封印魔法
★第18話目
「う~む……」
例の謎のだらけのおっさんを見送った後、俺は自室で唸っていた。
「ハッキリ言って……何も分からん」
もう一つの記憶だの死ぬかも知れない危険な旅に出るだの……
果して本当に俺は狂ってないのか?
まどか達の事は、ロンリーな俺が創り出した妄想なのでは?
単なる明晰夢の一種なのでは?
様々な考えが頭を過る。
そして
「こんな時、いづみチャンが居ればなぁ」
そう独りごち、溜息を吐いてしまう。
この事を彼女に話せば、
「んもぅ……洸一君は独りでいると、変な事ばかり考えるんだから」
とか言って苦笑したに違いない。
そして俺は、そんな彼女が側に居るだけで満足なのだ。
……ホント、変な事ばかりの世の中だよ、いづみチャン……
俺は大きく溜息を吐き、「フンッ」と気合を入れながら椅子に腰掛け直すと、再び魔女様の残した本に視線を落とした。
……この本に、記憶を戻す鍵があるとか何とか言ってたが……
ペラペラとページを捲るが、相も変わらず理解不能で解読不可。
ウニョウニョとミミズが描いた前衛アートな文字に、思わず「ハンアァ~……ダメだったらダメだこりゃ~♪」と自作の歌までコブシを利かせて唄っちゃう始末。
そもそものどかさんは、この本をどうやって手に入れたのだろう?
誰かに貰ったとか何とか言っていた記憶が朧気にあるが……
一般の流通経路からは限りなく逸脱している書籍だぞ?
もちろん、ア○ゾンだって扱ってはいない。
「……分かんねぇーよなぁ……黒兵衛」
「ナブゥ」
ヒョイと机の上に飛び乗り、擦れた声を上げる黒猫。
「ナブゥ……ナブナゥ」
「……俺は、貴様が猫かどうかも疑わしく思ってきたぞ?」
「ブニャ…」
しかし……おっさんはもう一度考えろ、と言ってたが……どうやって?何を考えるんだ?
「むむぅ…」
腕を組み沈思黙考。
黒兵衛はそんな俺を黙って見つめている。
……記憶を解く鍵があると言った。
記憶を探れとも言った。
記憶……
三度目の高校二年……
今の記憶とまどか達のいた世界の記憶と……二つの記憶以外にも、もう一つあると言う事か。
胸に手を置き考えてみろ、とおっさんは言ってたが……
「……」
俺は神にも祈る思いで、そっと胸に手を当て瞳を閉じ、精神を心の奥底に集中。
何か……ある筈だ。忘れている事がある筈だ……
「ブニャ…」
「……」
「ブニャ~……」
「……」
「ナァァァブゥゥ」
「ンだぁぁぁぁッ!!ブニャブニャうるせーーッ!!」
「ブ、ブニャン!?」
「ったく、気が散ってしょうがないだろがッ!!」
俺はフンフンと鼻息を荒くして黒兵衛を睨んだ後、再び胸に手を当て瞳を閉じて黙考を再開。
とその時、不意に何かが手の平にコツンと当る感触がした。
「――あっ!?」
俺は慌てて着ているトレーナーの首元から手を入れ、手の平に触ったその物体を取り出す。
「……」
それは勾玉を模った、お気に入りのペンダントだった。
「これは……」
そ、そうだよ。俺、このペンダントについて何も知らない。その辺の記憶が凄く曖昧なんだよ……
今の世界も、まどか達の居た世界も、俺はこのペンダントをぶら下げていた。
ただ、その入手経路が、全く思い出せないのだ。
胸に手を当て記憶の鍵を探れとオッサンが言ってたのは……これの事なのか?
「ナブゥ」
興味深気に黒兵衛が、俺の手にしたそのペンダントに鼻を近づける。
「……」
このペンダントの記憶……今も前の時も気が付いたら持っていて……今まで気にも止めなかったけど……
マジマジとそれを見つめると、何か吸い込まれそうな気さえしてくる。
「お、思い出せよ、洸一……」
確か……これは最初、青み掛かった乳白色のような色だった。
それがまどか達が消えて……気が付いたら透き通るような赤色に変っていた……そうだろ?
だったらこのペンダントと消えた皆の間には、何かしらの繋がりがある筈だ。
それにそもそも……これは何時頃から持っていた?
確か……春先だったかな?
