真実の扉
★第23話目
「……は?」
師匠の言葉に、俺は数度瞬きを繰り返し、
「え?」
と、もう一度聞き返した。
師匠はそんな俺を見て、可笑しそうに笑いながら、お茶を一啜り。
「ふふ……少しは思い当たる事があるのではないかね?神代君」
「そ、そりゃ確かに……まどかや真咲姐さんは、プルーデンスとリステインに似ていますけど……」
「それ以外にもあるだろ?例えば、どうしていきなり複数の女の子……しかも可愛い子達ばかりと仲が良くなったとか、健気で可愛い幼馴染が居たり、はたまた世界有数の財閥の御令嬢とも……運命の出会いにしては、些か出来過ぎだとは思わないかね?」
「幼馴染に関しては論外ですが……確かにそうですね。恋愛ゲームだったら、クソゲーも良いところのご都合主義な展開ですね」
俺は腕を組み、う~むと唸る。
「でも、何かやっぱり、少しおかしくないですか?」
「どこがだね?」
「や、順序がおかしいでしょ?だって俺、のどか先輩に頼まれて魔界へ行って……あ、もしかして先輩は、リステイン達とは無関係とか……」
「それだったら、この世界から消えたりはしないぞ」
師匠はそう言って、口をへの字に曲げると、
「そもそも、因果律と時の流れはあまり関係がないのだ。例えば……Aと言う事象が起きBを経てCと言う結果が出るとする。通常なら、時の経過と共にABCと言う感じで流れる。だが、複数の因果か複雑に絡み合うような特殊な因果律の場合は……」
「時系列的に原因と結果が連動しないとか?」
「そう言う場合もある。例えば10年先に起こる出来事が、現在の時間軸に何かしら作用を及ぼしているとかな」
「よ、良く分からんですたい」
「ワシもじゃよ」
師匠は苦笑を溢した。
「まぁ、因果律だの時の流れなどは、人知を超えた存在、造物主の領域の話じゃからな。全て理解する方が無理と言うモンじゃな」
「なるほど…」
「さて、話を戻すが……リステインやプルーデンスの生まれ変わり、この人間界に転生したのがまどかチャン達、と言うのは理解できたかね?」
「えぇ……まぁ、何となくですが」
「半信半疑のようだが、ま、それを前提として話を進めようか。その前に、お茶をもう一杯と……」
「どうぞ」
「うむ。さて……魔族のリステインと神族のプルーデンス……かの者達は魂を分割させ、この人界へ人間として転生した。それにより、この次元世界はかなり不安定な状況となった」
「不安定な状況?」
「そうじゃ。人間の住まう次元世界と言うのは、神界や魔界と呼ばれる世界とは、また少し違う構造でな。その辺の事は難しいので今は割愛するが……要は、人間界と言うのは、秩序正しい世界だと言う事じゃな」
「は、はぁ……」
「そして正しい半面、中々に融通が利かない。分かり易く言えば、この人間世界では、魂の総量が決まっている、と言う事じゃな。ま、ある程度は柔軟に対応出来るが、それでもいきなり、この世界に元から存在しない魂が幾つも増えれば、世界は不安定ともなろう。しかもそれが、元は異世界の住人と言う特殊な因果を持つ者達なら尚更じゃな」
「……なるほど」
「例えは少々悪いが、まどかちゃん達は、この世界からしてみれば異物じゃ。体内に入ったウィルスのようなものじゃな」
「だから消したと?」
「……結果的にはそうじゃが、そう簡単な話ではない。そもそも異分子として排除するなら、転生した直後で良かろう?」
「確かに……そうですね」
「この世界の意思……意思と呼べるかどうかは知らんが……は、当初、彼女達を受け入れた。そして彼女達が存在する歴史を作った。それは何故かと言えば、君を守る為だ」
「お、俺ですか?」
