急転直下にファンタジィ
★第20話目
「……フンッ」
短い声と共に、俺は首を掴まれたまま放り投げられた。
ズサササーーーッ!!と砂埃を上げながら境内を転がる。
「ぐ…」
な、なんだ?
一体、何事が起こってるの?
まさか……いきなり喧嘩を売られましたか?
この俺様が?
見ると石段に続く境内の出入り口付近に、一人の男が立っていた。
月明かりを背負っているので顔は良く分からないが、ちょいとロン毛で細身の男だ。
しかも何故かその瞳は爛々と不気味に輝いている。
眼球方面に何かしら障害でも抱えているのだろうか?
「ど、何処のどいつだか知らんが……上等じゃねぇーかッ!!」
ガバッとカッチョ良く立ち上がり、ビシッと悪漢を指差し吼える俺。
多少掴まれていた首筋が痛むものの、そこはそれ、普段からまどか達の責め苦に耐えてきたこの身には怪我一つ無い。
我ながらアメ車のようなボディーだ。
「てめぇ……この俺様を、ご近所の有閑マダム達が『何ざんしょ?あの惚れ惚れする好青年は?』と噂しちゃう、人呼んで学園の突撃二等兵!!ゴッドハンド神代洸一(後期型)と知っての狼藉かッ!!」
「……」
「こ、こんにゃろぅ……シカトか?シカトするってかッ!!」
俺はそのまま得体の知れない男に向かって突っ込みつつ、いきなり渾身の右を繰出した。
もはや話し合いは不要。
『やられたら3倍返し』が今月のモットーなのだ。
「く、喰らえ!!洸一ぐれいとマグナム(黒岩流)パーンチッ!!」
――説明しようッ!!
洸一ぐれいと(以下略)パンチは、物凄くデリシャスなのだッ!!
「うりゃぁぁぁぁぁーーーーッ!!」
気合と共にブンッと大気を引き裂きながら、黄金クラスまで高めた拳が唸る。
だがしかし、
「……くだらん」
その男は吐き捨てるようにそう呟くと、まるで蝿でも叩き落とすように、俺様の拳をいとも簡単に払い除けた。
「――ンなっ!?」
う、うっそーーーーーーんッ!?
この俺のパーンチは、まどかと真咲姐さんに散々鍛えられた逸品だぞ……
「……おい人間。もう一度聞くぞ」
呆然と立ち尽くしている俺に、ただならぬ気配を発しながら男がズイッと近付く。
「番人共をどこに隠した?」
「な、なんの事だ?」
「……とぼけるな。狭間の地より、貴様の残した僅かな痕跡を頼りに、この次元世界に辿り着いたのだ。早く白状した方が身の為だぞ。人間如きが――」
と、その男が何か言いかけた瞬間、
「シャーーーーッ!!」
それまで威嚇の態勢を取っていた黒兵衛が、いきなりその男に向かって飛びかかった。
「……チッ」
黒兵衛の不意の攻撃に、身を仰け反らす正体不明の男。
――チャンス到来ッ!!
俺はそのままヤツの軸足に狙いを定め蹴りを放つが、
「使い魔風情が……」
いきなりその男は不完全な体勢のままで黒兵衛を掴むと、それを思いっきり俺様目掛けて投げつけてきたのだ。
しかも俺様は既に蹴りのモーションに移行中。
憐れ黒兵衛はものの見事に俺の放った蹴り足にぶち当たり、「ブギャンッ!?」と悲しい叫び声を上げて場外ホームランの如き遥か森の向うへ吹っ飛んで行ってしまった。
「て、てめぇ~……」
スマン黒兵衛ッ!!
仇は俺が討ってやるからなッ!!
ってゆーか、死んでないだろうなぁ……
★
「こんにゃろう……動物愛護団体が黙っちゃいねぇーぜッ!!」
蹴り飛ばしたのは自分だが、それはさて置き、俺はもう一度、黄金域まで高めた拳を繰出した。
「喰らえッ!!洸一奥義、エグゼドエグゼスッ!!」
――説明しなければならない!!
洸一奥義は、そこはかとなく貴族的でエレガントで、時々画面がチラつくのだ!!
「死ねッ!!死んで黒兵衛に詫びろッ!!」
だが彼奴はまたもや俺様の攻撃をいとも簡単に躱すと、
――ガシッ!!
おもむろに腕を伸ばし、俺の首を掴んだ。
そしてあろう事かそのまま持ち上げたのだ。
「……下らんお遊びに付き合っているヒマはない。番人共をどこへ隠したのか……さっさと吐け」
「はぅぐぅぅ…」
彼奴に首を掴まれたまま俺様宙ぶらりん状態。
頚動脈が圧迫され、何だかとても良い気持ちになってきた。
「は、吐け……と言われても……」
この状態で何を言えというのだ?
