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第三十六話(最終話) 偽りの幸福が消える時

 湖は、夏に比べるとずっと静かな気がします。

 ウィリアム様は、私と歩く時、私の歩幅に合わせてとてもゆっくりと歩いて下さいます。こういったささやかな優しさに気付く度に、好きという気持ちが降り積もっていきます。


「寒くはないか?」


「はい、ストールが厚手のものですので」


 私は茶色と赤チェックのストールを寄せます。

 ウィリアム様は、そうか、と頷いてまたのんびりと歩きます。


「お花畑に行けないのは、残念ですが……秋の湖も綺麗ですね」


 澄んだ湖面は鏡のようで、どこまでも青く晴れ渡った空と白い雲が映り込んでいます。雲の流れがとても速くて、空は刻一刻と表情を変えていきます。水際に打ち寄せる波は穏やかで、心が落ち着きます。


「もう少ししたらもっと木々が色を深めて本当に綺麗なんだ。出来れば連れて来てやりたいんだが、仕事があれこれ忙しくて約束が出来なくて済まない」


「分かっております。ウィリアム様は、王都を護って下さっている騎士様ですもの。セドリックだって分かっております。ですが……お休みできる時は、きちんと休んで下さいませ。また倒れたら大変ですもの」


「ありがとう。私のリィナは優しいな」


「いえ、そんな」


 甘い笑顔に頬が熱くなって顔を伏せます。

 この頃のウィリアム様は、二人きりになると私を「リィナ」という愛称で呼びます。砂糖を溶かして、蜂蜜も入れたみたいに甘い声で呼ばれるとそれだけでもう心臓が爆発しそうになります。

 いえ、白状しますと両想いになったあの日から、ウィリアム様がお傍に居るだけでドキドキしますし、笑いかけられると前よりももっともっと嬉しいですし、抱き締められると幸せ過ぎて涙が出そうになります。

 全てを思い出して尚、私を愛していると言って下さった事実が、私をおかしくするのです。

 最近の私は、ウィリアム様が大好き過ぎて困ります。


「あそこにベンチがある。少し座ろう。ここならセディからも私たちが見えるだろう」


 振り返れば、とっても小さいですがエルサたちの姿が見えます。

 ウィリアム様は、ベンチに近付くと私の手をそっと解いて、ハンカチを取り出してベンチに敷いて下さいました。そして再び手を取られ、ベンチまで連れて行って下さいます。紳士過ぎて、胸がきゅんきゅんします。

 隣に腰掛けたウィリアム様は、腰の剣を傍らに置くとぴたりとくっついて私の肩を抱き寄せます。よりかかるとふわりと爽やかな香水の匂いが私を包み込みます。

 お互いに言葉はなく、ただ寄り添うようにして目の前に広がる雄大な自然を眺めます。


「誰かの口で伝え聞くよりは、私の口から話しておきたいんだが……ロクサリーヌ嬢のことを」


 飛び出て来た名前は、あの日、記憶を取り戻されたウィリアム様が口にしていた彼の元婚約者様のお名前でした。

 少し驚いて彼を見上げると、何だか心配そうな顔で私を見つめています。


「君が嫌なら良いんだが……」


「いえ、お聞かせくださいまし……大切な方でしたのでしょう?」


 私の問いにウィリアム様は何とも言えない顔をしました。


「大切か否かと言われれば、多分、大切だったとは思うのだが最低なことに私は、君に恋をした今、彼女への愛情が恋ではなく、妹や友人に向けるものと変わりなかったことに気付いてしまった」


 苦笑交じりにウィリアム様は肩を竦めます。


「私がリィナに抱く想いと彼女に抱いていた想いは、全く違う。……政略結婚で私も彼女もまだ子供だったからかもしれない。とはいえ、彼女も私も貴族という身分で、私と彼女の結婚は陛下の意思もあった。貴族として結婚自体に不満があったわけでは無かったが、なんとなくあのまま結婚していたとしても何れは破綻していたのでは、と思う」


