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記憶喪失の剣と知精の王  作者: 商秋人
第一章 マリアス王国の災厄
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第六話 私っ気になります!



ーヤタノガミ学院職員室ー



 俺は一人でさっき貰ったプリントを片手に学院を歩き、職員室の前に来ていた。

 独特な材質の木で造られた仰々しいスライド式の扉を開けて、萩白先生を呼ぶ。


「すみません。失礼します。萩白先生いらっしゃいますか?」


 俺はしっかりとした声音で、担任の名前を呼んだ。職員室の空気は、ピンとした空気をしていた。


「お! 君が例の問題児くんか!」

 

 声の大きな先生が、俺の近くへ一瞬で移動して唾を飛ばしながら両肩を持つ。

 ピンとしていたと言ったな。

 あれは嘘だ。


「あ、あぁ……君が例の……面倒事起こさないでね。退学させるのよ忍びないからさ」

「は、はぁ。気を付けます……。それより萩白先生いらっしゃいますか?」


 俺は平べったい苦笑いを顔に出しながら、もう一度担任が居ないかを確認する。


「あぁ! リリちゃんかぁ! 残念だけど今は外出中だね! なんなら僕が言っておこうかい!!」


 大きな先生は自身の胸を大きく前につきだして、大胸筋をピクピクさせる。

 暑苦しぃ……とても暑苦しぃ。


「い、いえっ! 遠慮しておきます!」

「んんっ! そうかい!? まぁ困った事があったらなんでも言ってくれ!」


 んんっ!の時にわざわざ上腕二頭筋をマッスルポーズで見せるのやめてくんない?

 暑苦しいです。

 俺は額に汗を浮かべながら、遠慮がちに「い、いえ……大丈夫です」と拒否させてもらった。

 そんな様子を見ていた暗い方の先生が、唐突に声を出した。


「……リリナさんなら、し、試験会場に行ったよ。君が受けた会場だから場所は分かるよね?」

「会場に……分かりました。ありがとうございます」


 俺が受けた試験会場にいるなら、確か学院の敷地内の大闘技場にいる事になる。

 武技館を道なりに行った先にあったはずだ。


「失礼しました」

 

 俺は一言、しっかりと頭を下げておじきをして職員室を出た。

  

 職員室……化け物の巣窟だな。

 いろんな意味で……



ー大闘技場・入り口ー



 俺はすぐに試験会場、大闘技場へと赴いた。

 大闘技場は端的に言うと闘技場のおっきい版で、学院と遜色ない大きさだ。

 真ん中には闘う為の茶色い土で造られた大きな円があり、両逆サイドに四角い入り口が取り付けられている。

 そしてなにより、闘技場には観客席がある。

 観客席は観て楽しむだけではなく、いわゆる審判の役割である。

 その為の観客席だ。

 そしてそんな観客席の左端に、先生は左肘を付けて頬に手を当て座っていた。


「この大闘技場。高かったのにってぼやいてたぞー? 六道優樹」

「先生。わざわざなんでこんな場所に居るんですか?」

「お前と話すためだよ。内のクラスの問題児と。この惨状を肴にしながらなぁ」


 カラカラと笑いながら、ゆっくりと目の前の景色を眺める萩白先生。

 その先生の目の先を俺も目で追い、景色をしっかりとその瞳に写す。


 そこには、文字通り惨状と呼べる光景が広がっていた。

 先生はポツリポツリと喋りだす。


「……崩れた巨大ゴーレム二十体。異獣三十体。超大型異獣三体。……一対一の闘いでは先生を気絶させる……まさに問題児だな」

「……」


 惨状とは、ゴーレムの残骸や血塗られた異獣の骸に、曲壁には斬撃によって生まれた傷痕が大きく残っている。超大型異獣なんて両手両足は綺麗に別れて、血肉があらわになっていた。


「なぁ? そうは思わないか? 特別試験、唯一正式に合格した人間。六道優樹?」


 先生はゆっくりと立ち上がりながら、つらつらとそんなことを言い出した。

 ……はぁ。


「わざわざそんな分かりきった事言ってなんですか? 萩白先生」


 俺は当たり前のように、それを口にした。

 実際に当たり前のように俺がやり、俺が斬り伏せた物達である。あれらの残骸は。


「リリちゃんと呼べといっただろー?」

「無理です。そんな雰囲気でもないでしょう?」


 俺は右膝を少し曲げて爪先を立てて両手を腰にやり彼女と喋る。

 この人は本当に何を考えているんだ?


