第四話 入学の理由
ー 一年前 ー
木で造られ箱がまだらに置かれ、保存食の干し肉が吊られている馬車の荷台に月明かりが入る。
そんな馬車の荷台で丁寧にその木箱を確認し、少しづつ鉛筆で紙に何かを書いている、リュックを背負った暗い様子の少年が佇んでいた。
「この箱は……ソフィー村。でこれはロロナ村からで……ルルア村が途中であるからそこでなにか依頼こなして……最後にライザ村で山菜の受け渡し……」
その紙を木箱にペタりと張り付け、少年は表情を落としてもう一つの紙の束にチェックを書き込む。
ペタりと張られた紙にはそれぞれの村の名前が書かれていた。
「こんな夜遅くにわざわざ護衛してくれてありがとねぇ。六道くん」
馬車の操縦席には齢五十程のおばあさんが、馬を扱うために必要な革紐をギュッと握っている。
そのおばあさんが、その少年にありがたそうに言ってくれた。
少年は馬車の裏から声を返す。
「いえ、自分も荷物届けてもらってますから。こんな夜遅くにこちらこそありがとうございます」
「あらそう? なら良かったわぁ」
少年は木箱に縄をまき、木の棒にその縄の先引っ掻けて固定させる。
「準備出来ましたよー」
「そう? じゃあいくわ、ねっ」
パシりと革紐が馬に当たった音を聞きながら、荷馬車はゆっくりと前へ走り出した。
それを合図にして、俺は後ろで腰にかけていた袋から薬草を取る。
リュックから木製のお椀を取り先程の薬草を入れて木の棒でグリグリと潰す。
しばらくすると青白い汁が出てくる。
その汁を筒状のガラス瓶に流し込みある樹皮から俺が造ったコルクをキュッキュッと詰め込む。
その液体をリュックの横ポケットに詰め込み、もう一度腰掛けの袋から薬草を取り出す。
そんな作業を、暗い影を落とした少年は着くまで永遠と繰り返していた。
遠くからガヤガヤとした声が聞こえる。
気になり"俺"は薬草を作る手を止めて、木のお椀を木の箱の上にことりと置く。
おずおずと荷台の後ろから月を背に、横顔をだして目前の景色を眺めると、遠くにアーチ状の高い看板が見えてきた。
ソフィー村と書かれている。
「着いたよー。六道くん」
「かしこまりましたー」
おばさんの伸びた声が耳に入る。
俺はソフィー村と書かれた紙も含めた全部の箱を少しづつ後ろに押し出す。
おばさんが馬車を止めて、それと同時に全ての木箱を外へ持ち出す。
重い……
「ふぅー」
木箱をゆっくりと下ろす。
「あの、ここまでで大丈夫です。ありがとうございました」
「えぇ、こちらこそ。おやすみ」
「はい。あやすみなさい」
俺はおばさんに軽いお礼を言って、布をその場で広げる。その間におばあさんは馬車にのり帰っていった。
そして、布の真ん中にソフィー村の木箱以外の木箱を上縦に並べて置き布で包み込む。
リュックから先程固定するときに使った縄を取り出して、布で包まれた三つの箱とリュックを鎖状に結び外れないようにする。
それを無理やり背負う。
「おっも……」
前方にソフィー村の木箱を両腕で持ち、担当している商店へ木箱を届けに行く。
俺が担当している商店と言ったが、担当があるのが一般的という訳ではない。
師匠の方針が、そういうものというだけだ。
定期的に商品を渡すから、専属でこちらから買ってください。
という方針だ。
まぁ世間的には一般的ではないらしい。
それを知ってもらえればそれでいい。
専属の店は、赤い屋根にレンガ造りの壁、あと草などで作られたカーテンが目印の店だ。
売っているものは織物。
その布や糸、針などの裁縫品も含めてその店に売っている。
店の名前はリンゴだ。
名前の理由は店主がリンゴ好きだから、だったと思う。
「よし、着いた。」
俺は重たげに荷物を一旦下ろして、縄をほどいてそこら辺にある木に縄を括りつける。
ソフィー村と書かれた紙の箱を再び持ち、織物屋『リンゴ』と書かれた看板のある店に入る。
「すみませーん。六道でーす」
織物屋『リンゴ』はとても丁寧な織物を作ってくれることで有名だ。
作る人の手腕が、相当良いらしい。
実際に作っている所を見たこともないし、自分は織物が作れないのでなんとも言えないが
店の内装は、木製でできたカウンターに、同じく木製でできたホール型の机が一つとさらに同じく木製でできた椅子が二つある。
そして、横棒に掛けられた織物が複数あり、そんな織物だけで店を彩っている。
相変わらず綺麗な店だなー。
何時来ても掃除が行き届いている。
そんな事を考えていると、奥のドアからドワーフの女性が出てきた。
ドワーフの女性の特徴は男性とは少し変わって、太っていない代わりに背が小さい。それ以外はだいたい同じで器用で土の異能が得意だ。
「おぉー六道、久しぶりだな」
俺に対して、幼い声が投げ掛けられる。
背が小さく、目付きは優しい目付きで、服装は緑のエプロン姿、中の服は寝る時間なのでパジャマである。
性格は適当で真面目だ。
ん? 矛盾してる?