「……ロクサリーヌ様は今はどうなさっておいでなのですか?」


「彼女は、王都から遠く離れた場所に嫁いで平和に暮らしているよ。二、三年前に軍部の視察で訪れた時に、誰にも言わずこっそりと姿を見たが彼女によく似た幼い男の子と一緒に洗濯を干していて、夫君が後から出て来て洗濯を手伝っていて仲睦まじそうだった。それに彼女のお腹には、もう一人、子どもがいるようだった。あの時は……裏切った私を差し置いて、と少し思ってしまったが、今は君のお蔭でとても穏やかな気持ちだ。一度は家族になろうと思った女性だ。幸せに暮らしているのなら、それでよいと思えるようになった。私には愛しいリィナと可愛いセディがいるから、負けないくらいに幸せだしな」


 柔らかに細められた青い瞳に私も笑みを返しました。

 それからまた暫く、私は彼の胸に頭を寄せて、その心音を聞いていました。風の音と彼の心臓の音とさざ波の音、木々の擦れる音、世界は怖いくらいに平和で穏やかでした。


「…………サンドラ様は、どうなりましたか」


 ずっと聞きたくて、聞けなかった問いを彼の心臓の音を聞きながら私は湖を見つめたまま口にしました。

 ウィリアム様がお忙しくて、帰ってくればセドリックも一緒に居ましたので、聞く隙がなかったのです。

 私の肩を抱く手が、ほんの少し撫でるように動きました。


「彼女の遺体は、検死が終わった後、身元引受人を探したんだがディズリー男爵家は既に代が変わっていて、現当主である彼女の兄は引き取りを拒否した。他に愛人の何人かも当たったが否が返された。……結果、火葬され小さな骨壺に収められた彼女は――ライモス殿の下に帰ったよ」


 胸にじんわりと温かな安堵にも似たものが広がるのがとても不思議でした。

 クレアシオン王国では、殆どの場合をおいて土葬によって故人は長い時間をかけ大地に還りますが、重篤な伝染病に罹患した後に亡くなられた方と重い犯罪を犯した者だけは、火葬されます。前者は遺体から病が広がるのを危惧しているだけですので火葬されたあと骨はお墓に直接埋られて、故人は地に還ります。ですが、後者はクレアシオンの豊かな大地に還ることは赦されません。

 家族が引き取った後は、別れを告げ簡単な儀式を済ませると専用の墓地の地下牢に収められます。引き取り手がなかった場合は、そのまま地下牢へと送られ、永い時を暗闇で過ごすことを罰とするのです。


「私、サンドラ様のことを赦しましたけれど、彼女に与えられた恐怖をまだ全て忘れられそうにはないのです。だって私の人生の殆どを私はサンドラという女性に恐怖をもって支配されていたのですから……でも、」


「でも?」


「……あの日、心からそう告げたように、セドリックを産んで下さったことに関しては感謝しているのです」


 自然と小さな笑みが零れました、膝の上にあった手に大きな手が重ねられます。


「いつか、サンドラ様のことをあの子に告げる時が来たら……愛されて生まれて来たのだと、そう伝えたいのです。だって、サンドラ様は……あの子がピーマンを嫌いだという事実を知っていたのですから」


「……ああ」


 優しい声が上で聞こえて、私は笑みを深くしてウィリアム様に更に体をくっつけました。

 アリアナさんが教えてくれたのですが、筋肉というのは熱を発するので鍛えられた体を持つウィリアム様は、いつでも温かいのです。


「リリアーナ、もう暫くしたらエヴァレット子爵家にいかないか」


 思わぬお言葉に顔を上げると穏やかに微笑むウィリアム様と目が合いました。


「君のお母上の実家だ。今は母上の兄君であるロルフ殿が爵位を継いでいて、先代夫妻は領地に居たが君が元気になったという噂を耳にして今度の社交期にはこちらに来るから君に会いたいと先日、手紙が来てね」


「ですが、これまで一度も……」


「……サンドラが全ての文を握り潰していたんだ。そして、その手紙が届くとサンドラが君を鞭打つことが多く、オールウィンの老執事は、子爵家にこれ以上関わり合いにならないようにと言ったんだ。もし、君が会いたくないと言うのなら、そう返事を出すが……」


