いきなりラスボス
★第2話目
「う、うぅ~む…」
俺はいづみチャンの自宅の前で、独り唸っていた。
やっぱ、でけぇーよ……
ハイカラでモダーンな、気品漂う洋風の家。
ブルジョワちっくでハイソサエティな世界。
外見でこれだから、家の中は……きっと、中世の騎士鎧とか鹿の剥製などが置いてあるんだろうなぁ……何に使うかは知らんが。
お、落ちつけよ洸一……
スーハースーハーと先ずは深呼吸。
うむ、大丈夫大丈夫。
相手は同じ日本人だ。
ちゃんと言葉が通じるからノープレブレムだ。
俺は最後にもう一度大きく深呼吸し、身嗜みのチェック。
洗い立ての小奇麗且つそこそこ品の良いシャツに、ピシッと折り目がついたスラックス。
もちろんチャックもちゃんと閉まってる。
髪もドライヤーを当てたからフサフサのヤワヤワ。
ハンカチもチリ紙も持ってるし、何故かパンツもおニューだ。
あまつさえ、来る途中でケーキ屋さんがあったので、お土産に小さなケーキをテキトーに見繕ってもらったし……うむ、OKなり。
「よ、よし。おおおお、押しちゃうぞぅ…」
震える指先でそぉーっとインターホンを押すと
――リンゴ~ンンン……
気品高きベルの音。
もう僕チャン、既に走って逃げ出したい気分だ。
『……はい。あ、洸一クン♪』
スピーカー越しから聞こえるいづみチャンの声。
地獄に仏とはこの事だ(意味違う)
「お、おう。やって来たぜよ」
『ちょっと待っててね♪』
「う、うん」
俺はホフゥと溜息を吐き、とにかくメシ食ったら速攻で帰ろう、と心に決めちゃってると、
――ガチャッ
と扉の開く音。
そして
「洸一く~ん♪」
いづみチャンがブンブンと手を振り、玄関から続く緩やかな石段を小走りで駆け下り、庭を通って俺の元へ。
そして肩ぐらいの高さのあるロココ調の門扉を開くと
「エヘヘヘ~……いらっしゃいませ」
ペコリンとお辞儀した。
その拍子に、お風呂上りだろうか、何やらお花のような香りが彼女の髪から匂い立ち、俺の鼻腔を擽る。
何だか分からんが、洸一ちょっとだけドキドキしてしまったぞ。
「お、おう。お邪魔しに来ちまったぜ」
言いながら俺は買ってきたお土産を手渡した。
「こ、これ……途中でケーキ屋があったから……デデデ、デザートにな」
「そ、そんなに気を使わなくて良いのにぃ」
いづみチャンは箱を受け取り少し困った顔。
だけど直ぐに元の笑顔に戻り、
「じゃ、じゃあ……食事が終ったら一緒に食べよ♪」
と言いながら、俺の手をツイッと引っ張った。
「エヘヘ……さ、どうぞ洸一君」
「う、うむ。お、お邪魔しますぅ」
彼女に手を引かれたまま俺は、門を通り抜けると……うぅ~ん、やっぱ凄いね。
大きな庭だよ。
まさに庭園だよ。
こう言うのって、アニメや映画の世界だけかと思ったけど、実際にあるんだなぁ……
それに、ガーデニングって言うのかな?
あまり花とかに興味の無い俺様でさえ、ほほぅ……お見事ですなっ、と膝を打つ程味わい深い趣があるわい。
なんちゅうか、粗大ゴミ状態の古い洗濯機が転がってる俺様の家の庭とは大違いだ(夏場はボウフラが湧くしな)。
「へぇ~……立派なお庭だねぇ。でも手入れとか大変そうだけど……誰がやってんの?お母さんかい?」
「え?お庭は、月に何度か庭師の人が手入れしているんだけど……」
「……へ、へぇ~」
庭師?
え?ここはやはり貴族のお家?
お父さん、もしかして爵位とか持ってんの?
い、良いのかなぁ……俺のような庶民がノコノコ入って来ても、本当に良いのか?
手打ちにされないか?
あ、イカン……何か猛烈に腹が痛くなってきた……
そんな俺の不安を余所に
「さ、どうぞ洸一君」
扉を開け、
「あ、お母さ~ん……お見えになったよぅ」
と、いきなり声を上げた。
「は~い……」
そして、ちょいと心臓がバックンバックンと不整脈を起こし掛けている俺に間髪入れず、廊下の向こうからパタパタとスリッパの音が聞こえるや、いづみチャンのお母さん登場。
早くも第一関門だ(謎
「まぁまぁまぁ。ようこそいらっしゃいました」
いづみチャンのマザーは丁寧に挨拶をしながらニコニコと俺を見つめた。
う~む、ちょっとクセのある髪といい……いづみチャンによく似ているなぁ。
俺的には、上流社会の有閑マダム的なイメージ(もちろん言葉はザマス)を想像をしていたのだが、母君はどこかおっとりとした、一見しただけで「ごっつ優しそう」ってな雰囲気を、オーラーのように身に纏っていた。
ってゆーか、何かスンゴク若いんですけど……実の母親ですよね?
