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いきなりのお誘い



 スポットライトが瞬き、歓声が沸き起こる。

俺といづみチャンはステージの上で熱唱していた。

今はもう、何も考えられない。

リズムに合わせてただ純粋に唄うのみ……


『犬のお巡りさん・秘密警察バージョン』

作詞・神代洸一

唄 神代洸一と便所コオロギ‘65


迷子の迷子の子猫チャン

貴方のお国は何処ですか?

名前を聞いても

「それを調べるのがテメェ等の仕事だろうがッ」

お国を聞いても

「捕虜への待遇は南極条約にのっとってくれるんだろうな」

ニャンニャンニャニャ~ン

ニャンニャンニャニャ~ン

鳴いてばかりいる子猫チャン

犬のお巡りさん

困ってしまって

「さっさと吐いた方が身の為だぞ。貴様の代りはいくらでもいるんだからな」

ワンワンワワ~ン♪


ギターを弾き鳴らし、ビートと歓声が一体になる至福の時。

あぁ……今日この日、この瞬間が、俺様のデビューなのだ。

……

ま、学園祭限定バンドだから、今日で解散なんだがな。



★第1話目

11月4日(土)


「よぉーし……今日はみんな、お疲れさん」

俺は機材を片付け終わり、グッタリとしているバンドメンバーの面々に向かって、そう声をかけた。


「ハァ~……クタクタです」

跡部が疲れた顔でそう言うと

「シャワーでも浴びてスッキリしたいなぁ」

と、長坂がぼやく。


「ハハ……ま、片付けは運営委員会の方に任せといて、今日は解散としようや」


「そうだね。僕も何だか疲れちゃったよ」

と豪太郎。

俺はウンウンと軽く頷きながら伸びを一回し、気だるい昂揚感に包まれた体を解す。

見ると多嶋が、何やらアルファベッド3文字の地元アイドルグループ(興味が無いから名前は知らん)のライヴの余韻に浸っているのか、ボォーッと撤収作業でごった返しているステージを虚ろな瞳で見つめているのが目に入った。


や、やれやれ。多嶋のバカは相変わらずじゃのぅ……


「それじゃ神代。打ち上げパーティーは明日の夕方からだったわね」

ギターバックを担ぎ、小山田が尋ねてくる。


「おう。駅前のレスリー・マウンテンに予約してあるからな。遅れるなよ」


「アンタもね」

片目を瞑り、小山田。

相変わらずツインテールのような髪が、頭の動きに合わせてウニャウニャと動く。

本人は、「これが私のアイデンティティなのよ」等と、サッパリ意味の分からん事を平然とのたまわるが……

いつかあの両サイドの長いお下げを、根元からとっても便利な「立ち枝切りバサミ」でチョッキンとしてやりたいと思うのは、俺だけじゃ無い筈だ。


「じゃ、市ヶ谷さんもまた明日ね」

そう言って軽く手を振り、彼女は長坂と跡部を伴なって去って行った。


「フゥ~……」

俺は軽く溜息を吐くと、隣で手を振っているいづみチャンに

「それじゃあ、そろそろ帰ろうか?」

と、声を掛けた。


「うん」

コクンと頷き、にこやかな笑みを溢す彼女。

沈み掛けた太陽の、淡いオレンジの陽光に包まれたその顔は、何だかとても綺麗で、見つめているだけで心の蔵にドックンドックンと不整脈を起こさせるには充分だった。



「それにしても、やっぱりプロって凄いよねぇ」


帰り道……

俺といづみちゃんは手を繋ぎ、秋の夕暮れ独特の物悲しい雰囲気が漂う住宅街を、何するわけでもなくトボトボと歩いていると、彼女は不意にそんな事を、感嘆の溜息と共に漏らした。