 私は、どうしたら良いのか分かりませんでした。おじい様やおばあ様に会ってみたい気持ちはあるのですが、どういう方たちか全く存じ上げませんし、関わったこともないので会うことに不安もあるのです。


「今すぐという訳ではない。ゆっくり考えると良い。社交期が終わるまでには答えをくれればそれで充分だから」


「分かりました。考えてみます」


 私が頷くとウィリアム様は、いつでも相談してくれ、と言って下さいました。はい、と頷いて返します。


「……ところでリィナ」


「はい」


「やっぱり隣じゃなくて、こっちに来ないか? 隣もいいが膝に抱えて座る方が楽しい気がする。いや、確実に楽しい」


 急に真面目な顔で何をおっしゃるのかと身構えたのに、ウィリアム様は真剣にご自分の膝を叩いてそんなことを言いました。


「人前ではしないってお約束しました」


 私は唇を尖らせて体を離します。

 先日、ガウェイン様の前だというのに私を膝に乗せて、ケーキを食べさせようとするので私は恥ずかしくて恥ずかしくて溶けてしまうかと思ったのです。ですから人前ではしないとお約束をしたのです。


「人前って、彼らはあんなに離れてる」


「離れていても膝に乗っているかどうかは分かります。私にだってセディがお父様のお膝に寝ているのが見えますもの」


 恥ずかしいです、と私は頬を両手で押さえました。

 大好きなウィリアム様のお膝に抱っこして頂くのは、勿論、嫌いではないのですが人前では恥ずかしいのです。


「くそっ、花畑にあの蜂共が巣を作らなければ二人きりで膝枕をしてもらうつもりだったのにっ、イチャイチャしたかったっ」


 ウィリアム様が悔しそうに拳を握りしめました。

 ピクニック二日前、落ち込んだウィリアム様から夏に連れて言って頂いたお花畑には行けなくなったと教えられました。何でも地面の中に巣をつくる大きくて獰猛な蜂が、あの花畑に幾つか巣を作ってしまったそうです。駆除しようにも蜂の毒はあまりに刺されると命の危険も伴うので蜂が弱る冬にならないと危険すぎるとのことでお花畑は春になるまで立ち入り禁止だそうです。

 楽しみにしていたので残念でしたが、何故かウィリアム様が私以上に落ち込んでおられて可哀想です。心豊かなウィリアム様は、秋のお花畑を楽しみにしていたのでしょう。夏に行った時も感動に悶えていらっしゃいましたから。


「ウィリアム様、お膝に抱っこは恥ずかしいので駄目ですけど、私のお膝枕でしたら、どうぞ」


「……膝枕は恥ずかしくないのか?」


「はい。だってセディにも良くしますし、ガウェイン様もセディにしてますし……あ、ウィリアム様、お嫌ですか?」


「嫌な訳ない!」


 ぶんぶんと首を横に振ったウィリアム様は勢いよく立ち上がり、そっと私をベンチの端っこに移動させると私の膝を枕にベンチに寝ころびました。

 私のお膝の上で私を見上げるウィリアム様の琥珀色の綺麗な髪をそっと撫でます。


「私、こうやってウィリアム様の髪を撫でている時、とても幸せなのです。まるで貴方の特別になれたような気がしていました」


「何を言っているんだ。リィナにしかこんなことは許さないんだから、君は私の特別で間違いない。先祖代々、薄毛はいないが君の幸せを減らさないように頭髪の維持にも努める」


 ウィリアム様がとても真剣に大真面目におっしゃいました。

 私に対していつでも誠実なウィリアム様に私は、はい、と頷きました。頬が勝手に緩んでしまいます。


「朝も言ったが、やっぱりこのワンピースは君に似合うな。マリオ作というのが悔しいが君の魅力を存分に引き立てている」


「マリエッタ様のデザインはとても可愛いのです。でも、ウィリアム様が選んでくださっただけで、嬉しいです」


 今日のワンピースは、落ち着いたローズピンクです。昨夜、ウィリアム様が今日の為にとプレゼントしてくださいました。程よいフリルと控えめなレースが可愛くて袖が七分丈なのも今の季節にぴったりです。すっとしたスカートは裾に深紅の糸で複雑な刺繍が施されています。胸元はすっきりとしていて、ウィリアム様に頂いたサファイアが良く映えます。

