不変の地・思い出の地
★第19話目
「……黒兵衛。申し訳無いが、高級ネコ缶はお預けだ」
「ブニャニャ?」
俺の言葉に不機嫌な声を上げる猫。
「ドアホッ!!俺は永遠不滅の聖なる場所を探せと言ったんだぞ!!それがどーしてこんな裏山の神社なんだッ!!」
黒兵衛が案内したのは、学校裏にある馴染み深い、小さな神社であった。
が、もちろん聖なる雰囲気は微塵も感じられない。
だいたいこの程度のスポットならば、田舎に行けば軽く見つけられるだろう。
「あのなぁ……俺が探しているのは聖域、サンクチュアリなんだぜ?こんなみすぼらしい境内がそうなのか?え?」
しかも時々、立ちションすらした事があるのだぞ、俺は。
「ったく、少しは期待した俺が大馬鹿だったぜ」
そう吐き捨てると、黒兵衛はいたくプライドを傷付けられたらしく、
「フゥーーッ!!」
と背中の毛を逆立て威嚇してきた。
「お?なんだ?やるって言うのか?あ゛?」
もちろん望む所だ。
例え使い魔とはいえ、人間様が猫如きに舐められて堪るかッ!!
だが黒兵衛は、そんな俺の様子を見て鼻で笑うが如くプイッと顔を背けると、トテトテと小さな社へ向かって歩いて行き、そしてその縁の下を除き込みながら、「ブニャン」と大きく鳴いた。
どうやら、ここを探れ、的な事を言っているようだが……
「な、なんだよぅ。縁の下に力持ちでも隠れているのか?」
俺はブツクサと文句を言いながら、黒兵衛が覗き込んでいる縁の下を眺めてみる。
だが薄暗くて何も見えない。
「むぅ……懐中電燈でも持ってこれば良かったかな?」
そっと手を伸ばして辺りを探ってみる。
「……う~む、別に何も無いぞ、黒兵衛」
「ブニャ…」
「むぅぅ……っと?」
何かが指先に触れた。
表面は固いが、それでいて弾力のあるような……な、なんだこれは?
両手を突っ込み、力任せに俺はそれを引っ張ってみる。
――ズル…ズルズル……
「くっ……い、意外に重いぞ?それに何か大きいし……よもや死体とかではなかろうな」
――ズル…ズルル……
「あっ…」
思わず驚きの声を上げてしまった。
「こ、これは……サンドバック」
月明かりに反射する、その黒くて大きくて重たい物体は、間違う事無きサンドバッグ。
しかも思い出深い、優ちゃんのトレーニング用サンドバッグだ。
「た、他人のって事は……ないよなぁ」
まぁ、こんな場所にサンドバックを隠している人間はそうはいないだろう。
それに、何となくだが、優ちゃんの匂いがするような気がする。
「ん?ちょ、ちょっと待てよ?この世から優ちゃんは消えて……彼女の存在を示す物は、記憶も含めて全て消えた筈だが……」
「ナァァァブゥ」
「そ、そうかっ!?ここはあらゆる干渉を受けない、不変の地と言う場所だから……彼女の持ち物も残ってるんだ!!そうだろ黒兵衛?」
「ナブナゥゥゥゥ」
満足気に頷く黒猫。
うむ、見事だ。
約束通り、貴様もまっしぐらなネコ缶を買ってやるぞ。
「し、しかし……こんな所が聖域とは……」
俺は心を落ちつかせ、辺りを覗ってみる。
……確かに、街から大して離れていないにも関らず、ここはいつも静かなんだよなぁ……
ジッと耳を澄ますと、風に揺れ擦れる木々の音と秋の夜の虫の音しか聞こえない。
・・・
単に寂れているだけっていう気もしないではないが。
「……ふむ」
俺はただ黙ってその場に佇んでいた。
懐かしいなぁ……
優ちゃんや真咲姐さん、それにまどかと練習した事を思い出す。
・・・
膝が自然に震えてくるのは少々アレだが、それでもやはり懐かしい。
「さて……取り敢えず、ここが不変の地とやらに間違いは無さそうだが……」
「ブニャ?」
「ここで一体、俺は何をすれば良いのだ?」