まぁ……メリハリのある人なのだ。
「こんな時間にどうした?」
「荷物届けに来ました」
「ん? もうそんな時期か?」
「はい。異獣の毛皮です」
箱を開けて中身を出す。
綺麗な白色の皮が大量に入っている。
異獣の毛皮とは、異能持ちの獣の毛皮だ。
特殊な毛皮で普通のナイフで切ろうとしてもナイフが折れる程頑丈で、装備や持ち物袋などによく使われる。
「じゃあ俺もう行きますんで」
「……ちょっと頑張りすぎじゃないか?」
「そうですか?」
「六道は確か過去を思い出したいんだったよな? あってるか?」
「っ、なにかわかったんですか!!」
「……まぁ、もしかしたら」
く……そりゃそうだよな。
そんな急に、そんな簡単じゃないよな。
て……え?
「ま、マジですか!!」
俺はカウンター机の上に乗りだしてドワーフよ女性に聞き返す。
ドワーフの女性は真剣な表情で話す。
「あぁ、でもお前剣使えたよな?」
「はいっ。それなりに」
「……剣の学院に行く気はないか?」
「剣の学院……」
剣の学院……多分世界各国にある。剣術を学ぶための学院だよな。
でもそれと俺の記憶喪失になんの関係があるのか……いや、この人が言うんだ。しっかりと聞いてみよう。
「剣抜祭って知ってる?」
「……確か……強くて実績のある人達のトーナメント選の闘い。だったか……?」
「まぁそれはあってるんだが……じゃあ神具は知ってるか?」
「……神具……」
神具。
名前だけは酒場とかで聞いたことがある。
だが実際どんな物かは知らない。
興味もなかった。
「もっと都会ならお前も勝手に知っていた情報なんだかな……この辺りでしか商売してないもんな……」
「まぁ、師匠の方針でしたから」
俺の商売人としての師匠は、信用が第一という考え方だ。
安さを求めすぎると、相手に怪しまれるからしっかりと適正価格で売る。
そして、長く太い付き合いが信用を生むと考えていたので、基本的に同じ範囲でしか商売しないという方針だった。
なので都会に行った事はなかった。
「ちょいちょい」
ドワーフの女性はホール型の机まで歩き右手でこっちこい、と手をひらひらさせる。
俺は彼女の反対側の椅子に座る。
「まず、これは君の人生最大の決断になると思う。ちゃんと考えて聞いてくれ」
彼女はかわらず真面目なトーンで続ける。
「はい。わかりました」
俺も背筋を伸ばし相手の目をしっかりと見つめて返答する。
「神具ってのは、武器なんだ」
「武器?」
「そう、人の心から創られた人それぞれの武器。それが神具って武器なんだ」
「心から……それって」
「うん。六道の場合多分三年前より前の記憶も含めて武器となる」
「………」
「と思う……」
「………」
「記憶じゃなくても、気持ちはわかるかもしれない……どうする?」
「……やく………だ」
俺は小さく微かな声で呟く。
だが、次は確かな声で俺は言葉にする。
「ようやくだ。ようやく掴んだっ」
その日から俺の瞳には、強い光が点った。