奥様の一日 前編 *エルサ視点
おはようございます。
スプリングフィールド侯爵夫人、リリアーナ・ルーサーフォード様専属侍女のエルサでございます。
今日は私の可愛い奥様の一日をご紹介しろと天の声が聞こえましたので、僭越ながらお話させて頂きます。
私と夫のフレデリックは、それぞれ主人夫妻の専属の使用人でございますので、二十四時間いつでも対応できるように主人夫妻が暮らす二階の片隅に特別にお部屋を頂いております。とは言いましてもお客様が来た時には見つけられないように隠し扉の向こうに部屋がございますので、限られた人間しか知りません。奥様にはもちろん場所も開け方も含めて教えてありますが夜中に呼ばれたことは一度もございません。他の使用人は通いと寮に分かれています。寮は屋敷の裏手に建っております。私の父と母は専属の使用人ですので屋敷内の一階に部屋を頂いておりましたので、私はそちらで幼少期は過ごしました。フレデリックは子供部屋の隣にある乳母の部屋で私にとっては義理の母にあたるメアリさんが亡くなられるまでは生活しておりました。その後は、今、私たちが住んで居る部屋で生活をしておりました。私は一階から二階へ嫁いだわけですね。
さて本題へと入りますがルーサーフォード家の朝は早いです。
主人夫妻はまだ真っ新な関係でございますし、セドリック様もおりますので午後九時、遅くとも十時には就寝されます。
そして、旦那様は午前四時に起床されましてお庭か中庭で鍛錬を始めます。一時間ほど鍛錬をしたら湯あみをして汗を流し部屋に戻って来て、まだ眠っているセドリック様と奥様を抱き締めて、寝顔の鑑賞会をしておられます。私どもは、その間にありとあらゆる仕度を整えておくのです。
朝六時になると奥様とセドリック様がお目覚めになりますので、私はそれまでに奥様の着替えの仕度をしておきます。セドリック様のお仕度はアリアナが済ませます。
お二人が起きると一旦、ウィリアム様は退出して自分の部屋に着替えに戻ります。
「おはようございます、奥様、セドリック様」
私は奥様が体を起したのを見計らい、目覚めの一杯を差し出します。
本日は、カモミールをメインにしたハーブティに致しました。ちなみにセドリック様は「お水が良い」と前におっしゃられたので、お水を用意しておきます。そういえば旦那様も朝はお水を好まれます。
「ありがとうございます、エルサ」
「ありがとう、エルサ」
「いえ」
私の女神様と天使様は、いつでも必ずこうしてお礼を口にすることを欠かしません。それでいて気遣いも忘れず、常に心優しく穏やかな奥様とセドリック様は輝いて見えます。
使用人としてこんな素晴らしい方に仕えられるのは何よりの幸福です。
紅茶とお水を飲んだら、お二人のためにお水を洗面器に用意してお湯を足してぬるま湯にして顔を洗っていただきます。それが済んだらお着替えです。
「アリアナ、僕の着替えは?」
「今日は、青と緑、どちらに致しますか?」
「うーんとね……姉様は何色?」
「奥様には、本日は緑のドレスをご用意してございます」
「なら緑にする。行こう、アリアナ」
セドリック様は、着替えて来るねとアリアナと共にお部屋を出て行きます。
流石にお着替えだけは一緒には出来ませんので、セドリック様はご自分のお部屋でお着替えをなさいます。
奥様がベッドから立ち上がり、ネグリジェを脱ぎます。すぐに用意していたコルセットを付けさせて頂くのですが、正直な所もともと細身の奥様にこれが必要かどうかは甚だ疑問です。きつくすると具合を悪くしてしまいますので、いつも緩めにしておりますがそれでも十分、細くくびれた腰をお持ちです。
「……こんなドレス、あったかしら」
用意してあった緑のドレスに奥様が不思議そうに首を傾げます。
「奥の方で先日、発見したのでございます」
「でも、この間もそう言っていませんでしたか? やっぱり一度、クローゼットの中をきちんと整理した方がいいのかもしれませんね。ウィリアム様が折角、用意して下さったものを蔑ろにしてはとても失礼ですし、もしかしたらお義母様のドレスが残っていたのかもしれませんもの。お義母様が知ったら嫌だと思われるかもしれませんし」
