第五話 自己紹介
ー時間は戻り・教室ー
左側には透明な窓から眩しい光が入り、早起きした分の眠気を少し増させる。
うとうと、という気持ちでいる現在。
俺は階段式のよくある机に肘をつけて、少し虚ろんだ目で先生を待っている。
そんな教室にはぞろぞろと生徒が入ってきて、すぐ満員になった。
休んでる人はいない。
当たり前だな。
満員になってガヤガヤとなりつつある教室に、がらがらとドアが開き青い髪をしたポニーテールの女性か教室に入ってきた。
「はいはーい。静かにしろー」
面倒臭そうな言い方で青い髪の女性は、生徒名簿と書かれた黒いノートを左手に持ち肩に乗せて教卓へと歩いていく。
先程の言葉で回りの生徒が少しづつ静かになっていく。
「……私の名前は萩白リリナだ。武国出身マリアス王国育ちだ。気軽にリリちゃんとでも呼んでくれ」
面倒臭そうな喋り方と裏腹ですっげー軽い人だなぁ。いやぁすごいギャップだ。
「じゃあ、まずは自己紹介だ。出席番号順にそれぞれ好きなように自己紹介していってくれ」
その瞬間。教室がざわめく。
え、じ、自己紹介?
なにを言えばいいんだ……。
出席番号順なので俺が最後なのが幸いだ。でも自己紹介って名前となにを言えばいいんだろうか……
ざわめきが少し収まり。先生が声を上げる。
「あー、じゃあ私が名前言っていくから自己紹介してくれ。趣味でもなんでもいいから言ってくれ」
一人目の生徒らしき人物がほっとしている。
おそらくこのざわめきの中いきなり自己紹介をする事を緊張していたのだろう。
「じゃあまず──」
一人ずつ自己紹介していく。
気になった人物が数人いたが、面倒臭いので割愛します。
ていうか人のこと気にしている余裕がない。自分の番になるまで緊張がほどけない。
そうやって自分の自己紹介の事をしきりに考えていると隣から凛とした声が鳴った。
「枚野三咲よ。特別試験クリアした一人よ。私と話たいならしっかりと敬意を持って話し掛けなさい。まぁそれに返すかは別だけど……趣味は剣術の修行ね」
す、すごい!
こんなにも敵をつくる話し方ができるなんて……マジで驚きだぜっ。
ぜんっぜん羨ましくないな。
「さすが特別試験合格者。相当肝が据わったやつが来たなぁー。まぁいつもの事だ。もうなんも言わねぇーよ」
お手上げの姿勢をする先生。
そして、その先生の言葉でみなが口々に話し出す。なにを言っているかは聞こえないが、先生が特別試験合格者と認めた事で、三咲の言葉が戯れ言じゃないことに気づいたのだろう。
俺も同感だ。
まさか三咲が特別試験合格者とはな。
にしても特別試験合格者かぁ……みんなこういった性格なのだろうか? ……だとしたら敵にならないよう気を付けないといけないな。
先生は鋭い視線で三咲を射抜く。
そして先程と変わらず姿勢で、面倒臭に先生は口を開く。
「せっかくだから言っとくか……特別試験合格、今年は六人いる」
ほーん。
噂は本当だった訳だ。
「その六人のうち、五人は言ってもいいって言われてるんだが……一人は目立ちたくないって言って発表できない。理解してくれ」
生徒達は六人もいた事実に驚き伏している。
ただ、俺は一つ気になる事がある。
目立ちたくない一人という生徒。
なんで……まぁいいや。
「じゃあ次──」
その後そのまま自己紹介が続き、ついに俺の番がきた。来てしまった。
「よし、最後。六道優樹」
俺は呼ばれた瞬間、ガタガタと立ち上がって自己紹介を始める。
緊張が止まりません。
心臓の音が止まりません。
「は、はい! 六道優樹です。趣味は薬草づくりっ、好きなものは剣です! ……い、以上です」
ふ……やりきったよ。母さん。
……俺、お母さんも誰かわかんないけどな。
と、笑えないジョークを心のなかで交わしていると先生が色焼けした紙を配りだす。
「明明後日からのスケジュールだ。しっかりと頭に叩き込んどけ。紙無くすなよー」
前から配られた紙を目の前に傾けて、しっかりと読み込む。一つ気になった項目があり、つい小さく呟いてしまった。
「……模擬戦?」
「お、いい所に目をつけたな。六道」
俺の呟きにたいして先生がパッと指差して指先をくるくるさせる。
目立つから名指しするのやめてくんない。いや俺が口から漏れたのがいけないんだけどね?
「さっき六道が言ったように、明明後日は模擬戦をすることなっている。ルールは当日説明するからしっかり儀礼剣の手入れしとけよー」
適当ながら、しっかりと言わなければいけないらしき事柄を説明していく先生。
「じゃあ今日は終わりだ。まだ学級委員も決めてないから……そうだな、六道が号令してくれ」
「え?」
な、なんでさっそく目をつけられてるんだよ。きつい。やばい。面倒だ。
「ほらさっさとしろー」
「は、はい……起立。令」
「ほい。さいならー」
先生が終わりの挨拶をし、教室から出ていくと周りの生徒達は口々に話を始める。
いわゆる友人関係になるための前段階を構築していくのだろう。
俺に友達はできるのだろうか……
駄目だな。こんな難しい言い方している時点で俺に友達ができる気がしなくなった。
なんだよ。友人関係になる前段階て。
隣に座った三咲がガラリと立ち上がり、俺の方を見ずに鞄を肩に掛けて話し掛けてくる。
「ほら、優樹。帰るわよ」
「え、もう? 学院見て回らないの?」
「あなたちゃんと紙見た? 裏にこの学院の地図載ってるわよ。だから明後日でもいいわよそんな事」
「……あ、ほんとだ」
机に置いたままの紙をくるりと裏に返すと、立体で描かれた学院とそれぞれの部屋の名称が事細かに書かれていた。
それも含めてさっき言っとけよ。先生。
「でも優樹が行きたいって言うなら行くわよ。どうするの?」
「え……」
な、なんだこの子は。さっきあんな敵意ばんばんな自己紹介してたのになんで俺にはこんな話し掛けてくるんだ。
も、もしかして……
て、今考えることじゃない。
とにかくちゃんと返答しないとな。
「あ、あー……俺ちょっと用事あるから……先反っててくれ。悪いな」
「……そう、なら終わるまで待つわ。さっさと終わらせてきてちょうだい」
「お、おう。了解した」
本当になんなんだ。
この子はなんで俺にこんな関わろうとするのか……理由は思い当たらないけど。
とにかく同級生の女子が向こうからこんなに関わろうとしてくれるのは、悪い気はしない。
むしろありがとうだ。
そんな訳で俺は、終わったら行くから並木道近くの馬車停留所で待っててくれ。と伝えて自分の用事を済ませる事にしたのだった。