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二つの未来


★第17話目


「い、いづみチャン…」

受話器を持つ手が無意識に震え出す。

愛してるとか、世界で一番君が好きだとか言っておきながら……

俺、今の今まで彼女の事を忘れていた。


「ど、どうしたのいづみチャン?ってゆーか……今どこ?」


『エヘヘ~……たった今、スイスのホテルに着いたのですよ♪』

楽しげないづみチャンの声と、その後ではしゃぐ生徒達の喧騒が受話器から響き渡る。

『いやもう、なーんか豪華過ぎてビックリだよぅ』


「そ、そっか。そいつは良かった……」


『うん♪でもねでもね、洸一君と1週間も会えないのはちょっと寂しいなぁ……なーんて』


「う、うん」

胸ががキリキリと痛む……

「で、でも折角の修学旅行だし……存分に楽しまないと……な」


『うん♪あ、それでね、お土産……何が良いかなぁ?』


「な、何でも良いぞ。生八橋でも明太子でも……」


『ぶぅ~……スイス名産にそんな物はないよぅ』


「そ、そうか」

ところで、スイスの名産って何だ?

木彫りのハイジ人形か?


『あ、先生が点呼を取り始めたから……そろそろ切るね、洸一君』


「あ、あぁ。風邪とか……引くなよ」


『うん、洸一君もね♪それじゃまた』


「……」

受話器からは『ツーツー』と乾いた電子音だけが響いていた。

……俺……何やってるんだよ……

震える手で受話器を置き、俺は思いっきり壁に拳を叩きつける。

――バンッ!!

「俺……どうすりゃ良いんだよッ!!」

理不尽な怒りが湧き起こる。

もちろんそれは他人にではなく、自分自身に向かってだ。

まどか達の居ない世界……

俺はいづみチャンと恋人同士だった。

もちろん、まどか達の事を思い出した今でも、彼女のことは大好きだ。

それは間違いない。

だけど……

いづみチャンとまどか達を比べて、どちらが好きか?という問い掛けに対し、俺は明確に答える事は出来ない。

何故なら、いづみチャンと付き合っているこの世界は、ある意味俺にとっては偽物的な世界であり、言い換えれば、まどか達が居ないからいづみチャンと付き合っていた、と言っても過言では無いのだ。


「……どうする、洸一?俺……どうしたら良いんだよぅ」


心のどこかで、いっそこのまま、あのヤーでバンな女達の事は夢だと思って忘れろ……と何かが囁きかけてくる気さえした。

実に魅力的な意見だ。

そう、思い出さなかったらどれだけ簡単だっただろう。

いづみチャンとずっと楽しく同じ時を歩む事が出来たに違いない。

しかし俺は……全てを思い出してしまった。

そう、思い出した以上、キ●ガイだろうがアマゾネスだろうが魔女だろうが、彼女達を無視する事は出来ない。

……でも、もし、まどか達が戻って来たら、この世界はどうなるんだろう?

言い知れぬ不安が頭を過る。

過程はどうあれ、俺はいづみチャンと恋人同士だ。

その事を皆が知ったら……

あれ?俺、本当にあの世へ旅立たないか?


「……はは……や、やめよう」

俺は自嘲気味に笑い、そう独りごちた。

何もしてないのに、あれこれ悩んでいても始まらない。

とにかく、今の俺が成すべき事は、消えた皆を探し出すことだ。

いづみチャンの事は……全てが終ってから結論を出せば良い。

その結果どうなろうと、俺は後悔しない。

例えいづみチャンやまどか達、全員から嫌われようが蔑まれようが、俺は俺にしか出来ない事をやるだけだ。

……

でもやっぱり、問答無用でまどかや真咲姐さんに殺されちゃう気がするにゃあ……



「フゥ~…」

やるせない溜息を吐きながら階段をトボトボと上がり、俺は自室のドアを開けると、

「ナァブゥゥ」

と黒兵衛の、『悩みなんて無いッス。何故なら猫だから』的なお気楽な鳴き声と、

「よぅ…」

どこか同情めいた表情の、例の謎の多き白衣のオッチャンが出迎えてくれた。


「……」

――何故に俺の部屋に!?

「あ、あんた……い、いったい何時の間に……」


「ハハ……軽く驚かそうと思ってね」

ベッドに腰掛け気さくに笑う不法侵入者。

「それより、どうやら彼女達の事を思い出したようだねぇ」


「そ、それですよ!!き、聞きたい事が山ほどあるんですよッ!!」

俺は急き込む様にそう尋ねるが、彼は軽く手を振り、それを遮りながら、

「悪いが今の段階では……あまり詳しく語る事は出来ないのだよ」

と、ちょいと申し訳ない表情でそう言った。


「い、今の段階ではって……」


「この世界は、まだ不安定だ。そして君自身の記憶もだ。例えば……洸一君は、魅沙希さんの事は思い出したかね?」


「魅沙希……?」


「酒井さんのことだよ。オカルト研究会顧問の」


「ッ!?」

そうだ!!のどかさん以外に、オカルト関係に詳しいと言えば、あの呪われた魔人形がいたじゃないか!!