奥様が不安そうにつぶやかれました。
「大奥様は、そのようなことはおっしゃいませんよ。クローゼットの整理はまた今度することにして、今はお着替えをなさいませんと旦那様が来てしまわれますよ」
「あ、あら、それはいけないわ」
奥様が慌て出しました。白い頬が淡く染まっています。先日、旦那様がうっかり部屋に入ってきてしまい、下着姿(と言っても奥様のシュミューズは透けませんので特筆すべきは美しい生足だけになりますが)を見られてしまったのを思い出されたようです。勿論、生足をガン見しながら謝った旦那様は即刻追い出しました。
私は、奥様がドレスを着るお手伝いをさせて頂きます。
お察しのこととは思いますが、このドレスは旦那様が奥様にとマリエッタ様に頼んで作らせたものです。これ以外にも実はまだ数着あるのですが、慎み深く控えめで謙虚な奥様は、旦那様からドレスや宝飾品などの高価な贈り物をされると非常に、見ているこっちが可哀想になってしまうほど狼狽えて、困り果てて泣きそうな顔をされるので、不甲斐ないヘタレの旦那様は私に「どうにか渡しておいてくれ」とプレゼントを渡すのです。
正直な所、奥様はお裁縫が好きでドレスのような綺麗なものがお好きですので自分がどんなドレスを持っているか全て把握しておられますので、だんだん言い訳を考えるのが難しくなってきました。ちなみに旦那様は結婚の際にドレスは用意しましたが宝飾品の類は、一つも用意しなかったので奥様はあのサファイアのネックレスと婚約指輪以外の宝飾品を持っていないと思っております。それに私どもも散々「ネックレスの一つも買って頂きましょう」と言っておりましたので「クローゼットから出て来た」という戦法が使えませんので、宝飾品は溜まる一方です。
お花やお菓子などは、奥様も素直に受け取って喜んでおられるのですが、ドレスや宝飾品の類はどうしても遠慮してしまうようでした。お裁縫関係の贈り物も素直に受け取られるのですが、それは多分、ご自分で使うことがないからです。奥様に贈られる刺繍糸やレースや布は孤児院のバザーに出す品になるか、セドリック様と旦那様のスカーフやベストなどの刺繍になるか、公爵様への贈り物になるか果ては私たちに下さる小物になるかで、奥様のものになったのは以前、公爵様をお助けした時に使ったあの薔薇の刺繍のハンカチ一枚きりです。
奥様が社交をしておられるのなら、新しいドレスも宝飾品も必要なものだと言い包めることも出来るのですが、正式にデビューをしていない奥様は夜会に出ることも、茶会を開くことも出来ませんし、他家の奥様やお嬢様がお誘いすることも出来ません。
それに一応は建前で流していた「病弱」という噂ですが、あれは全てが嘘という訳ではありません。この一年と数か月、お傍に居て実感したのですが奥様は多分、お体があまり強くはありません。病弱というほどではありませんが奥様の実母であったカトリーヌ様はもともと病弱だったとお聞きしておりますので、奥様自身もあまり強くないのだと思われます。それに十五年間を過ごした実家での生活が余計に奥様の健康を阻害していたと思われますので、おいそれと旦那様も奥様をデビューさせる気にはなれないようでございました。一度、デビューしてしまえば、大貴族の侯爵夫人であり、英雄の妻である奥様はひっきりなしにパーティーに呼ばれ、茶会に呼ばれることになるでしょうし、体力と気力の面でも大変な社交界であっという間に倒れてしまいそうです。
「素敵なドレスです。このレースが可愛いですね」
奥様はスクエアネックの襟元を縁どる控えめな淡い緑色のレースを指で辿りながら微笑みました。
奥様はシンプルなデザインを好まれますので、旦那様が贈られるドレスもシンプルなデザインが多いのです。素材が女神ですので、そのシンプルさが奥様の魅力を最大限に引き立てています。
ですが、どのドレスも刺繍が好きな奥様のためにどこかしらに必ず刺繍が施されています。