ってゆーか、番人って……一体、何の事?
「さぁ、早く言わないと……本当に死ぬぞ?」
嫌な笑みを浮かべながら、彼奴の指にググッと力が加わる。
「はぅぅぅ……い、言います。あぅぅぅ……言いますよぅ」
「……ふん。手間を取らせやがって」
苦笑しながら、奴が俺の口元に耳を近づけた。
「さぁ、早く言え」
「はぅぅ……け……け……」
「……け?」
「拳王のクソ馬鹿野郎…」
「……」
俺の首を締めている指に、物凄い圧力が加わった。
「ぐはッ!?」
「馬鹿が。よほど死にたいらしいな。……人間め」
「はぐぅぅ…」
あ、あかん。お、俺様もここまでか……
って、何で死ぬのか理由は分からんが、実にまぁ、幸の薄い人生だったにゃあ……
・・・
・・・
・・・
『……よし洸一。今日は正面から胸座や首を掴まれた時の対処の仕方を教えてやろう』
「いきなりなシチュエーションですな。けど、胸座を掴まれた時の外し方は知ってるぞ、真咲しゃん。相手の腕の内側に、円を描く様に……こう裏拳を使ってやるんだろ?」
『うむ、そうだ。だが、こうやっていきなり首を締められたらどうする?』
「ハゥァッ!?く、くく苦ちぃ……ま、真咲しゃん、苦ちいよぅ……はぅぅぅ」
『……頚動脈を両側から同時に押さえられたら、あっと言う間に落ちるからな。素早い対処が必要だ』
「ハァハァ……し、死ぬかと思った」
『ほれ洸一。試しに私の首を締めてみろ』
「……お、おう。そ、そりでは失礼して……」
『……ん』
「ま、真咲しゃんって……結構、細い首してるなぁ」
『……良いか?こうされた時は、こうやって……』
「ギャフンッ!?」
『ここが急所にになるからな。分かったか洸一?』
「い、痛いよぅ……腕の骨が、凄く痛いよぅ」
『本気で打ち込めば、相手の骨を簡単に折る事ができるぞ』
「で、でもよぅ……他にも楽な外し方があると思うんじゃが……」
『……ほぅ?』
「試しに真咲しゃん。俺の首をキュッと掴んでみ。や、優しくだぞ」
『……ふむ。こうか?』
「うん。そうしたら俺は……」
『―――ッ!?』
「……おおぅ、真咲しゃんの胸って……思ったよりもボリュームが……」
『ど、どこを触ってるんだーーーーーーーーッ!!』
「ギャ、ギャフンッ!?」
―――ッ!?
確か……こうだった筈だッ!!
俺は右腕に残された力の限りを籠め、下からアッパー気味に突き上げるようにして彼奴の腕に打ち込んだ。
狙うは、首を掴んでいる腕の関節部分。
肘の部分に逆の圧力を掛ける様に打ち抜く。
――バギッ!!
鈍い音と共に、首を掴んでいる指から力が抜け、俺はそのまま地面に転がった。
見ると彼奴の腕は変なポーズを取っているデッサン人形のように、限りなく不自然な方向を向いている。
「ハァハァハァ……ざ、ざまぁ見ろッ!!」
絞められていた首元を擦りながら俺は吼える。
「俺様に向かって舐めた口を聞きやがるから、そーゆー事になるんだッ!!ごめんなさい、と思うんなら400字以上の反省文を提出しやがれ。もっとも、その折れた右腕じゃ字は書けないがなッ!!ガッハッハッハ」
「……」
「お、おう?なんだその目は?右腕だけじゃ不足ってか?」
「……に、人間ごときが……」
「あ、あん?人間ごときがって……俺様が犬畜生にでも見えるのか?」
微かに首を傾げた瞬間だった。
まるで雷鳴の如く、いきなり頭の中に乾いた声が響き渡った。
【――躱せッ!!】
「へ?」
何が何だか全く分からないが、思わず反射的に身を屈める俺。
すると何かが頭上を物凄い速度で駆け抜けていき、ボグンッ!!と凄まじい破壊音と共に、馴染みの社の小さな鳥居が粉微塵になって弾け飛んだ。
「――ンなッ!?」
「よくも劣等種である人間の分際で……」
「な、何を…って!?手がッ!?」
見るとその男の折れたであろう腕は、まるで軟体生物の如き長く伸び、あらゆる物理法則を無視したようにウニョウニョと蠢いていた。
その異様な有様は、まるで水族館でタコかイカを見ているようだ。
「お、お前…その腕は……」
もしかして先天性の障害でも抱えているのか?
それとも米軍の新兵器??