★
「不変の地にて理を示せ、とこの本には書いてあるが……」
俺は社に設けられている小さな階段に腰掛け、目の前にチョコンと座っている黒兵衛と話し合っていた。
傍から見たらさぞ、限りなく人生に迷っている人に見える事だろう。
「そもそも、理って、どーゆー意味だ、黒兵衛?」
「ナァァァブゥ」
「むぅ、なるほど。ナァブゥと言う意味かぁ」
何の解決にもならない答えだ。
「しかしこう言った場合、俺様の野生の勘から察するに、何かアイテムを使用すると思うのだが……」
現在、俺が所持しているイベントアイテムは、謎のペンダントとこの魔道書。
そしてここで見つけたサンドバックと黒兵衛(アイテムなのか?)だけだ。
しかし、何をどう使えば良いのか、サッパリ分からん。
「う~ん……まだ何か見つけて無いアイテムでもあるのかな?」
「ブニャ…」
「それとも、攻略に必要なイベントフラグを立ててないとか……」
顎に指を掛け、ウ~ムと唸りながら悩む事数分。
不意に黒兵衛が、
「ブ…ブヒュンッ」
と、何だか嫌なクシャミを漏らした。
「……ふむ」
そう言えば、少し寒いな。
11月も終わりに近付き、気候は冬将軍の到来を告げていた。
そんな寒空の下、俺と黒兵衛は人気の無い夜の神社に座っているのだ。
さすがに熱血硬派洸一君な俺様とて、背中方面がゾクゾクしてくるのは当然だ。
「ハァ~……しゃーないな。今日はこの辺にして、一旦家に戻るか?」
「ナブゥ」
「まぁ、ここが本に記された場所、と言う事が分かっただけでもめっけモンだ。風邪でも引いて寝込んだら、それこそ洒落にならんからね」
そう言いながら俺は、ヨッと社の淵から腰を上げた。
見ると黒兵衛が、ワクワクドキドキと言った感じの表情でジッと見上げている。
「はは……分かってるって。帰りにコンビニで、美味い餌を買ってやるからな」
苦笑しながら歩き出す俺。
その後をトテトテと黒兵衛が嬉しそうに尻尾を立てて付いて来る。
……ま、この猫には世話になったから、キャットフード如き、偶には腹一杯食わしてやるのも良いだろう。
それにしても、問題は明日だ。
取り敢えず……明日の朝一番でもう一度来て、手掛りを探そう。
そんな事を考え、俺はポケットに手を突っ込みながら半ば急ぎ足で社を後にし、街へと続く石段に差掛かろうとした瞬間、
「フ、フゥーーーーーーーッ!!」
不意に黒兵衛が俺の前へ躍りだし、全身の毛を逆立てながら威嚇の唸り声を上げ始めた。
「ど、どうした黒兵衛?……他の雄猫でも見つけたのか?」
「フゥゥゥゥゥゥゥ…」
刹那、周りの空気が一変した。
「――ッ!?」
な、なんだ?この異様な気配は……
体中に纏わり付く、どこか殺気にも似た奇妙な感覚。
背中が物凄くゾクゾクとし、鳥肌すら立ってきた。
もしかして……本当に風邪でも引いたのだろうか?
「……ぬぅ」
いや、それにしては妙だ。
それに虫の音が……止んでいる。
聞こえるのは、風に揺れる木々の音だけ。
いや、それすらも段々と小さくなってきた。
「フ、フゥゥゥゥゥゥ…」
「く、黒兵衛。何をそんなにビクついてる?」
何だかちょっぴり、怖くなってきたじゃねぇーか。
そう思った時だった。
――ガシッ!!
鈍い音と共に、俺はいきなり宙吊りになった。
首の骨がキリキリと悲鳴を上げている。
「くはッ!?」
い、息が……
お、俺……誰かに首を締められて……そのまま持ち上げられているのかッ!?
「フゥゥゥゥゥーーーーーーーッ!!」
ガンガンと響く耳鳴りの中、黒兵衛の怒りの鳴き声と、
「……おい人間。鍵を持つ女共を何処へ隠した?」
低く重い、そしてどこか嘲笑するような声が背後から響いてきたのだった。