 ウィリアム様は、私の頬をくすぐるように撫でると、ふーっと息を吐きだして私の向こう、青空へと視線を向けました。


「今日は本当に良い天気だな」


「はい」


 他愛のない話を交わしながら、時折、視線を絡めたりお互いの髪や頬を撫でたりしながらのんびりと過ごします。

 そして、そろそろだな、とセドリックが起きる時間を見計らうようにウィリアム様が起き上がり、私たちはまたゆっくりとセドリックたちが待っている方へと歩き出します。


「このあと、ちょっと君に大事な話があるんだが」


 隣を歩くウィリアム様が珍しく歯切れ悪く視線を逸らします。


「……悲しいお話ですか」


「いや、悲しくはないが、その、とても大事な話なんだ」


「でしたらいつでも」


 私が微笑みながら頷くとウィリアム様はほっとしたように表情を緩めました。








 皆さんのところに戻ると何故か、私はウィリアム様に連れられて、やっぱり何故かずらりと並ぶ彼らの前に立ちました。

 いつもなら一番に飛びついて来るセドリックもガウェイン様の隣でにこにこしながらこちらを見ています。


「セディ? どうし」


「レディ・リリアーナ」


 遮られた言葉に顔を向ければ、何故かウィリアム様が私の足元に、片膝をつくようにして跪いていました。

 鮮やかな青い瞳が真っ直ぐに私を見つめています。

 これが大事なお話なのでしょうか、と私は首を傾げます。


「ウィリアム様?」


「リリアーナ、私は本当に君に自慢してもらえるほど誠実な夫ではない。仕事ばかり忙しくて、なかなか君やセディとの時間も取れないし、騎士なんて仕事はいつ何時、命を落とすかも分からない危ない仕事で、君に不安な夜を過ごさせてしまうことだってあると思う」


 私は何が何だか分からなくて、でもただ一つの予感はあってじっとウィリアム様を見つめ返します。


「私と君の結婚は、私が急に決めたもので碌な時間も取れず、結婚式だって立派な物でもなく、結婚した後も君には寂しい思いをさせてしまった。そして、挙句の果てには私は記憶喪失なんていうものになって、君に迷惑をかけてしまった。だが、おかげで私は記憶というものを引き換えにして本当に大切なものを、ずっとずっと望み続けていた物を手に入れられた。私と共に歩んでくれる人を得られた」


 私の両手がウィリアム様の両手に包まれました。

 私はずらりと並ぶ彼らに顔を向けました。皆さん、優しい笑顔を浮かべていて、エルサとアリアナさんは涙ぐんでいます。


「ついこの間まで、私と君の間にあったのは偽りの幸福だった。それは私の臆病さと君の諦めが作り出したものだった。だが、これから……私の一生を懸けて君を愛し、守ると誓う。そして、君が願ったように私は君より一日でも一時間でも一秒でも長く生きることを約束する。どれほどの危険な任務に従事しても、必ず生きて君の下に戻ると君と神と剣に誓う。ここにいる彼らが証人だ」


 だから、とそこで言葉を切って、ウィリアム様は私の手を放してポケットに手を入れました。そしてビロードの小さな箱を取り出してぱかり、と蓋を開けました。

 白い絹の台の上にプラチナの指輪が輝いていました。薔薇を模った銀の細工の中心には小さな青いサファイアが輝き、その隣には大粒のダイヤが輝いています。

 ウィリアム様は、とても緊張した面持ちで、一度、深呼吸をすると改めて私を見上げます。


「改めて…………レディ・リリアーナ」


「……はいっ」


 私は今にも涙が溢れそうで、両手で口元を覆いました。


「私と結婚して欲しい。そして、永遠の幸福を他ならない君と築いていきたい」


 涙が零れそうになるのをぐっと我慢して、私は問います。


「……私で、良いのですか?」


「私は、君が良い。……私には、リリアーナしかいない。だから、私と結婚して下さい」


「はいっ。私も、他でもない、貴方と――ウィリアム様と幸せになりたいです」


 私は泣きながら笑って、精一杯、頷きました。瞬間、ぎゅうと立ち上がったウィリアム様に抱き締められて「リィナ! 愛してる!」と叫ぶウィリアム様からたくさんキスされてしまいました。


