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不変の書


★第16話目


「……」

真っ暗な室内で俺はベッドから身を起こし、『落ち着け……兎に角、落ち着け』と努めて冷静になるように自分に言い聞かせていた。

時刻は夜中の3時。

辺りを見渡すと、馬鹿猫の瞳が爛々と光り俺をジッと見つめている。


「……どーゆー事だ黒兵衛?一体……何がどーゆー事なんだ?」


「ナァブゥゥゥ」


「……」

今、全てをハッキリと思い出した。

言い知れぬ恐怖感からか、指先の震えが止まらない。

何もかも、叫んで全てを忘れたかった。

今すぐ表へ飛び出し、『うわーーーーッ!!』と叫んでしまいたかった。

でもこう言った時ほど、冷静にならなければ。

声を上げても何も解決はしない。

何より夜中だし、ご近所に迷惑だ。


……と、取り敢えず落ち着け。落ち着け、洸一。

先ず、今すべき事は……

「うむ。もう一眠りじゃあ……」

呟きゴソゴソと布団に包まる俺。

心の何処かで、冷静になるより逃避してるんじゃね?と鋭いご指摘があったが……

まだ3時だし、睡眠不足はお肌に悪いからね。


★11月28日


寝間着のまま、俺は机の前に座りながら考え込んでいた。

表からは登校する生徒達の声が聞こえてくる。

「……」

もちろん学校に行く気はなかった。

ってゆーか、今はそれどころではない。


「先ずは……現状を把握する事が大事だな」

ぐっすり眠ったせいか、俺は完璧に冷静になったいた。

自分でも驚くほど落ちついている。

いや、落ちついていると言うよりは、人知を超えた現象を前にして、落ちつくより他にやる事がないのだ。

「……フゥ~」

気持ちを切り返る溜息を一つ吐き、俺は机の上に開かれているノートに自分の考えを書きこんでいく。


「ナブゥ……」

黒兵衛がそれを覗き込んで、短い声を上げた。


『洸一様の身の上に起こった不幸に関する考察』

〇記憶に残るまどか達の世界

○今現在、俺が過ごしている世界

いづみチャンと恋人で、まどか達は存在しない

これは一体、どーゆー事か?


○仮説と反論

1・偶然か必然か、または第3者の干渉によって、俺だけ平行世界パラレルワールドへ旅立ってしまった。

●まどか達だけがいない世界と言うのはおかしいし、記憶が抜けていたと言うのにも疑問を感じる


2・まどか達の事は本当は全て夢だった。

●格闘技を習っていたという事実は、御子柴の野郎を叩きのめした時点で立証されており、尚且つ、このような事柄にたいして冷静にいられるのは、過分にオカルト研究会での悲惨な経験があるからだと思われる。


3・メイドロボ展示会での爆発で俺は死んでしまって、この世界は実は死後の世界。

●死んだら死んだらで、多嶋達がいるのはおかしい。


4・何の事は無い、単に自分が狂ってるだけ。

●狂っているのなら、ここまで疑問に感じる事は無い


5・実は壮大なドッキリ。

●いづみチャンは処女だったし、それは有りえん(まどか達が許す筈がないからね)