ある日、目が覚めたら首からぶら下げてたんだ。
うん、確かそうだ。
「……これが記憶の鍵」
そしてこの本が……記憶の元……
俺は思い付くまま、そのペンダントを翳すようにしながら本を捲っていく。
自分でも何をしているのか理解出来ない。
が、しかし、俺は何かに取り憑かれたかの如く、ペラペラとページを捲っていくと、
「――ッ!?」
不意に中頃のページで趣が変わった。
そのページだけ、何故か輝いているように見える。
「こ、ここに真実が隠されているのか……?」
「ニャブゥ…」
オイラには分かんね、と大きな欠伸をする黒兵衛。
「そ、そっか……何て使えない猫なんだ」
俺は大きく深呼吸をし、そして食い入るようにそのページを眺めるのだった。
★
「……ぬぅ」
不思議な感じだった。
その輝くページは、他の場所と同じくワケの分からないチンプンカンプンな文字の羅列ではあったが、机に設置してあるスタンドの明りに例のペンダントを掲げ、反射した光り越しにそれらを眺めると、
「も、文字が……浮かんできた」
それはまるで立体映像の如く、俺の目に飛び込んで来た。
「え、え~と……何々?」
『問題です』
目が八つ、口が二つに手が六本、おまけに尻尾の生えてるものなぁーに?
答え:化け物
「……」
思わず呆気に取られてその文字を見つめる俺。
え~と……これは一体どーゆー意味?
何か隠語が隠されているの?
とっても深い意味のあるメタファー?
単なるギミック?
俺はもう一度、食い入るようにその全文を読み返すが、
「くっ……な、何も分からん」
他のページをパラパラと捲っても、判読できるのはそのページだけだ。
……と言う事はだ、
「だ、騙された」
俺はそう呟き、乱暴にその本を机の上に投げ出した。
何の事はない、この本といいペンダントといい……全て誰かが仕組んだ悪戯に過ぎないのだ。
きっと、あのオッサンの仕業に違いない。
それに喜連川姉妹や真咲や穂波とか言う女の子達だって……
きっと俺は、性質の悪い催眠術か何かに掛っていただけなんだ。
「……ケッ。だいたい人間が消えるわけ無いッつーの」
俺はそう悪態を吐きながら、その本を乱暴に閉じた瞬間、
――ッ!?
おい……俺は一体何をやっている?
のどかさん達を探す為に苦労してるんじゃないのか?え?
何を投げ出してるんだ??
「そ、そうだよ…」
俺は頭を振りながら、もう一度先程の文を読み返そうと本を開けるが、
――ッ!?
不意に頭の中に言い知れぬ無関心と、それと同時に強い嫌悪感が渦巻いた。
一体俺は、何を馬鹿げた事に貴重な時間を費やしてるんだ?
下らない冒険ごっこはもう止めて、大人しくいづみチャンの事でも考えていれば良いじゃないか。
どうせ全ては夢まぼろし。
現実に目を背けて、ありもしない世界を追い求めているだけに過ぎないんだ。
もしくは重度の厨二病。
「ぐ…ぬぅ……」
慌てて顔を背けるようにして本を閉じる。
すると先程まで感じていた、腹を捻られるような強い嫌悪感は音もなく去って行った。
「ど、どーゆー事だ、黒兵衛?」
呼吸を整えるようにして、俺は机の上に座っている黒猫に話しかける。
「ナブゥ」
「まるで……何者かが、この本を読ませないようにしているみたいじゃないか」
「ブニャブニャ~ン……ナァァァブゥ」
「そ、そっか。ブニャブニャなのかぁ……」
なるほど、全く持って意味が分からん。
「ま、まぁ良い。理由は分からんが……俺に読ませないようにしていると言う事は、やはりこの本には何か秘密が有ると言う事だから……おい、黒兵衛」
「ブニャ?」
「良いか?俺がこの本を開いて、何もかも嫌な気持ちになったら……お前は何としてでも俺を正気に戻せ。どんな手を使っても構わんッ」
「……ナァァァブゥ♪」
「な、なんか……嬉しそうだなお前」
俺は苦虫を噛み潰しながらそう言うと、気合を入れてページを捲った。
その瞬間、頭の中を引ッ掻き回すほどの嫌悪感が襲う。
……くっ……よ、読みたくねぇ……
本を眺めているだけで、ムカムカと吐き気にも似た気持ちが沸き起こってくる。
「ダ、ダメだぁ……こ、こんな下らない本を読んでるのは時間の無駄だぁぁぁぁぁ」
と言い掛け、目を逸らした瞬間、
――ザクッ!!
手の甲に火箸を突き付けられたような痛みが走った。
「――ッ!?」
見ると黒兵衛が、ほくそ笑み(?)ながらその鋭い爪で俺の手の甲を突き刺している。
「こ、このバカ猫がーーーーーーッ!!」
「ブニャ~ン♪」
「ぐ……何て嬉しそうな顔で……」
し、しかし……確かに少しは気が紛れたが……感謝は出来ん!!