「あんな熱狂的って言うか……濃い人達の前で普通に歌うなんて……な、なんか、圧倒されちゃったよ」


「まぁ、確かにな」

言って俺は苦笑する。

「だけど、それがプロってもんだろ?唄でメシ食ってるんだから……スゲェなぁ、と思うのは当たり前の事だぞ?」


「うん。そうだね」

フニャッと頷き、繋いだ手をブンブンと前後に揺らしながらいづみチャンは、鼻歌混じりに先程までライヴで流れていた曲を口ずさみ始めた。


……しかしまぁ、本当に熱狂的なライヴだったな。

アイドルとかに興味は全く無いけど、あんな小さな体でダンスを極めながら唄っちゃうんだもんなぁ……

あのパワフルな肺活量……まさか肺が4つぐらいあるんじゃねぇーのかな?

それに、気味の悪い豚のようなファンの前でもずっと笑顔を崩さなかったし……

その辺は、さすがプロだと感心したわい。


そんな事を考えながら、俺は歌を口ずさむいづみちゃんの可愛いヴォイスに耳を澄ましていると、不意に彼女は

「あ、そうだ」

と、一言呟いた。


「ん?どうした?」


「うん、あのねぇ……洸一クン、今日はこれからどうするの?」

心なしか頬を染め、いづみチャンが小首を傾げながら俺を見上げる。


「これからって……まぁ、今日は全ての行動ポイントを消費してしまったから、家帰ってメシ食って、ゴロゴロしようかなぁ~……と。ここ最近、毎日練習ばかりしていたしな」


「そっかぁ…」

いづみチャンはフンフンと軽く頷き、そして唇に指を当てながら「う~ん」と何か考え事。

「だったらさぁ……御飯、一緒に食べようよ」

ほんのりと頬を赤らめ、そんな事を言う


「ん?夕食を?」

俺は思わずマジマジと、彼女を見つめてしまった。

一緒にって……メシを一緒に食うんだよなぁ……

いづみチャンは良い所のお嬢様なので、門限の関係もあってか、夕飯を一緒に食べた事はないのだ。

彼女と一緒に摂る夕食……

・・・

アルコールはOKなのかな?

いやもちろん、不埒な意味ではなくて。

あくまでも、夕食、ディナーのお供としてのアルコールと言う意味で……

結果、酔ってしまっても、それは不可抗力と言う事で……

って俺は何を考えてるんだ?


「ダ、ダメかな?」


「いいい、いやいや。もちろん喜んで」

俺は『うしゃしゃしゃしゃ』と嫌な笑いを出すのを抑え、ごく自然体を装ってそう言った。

「お姫様のお誘いとあればこの神代洸一、例え背後から刺されようが地獄の業火に身を焼かれようが、どこまでも付いて行く所存であります」


「う、うん。……良かったぁ」

ホフゥと何故か溜息を吐き、そしてニコニコと微笑むいづみチャン。


いやはや、まさか彼女から誘われるとは……

ちょっと嬉しいぞ俺。

「で、どこで食べる?ファミレス?」

牛丼屋でもラーメンでも犬のエサでも何でも良いぞ。

あ、でもいづみチャンはお嬢様だから、ホテルのレストランとかかな?

ぬぅ……となると、スーツを着る必要があるな。

でも僕チン、スーツなんか持ってねぇーけど……貸衣装でも良いのか?


「あ、うん。その……実はね、洸一クンは……私の初めての彼氏だし……いつもお世話になってるから……そのね、家族に話したら……一度連れて来なさいって……」


「……?」


「エヘヘヘ……今日はね、私の家にご招待なの♪」


「――ハウァッ!?」

いいいい、いづみチャンのお家で!?

え?

それって……どーゆー事???


「実はね、お母さんが作ってくれてるんだ。それに、お父さんも今日は休みでお家にいるし……」


「――ハ、ハウッ!?」

ダ、ダンディーパパさんがッ!?

ってゆーか、俺様、家族の食卓に乱入の巻き!?