「あ、いえ……そのぅ……ととと、突然押し掛けて来て……どーも、すんません」
俺様、深々と頭を下げご挨拶。
これがもし、いきなり父君登場だったら、多分俺は土下座していただろう。
「あらあら…」
母君は何故か可笑しそうにクスッと笑い
「いつもウチのいづみがご迷惑掛けて……」
と俺に習うように頭を下げた。
「い、いえ。とんでもないっス」
いつもって……いづみチャン、何も迷惑掛けてないけど……
いや、それよりも、彼女は俺の事を、家族に何て言ってるんだろうか……凄く気になる。
「ぼぼ僕の方こそ、その……いつも無理ばかり言ってまして……」
俺はもう一度、ヘヘェ~と会釈を繰返しながら、チラリンといづみチャンを見やると
「はいはい。挨拶はそれぐらいで……」
ヤレヤレと溜息を吐き、俺の手を取り、
「ほら洸一君。いつまでも玄関で立ってないでさぁ」
「う、すまねぇ…」
俺はそそくさと靴を脱ぎ、いづみチャンが揃えてくれたスリッパを履く。
「こっちだよ、洸一君」
俺の手を取り、トタトタと廊下を進むいづみチャン。
そして突き当りのガラス戸を開け、
「私、お母さんの手伝いをしてくるから……洸一クンはテレビでも見ててね」
と言って、そのままキッチンの方へ向かって行ってしまったのだが……
「やぁ、いらっしゃい」
既に大きなテレビの置いてある居間には、ダンディ様がダンディな笑みを浮かべ、ダンディな仕草で鎮座ましましていた。
開始早々、まさかのラスボス登場である。
「……」
……いづみチャン。
いきなり俺を、人の皮を被ったダンディー(謎)と二人っきりにさせるのかい?
何だか僕、死にたくなったよ。
★
「やぁ、いらっしゃい」
いづみチャンのダンディなダディは、ダンディー且つ優雅な腰付きでソファーから立ち上がると、ダンディな笑顔でダンディーな挨拶をした。
何だかとっても、ダンディってる(謎
……ぬぅ。よもやいきなりダンディ様が御降臨なされるとは……
いづみチャンのダディは、目元に優しげな笑みを浮かべ俺を見つめていた。
左手にシックな色合いのパイプを持ち、口元には豊かな髭を蓄え、ダークブランの髪は綺麗に梳かれ整えられていた。
まさにダンディーになるべくして生まれたようなお人だ。
きっと前世もダンディーだったに違いない。
……クッ、ま、負けてたまるか……
――さぁ、バトル(謎)開始だっ!!――
【ダンディ・ダディが現れた】
○洸一アビリティ・見極め発動
ダンディ・ダディLv???
属性効果・無効
3回攻撃すると何故かアルテマダンディ発動
●ダディの先制攻撃
「ハハハ、よく来たね」
●ダディは笑顔で洸一の肩を叩いた
〇洸一は動揺し、何故か心に傷を負った(―999)
「ど、どうも。とととと突然おじゃましまして……」
〇洸一はペコリンと会釈しながら愛想笑いで防御
●ダディの攻撃
「いやぁ、いづみが家にボーイフレンドを連れて来るなんて初めてだよ。ハッハッハ」
「まぁそんなに緊張しないで……神代君、だったね?ゆっくりとして行くが良い」
●連続攻撃・ダディは優しげな物言いで、洸一にソファーへ座る事を勧めた
〇洸一は為すがままに行動し、緊張で精神に傷を負った(―999)
「あ、どど、どうも。し、失礼しますですぅ」
〇洸一デバフを受け、借りてきた猫状態になった。
●ダディは動いた
「ハッハッハ」
●ダディは笑いながら洸一の隣に腰掛けたッ!!
〇洸一は更に緊張で膀胱が緩んだ
〇洸一は混乱した(―999)
「あぅあぅ…」
〇洸一は日本語を唱えられないッ!!
●ダディの攻撃
「神代君は、いづみと同じ歳なんだって?」
●ダディはパイプを吹かし、気さくな態度で話題を振ってきた。
〇洸一は混乱している
「そ、そうです。おおおおおおおオナニーは週12回ですッ!!」
〇洸一はもう分からない(―999)
○あまつさえ多かった(―99999)
●ダディは苦笑した
「ハッハッハ……若いねぇ」
●ダディは笑いながら浩之の肩を叩いたッ!!
○洸一は灰になった
「ふしゅぅぅぅぅぅぅ…」
――バトル終了・結果――
力が10P上がったッ
知性が5P上がったッ
運が15P上がったッ
根性が255P上がったッ
だけどそんなステータスは持って無かった。
★
「ハッハッハ」
ダンディーな父君は笑い、
「ホホホ」
スンゴク若くて綺麗な母君はニコニコと……
いづみチャンとその母君が用意してくれた料理は、贅を尽くした逸品ばかりだった。
だけど悲しいかな、今の僕にはとてもそれを味わう余裕は無い。
ぬ、ぬぅ……ききき緊張して、何も味がしないよぅ……
小洒落たダイニングの上座に座らされた俺。
両隣にはいづみチャンとダンディー様が座り、その横に母君が。
むぅ……
かような席で主賓の扱いを受けるにはこの神代洸一、まだまだ若過ぎるッ!!