だが、再び本に目を向けると、
「ぬぅ……よ、読みたくねぇ」
――ザクッ!!
「くはッ!?」
「ナブ~ン」
黒兵衛は実に楽しそうに、俺の手をそれこそ八つ裂きにしてくれる。
――ザクッザクッ……ビシュッ!!
「い、痛いってんだッ!!」
思わず反射的に黄金の右が炸裂。
だが黒兵衛はそれを難無く躱すと、
――ビュッ!!
閃光一閃、手首から肘まで思いっきり引掻かれた。
「ど、どわーーッ!?血、血が……」
ポタポタと溢れ出す生命の息吹。
さすがは使い魔。
戦闘力は並の猫の3倍だ(黒いけどな)。
「あちちちち……ったく、少しは手加減しやがれ」
俺はテッシュで傷口を押さえながら黒兵衛を一睨みし、再び本に目を向ける。
すると、
「あ、あれ……?」
先程までの絶対的嫌悪感は鳴りを潜め、見ると俺の流した鮮血が本に飛び散り、その部分の文字が何か変っていた。
「……ぬ、ぬぅ」
試しに血の付いたテッシュでページの文字を拭ってみる。
すると血塗られた文字の下から、どんどんと新たな言葉が浮かび上がって来たではないか。
……な、なるほど。こんな封印が施してあったのか……
「ナブゥ…」
さも当然と言った如く鳴く黒兵衛。
「なに偉そうにしてやがる。殆ど偶然だろうが」
俺は苦笑交じりに、乱暴に駄猫の頭を撫でたのだった。
★
鮮血によって封印を解かれた謎の本。
そのページには
『不変の地にて理を示さん。即ち不変とは永遠であり、時の呪縛から逃れしこと。例え天地が崩壊しようともそこは絶対であり、また不滅なり』
と書かれていた。
「は、はっきり言って……何も分からん」
頭を抱える俺。
折角痛い思いまでして解いた本の謎。
だが、肝心のお言葉が謎過ぎだ。
「……むぅ。何を言っているのかは朧気には理解出来るんだ。つまり……ここに書かれた【不変の地】という場所に行けば何とかなると思うんじゃが……そもそも【不変の地】と言う場所が全く分からん。何処の事を指してるんだ?」
本にはその場所を示す個所は一篇も無い。
絶対的な場所とか前後の言葉から察するに、聖域のようなものだとは分かるのだが……はてさて、それは一体どこでしょうか?
「むぅ……聖域かぁ。日本で言うと霊山みたいな場所だと思うんじゃが……」
俺はざっと、己の記憶を検索してみる。
霊山って言うと……富士山……御嶽山……高野山に恐山……
「う~む、何となくそれっぽいんだが……どこも遠いなぁ」
う゛~と背伸びをし、頭の後ろで手を組みながら椅子に凭れ、考える。
……聖域……絶対的不変の場所……と言うことは、この本と同じように、前の世界から何も変ってない場所ってことか?
穂波の家は駐車場になってるし……最凶姉妹の家も、外から見たらなんちゅうか微妙に違うし……学校は……そう言えば、オカルト研究会は存在していなかったよなぁ……うぅ~む……
「なぁ黒兵衛」
「ナブゥ…」
机の上で寝そべりながら、面倒臭そうに耳を動かし一鳴き。
「ブニャ~ン」
そして大きな欠伸をしながら俺をチラリと見つめた。
「お前……ここに書かれている【不変の地】とやらに心当たりはあるか?」
「……ナブ」
黒兵衛は伸びを一回し、そしてスタッと軽やかな身のこなしで降り立つと、トテトテと部屋の扉の前まで行き、もう一度「ナァァブゥン」と鳴いた。
どうやら表へ出たいようだ。
「ほぅ……まさか知っているのか?」
尋ねながらドアを開けると、彼奴はサッと飛び出し、階段を下ってもう一度「ブニャ」と鳴いた。
さすがは貧相な顔をしてても使い魔だ。
「わ、分かった。ちょっと待ってろ」
俺はそう言って上着を羽織り、のどかさんの残した本を手に取り玄関へ向かう。
「黒兵衛。もし本当にその【不変の地】とやらに案内できたら……高級ネコ缶を鱈腹食わしてやるからな」
「ブニャ~ン♪」
「うむ。それでは行くぞッ!!」
ガチャと扉を開けると同時に駆け出す黒兵衛。
俺はそんな黒猫の後を追い駆けて行く。
空には満点の星々が瞬き、地上は虫の音が支配していた。
その中を駆け抜ける男一人と猫一匹。
肌寒さを感じたが、そんな事はちっとも気にならない。
……待ってろよみんな。
俺が必ず……見つけてやるからなッ!!