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予兆



★第10話目


 ……夢を見ていた。

現実と虚構が入り混じった夢。

不思議な夢だった。

いや、夢と定義付けて良いのかどうかも疑わしい。

そもそも夢とは脳内における記憶の整理であり、そこに出て来る光景や人物は、己が現実に体験した世界が基本もとになっている。

もちろん、書物や映像といった2次媒体の世界も含まれる。

だけど、今見ている夢は違っていた。

俺は愉快痛快な日常を過ごしていた。

何故だか毎日が波乱万丈だった。

見知らぬ可愛い女の子達に囲まれ、時には乳繰り合ったり、時には瀕死状態まで追い込まれたり……

血飛沫が舞う格闘戦からロボットバトルにそして重火器片手の近代戦闘。果ては超常現象の類まで……何かもう、何でも有りな非日常的な日常を過ごしていた。

そんな中でも、馴染みの友達はいた。

豪太郎や多嶋、小山田に長坂、跡部……

だけど、いづみチャンの姿は無かった。

何故だろう?

世界で一番愛しい筈の彼女の姿が、俺の夢には全く現れていない。

そして俺はそれを不思議と思わず、謎の美少女達と毎日愉しく過ごしていた。

しかし、夢は唐突に終わった。

それまで天然色だった世界は、短い唸り声と供にセピア色に染まり、まるで上から落としたジグソーパズルのようにバラバラに砕け、俺は黒一色に染まった空間で、何も考えずに新たなパズルが出来上がるのをただ黙って見ているだけだったのだ。



★11月5日(日)


カーテンの隙間から零れる朝日に、俺は顔を顰めながらゆっくりと瞼を開けた。

……朝……か。

何か夢を見ていたような気がする。

が、どんな夢だったのか全く思い出せない。

でも多分、いづみチャンの夢を見ていたに違いない。

何故なら、俺の心は彼女への愛に満ち溢れているからだ。


チラリと隣に目をやると、いづみチャンは俺の腕に絡まるようにしながら、スヤスヤと静かな寝息を立てていた。

……か、可愛い……

天使のようにあどけないその寝顔は、俺を信頼し切っている彼女だけに許されたような、何の不安も無い平和に満ちた顔だった。

……ほ、本当に……俺、いづみチャンと正真正銘の恋人同士になったんだよなぁ……

昨日の興奮が甦る。

む、これはアカン。将軍が起っきしだした……

昨夜の大事業にも関らず、将軍は朝から実に暴れん棒である。


「や、やれやれ…」

俺は我が愚息の回復力に苦笑しながら、何気に枕元の目覚し時計に目をやると、時刻は9時を少し回った所だった。

ふむ……

日曜の朝と言う事もあってか、外からはいつものような喧騒は聞こえない。

人通りも少なく、実に穏やかな休日の原風景。

俺は静かな寝息を立てているいづみチャンの、そのプニプニの頬を指でツンツンと突っつくと、

「……うにゅぅ」

彼女はくすぐったいのか、肩を竦めながらモジモジとした。


「……いづみチャン。朝だよぅ」

耳元で囁き、ついでに頬の辺りにキスを一つ。


「……朝……」

薄く瞼を開け、虚ろな瞳で俺を見ながら彼女。

そしていきなりガバッと頭から布団を被り、う゛~……と唸り出してしまった。


「ど、どうした?」


「う゛~……」

恐る恐ると言った感じで、彼女はゆっくりと目元の辺りまで布団から顔を出すと

「は、恥ずかしいよぅ」

と、耳まで真赤に染め上げ、何故か俺を睨みながらそう言った。


「い、いや、恥ずかしいよう、とか言われても……」


「う゛~……だ、だってだって、昨日……洸一君と……」

そこまで言って、「あうっ」と短い声を上げながら再び布団の中に潜り込んでしまういづみチャン。


ぬぅ……可愛い過ぎ!

ってゆーか、辛抱堪らんッ!!

な、将軍?