「たくさん食べて下さいね。神代さん」
そう言いながら、母君が御代りを装い手渡してくれた。
「ど、どうも。恐縮ですぅ…」
「ハッハッハ……しかしいづみが料理を作るなんて、初めてじゃないか?」
ダンディ様は、素敵な笑顔で対面に座るいづみチャンに向かってそう言うと
「そ、そんな事ないモン」
彼女はムゥと唇を尖らせながら父君を睨んだ。
「私だって……偶には作るモン」
「ハッハッハ……そうだったかなぁ」
「お父さん。いづみをあんまり苛めないで下さい」
母君がヤレヤレと言った感じでダンディーを窘めると
「ハッハッハ」
素敵な笑顔で苦笑。
うぅ~む、あったか家族の団欒の一風景じゃのぅ……
両親が自由気侭な風来坊で、孤独の中で育ったローンウルフな俺様にとって、こういったホンワカしたムーディーな食事風景は珍しく、且つ心から安心できるものがあって然るべき筈なのだが……
くっ……な、なんか落ち着かねぇ……
例えるなら、女の子の誕生会に呼ばれた唯一の男子の心境と言うのだろうか?
嬉しいんだか嬉しくないんだか……
出来る事なら、一刻も早く退散したい気分だ。
な、なにか話題はないなかなぁ。
若そうなお母さんの歳でも聞いてみようかなぁ……
でも……もしもまだ30歳ですよとか言われたら……ダンディ様は鬼畜じゃけんのぅ。
俺はそんな事を考えながら黙々と箸を動かしていると、
「……洸一君。どう?美味しい?」
いづみチャンが小首を傾げながら尋ねてきた。
「お、おうっ。も、物凄く美味いぜッ」
味は分からんがな。
「そっか。良かったぁ」
ふにゃっと微笑むいづみチャン。
「あ、洸一君。これも食べてよ」
そう言って、何やら煮付けの入った小鉢をそっと差し出す。
「お、おう…」
俺は箸を伸ばしそれを口に含むが……やっぱ味が分かんねぇーッス。
それに、何だか父君と母君の視線が痛いッス。
俺、堪らないッス。
「オホホホ……それにしてもいづみが家にボーイフレンドを連れてくるなんて……お母さん驚いちゃった」
「ハッハッハ……お父さんだってビックリだよ」
「も、もう……変なこと言わないでよぅ。ね、洸一君?」
「……は、はい?」
どうコメントすれば良いのだ?
「あらあら。照れなくっても良いじゃない」
「ハッハッハ……しかし、いづみがこうして自分の彼氏を家に連れて来るなんて……時の流れは速いねぇ」
「な、なに遠い目をしてるのよぅ。洸一クン、困ってるじゃないのぅ」
「い、いや……別にそんな事は……」
ってか、俺に振るのは止めてくれ、いづみチャン。
これ以上緊張すると、ボクちゃん又何か変な事を口走ってしまうではないか……
もう勘弁して下ちゃい。
★
食後……
引き止めるのを固辞し、そそくさと帰路に着く俺。
食後の団欒……ダディ様やママン様と世間話を交わすには、この神代洸一……まだ未熟!!
色々と未熟ッ!!
そう言うのは、お酒を呑める歳になってからにしようではないか。
ま、今でもこっそり呑むんだけど。
「しっかし洸一クン……面白かったぁ」
途中まで送ってく、と言って強引に付いて来たいづみチャンが、クスクスと笑う。
「すっごく緊張してたもん。あんな洸一クン、初めて見たよぅ」
「そ、そりゃするだろ?何しろいきなり家族に紹介、アーンド晩餐会だぞ?俺だからこそ、何とか耐えられたんだぞ?並の男だったら、ダディ様降臨と同時に気絶しているわい」
「え~~……でもさ、ウチのお父さん、普通だよ?」
「普通?いやいやいや、何が普通ですか?その辺の親父と比べて、オーラーが違うと言うかレベルが違い過ぎですよ」
渾名を付けるとしたら、『伯爵様』がピッタリなのだ。
「そう?」
「そうだよ。お母さんだって若いし……実に素晴らしき家族だ。羨ましいねぇ」
「洸一クンのお父さんとお母さんは?」
「お袋は元ヤンキーで親父はヘタレだ。良くまぁ、あんな破天荒な両親の元に、俺のような素晴らしき男が生まれたものじゃわい」
「ふ~ん……でも、洸一クンのお父さん達にも会ってみたいなぁ……」
「何故にそんな期待に満ちた目で言うのか……取り敢えず、お勧めできない物件ですから、止めておきなさい。ビックリするから」