・・・

何で俺は、すぐに思い出さなかったんだ?

思い出せば、見つけて色々と相談したはずなのに……


「……彼女は……君の因果に深く係わりのある人物だ。だが、この世界では不要。故に、強制力によって、その部分の記憶が塗り替えられている。縁が深いまどかちゃん達を除き、君の因果に多大な影響を及ぼす他の因果は、意図的に排除されている。特に現時点、この不安定な次元世界では、その存在が因果律そのものに悪影響を与えかねないからだ。分かるかね?」


「い、いや、サッパリ……」


「……うむ。実は私もサッパリだ」


「……」


「ま、要は……思い出せない内は、思い出さない方が良いという事だ。無理に思い出し、そして今回の一連の事象に巻き込めば……因果律を刺激するだけだ。最悪の場合、再び歴史の改変が起こり、君はまた、新しい自分の歴史を歩み始めるだろう」


「新しい歴史……それは、いづみチャンもまどか達も居ない世界と言う事で……」


「そう言う世界もあるかもな。新しい恋人が出来るか……はたまたトリプルナックルの一人と付き合ってる世界かも知れん」


「ぬぅ……」


「……私の事も同様だ。何れ思い出すまで、謎の人物として認識しておいてくれ」

白衣のオッサンはそう言うと、腕を組み、ジッと俺を見つめながら、

「現在……君には二つの選択肢がある」


「は?二つ?」


「そうだ。この世界を受け入れるか、そうでないか、と言う選択だ」

謎のオッサンはそう言って、軽く溜息を吐きながら興味深気に俺を見やる。


もちろん俺の答えは決っている。

「う、受け入れるワケ無いじゃないっすか!!」


「ほぅ……どうしてだね?」


「どうしてって……こ、こんな偽物な世界は……」


「……果して、どちらが偽物の世界なのかな?」

その謎的男性はフゥ~と大きく溜息を吐いた。

「この世界において……消えた少女達の事を憶えているのは君だけだ。過去に遡っても、彼女達の存在を示す証拠は何一つ残っていない。何一つだ。言わば君がかつて過ごしていた世界は、現時点においては君自身が見ていた夢の世界だとも言える。分かるかね?」


「よ、良く分かんねぇース」


「……正直で宜しい。ま、とにかくは……君の封印されているもう一つの記憶に、この世界の謎を解く鍵が有るとだけは言っておこう」


「も、もう一つの記憶?」

はて、どんな記憶だ???


「ふ……前にも言っただろ?君は高校二年を三度繰り返している。今現在、そしてまどかチャン達の居た世界……ならばその前は?それが封印されている記憶だ」


「……」


「どうする神代洸一君?その記憶を呼び覚ましてみるかい?そうすれば君は、私の事も含め、全て思い出すだろうし、まどかチャン達がどうして消えてしまったのかを説明しても理解できるようになると思うが……」


「お、思うが……って、何か言葉を濁してませんか?」

俺はそう言いながらチラリと彼を覗うと、

「ふむ……やはり鋭いな君は」

そう言ってどこか自嘲めいた笑いを溢した。

「確かに、全てを思い出せば話は簡単だ。しかし……」


「……」


「思い出した以上、後に戻る事は出来ないのだ。さっきも言ったが、この次元世界の因果律はいまだ不安定だ。明確に未来が定まっていない、不確定な世界だ。故に、無理に思い出して時点で、崩壊する可能性が高い。いや、確実に強制力は発動し、再び新たな歴史が構築されるだろう」


「……ぬぅ」


「……今だったら、まだ彼女達のことを忘れて、君は恋人と幸せな人生を歩む事が出来る筈だ。私が記憶を消しても良い。だがそれを捨てて全てを思い出せば、君は場合に拠っては死ぬかもしれない旅に出るだろう。その決心があるかね?」


「……」

死ぬかもしれないって……俺がそんな危険な目に?

ってゆーか、そんな危険な所に皆は居るのかッ!?


「……どうする洸一君?前にも言ったが、どちらを選ぶかは君の自由だ。それに……この世には、思い出さない方が良い記憶と言うものもあるしね」


「お、俺……俺は……」

……いづみちゃん……

大好きないづみチャン……

でも……ごめんなぁ……

「い、色々と……約束があるんですよ」


「……約束?」


「夏休みに遊ぼうって。それに真咲さんのインターハイもあるし……優ちゃんと一緒に、全国大会の予選も出なければいけないし……皆と……色々、約束しちゃったんですよ」


「……そうか。歴史は繰り返す……か」

白衣の紳士はベッドから立ち上がり、ポンと俺の肩を叩くと、

「最後の選択はまだ先だが……取り敢えずは、胸に手を置いて記憶の鍵を探ってみるが良い」

そう言って、おっとこまえな苦笑を溢した。


「胸に手を置いて……」


「……記憶の封印を解く鍵は、のどかお嬢さんの本にある。もう一度よく考えてごらん、神代洸一君」


「はぁ…」








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