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旅立ち


★第25話目


 家のソファーにどかっと腰を下ろし、俺は「フゥ~」とやるせない溜息を吐いた。

別れ際、師匠は

「まどかチャン達を探すと言うのなら、それは辛く長い旅になるじゃろう。下手すりゃ死ぬかも知れん。そしていづみチャンと平和に暮らしたいと言うのなら、それもまた良し。何故ならこの世界……今の世界は、神代君が本来歩むべき世界なのじゃからな。そしてどちらを選ぶか……選択肢を委ねられたのは神代君じゃ。君がどの道を歩もうが、誰も責めはせんよ」

と言った。


「……何の不安も無い、愉快で楽しくて……大好きないづみチャンと幸せな未来を選ぶか……それとも、毎日が少々危険な、ぶん殴られるわ呪われるわ、生傷が絶えない、まったく予想不可能なまどか達との未来を選ぶか……」

俺はそう独りごち、居間の傍らで呑気に寝ている黒兵衛に向かって、

「おいジャングル。お前だったら、どっちを選ぶ?毎日食っちゃ寝の生活か、毎日野良の生活か」

と何気に尋ねた。


「……ナァブゥ」

黒兵衛は暫らく考えた後、短くそう鳴いた。

気のせいかもしれないが、『んなもん決ってるだろうが。この俺様は自由に生きるのよ』と言っているように聞こえる。

何だかおっとこ前な猫だ。


「そっか。与えられた幸せを享受するよりは、己の手で未来を築いて行く方が良いってか……」


「ニャブゥゥゥ」


「……そっか。何となく、俺もそんな気がしてるんだよ」

でも俺、まどか達の事も好きだが、いづみチャンの事も、大好きなんだよなぁ……



……ん?

気が付くと、廊下から電話のベルが聞こえた。

ありゃりゃりゃ?うたた寝しちまったか……

寝惚け眼で辺りを見渡すと、既に外は夜の帳が降り始めていた。


――リ~ンリ~ン……♪


「は、はいはいっと…」

俺は強張った筋肉を解すように背を伸ばしながらソファから起き上がると、覚束無い足取りで廊下へ出て、先程から鳴りっぱなしの電話を取った。

「はい、もひもひ、神代っスけど……」


『あ、洸一クン?』


「……」

一気に目が覚めた。

「い、いづみチャンかっ!?いづみチャンなのかっ!?」


『エヘヘ~♪いづみチャンなのですよ♪』

屈託の無い、明るい笑い声が受話器から聞こえてくる。


いづみチャン……

その声を聞いただけで、俺は彼女の肌の感触から匂いまで、全て鮮明に思い出す事が出来た。

いづみチャン……いづみチャン……

俺の側に本来居るべき彼女。

今もし仮に、君がこの場に居たなら……俺は何も悩まなかっただろう。

君をギュッと抱きしめて、全ての不安を取り除いたに違いない。


「い、いづみチャン…」


『エヘヘ~♪洸一クン、おはよう♪』


「あ、おはよう。……って、何で昼寝してたって分かるんだッ!?」


『あ、お昼寝してたんだぁ』


「あ、いや……ちょいとウトウト……な」


『実はですねぇ……こちらは今、朝なんですよ』


「……はい?」


『あははは♪日付け変更線を越えてるから……』


「あ、そうかぁ…」

日付け変更線って、何だ?

