明音
「申し訳ございません。ですが明音の未熟な剣では、こうでもしなければお師さまの本気を見られません。あえて刃引きの刀を使わせていただきました」
悪びれる様子のない明音の顔を見下ろし、宗厳はため息をついた。殺気は本物だったが、それを宗厳はいなしてくれるという信頼があってこそのものだろう。こんな真似をするほどに明音が強さを希求する事情は知っていたし、その危うさを承知した上で手元に置いている。
「こたびに限り不問としよう。して、なぜ捌かれたかわかったか」
「皆目わかりません。お師さまより、あたしのほうが速く動いたつもりでした」
「そなたは殺気が強すぎる。先に動いたのではない。殺気をわしに使われ、動かされたのだ。人を動かして斬る、これこそが新陰流の活人剣である」
「わかりません。剣は人を殺めるもの。殺気を放たず振るうことなどできません」
「わからねば今以上に強くなることはできん。そなたが姉の仇を討つことも叶わぬということになる」
ぐ、と明音が口をすぼめる。
「では、活人剣を会得すれば仇が討てるのですね。お師さまのように、天狗をも斬る一刀を身につけられるのですね」
念を押すようににらんでくる明音を、宗厳は袋竹刀で軽く小突いた。
「そんな殺気を放っているうちは無理だ」
殺気を消そうとしたのか、明音がにこりと笑って見せた。だが、その口元にさえ、今にも噛みついてきそうな危うさが残っている。端正で美しい顔立ちの乙女ではあるが、この危うさがいつも顔つきからにじみ出ていて、本来醸し出されているはずの愛らしさは影も形も見えない。
明音の剣への執着、その上達ぶりにはすさまじいものがある。素質もあるが、なによりも強さを求める心が抜きんでていた。誰よりも稽古に身を入れ、貪欲に技を学ぶ。それだけに宗厳も目をかけてきたのだが、彼女の心に宿る殺気の炎を消すことだけはいまだできなかった。
「しばらくここで座禅してゆけ。心を鎮め、わしの言ったことをよく考えるのだな」