コックン(首を振る将軍)


「い、いづみチャンッ!!」

俺は思わず布団の中に潜り込んで、体を丸めて照れているいづみチャンを抱き締めた。


「や、やんっ」

短い悲鳴を上げる彼女。

「ダ、ダメだよぅ……朝から……ん……」


彼女の顔を抱き寄せ、貪るように唇を吸う。

そしてその愛らしい胸を、そっと包み込むように愛撫。


「ダ、ダメだったら……ん…んふぅ……」

さすがにまだぎこちないものの、段々と彼女の声に甘いものが混じっていく。


いづみチャン……いづみチャンいづみチャン……

ウパー―――――ッ!!


将軍は誰よりも血の気が多く、早起きなのだった。



「う゛~……な、なんか、変な感じがするよぅ」

軽い朝食の後、いづみチャンは自宅へ一旦戻ると言うので(下着を替えたいそうだ)、俺もブラブラとお付き合い。

その道すがら、彼女は歩き難そうに俺の腕に絡まるようにしてヒョコヒョコとしていた。

「な、なんかね。まだ……入ってる感じ」


「そ、そうなの?」

見るといづみチャンは、何故か少し腰の辺りに微妙な違和感を抱えているように歩いていた。

なんちゅうか、見る人が見たら、何があったかバレてしまうような腰つきだ。

よもやダンディ様に看破されないかと、俺は少々気が気でない。


「だ、だけど……その……まだ痛い?」

俺は今朝のバトルを思い起こし、そう尋ねてみた。


「うん。まだ痛いよぅ」

心持ち眉間に皺を寄せ、プゥ~と頬を膨らませていづみチャン。

「もう、死ぬかと思ったんだから」


「す、すまねぇ…」

誠に申し訳無いが、僕チャンは大変気持ち良かった。

将軍も、大満足である。


「で、でもね洸一君」

キュッと俺の腕を掴んでいる手に力を込め、頬を赤らめながら彼女は言う。

「その……痛かったけど……す、凄く幸せな感じがするの」


「いづみチャン……」

よ、良かったなぁ将軍。

「お、俺も……すごく幸せだよ」


「……うん。だ、だけどね、ちょっぴり……不安なんだ」


「……不安?」

俺は彼女の顔を覗き込む様にして尋ねた。

なんだろう?

あ、もしかして……避妊具未装着で事を成しちゃったからか?


「……洸一君。ずっと……一緒だよね?」


「あ、当たり前でゴンスッ!!」(ゴワスの終止形)

ってゆーか、既に将来の伴侶は君しかいないっ、と心に決めておるのだぞ?

あまつさえ、子供の名前も考えちゃってたりして……

「どうしてそんな事を聞くんだ?」


「うん。あ、あのね、夢をね……見たの」


「……夢?」

俺の言葉にいづみチャンはコクンと小さく頷き、そして途切れ途切れに口を開いていく。


「……洸一君が出て来る夢なんだけど……たくさんのね、知らない女の子達に囲まれてるの」


「お、俺がか?」

うぅ~む、素晴らしい夢じゃないか、いづみチャン。

男として浪漫を感じるぞよ。


「そ、それでね。私は……それを遠くから見てるだけなの。洸一君の傍に行きたいのに……ただ黙って見てるだけなの」

悲しそうにそう呟き、彼女はキュッと絡めている腕に力を込めた。

「とても寂しくて……だ、だけど私の声は届かなくて……」


「だ、大丈夫だって」

俺は努めて明るく、笑顔を溢しながら断言する。

「この俺様がいづみチャン以外の女の子に興味がある筈ないって。知ってるかい?洸一と書いて、実は『いちず』と読むんだよ?」

超ウソだけど。


「ほ、本当に?」


「本当にだ。俺はもっといづみチャンの事を知りたいし、俺の事も知って欲しい」

具体的に言うと、もっと子造りをしたいと言う意味だ。

「だからその……心配すんな」

そう言い切ると、俺は自分の頭を彼女にコツンと当てて苦笑いを一つ。


だけど……

正直に言うと、少しだけ気掛かりだった。

いづみチャンの見た夢……

俺が見知らぬ女の子に囲まれている夢……

なんだろう?

この心のモヤモヤ感は?

それに知らない女の子達って……何故、初対面の女の子が夢に出て来るのだろうか……

これは何かの啓示なのか?






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