「と、ところで……どうだい、そっちは?ヨーデルを奏でながらホルンを吹いてるかい?」


『よ、よく分かんないけどぅ……うん、すっごく楽しいよぅ♪』


「そ、そっか。……そいつは何よりだ」


『う~ん、でもね、今度は洸一クンと二人で来たいなぁ』


「お…おうッ!!スイスだろうがチョモランマだろうが機械の体をくれる星だろうが……いつか、いつか必ず俺様が連れて行ってやるぜ」

そう……

帰ってきたら、ちゃんとするから……

もう一度、君の笑顔が見たいから……

もう一度、君を抱き締めたいから……

だから今は、暫しのお別れだ。


「いづみチャン」


『ん?なぁに洸一クン?』


「そ、その……大好きだよ」

そう、必ず……俺は必ず戻ってくるからな、この世界に。



「うむ。準備は……万端だな」

俺は自室で、大きくパンパンに膨らんだリュックを見つめながら独りごちた。

「テントにシュラフに調理器具に……非常食のバナナと護身用にナイフも研いだし、胃腸薬と傷薬もOK。お守りも持ったし、遺書もしたためた。後は……別に無いかな?」


「ナァァァブゥゥ」

黒兵衛がチョコンと座りながら、俺を見上げるようにして鳴く。


「ん?貴様も付いて来るってか?」


「ブニャ…」


「……そっか。ま、好きにすれば良いさ。いざとなったらお前は盾にもなるし、非常食にもなるだろうからな」


「ナブッ!?」


「……冗談だ」

俺は苦笑しながらそっと黒兵衛の頭を撫でた。

ごつごつした、相変わらずガッカリするような手触り。

だけど少しだけ、不安な気持ちが薄れて行く。

「……二人して、みんなを見つけような」


「ニャブゥゥ」


「……」


「……ブニャ~ン」


「……よしっ。行くとするか、黒兵衛ッ!!」



重い荷物を背負い、俺は覚束無い足取りで裏山の神社へ向けて歩いていた。

すれ違う人が奇異の目で俺を見やる。

ま、それも仕方の無い事か……

満月が浮かぶ晩秋の夜道を、悲壮感漂う顔付きで、大きな荷物を背負って歩く男一人と猫一匹。

何処から見ても夜逃げ候で御座る。


「……なぁ黒兵衛」

俺は目の前をトテトテと歩く黒猫に、何気に声をかけた。

「のどか先輩達……別次元に行ったと聞いたんだが……別次元って、どんな世界なんだろうなぁ」


「……ブニャ」

前を見ながら黒兵衛が短く鳴いた。


「なんちゅうか、今、俺達がいる世界と同じような世界なのか?パラレルワールド的な。それとも、全く見た事も無いような不思議時空なのか……どっちなんだろう?」


「……ナァブゥ」


「ハァ~……ま、考えてもしょうがないか」

とにかく、詳しい事は師匠に聞いてみないと何も分からないのだ。

今からあれこれ悩んでいても、単に不安が増すだけの事。

「行き当たりバッタリが、俺の座右の銘だからな。ま、どうにかなるっしょ」



ゼーゼーと息を切らしながら、社に続く長い石段を登り終えると、そこには月光を背に、謎の鎧武者氏と魔神グライアイが立っていた。

って、あれ?我等が師匠は?