イ、イヤァァァーーーーーーーーン(号泣)

いづみチャン、それは反則技だよぅ。

親しき仲にもルール有りだよぅ(ちと違う)

「あぅ……」


「ど、どうしたの洸一君?なんか顔色が……」


「い、いや、その……お、俺なんて名も無き無頼漢が……その……お嬢様のお家で食事などと、そんな大それた事など夢のまた夢(By秀吉)と言うか……想像しただけで胃が縮むと言うか……」

だって母君だけならともかく、上級国民ブルジョワであるダンディ様が一緒なんだろ?

「ガハハハ、若い内は肉を食え」

なーんて言うに決ってるんだっ!!

それどころか

「これから先の日本経済について、忌憚無き意見を是非聞きたいねぇ」

とか言われちゃった日には

「あ゛~~……わがんね」

って、東北から初めて上京したおじいちゃんみたいに言っちゃうぞ俺。


「ふ~ん、やっぱりそーゆーのって緊張するんだ」

腕を組み、う~んと唸るいづみチャン。

「でも大丈夫だよ。ウチのお父さんもお母さんも、全然人見知りしないから♪」


「あぅ…」

いや、俺がするだろう?


「エヘヘ~……大丈夫だって、洸一君。そんなに緊張しなくても……普通の家だもん」

ニコニコと笑いながら、いづみチャンが石仏状態の俺の肩をポンポンと叩く。


え?

普通?

いづみちゃんを送りがてら、何度か遠目から見たけど……

自宅に大きな庭と池とプールがあるのが、普通?


「よしっ。それじゃあ洸一君。私ん家にレッツゴー♪」

ヤケにテンションの高いいづみチャンは、俺を無視して腕を高々と振り上げるが、しかし、

「ちょちょ、ちょっと待った」

俺は慌てて、歩き出した彼女の肩を掴んだ。


「ん?なぁに?」


「い、いや、その……今からじゃなくて、その……風呂に入ってからお邪魔するよぅ」


「お風呂?」


「う、うん。汗掻いたから……せめて風呂ぐらい入らないと……」


「そっかぁ。……うん、そうだよね」

ウンウンと頷くいづみチャン。

「それじゃあ、どうしよっか……」


「あ、俺、いづみチャン家憶えてるから……その……小一時間ぐらいしたら伺うよ」


「うん、分かった。一時間ぐらいね」


「お、おう。ご、ご馳走になっちゃうぜ……」

俺はガハハハと笑い、手を振るいづみチャンに別れを告げ、駆け足でその場を後にする。

い、急げ洸一ッ!!

ととと取り敢えず、風呂に入って着替えないと……

それにタキシードなんかを着用しないと、マズイかも知れないからなっ!!


――シャーーー……

俺は熱いシャワーを被りながら、頭をワシャワシャと洗っていた。

う~む、まさか学園祭が終わった後にいづみチャンのお家へ行くと言うビッグイベントが待ち構えていようとは……

ってゆーか、何故にご招待?

まぁ、いづみチャン俺の彼女なんだけどさぁ……急過ぎないか?

出会ったのは夏休みで、正式に付き合いだしたのは、ほんの一ヶ月前ですぞ。

なのにいきなりマダムな母君とダンディな父君に紹介とかするか?


……ともかく、粗相が無いように心掛けないとなぁ……

ダンディ様に、最近の若者はなっちょらんのぅ、とか言われたら、確実に俺はトラウマを負うね。


俺はキュッとシャワーを止めて湯船に浸かり、

取り敢えず……小奇麗にして、それから……なにか手土産はいるのだろうか?

等と考えていた。

やっぱメロンとかぶら下げて行かないと、ダンディーパパに殺されるかも知れないしなぁ……

・・・

ってゆーか、なんで俺はこんなに緊張してるんだ?

恋人の家に行って夕飯をご馳走になるだけ……言わば男なら誰しもがいつかは通る試練。通過儀礼ではないか。な?そうだろ?


「で、でもなぁ……高校生には辛いですよ」

フゥ~と溜息混じりに俺は独りごちたのだった。






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