「この私を傷付けた以上……もはや生きて帰さんぞッ!!」
「ひぃぃぃッ!?」
良く分からんが、ちょっとだけ漏れた。
★
「この私を傷付けた以上……もはや生きては帰さんぞッ!!」
ビュンビュンと、風を切り裂くように彼奴の長く伸びた腕が唸り声を上げる。
それはまるで鞭の様にしなやかで、正確に俺の体目掛けて降り注いできた。
「ひ、ひぃぃぃぃッ!?」
その攻撃の威力は、先程神社の石で出来た鳥居を破壊した事で証明済みだ。
な、何なんだこいつは?
ってゆーか、人じゃねぇ……
もしかして、お父さんが大王イカとか?
まるで触手のようにウニョウニョ動くそれは、体に寄生生物が巣食っているのでは?と疑問を感じさせずにはおけない動きだった。
「ふん、ちょこまかと…」
――ビュッ!!
「ひ、ひぇぇぇぇッ!?」
だ、ダメだぁ……これはもう、勝てねぇよぅ……
まどかや真咲に教わったのは、あくまでも対人を想定した戦闘術だけだ。
非人類相手に闘う術を、俺は誰からも教わってない。
ってゆ-か、そんな事を教えてくれる人がいるモンかッ!!
……
あ、そう言えば居たなぁ……黒兵衛の御主人様とか、魔人形が。
「貴様の体を切り裂いてくれるわッ!!」
――ビュッ!!!
「うひっ!?」
切り裂くって……僕チン、細切れになっちゃうのか……
物凄く嫌な死に様だなぁ……
――ビュッ、ビュッ!!
「…っと」
し、しかしどうする?
避けているだけでは限界があるぞ?
無念だが……ここはLR同時押しで逃げるとするか?
し、しかし……
俺は攻撃を避けながら彼奴を眺めると、相手は街へと続く階段の前から全く動こうとしない。
これでは逃げ出す事はかなり困難だ。
――ビュッ!!
「くそッ!!どうして攻撃が当らんのだッ!!」
「へへ…悪ぃがこの俺様、ドッジボールでは最後まで生き残る猛者だからなッ!!」
言いながらサッと伸びた腕を躱す俺。
彼奴の攻撃は速いが、実に単調だった。
もちろんギリギリではあるが、それでも避けること自体はそう難しいことでは無い。
問題は、ちょいと僕チャン疲れてきたと言う事だ。
「……ハァハァ……」
マ、マズイな。息が上がってきやがった……
「おのれぇ……人間如きが……」
「……ん?」
彼奴は震えていた。
怒りの所為か、肩口がブルブルと小刻みに揺れている。
そしていきなり「キシャーーーーッ!!」と奇妙な雄叫びを上げるや、
「――ンゲゲッ!?」
肩からニョキニョキと何本もの腕が……
ひぃぃぃぃぃーーーッ!?
人間じゃない人間じゃないと思っていたが、もしかしてイソギンチャク的な生物から進化したのか?
「ただ殺すだけではつまらん。ゆっくりと…ゆっくりと恐怖を味あわせてやるわ」
呟くように言いながら、何本もの腕らしき触角を動かし、彼奴が少しづつ近付いてくる。
に、逃げろ洸一チンッ!!
だが圧倒的恐怖の前に、俺の腰から下はまるで地に根付いたかのようにピクリとも動かない。
いつもは暴れすぎて困っちゃう将軍も、帽子を被ってお寝んねするのぅ、と小さくなって震えるのみ。
た、助けてくれ。だ、誰でもいいから……お助け……
無意識の内に、俺は胸から下げたペンダントを握り締め、一心不乱に祈っていた。
か、神様仏様御先祖様そして僕の百太郎……何方でも良いですから何卒御加護を……
「……ふ、先ずはその両の足を切り裂いて……ゆっくりと……ゆっくりとな」
――ビュッ!!
空気を切り裂く音が聞こえた。
「ッ」
――か、神様!!
ギュッと目を瞑り体を固くする俺。
だが、何時まで経っても彼奴の攻撃が来ない。
「……?」
恐る恐る目を開けると、驚愕の面持ちで俺を見つめている彼奴の顔があった。
いや、俺を見つめているのではない。
俺の背後にいる誰かだ。
「――ッ!?」
俺は慌てて後を振り向くと、そこには女が立っていた。
月光に照らされた漆黒の髪。
そしてそこから生える曲がりくねった大きな角。
赤く爛々と光る瞳と、どことなく淫靡な雰囲気すら漂う濡れた唇。
鮮血で染め上げたような真赤なマントを羽織った女が、どこか気品漂う優雅な感じで立っていた。
「……」
体の震えが止まらない。
不思議と、それは恐怖からではない。
俺……この女を知ってるぞ?
確かに……何処かで見たような……