「まぁそうだなー。そんな雰囲気でもない。なので腹を割って話すとしよーか」

「そうですね。そうします」


 俺は立ち上がっている先生の隣の隣へと座り、ゆっくりと今日話したいと思っている議題を先生に告げる。


「……枚野三咲についてです。」

「あぁ、六道の隣の席にいるあのハーフか……枚野がどうかしたか?」


 満を持して俺は、先生を探していた理由の一旦をぱっと先生の方を向き声にした……



「俺の事好きかっ、強さに気付いたかどっちだと思いますかっ!!」

「……は?」

 

 ますかっ……ますかあ…ますかぁ

 ……と、俺の声は木霊する。この広い大闘技場に上へ左へと木霊する。

 キーンとした空間が徐々に落ち着いてゆき、静かな空気へと変わっていく。

 その空気の中でただ一人それを聞いていた先生は、がたりと腰を掛けて心のそこから、いつも通り面倒くさ気に口を開いた。


「どぉでもいいよ……」

「どうでも良くないですよ!!」


 先生よ。あなたはわかっていない……女子が男子に声を掛ける意味をっ。そして俺の女性に対する免疫力をな!

 はーはっはぁ……! はぁ……悲しいかな。

 ため息混じりにそう考えていると先生は混じりっけのないため息を「はぁー」とついてから俺に対応する。


「……まぁ前者はともかく後者は気になるな。そう思ったポイントがあったか?」

「俺になんの意味もなく話しかける時点でなにかあるに決まっているでしょう」

「過去に何かあったのか? 六道……」

「う……」

「本当にあったのか……」


 い、いや。あれは違うんだ。ただちょっとこっちが期待して裏切られただけだから……うん、あれはちゃうちゃう。大丈夫だよ。

 あれもいい思い出だ。

 ホントだよ?


「まぁいい。それならもう少し様子を見ろ。お前は商人だったんだろ? なら人の嘘とか見抜くの得意だろうしな」

「……まぁ、それなりに」

「あの闘い見たらそれなりが嘘に聞こえるけどな。あんな予測……特殊な異能持ちかと思ったら違うらしいしな」

「はは……」


 あの闘い……

 ほぼ間違いなく大闘技場での試験を言っているのだろう。俺はなんとも言えない。


 確かに俺の意思で全てを敵にしたが、別にこんな酷い闘いが好きなわけではない。

 むしろ闘いは好きではない。

 記憶を取り戻すために致し方なくだ。

 さすがに三年間貯めたお金と言っても、商人はとても不安定な仕事だ。

 雨が降ったら送る時間が遅れるし、異獣の襲撃があれば荷物が増えて整理に時間がかかる。

 そんな風に時間が遅れれば、品物の鮮度は落ちて値段が安くなる。

 まぁ逆に掘り出し物を売った時は、とても良い気分になるわけだ。


 そして不安定な仕事の結果、俺の三年間じゃあギリギリ足りなかった。

 だから特別試験を受けるしかなかったのだ。


 だが事実としてあの惨状を生み出した責任として、それの言い訳はできはしない。

 それは少しずるい気がする。

 

「はぁ。それだけか? 六道」

「あ、あと一つ聞きたいことが……」

「はよ言え、私にも明明後日の準備とここの片付けがあるんだ」

「なんであんなに俺を名指しするんです? それに特別試験についても言い過ぎです」


 まじでやめてほしい。

 俺は目立つような事はしたくない。

 目立って良いことなんてないから……あんまししたくないんだ。

 

「まぁまぁ、どうせ変なプライド優先してるんでしょ? いつでも本気な方がもてるぞ絶対に」

「いや、無駄に強いだけのやつって家柄が伴ってないと責められるでしょ? なのでできるだけ目立たず剣抜祭に出たいんです」

「ふーん。でもやっぱりプライド優先じゃないか……少しは枚野を見習ったらどうだ?」

「……あれは……確かに羨ましいです」


 あの周りの空気を読まないかっこよさ。それとあの風格。

 王の素質と言っていたが、分からなくもない。彼女にはそう思わせるような風格があった。


 まぁそれを本人が言い出すのは少し痛いと思った訳だが……


「はぁ……なんでもいいが、明明後日、一度皆の前で本気を出して闘えよー」

「どうしてですか?」

「ふっ、愚問だな。面白いからだっ!」


 パッと立ち上がり、両手を前に広げて先生は大きく息を吸い言い放った。


「……あぁ、はい」


俺は気の抜けたような返事をした。


「なんだ? 反応が薄いな」


 この学院の先生は頭のおかしな人しか居ないと学習させられたからな。

 そんな感慨に浸っていると先生は唐突に手をパンっと叩く。

 

「まぁ良い。とにかくに明日に備えてさっさと寝ろ。模擬戦もあるしな」

「……分かりました」


 闘技場の吹き抜けになっている空を見ると、時間は夕方頃になっていた。

 俺は立ち上がり、おじぎをしてゆっくりと歩いていった。


「模擬戦が楽しみだな……六道」


 小さく言った先生の表情は、見えないまま。



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