優しい日々
★第3話目
11月11日(土)
当たり前だが、ゆっくりと、そして確実に日々は流れている。
学園生活はそれなりに面白い。
豪太郎や金ちゃんに多嶋と言った気の置けない友人達や、小山田に長坂、跡部と言った軽口を言い合えるガールフレンドに囲まれ、愉しい毎日を過ごしている。
そしていづみチャンと言う、悶絶可愛い彼女もいる。
何も問題は無い。
全てが満たされている。
「でも……何かが違うんだよなぁ……」
梅女近くのコンビニ前で、カフェオレを啜りながら俺は何気に呟いた。
そう……何かが違うのだ。
ただ、それが何なのかは分からない。
この心休まる平穏な日々……
代わり映えのしない日常……
なのに俺の心の中には、常に得体の知れないモヤモヤした物が渦巻いている。
……
思春期だから、精神のバランスが崩れているのだろうか?
「いづみチャンと遊んでいる時は、普通にテンションが高くなるんだけど……それでも、何かちょっと違うと言うか……俺の人生って、こんなに普通だったかな?」
もっとこう、波乱万丈な日々を過ごしていた様な気が……
「ま、良っか。平和が何よりだ」
そんな事を独りごち、腕時計に視線を落とす。
もうすぐ、いづみチャンがやって来る時間だ。
部活を終えた彼女と、一緒に散歩しながら家まで送り届ける……それが最近の、俺の日課だ。
健全なる、お付き合いなのだ。
決して、殴られたり呪われたりはしないのだ。
「……って、殴られるってどーゆー意味だよ」
自分で自分の考えている事に苦笑を溢していると、
「洸一クン♪」
スポーツバッグを肩から提げた彼女が、小走りに駆け寄って来るところだった。
「よぅ、いづみチャン。お疲れさん」
「今日はそんなに疲れてないよぅ」
彼女は、此方の頬が思わず緩んでしまうようなニッコリ笑顔で言った。
「大会も終わったからね。今は普通の練習だよぅ」
「うむぅ……普通の基準が分からんぞよ」
ブラブラと駅前へ歩き出しながら、俺は尋ねる。
「ほら、梅女ってスポーツも盛んじゃん?だから普通って言っても、スポ根ばりにキッツイ練習してるんじゃなかろうかと思ったんじゃが……」
「う~ん……どうなんだろう?ほら、ウチの学校ってお嬢様が多いでしょ?だから余り厳しい練習はしてないと思うんだけど……洸一クンの学校はどうなの?」
「どうもこうも……俺の学校は、スポーツでは底辺に近いんじゃない?野球部なんて、10年連続一回戦コールド負けと言う記録を打ち立てたんだぞ。最早、何の為に存在しているのか分からんわい」
「そう?でも空手部とかは強いって聞いたけど……」
「空手部か……」
ん?
あれ?
「どうしたの洸一クン?」
「いや、何故か不意に膝が震えだした。何でじゃろう?」
首を捻りながら歩いていると、何時しか駅前のショッピングモール。
土曜と言う事だけあってか、かなりの賑わいだ。
「どうする、いづみチャン?時間もまだ早いし、どこかでお茶でも飲んでく?」
「……」
「はにゃ?どうしたの、いづみチャン?」
「ん?ん~……」
いづみチャンは口元に指を当て、何故か俺から視線を逸らすと、
「洸一クン。今日の予定は?」
「え?今日?いや、別に何も予定は無いぞよ」
家帰って飯を食うだけだ。
「そっか。だ、だったらさぁ……」
煌く瞳が少しだけ潤み、いづみチャンは何やら意を決したような面持ちで何か言いかけるが、
「ちょ、ちょっと待ったッ!!」
俺は慌ててそんな彼女を制止した。
「あのぅ……一つだけ言っておくけど、いづみチャンのお家にご招待、ってのは勘弁してくだちゃい。心からの願いです」
さすがの俺様とて、二週連続でダンディ様と相見えるだけの鋼の心臓は持ち合わせていない。
最悪、身心に異常を来たし、彼奴を刺してしまうかもしれん(謎
だが彼女は、そんな俺の悲痛な願いに瞼を瞬かせ、ついで頭をフルフルと振ると、