「ふむ……来たようじゃな、人の子よ」

裏地を鮮血のような朱色に染め上げたマントを靡かせ、恐るべき魔神とやらの二つ名を持つ魔界屈指の実力者であるグライアイが、微苦笑とも言うべき笑みを湛えながら、

「怖気づいて逃げ出したのかと思うたわえ」


「……プルーデンスとリステインに約束したからな。それにグライアイにも、あん時の借りを返さんとアカンし」


「ふむ、殊勝な心掛けじゃ」


「ありがとよ。それよりも師匠は……」


「ん?師匠?」

微かに首を傾げるグライアイ。

と謎の鎧武者氏が、スッと一歩前に出て、

「かの者は、この地での役目がある」


「し、知り合いなんですか?」


「……かの者また、因果の狭間に身を置く者」


「は、はぁ…」


「神代洸一よ。彼女との幸せより、辛くて長い旅を選び……後悔はないか?」


「……わ、分かんねぇーッス」

何故なら俺は馬鹿だからだ。

ま、それだからこそ出来る事もあるのだが。

「ただ、定められた運命なんてクソ食らえって思って……優しく言うとウンコ食べろって事ですよ」


「しかし、何やら仰々しい出で立ちじゃな」

と、苦笑しながらグライアイ。

「その額に巻いた【神風】と書かれた鉢巻は……一体何じゃ?」


「ふ……男の勲章よ」

時間があれば千人針の腹巻も持参したかったがな。

「それより……これから俺はどうすれば良いんだ?ここへ来いって言われただけなんだけど……」

俺はグライアイ、そして謎の鎧武者氏を見ながら尋ねた。


「……神代洸一。グライアイの居城を拠点とし、探索の旅に出るのだ」

謎の鎧武者氏はそう言うと、ツイと視線を魔神に向けた。

銀色に輝く山羊角を持つグライアイは腕を組み、

「今回だけは特別に無償で、そなたに協力してやろう。有り難く思うが良いぞ、人の子よ」

と、何だか超恩着せがましく言った。


「グライアイの城か……そう言えば、プルーデンス達と冒険した時は、あんたの城を目指してたんだよなぁ……」

懐かしい思い出だ。


「ふふ、そう言えばそうじゃったな」


「しかし只で助けてくれるのは有難いんじゃが……言い方は悪いけど、何か裏があるんじゃね?」


「……ふむ、中々に賢しいな、人の子よ」


「あ、やっぱり……」


「案ずるな。そなたの目的が妾の宿願に合致しただけじゃ。そもそもそなたは媒介者じゃからな。プロセルピナに対する抑止力にもなろうて」


「さよう」

謎の鎧武者氏が重々しく口調で頷いた。

「彼女は彼女で成すべき事があるのだ」


「ぬぅ…良く分からんけど、分かりまちた。で、俺はグライアイに付いて魔界へ行けば良いんですよね?う、うぅ~ん、いきなり魔界か……大丈夫かなぁ」


「ふ……心配するな、神代洸一。魔界の住人と言うのは、人間よりよほど温厚に出来ておる」


「う、うそーーーんッ!?」

だって俺、前に行った時はいきなり襲われたじゃん。

しかもついこの間も、この神社で殺されそうになったじゃんか!!

洸一史上、稀に見る大災難が起こったで御座るよ?


「魔族が悪で神族が善などというのは、宣伝によって植えつけられた常識に過ぎん。魔族は魔族で秩序ある社会を構成し、そこで日々真面目に生きておる」


「ぬ、ぬぅ……」


「どの世界にも跳ねっ返りと言うのはおる。それにお前を襲ったのも、それが上からの命令だから仕方あるまい。上司の命令に逆らう部隊なぞ、どの社会にも存在はせぬぞ」


「そりゃまぁ……確かに」

言ってる事は、何となく分かるのだけど……

俺はチラリと、謎の鎧武者氏の横に佇むグライアイに目をやると、

「何じゃ人の子よ?妾の顔を見つめて……何か不満でもあるのかえ?」

ギロリと突き刺すような視線で、魔神はそう言った。


「い、いえ別に……」

なんちゅうか、とても温厚には見えませんぞ。



「ふむ。それでは行くとするかえ、人の子よ」

グライアイがそう言うと、謎の鎧武者氏は軽く頷き、

「その前に神代洸一。お前にこれを預けておこう」

空中で手を振ると、まるで手品のようにその手には一振りの鞘に収められた日本刀らしき物が握られていた。

茶漆塗りの素朴だが味わいのある拵えをしている日本刀だ。

柄の部分や鍔は少々年代から来る古さを感じるが……


「この刀を俺に?」

俺はそれを受け取り、鎧武者氏を見やる。

そう言えば以前にも、『ショートソード+2』を貰ったけど……


「冒険の役には立つだろう。サムライブレード+2だ」


「……」

何か微妙なアイテムだ。

10回ぐらいガチャを回すと3つほど出て来そうだ。


「……ふ、冗談だ」


「は?」


「その剣……刀は、羅洸剣と言う。またの名をベイルトーク」

鎧武者氏がそう言うと、グライアイが目を大きく見開き、

「な、なんじゃと…」

と呟いた。

足元の黒兵衛も、ブニャブニャと何やら鳴いている。


「羅洸剣……っスか」

何やら仰々しい名前だし、グライアイの驚きからして……もしかしてスーパーレアな武器か?星が4つぐらいの。


「普通の人間ならとても扱えないが、媒介者であるお前なら、それも可能。今はまだ満足に使えぬだろうが、魔力の濃い魔界にて、それの扱い方を習熟して置くが良い。何れ役に立つ時が来る」


「うっス。了解ちまちた」

俺は鎧武者氏より預かったその刀を腰に結わい付け、

「良し。んじゃグライアイ……いっちょ頼むぜ」


「あ、あぁ……」

と、魔神グライアイは何故か微かに戸惑いを見せながら頷くと、一度大きく息を吐き出し、先程とは違い真剣な表情で、いきなり片腕を水平に振るった。

それと同時に、足元に大きな魔方陣が描かれ、それが淡い光を放っている。


「おおぅ…」


「ふむ……ところで、このまま人の子を連れて行っても良いのかえ?プリスエンス等の固定具を使わなくても良いのかえ?」


「へ?」


「心配無用」

そう答えたのは鎧武者氏だった。


「そうかえ」


「え?いや……何のこと?」


「ん?そなたをこのまま魔界へ移動させると、この次元世界が崩壊するのではと思うてな」


「え?え?」


「人間の一人や二人が消えても影響は殆ど無かろうが、そなたは媒介者と言う因果を背負っているのでな。次元世界に与える影響も大きかろうて」


「い、いや崩壊って……」

この世界が、消えるって事か?


