド!」
ソフィーナが魔法を唱えると二人を包み込むように風の結界が現れた。【音無】は尚も二人に向かってナイフを投げつけてくる。しかし、ソフィーナの魔力によるエアシールドは強力で【音無】の魔力が籠ったナイフを寄せ付けずにいた。
「さすがは、【風の神子】と呼ばれるだけあって俺のナイフを物ともしない結界を創るだけのことはあるね~。常人ならこの魔力を纏わせたナイフで結界諸とも貫通するんだけどね~。もうちょい遊んでもいーけど、そろそろ終わらせますかね~。火炎魔法フレイムランス!」
【音無】は手に持っていたナイフを仕舞うと右手に炎を出し、槍のように鋭いそれを、ソフィーナ達に向かって投げつける。炎の槍は風の結界に当たるとそのまま結界を貫通して、ソフィーナの腕を掠めた。
「っ!?私のエアシールドを貫くなんて、やはり王国一の暗殺者は伊達ではないようですね。」
ソフィーナは自分が造り出した結界を貫いた【音無】の魔法に驚嘆しつつも、なんとか回避しつつ明かりが灯す場所にたどり着いた。そこには、全体が真っ黒で覆われた外套を身に包んだ男が右手で火に薪をくべていた。顔はよく見えないが横に置いてある剣は鞘に収まりながらも相当な業物であるとソフィーナは見抜き、またそれを扱うこの者ももただ者ではないと感じていた。だから、すぐにこの男に助けを求めた。【音無】を退けてくれると期待をした。
「すみません!旅の方、私達を助けてくれないでしょうか!?報酬は今すぐはあまり出せませんが、必ず相応の物を差し上げますのでお願いします!」
しかし、男はソフィーナ達に目をくれず、燃える火を見ながら小さい声で、
―――――「断る。」
と呟いた。
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