「ち、違うよぅ」
と言って苦笑した。
「そ、そっか」
いやぁ、良かったぁ。
俺は思わず「ホフゥ」と大きな溜息。
するといづみチャンが、
「そんなに……お父さんと会うのが嫌なの?」
と、少しだけ咎めるように聞いてきた。
「い、いや。そーゆーワケじゃないんだが……な、なんちゅうかさぁ、肩が凝ると言うか……余りにもダンディー過ぎて、こっちが気後れしちゃうと言うか……」
「ぜ、全然分かんないよぅ」
プゥ~と頬を膨らませるいづみチャン。
「そ、そうか。やっぱその辺、女と男は違うのかなぁ」
俺はポリポリと頭を掻きながら
「ところで、何の話をしてたんだけっか?」
と尋ね返した。
「そ、そうだよぅ。あのね、その……もし良かったらね、今日の晩御飯、私が作ろうかって言おうとしたのに……」
「え゛ッ!?」
俺は思わず立ち止まって、彼女の可愛い顔をジッと見つめてしまった。
「ば、晩御飯って……お、俺の家で?」
「う、うん」
「マ、マジっすか?」
「マ、マジっす」
コテンと頷き、エヘヘヘ~と照れに照れるいづみチャン。
もちろん、この俺様もテレテレだ。
い、いづみちゃんが……可愛い彼女がこの俺様の為に手料理を……
真心と愛情がふんだんに散りばめられたディナーを……
む、むひょーーーーーーーーーーーーッ!!!(心の中の歓喜の声)
ありがとう、ロマンスの神様ッ!!
この寿ぎをどう表現すれば良いのだろう?
取り敢えず電柱に登って、ご町内の皆様に声高に宣言しなければ!!
「神代洸一。ごっつ嬉しいじゃけんっ!!」と。
もちろん、そんなお馬鹿でアレな行動はしない。
何故ならいづみチャンが見てるからだ。
ここは一つ、ニヒルでダンディに喜びを表現しなくてはッ!!
俺は取り敢えず拳を固く握り締め、それを天に突き刺しながら吼えた。
「我が生涯に悔いなしッッッ!!」
ベランダで洗濯物を取り込んでいた何処ぞのオバちゃんが、何事かとギョッとした顔でマジマジと見つめてきたが、俺は熊のように両の腕を掲げながら、ウシャシャシャシャ―――――――ッ!!!と吼えて威嚇してやった。
無論オバちゃんは、何だか恐ろしいものを見るような顔付きで家の中に戻って行く。
うむ、ミッション終了なり(謎
「そ、そんなに大袈裟に喜ばないでよぅ」
いづみチャンが顔中を真っ赤に染めながら、俺の頭をポクンと小突く。
「は、恥ずかしいよぅ」
「いやいや、喜びは大きく体で表現しろと、亡き父が言っておったからな」
「洸一クンのお父さん、生きてるじゃないのぅ」
「いや、あれは偽者だ。多分」
現在名目上の父親は、本当の父さんでは無いと俺は信じている。
きっと俺の本当の父は、もっとダンディに違いないからだ。
うむ、いつか出生の秘密を暴いてやるぞ。
「そ、それじゃあ……どうしようか?」
俺はワクワクドキドキウヒャヒャヒャヒャと言った感じで、いづみチャンの手を取り尋ねた。
「い、一旦帰ってから……着替えてウチに来るか?そ、そして……一緒にお買い物に……い、行こうか?」
「う、うん。それが良いね」
俺の意見に、ニコッと微笑む彼女。
「う、うんうん。一緒にお買い物かぁ……な、なんか、これぞ青春って感じじゃのぅ」
「じゃあ……急いで着替えてくるから……ま、待っててね」
そう言って、手を振りながら駆け出していくいづみチャン。
俺はそんな彼女の後ろ姿を、感動で胸を一杯にしながら見つめていた。
いやはや……
彼女と正式に付き合い出してから、早1ヶ月。
純な俺達も、ようやく何かが変わり始めるような予感。
「……っと、こうしちゃおれんな。僕チャンもダッシュで家に帰らなくては」
俺はそう独りごちり、そのまま駆け足でその場を後にしようとするが……
「ん?」
目の前に、先程のオバちゃんが何だか嫌な顔をして、俺を指差しながらお巡りさんと喋っている姿が……
はて?何か事件でもあったのだろうか?