「この刺繍も素敵ですね。葉っぱがモチーフなのかしら」
胴体部分に広がる刺繍に奥様が顔を綻ばせます。
私の奥様は今日もお可愛らしいというのを再確認しながら、ドレッサーの前に移動します。
「今日は如何いたしますか」
奥様はお天気を確かめるために窓の外へと顔を向けました。
本日は穏やかな秋晴れでございます。
「今日の午後は、お父様に会いに行く予定ですから、ちょっと大人っぽくしてください」
少し気恥ずかしそうに奥様がお願いしてきます。
可愛すぎて抱きしめたくなるのをぐっとこらえて、かしこまりました、と大人の笑顔で頷きます。
毎晩、湯あみを済ませた後、香油を丁寧に塗り込ませて頂いている奥様の淡い金の髪は癖の一つもなく真っ直ぐで艶々で絹糸のように美しいです。手触りも最高で奥様の髪のお手入れは私の楽しみベストスリーに入ります。
「今日も奥様の御髪は綺麗です」
「ふふっ、ありがとうございます」
今日は、大人っぽくという奥様のご要望に合わせて両サイドの髪を編み込みにして紐で結びます。前髪を整えて、顔の横に残した髪と後ろに流れる美しい髪も先の方をくるくるっとコテで巻いてふわふわ感を出します。
「このリボンを使って貰っていいですか?」
奥様がおずおずと引き出しから取り出したのは、綺麗なブルーに銀糸の縁取りの美しいリボンでした。
「この間、お父様が下さったの。だから、その、喜んでもらえるかしら」
「きっと大喜びに違いありませんわ」
何かしらリボンが欲しいと思っていたので、早速、編み込みのみつあみを縛った紐の部分にリボンを巻いて、蝶々結びにして形を整えます。奥様の髪が最高級の金糸のように美しいので、青いリボンだけでもとても素敵です。
ちなみにお父様というのは、実父ではなく、王家の血を引くフックスベルガー公爵様のことでございます。長らく当家で療養していた公爵様も三週間ほど前に公爵家へお戻りになられました。実の父以上にお父様として公爵様を慕っていた奥様は寂しそうでしたが、まだ完全に仕事復帰はしていない公爵様は三日に一度は遊びにいらっしゃいますし、奥様も週に一度は会いに行かれます。
「こんな感じで如何でしょうか」
私は大き目の鏡を手に取り、後ろも確認していただけるようにドレッサーの鏡に映します。奥様は少し顔を傾けたり手で触れたりした後、満足そうにうなずいて下さいました。
「とても素敵です、ありがとうございます、エルサ」
「いえ、奥様が素敵だから何をしても素敵に仕上がるのでございます」
心からの本心ですのに、奥様は冗談が上手ね、とふわふわと笑っておられます。そんなお姿も大変、お可愛らしいです。
それからお化粧をさせて頂くのですが、正直、何度も申し上げています通り、素材が女神ですのでお化粧も白粉を少々と紅を少々唇に差すだけであとは特に何もしません。たったそれだけでも奥様の美しさは輝きを増すのです。もちろん夜には化粧水や美容液でお手入れをさせていただいているのですがシミ一つなく、毛穴の一つも見つからないお肌は陶磁器のようです。何せ旦那様との結婚式の時でさえ、奥様はすっぴんでしたが私がそれに気づいたのは、湯あみを済ませた奥様の顔が入る前と何ら変わりなかったからでございます。
夜会に出る出ないは置いておくにしても、一度、本気で奥様を飾り立ててみたいものです。きっと、傾国の女神が爆誕するに違いありません。当家の旦那様の理性が心配ですが。
「リィナ、いいかい?」
コンコンとノックの音が聞こえて旦那様の声がしました。
「はい、ウィリアム様」
奥様が答えると騎士服に着替えた旦那様が入ってきました。
旦那様は、奥様が自分が(こっそり)贈ったドレスを身に纏っていることに気付くと嬉しそうに目を細めました。
こちらへやって来ると奥様を後ろから抱き締めて、頬にキスを落とします。
「今日も私の女神は世界一、美しいね。それに今日は髪もふわふわしていてとても可愛いよ」
砂糖を煮詰めたような甘い声と言葉に初心な奥様は真っ赤になって俯いてしまわれました。お可愛らしい。