「おめでとさん、ウィル! 今夜は宴だ!」


「おめでとうございます、奥様!」


「リリィちゃん泣かしたら、僕が貰っちゃうからね! カドックは賛成だって!!」


「私の大事な奥様を泣かしたら即刻追い出しますからね!」


「その際は私も協力して追い出しますから、私は一生エルサ派ですので」


「リリアーナ、家出がしたくなったらいつでもお父様のところにおいで」


「公爵家一同、いつでもお待ちしております!」


「お前ら少しはまともに祝えないのか! マリオとアリアナが以外は何なんだ! 敵か!?」


「僕らはただリリィちゃんの味方ってだけだよ。ねー!」


「ねー」


「ねー、じゃない!」


 ウィリアム様が私を抱き締めたまま怒ります。するとセドリックが小走りにやって来て、私とウィリアム様に抱き着きました。


「姉様、義兄上、おめでとうございます!」


 ウィリアム様が私を放して、セドリックを抱き上げました。そしてセドリックに指輪を渡します。


「セディ、もし君が私とリリアーナの結婚を許してくれるなら、彼女の指に指輪を嵌めてくれないか?」


「はい!」


 輝く笑顔で頷いたセドリックは迷うことなくウィリアム様から指輪を受け取り、私が差し出した左手を取ると一生懸命、薬指に指輪を嵌めてくれました。

 左手の薬指に収まった指輪はサイズもぴったりで、私の大好きな薔薇の花があしらわれていてとても素敵です。でもそれ以上にこの指輪がもつ意味が私を幸福にしてくれます。目が合ったウィリアム様も幸せそうに笑っていました。


「義兄上、姉様のこと大事にしてくださいね」


 セドリックがやけに改まってウィリアム様に言いました。ウィリアム様は表情を引き締めるとセドリックの紫の瞳を真っ直ぐに見据えます。


「ああ。ウィリアム・ルーサーフォードの名に懸けて、リリアーナと、そして、君も何より愛して、守ると約束するよ」


 セドリックは、ぱちりと大きな目を瞬かせるとくしゃりと顔を歪ませてウィリアム様に抱き着きました。私もセドリックを追うようにウィリアム様に抱き着けば、力強い腕がいつものように私たちを抱き締めてくれました。


「愛しているよ、私の愛しいリリアーナ、そして、可愛いセディ」


 柔らかく低く響く優しいその声に私たちは、泣きながら何度も何度も頷きました。

 胸に溢れる幸福はまるで満開のお花のように次々と花開いていくようで、その度に世界が鮮やかになっていくようにさえ思えました。その全てが彼が与えてくれたものだと言うのなら、どうか、私のたった一人の愛しい人にも同じだけの幸福が溢れていますようにと私は心から願いました。


「愛しています、ウィリアム様」


 顔を上げて、頬へのキスと共に告げた言葉にウィリアム様は、私の大好きな青い瞳を柔らかく細めてとびきりの笑顔をくれます。

 きっとただそれだけのことで私が世界一、幸せになっていることなんて彼は知らないかもしれませんが、私は彼が笑ってくれるだけで本当に本当に、どうしようもなく幸せなのです。

 私の胸にあった偽りの幸福は、もうどこにもありません。今、私の胸にあるのはきっと永遠に輝き続けて、愛というものをたっぷりと含んだ永遠の幸福です。


「……ウィリアム様、セディ、知っていますか」


「何を?」


 不思議そうに首を傾げた二人に私は、とびきりの笑顔を零しました。


――私、今、世界一幸せです。








おわり

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[良い点] 登場人物のキャラがきちんと活きていてやりとりは楽しめる ストーリーもチープながら王道を踏襲して不安なく読める [気になる点] 文章がとにかく稚拙 突然出てくるキャラクター、組織 伏線が伏線…
[良い点] とても素晴らしい作品でした。とても笑えてハラハラして、涙を流すほど感動しました。このような良作に出会えて本当に良かったです。ありがとうございます!!
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