「う~む、どれも帯に短し襷に長しな考えと言うか……決定的な事に欠けるなぁ」


「ブニャ…」

黒兵衛が短く鳴く。


だいたい、この猫にしたってそうだ。

コイツはのどかさんの飼っていた使い魔ではないか。


「う~む……」

全てを思い出した今、俺の頭の中には二つの異なった記憶が混在していた。

それまで現実だった世界と、いま過ごしている現実の記憶。

生まれてから今日までの記憶が、何故か二つもあるのだ。

もちろんそれは、空想の産物等では決して無い。

記憶は元より、体の方もハッキリ憶えている。


「取り敢えず、前の記憶を頼りに、街を散策してみるか」

机の前で考えていたってしょうがない。

注意して見れば、何か手掛りが掴めるかもしれないし……

何より、何かアクションを起こしてないと、不安と恐怖で精神が崩壊しそうなのだ。


「よし、黒兵衛。そうと決れば早速探索の旅に出かけるが……当然、貴様も付いて来るだろうな?」


「…………ナブ」


「少しだけ考えた間が気になるが……とにかく行くぞっ!!」



「……なるほど。やはり人為的な仕業ではないな」

昇る朝日に目を細めながら俺は呟いた。

黒兵衛と家を飛び出し、まどか達の痕跡を求めて街中を探索したが……案の定、何ら手掛りは得られなかった。

良く知っている穂波の家は、現在の俺の記憶通り駐車場になっている。

それはここ数ヶ月あまりで出来た代物ではなく、かなり昔からある月極駐車場で、馴染みの榊家は家すら存在していなかった。


……しかし問題は、この世界が新しいのか、それとも俺が迷い込んだ別世界なのか……

人気ひとけの無いその場所に佇み、俺は考える。

産まれてから、まどか達と出会って過ごした世界……

産まれてから、いづみちゃんと出会って過ごしている世界……

……

夏休み初日を最後に、まどか達の世界の記憶が途切れている。

と言う事は、その時点で俺かもしくは世界に何か変化があった筈だ。

しかし……何故、過去の記憶が二つもあるのだ?


「ぬぅ……こんな時、誰か助言をくれれば……のどか先輩か……あれ?もう一人、オカルト関係に頼もしい人が居たような気が……いや、確か人間ではなかったような……あれれ?お、思い出せんぞ?何でだ?」

思わずそう口から漏らすと、

「ナブゥ」

黒兵衛が鳴いた。

「……ふむ。どうやら貴様も、オカルト研究会の記憶があると見たが……何故だ?」


「ブニャブニャ~ン…」


「……分かんねぇーよ」

しかし……待てよ?

俺は指先を額に当て、記憶を手繰り寄せる。

あのメイドロボ展示会の時……のどかさんは何か言わなかったか?

巨大な力がどうとか……

それで何か大きな魔道書を俺に手渡して……


「……そうだ、本だ。あの時手渡された本だッ!!」


「ブニャン」


「何処へやった?俺……あの本を何処に仕舞った?」

のどかさんに渡されたけど、鞄とか持ってなかったから、俺はそのままコンビニの袋に入れて……その後で、セレスとシーナのドタバタ騒ぎに巻き込まれて……俺は……

「よ、よし。黒兵衛、家に帰って本があるのか確かめよう。もしあれば……俺の考えが立証できる筈だッ!!」

拳を握り、俺はのどかさんの愛猫にそう吼えるが、

「ナァァァブゥ」

馬鹿猫は蹲りながらウンチョをモリモリ垂れている真っ最中だった。



「どうだったかなぁ……」

自宅へ戻り、俺は部屋中を引掻き回しながら、お目当ての本を探す。

手渡されたのは憶えている。

袋に入れたのも辛うじて憶えている。

ただ、その後がサッパリだ。

ラピスの操縦する偽AT(しかも自爆特攻兵器)の爆発に巻き込まれてからがサッパリだ。

そこで、まどか達の居た世界の記憶が途切れている。


「……ナァァァブゥ」

黒兵衛が一鳴きし、ベッドの下から何かを咥えて出て来た。

見るとコンビニ袋の手の部分だ。


「でかしたぞジャングルッ!!」

俺はそれを手繰り寄せると、ズッシリとした確かな重量感が手の平に伝わってきた。

「……あった」

間違う事無きそれは、あの時、まどかさんに手渡された分厚い魔導書だった。

クレヨン的な物で、『きつれがわのどか・だい4のよげん』と書かれている。


「……」

しげしげとそれを眺め、俺は考える。

これで……二つの事が立証出来た。

一つは、俺が狂っていない、と言う事。

そしてもう一つは、ここが平行世界でも夢の世界でもなく、いつも俺が過ごしていた世界で……その世界から、まどか達の存在が消えてしまっている、と言う事だ。


「……なるほど。俺は自分が別世界に迷い込んだとばかり思ってたが……」

俺は呟きながら、その本をパラパラと捲ると、一枚の紙切れが落ちた。

何かと思い、見てみると……のどかさんの手書きのメモだ。

この本についての考察等が、細かな字で書かれてある。

「え、え~と……なになに、不変の書。あらゆる魔法に対抗することの出来る魔道書。多次元世界で構成される人間界でも、ただ一つの次元にしか存在しない特殊なアイテム。封じてある魔力は膨大だが、解読は現時点では不可能。何故なら先生曰く、人の身では扱うのは非常に……むぅ、ここから先は掠れて読めんか」

って言うか、先生ってなんだ?