私は、ドレッサーの鍵付きの引き出しに顔を向け、ポケットから鍵を取り出して引き出しを開けて宝石箱を取り出します。と言っても入っているのはサファイアのネックレスと婚約指輪だけですが。
「どうぞ」
宝石箱を開けて中身を差し出せば、旦那様が嬉々として奥様にネックレスを付けます。奥様は嬉しそうにそれを鏡越しに見ておられます。ネックレスを付けたら、今度は左手を取り、薔薇がモチーフの指輪を左手に嵌めます。指輪を嵌めたその華奢な左手をとり、手の甲と指輪に旦那様がキスを落とします。
「これで今日も君は私だけの女神だ。愛してるよ、リィナ」
「は、はい。私もです、ウィリアム様」
奥様が真っ赤になってぷるぷるしながら、それでもとても幸せそうに頷かれました。
砂糖を煮詰めた上に蜂蜜を掛けたような濃厚で甘ったるい愛情を惜しげもなく注ぐ旦那様は、正直見ているのもキツイですが、私の可愛い奥様が非常に可愛らしいので黙認します。
ちなみにこれが毎朝です。眠る時にセドリック様や旦那様を傷付けたり、首が締まったりしては危ないからと奥様は指輪とネックレスは眠る時は外していたのですがいつの間にやら毎朝、旦那様がわざわざ付けに来るようになりました。旦那様が夜勤などで居ない日は、旦那様に使命を仰せつかったセドリック様が爽やかな王子様のように役目を果たして下さいます。こちらは旦那様と違って、本当に本当にお可愛らしいですし、朝から最高に癒されますのでおすすめです。
「さあ、私のリィナ、朝食に行こう」
「はい」
差し出された腕に手を添えて奥様が立ち上がります。
中身と頭はあれですが、見目も良く立派な騎士である旦那様と小柄で華奢で庇護欲をそそり、それでいて可憐で美しく愛らしくて女神のような奥様は並んでいるととても絵になります。乙女が一度は憧れる『騎士とお姫様』を現実で形にするとこうなると思います。ルーサーフォード家のメイドたちの満場一致の意見です。
ゆっくりと歩き出されたお二人の背を追うように私も奥様の寝室を後にしました。
朝食を済ませて、少しだけのんびりとした後は、旦那様をお見送りする時間です。
日勤の使用人たちがずらりと並ぶエントランスで、私も奥様とセドリック様と共に旦那様とフレデリックを見送ります。
「さあ、エルサ」
ムカつくほど爽やかな笑顔を浮かべた私の夫が、腕を広げて待ち構えています。
毎朝、毎朝、張り倒したくなるのですが、それもこれも全ては旦那様の所為です。私は舌打ちしたくなるのをぐっとこらえて、微笑みを浮かべたまま夫に歩み寄り、少し背伸びをしてその頬にキスをします。するとぐっと抱き締められて、唇に触れるだけのキスが落とされ、最後に頬にキスをされて、解放されます。
「これで今日も一日、頑張れる。ありがとう、エルサ」
「行ってらっしゃい、フレデリック」
定形の挨拶を交わすとフレデリックは、旦那様の後ろへと下がりました。
「さあ、リィナ!」
今度は旦那様が嬉しそうに腕を広げました。
真っ赤になった奥様がおずおずと歩み出て、一生懸命背伸びをしますが無駄に大きな旦那様ですので女性らしく小柄な奥様は届きません。困ったように眉を下げた奥様を堪能した旦那様が少し体を屈めてその頬にキスを受けるとぎゅうと奥様を抱き締めてキスをしました。奥様からの頬へのキスに理性が振り切れて舌を入れようとした旦那様は初回に脇腹をフレデリックに殴られたので、キスは軽いものです。ちなみに唇を舐められた純粋無垢な奥様は余りに突然のことに羞恥が振り切れて気絶なさいました。旦那様がアーサーに説教されたのは言うまでもありません。
思いが通じ合い、改めて奥様に求婚して本物の夫婦になった主人夫妻は大変、仲睦まじいのです。
ですが、下心の塊みたいな旦那様は兎にも角にも奥様が可愛くて仕方がないようで隙あらばイチャイチャしたいのです。そこで、お見送りとお出迎えのキスをして欲しいと申し出た旦那様に奥様は恥ずかしいので無理ですと答えたのですが、そこで諦めないのが当家の旦那様です。