「そうじゃ。神代君、君の因果は特別だ。分かるだろ?何しろ魔界へ赴き、そのまま帰って来たのだから。その影響からか、この世界には君を基点にした因果律が数多存在している。そして彼女達は、その因果に深く係わっている。故に、この世界は彼女達を受け入れ、不安定ながらも適宜修正しながら時を刻んでいた」
「……でも、それが崩壊したと……」
「うむ。どうしても避けられぬ運命……君の持つ因果と深く関わり合う別の存在がおったからじゃ」
「俺と深く……そ、それって、もしかして……いづみちゃんですか?」
「……ご名答じゃ」
師匠は呟くようにそう言うと、深く溜息を吐いた。
「彼女は……何と言うのかな、例えるなら、神代クンが主人公のゲームがあったとする。そのゲームにおいて、メインヒロインの役を演じるべき女の子だったのじゃ」
「……」
「彼女との出会いは因果律に拠って定められた運命じゃ。そしてまた、まどかチャン達の仲も、別の因果律に拠って縛られた運命じゃ。この二つの異なる因果律が交わる時、そこに混沌が産まれる。それは次元世界の崩壊を意味する」
「……」
「いづみチャンと出会ったのは、夏だったじゃろ?だから、あの夏を境に、まどかちゃん達はこの世界から削除された」
「夏……ですか。確かに、ラピス達のメイドロボ展示会のドタバタが最後でした……」
「……夏休みに入るとすぐ、君はいづみチャンと出会う。これは運命だ。まどかちゃん達がいようが、君はいづみチャンと出会っていただろう」
「むぅ……」
「まどかチャン達が存在しつつ、いづみちゃん知り合う。それは本来、交じり合う事の無い因果だ。故に世界は、まどかちゃん達の存在を消した。そしてこの次元世界は、本来あるべき、安定した世界へと戻った。これが真相じゃな」
「つ、つまり……この俺の住む世界、俺の人生ってのは、本来は普通の世界で……魔法とか異世界とか、そんなファンタジィな世界じゃなくて……それがプルーデンス達の生まれ変わりと言う闖入者が出現したから、おかしくなって……けど、結局は元通りになったと……そーゆーことですかい?」
「有り体に言えば、そうじゃな」
師匠はゆっくりと座っているソファーに凭れかかり、
「まぁ、それら含めて全ては、更に大きな因果の流れの一つなんだが……」
「え?な、なんですか?」
「ふ……何でもないさ、神代君。ま、難しい所はかなり端折ってしまったが、これで何故、まどかちゃん達がこの世界から消えてしまったのか、その理由は分かったじゃろ?」
「は、はい」
俺はコクコクと頷き、そして大きく唾を飲み込む。
聞きたくても、怖くて聞けなかったが……
「あの……まどか達は、どーなったんですか?もしかして、その……」
「……心配せんでも良いぞ」
師匠はそんな俺の不安を察してくれたのか、穏やかな口調でそう言った。
「別に消滅したと言うワケではない。確かにこの世界での肉体は滅んだが、魂は無事だ。と言うか、一度存在した魂を消し去る事は誰にも出来ん」
「そ、そうですか。それで……」
「ふむ……推測じゃが、魂の許容量にゆとりのある、いくつかの別次元へ転生したのではないかな」
「別次元ですか?」
「恐らくな。そこでまた、別の人間として生活している筈じゃ。もちろん、生まれ変わったので何もかも忘れてはおるが」
「ぬ、ぬぅ…」
そっかぁ……ちゃんと生きてるんだ。
良かった。本当に良かったよ。
でも、別次元って……どうやって探し出せば良いんだ?
「さて……今日の所はこれぐらいにしようかの」
「え?」
「時計を見てみぃ……もう夜中の2時じゃぞ。色々あったが、今日はこの辺りでお開きじゃな。また明日、話そうではないか。これからの事をな」
「そ、そうですね。そう言われたら、何だか急に眠くなってきましたよ。……黒兵衛なんか、既に熟睡中だし」
「ふふ……今日の所はゆっくりと寝るが良いぞ、神代君。そう……今日のところはな」