え?あれ?

何か重要な……むぅ、あまり思い出せないぞ?



「ぬぅぅ……の、脳が破裂しそうだ」

俺はムフゥゥゥ~と大きな溜息を吐き、机から顔を上げ伸びを一回。

長時間同じ態勢で固まっていたせいか、首周りの関節からコキコキと嫌な音が鳴った。


「ハァ~……気が付いたら、もう陽が落ちてやがる」

窓から外を眺めると、既に辺りは薄っすらと暗くなり始めていた。

……ったく……

みんなをこの世界に呼び戻そうと言う、スターリンだって号泣しちゃうぐらいの友情と男気と愛情溢るる想いにも関らず、俺は依然としてその方法が掴めないでいた。

唯一の手掛りである先輩の残したこの本に、「何か手掛りがある筈だ。いや無いと困る」という信念の下、それこそ考古学者の如き解読作業に取り掛かったのだが……いやはや、さてもさても……

全く持って未知の言語のオンパレード。

猿に因数分解を教えるより困難だ。


「うにゅぅ……しかしこの本って……これ、本当に文字が書いてあるのか?」

象形文字とも違うそれは、何やらウニョウニョとした線の羅列であり、まるで宇宙人が目隠しして書いたような趣きを持っていた。

「ったく……翻訳してその結果『自由帳』って書いてあったら……俺、この本を燃やすかもしれんぞ」

そうワケの分からない事を呟きながら謎の本から目を離し、何気に振り返ると、

「ナブゥ」

ベッドの上で黒兵衛は丸くなっていた。


「……おい、黒兵衛」


「……ナブ」


「てめぇ~……この俺様が猫の手をも借りたいほど忙しい時に、その猫の貴様が何を呑気に寝てやがるんだッ!!」


「ナァァブゥゥゥ」


「ったく、貴様も使い魔の端くれなら、御主人様に協力しろってんだ。……猫鍋にして食っちまうぞッ!!」

畜生相手に悪態を吐き、俺はそんな自分が少し悲しくなりながら再び解読作業に入ろうと机に向かうが、

「ブニャ~ン」

黒兵衛は気だるそうに鳴きながらヒョイッと軽やかに机の上に飛び上がり、

「ナブ」

コンコンと目の前のガラス戸を叩いた。


「……ん?窓の外に妖精でも見えたか?」

言いながら首を伸ばして表を眺めると

「――あッ!?」

道路の真ん中で此方を見上げている、例の謎が多い白衣のおっさんの姿がそこにあった。


――そ、そうだよ。あの男の事を忘れていた……

思い出したらもう一度会おう、って言ってたじゃないかッ!!


俺は慌てて椅子から立ち上がり、部屋を飛び出し転げるように階段を下って表へ飛び出す。

だが、

「い、居ねぇ…」

あの白衣の男性の姿は、既にそこには無かった。

キョロキョロと辺りを覗うが、どこにも姿が見えない。


お、おいおい……見間違えか?って確かにハッキリと見た筈だが……

ポリポリと頭を掻きながら玄関先に佇む俺。

しかしながら、あの男の事を思い出したのは収穫だった。

最初は何を言っているのか全く分からなかったが、今ではハッキリと理解できる。

次に出会えば多分、何とかなる筈だ。


でも……あのオッサンは一体……何者なんだ?

記憶の事といい、全てを知っているような口振りだったぞ?


その辺の所が、どうも曖昧だ。

前の世界、俺の本当の世界でも会った事があるようなないような……何かこう、記憶に靄が掛かっている感じだ。

俺は「う~ん」と唸りながら、謎の男とどうすれば出会えるのだろうか?と考えていると、開けっぱなしの玄関から「リーン」と電話の音が響いてきた。

もちろん俺は慌てて家の中に戻り受話器を取る。


「も、もしもし?」


『あ、洸一くん?私……いづみだよぅ♪』


「あ…」

心臓をキュッと掴まれる思いがした。








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