『リリアーナ、騎士というのはいつ何があるとも知れない身だ。見送りのキスは騎士とその妻にとっては儀式のようなもので無事に帰って来られるようにというおまじないでもある』
と、適当なことを宣った旦那様の言葉を、純粋な奥様はすっかり信じ込んでしまったのですが、二人きりであるとか傍に居るのが私だけならいざ知らず、弟のセドリック様も他の使用人もたくさんいる環境下では奥様は恥ずかしいと泣きそうになっておられました。
ですが、何としてでも奥様からのキスが欲しい旦那様は、事もあろうに私たち夫婦を生贄にしたのです。
『フレディも騎士団に行くから、騎士みたいなものだし、実は毎朝、してもらってる。な、フレディ』
急に話を振られた私の夫は、旦那様を見て、奥様を見て、(義理の父である)アーサーを見て、最後に私に顔を向けると、あの何を考えているかさっぱり分からない飄々とした笑みを浮かべて、腕を広げやがったのです。
『さあ、エルサ。手本を見せて差し上げましょう』
そして、初夏の朝のごとく爽やかな笑みと共に平然と宣いやがったのです。
正直、殴りたかったですし、出来るなら回し蹴りを決めたかったのですが、申し訳なさそうに私を見つめる奥様と無駄に必死な旦那様に負けました。主人夫妻の仲を取り持つのも私たち使用人の役目、そう言い聞かせて私はフレデリックの頬にキスをしました。そして、離れようとした私を抱き締めた夫に唇を奪われ、咄嗟に殴ろうとしたのも飄々と躱されて頬にキスをしたフレデリックは満足げに離れて行きました。
『流石、私の乳兄弟! 完璧だ!』
あの場で喜んでいたのは、旦那様だけだと思います。奥様は真っ赤になって固まっておいででしたし、残りの使用人は父を除いて、他人事故に非常にニヤニヤしてました。使用人として優秀な人たちですので一見するとただの微笑みでしたが長年共に働いている私の目は誤魔化されません。絶対にニヤニヤしていました。ですがしっかりセドリック様に目隠しをしていたのは流石です。ちなみに父は遠い目をしていました。
そして、努力家の奥様は「エルサが教えてくれたのですから」とご自分を奮い立たせて、旦那様の頬にキスをして前述の通り旦那様の所為で気絶してしまわれたのでございます。
今も尚、どうして私とフレデリックも朝のキスをしなければいけないのかはよく分かりませんが、どうやら奥様は「自分だけじゃない」ということに勇気づけられているようですので仕方ありません。
「リリアーナ、今日も君とセディと王都を護るために行ってくるよ」
奥様を抱き締めたまま旦那様が言いました。
「はい、お怪我に気を付けていってらっしゃいませ」
「ああ。さあ、セディも義兄上に行ってらっしゃいのキスをしてくれ」
奥様の額にキスをしたウィリアム様が、傍で姉夫婦の仲の良さにニコニコしていたセドリック様を呼びます。片膝をついた旦那様にセドリック様が無邪気に抱き着きます。
「行ってらっしゃいませ、義兄上!」
そう言ってセドリック様もウィリアム様の頬にキスをして、ウィリアム様もセドリック様の頬にキスを返します。
「セディ、小さな騎士殿、私のお姫様を頼んだよ」
「はい! 義兄上!」
元気よくお返事をしたセドリック様をぎゅうと抱き締めてから立ち上がります。
ともすれば奥様同様、遠慮がちなセドリック様を絶対に忘れない旦那様は流石と言えます。こういう所だけは本当に人として素晴らしいと言えるでしょう。
「では、行ってくる」
そう言って表情を引き締めた旦那様は、フレデリックと共に出かけて行きます。馬に跨り颯爽と駆けていく姿は、騎士らしく本当にご立派です。
旦那様のお姿が見えなくなり、ドアが閉められると頬に赤みを残しつつも奥様はセドリック様と共に二階に戻られ、私とアリアナがその背に続きます。他の使用人たちも各々の仕事へと戻っていき、一日が始まります。
こうして奥様の一日は、過分な甘さと共に始まるのです。
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