「案ずるな、神代洸一」

鎧武者氏は厳かな口調でそう言うが、面頬の奥はどこか苦笑を溢しているようでもあった。

「既に手を打ってある。お前が別次元へ転生しようが、この世界はこのままの状態を維持する」


「……なら安心だ」


「うむ。ならば妾から離れぬよう、しかと手を握るのじゃ」


「お、おうっ」

俺は片手で黒兵衛を抱き抱え、グライアイの意外にも小さな手をキュッと握り締めた。

少し冷たくて湿っている皮膚の感触。

何だか知らんが、少しだけドキドキしてきた。

まるでウブな坊やが、隣のお姉さんに悪戯されている気分だ(謎


「それでは行くぞえ」

グライアイの短い掛け声と共に、足元の魔方陣がその輝きを強めるや、不意に周りの景色がボンヤリと霞み掛り、次の瞬間、まるでいきなり地面に穴が空いたかのように、物凄い勢いで垂直に落下していく感覚に囚われた。


「―――ッ!?」

声にならない恐怖。

頭の血が急激に下がり、心臓がキュ~となる感覚。

飛び降り自殺はこんな感じなんだなぁ~と悟ってしまうが、それでいて無数の光点のような景色が、目の前から後ろへと流れて行く。

体感的には落ちているのに、実際には立ったまま前方へ進んでいると言うのか……ともかく、感覚と光景が矛盾していて、何だか少し気分が悪くなってきた。


「こ、怖いっス……」

思わずギュウ~と彼女の手を握り締める俺。

黒兵衛はブルブルと震えながら俺の胸にしっかりと爪を立ててしがみ付き、あまつさえ何だか猫ション的なモノをお漏らししている。

うむ、後で懲罰房へ送り込まなければ。


「……案ずるな、人の子よ」

ちょこっとだけ優しい口調で、グライアイは言った。

「直に辿り着く。それに、慣れればなかなか乙な景色であろ」


「お、乙って言うか……」

俺は恐る恐る顔を上げ、流れる景色を眺めてみるが……それは単に短い無数の光条が後へと流れているだけだった。

「な、なんちゅか、SF映画で良く見かける、ワープしている画面っちゅうか……」


「そなたの言う事は良く分からぬが……あの光の点の一つ一つが、別次元への入り口じゃ」


「マジか?別次元って……パラレルワールド的な?まさかこの中のどこかに、みんなが紛れ込んでいるのか?」


「さようじゃ。人界と言うのは、我等や神族の住まう天界とは違い、多次元で構成された世界じゃ。それも時の造物主の影響を強く受けておるので、かように千差万別の世界を構築している」


「よ、良く分からんが……そっかぁ……これが全て、違う世界なのか……」


「そなたの住んでいる世界に近い世界も存在すると思うがな」


「ぬぅ…」

俺はキョロキョロと流れる光点を見渡すが、その数は膨大と言うしか表現が見つからなかった。

しかもその一つの次元における広大な世界の中で、たった数人の人間を見つけるなんて……

なんちゅうか、先行きは真っ暗どころかドス黒い。

考えただけでゲロ吐きそうだ。


「どうして俺の人生は、ワクワクするくらい困難な道が多いんだろうなぁ……」

思わず口から泣き言を漏らすと、グライアイは微苦笑を湛えながら、

「心配するな人の子よ。そなたの探索は、必ずや成功するであろう」

と言った。


「ど、どうして分かるんだ?」


「ん?」

チラリと横目で俺を見つめながらグライアイ。

「ふむぅ……ま、勘じゃな」


「か、勘ねぇ……アバウトな御意見ですな」


「そなたは媒介者じゃからな。この一連の流れ……全てが造物主によって仕組まれたと妾は思うておる。故に、苦労はするが失敗はしないであろう」


「またしても良く分からんのだが……」

ま、何はともあれ、今はグライアイの勘とやらを信用して、出来る限り頑張るだけだ。

待ってろよ、みんな……

俺が必ず、元の世界に戻してやるからな。

……

あのクマ女を戻すのは、少々アレだけどね。











諸事象により更新は少し遅れますが、

まだまだ続きますよw

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