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第三十五話 秋の湖畔


 さぁぁと湖面を撫でて吹き抜けていく風は、からりとした冷たさを孕んでいてとても爽やかに感じられます。 

 日向がとても心地よくて私は、ガウェイン様と毛布の上に並んで座り日向ぼっこをしています。

 ガウェイン様のお膝には、私が刺した刺繍がある奥様のストールが掛けられていました。


「心なしか、ターシャも心地よさそうだと思わないかい」


「ふふっ、そうですね。猫ちゃんは日向ぼっこが好きですから」


 淡い金色の猫を撫でながらガウェイン様が穏やかな笑みを零します。私もつられて笑みを零しながら、その言葉に頷きます。

 ウィリアム様がお仕事を調整されて、二日間のお休みを獲得されましたので今日は、ピクニックに来ています。今回は三日ほど前に教えて下さったので、セドリックが大興奮して大変でしたが前よりはきちんと入念な準備をしてきました。今夜もアルフォンス様の別荘にお邪魔しますので、セドリックはまた皆でお風呂に入るのをとても楽しみにしていました。

 二か月ぶりくらいに来た王家の私有地にある湖は、夏の装いからすっかり秋の装いになり、紅葉し始めた木々が湖を囲んでいます。セドリックはウィリアム様と一緒にボートに乗って、アルフ様とカドック様のペアとエルサとフレデリックさんのペアとどのペアが一番釣れるかというゲームをしています。時折、湖面に浮かぶボートの上からセドリックがこちらに手を振ってくれます。

 マリオさんも一緒に来ているのですが、マリオさんは「秋のデザインが浮かぶ!」と言いながら森の中にスケッチをしに行ってしまいました。後でスケッチを見せてくれるそうですので、楽しみです。


「リリアーナもボートに乗れば良かったのに」


「何だか不安定で怖いんです。私、泳げませんし……」


 ウィリアム様とセドリックも誘ってくれたのですが、ボートはゆらゆらしていて不安定そうで、お馬さんと違って落ちたら水の中ですし、怖かったので辞退しました。


「こうしてお父様と日向ぼっこをしている方がいいです」


「そうかいそうかい」


 ガウェイン様は相好を崩して私の頭をよしよしと小さな子にするように撫でました。

 本当のお父様は、こんな風に私に接してはくれませんでしたので、なんだかくすぐったいです。ガウェイン様は優しくて力強くて、多分、お父様とは本来こういった存在なのかもしれません。ウィリアム様のお傍ももちろん安心しますが、ガウェイン様のお傍はまたちょっと違った安心感があります。エルサが側にいてくれる時に感じるものに似ています。


「あ、奥様、セドリック様がなにか釣り上げたようですよ!」


 アリアナさんのはしゃぐ声に顔を上げれば、セドリックの竿がぐいぐいとしなっています。大きなお魚なのか、セドリック一人では引き上げられそうになくて、慌ててウィリアム様が後ろから抱え込むように手助けをして下さいます。


「おお、すごいな。大物かな?」


「大物そうですね。竿が折れないといいですが」


 ガウェイン様の弾んだ声にジェームズさんが答えます。


「セディ、ウィリアム様、頑張ってくださいまし!」


「旦那様、セドリック様、頑張ってくださーい!」


 私とアリアナさんの声援にセドリックが片手だけ上げて答えてくれました。

 セドリックとウィリアム様が奮闘し、手助けにきたフレデリックさんが網を構えて、エルサがボートを任されています。アルフ様とカドック様のボートも近づいてきました。


「セディ、落ちないかしら、大丈夫かしら」


「旦那様とエルサがいるんですから大丈夫ですよ」


「そうだよ。ほら、もうすぐ釣れるぞ」


 あまりにしなる竿に私がおろおろし始めた時、漸く、魚がフレデリックさんの構えた網に入ったようでした。

 暫く魚が暴れていたようですが、どうにかボートの上に引き上げて、三艘のボートが桟橋へと戻っていき、皆さん、ぞろぞろとボートから降りてこちらに戻ってきます。

 駆け寄って来るセドリックに私は、ひざ掛けを傍らに置いて立ち上がります。


「姉様! すごいの釣れたよ!」


 興奮に頬を上気させながらセドリックが桶を抱えたウィリアム様を振り返ります。ウィリアム様とカドック様、フレデリックさんがそれぞれの釣果を入れた桶を抱えていますが、ここからでもウィリアム様の桶から魚がはみ出てびちびちしています。


「大きそうだなあ」


 ガウェイン様が目を瞬かせます。

 ウィリアム様が少し離れたところに桶を置いて、お魚を「よっ」という掛け声と共に持ち上げました。


「まあ」


 私は驚いて目を丸くします。

 セドリックが釣り上げたお魚は、それはそれは大きなお魚でした。以前、アルフ様が釣り上げたお魚も大きかったですが、こちらは更に大きいです。


「全長一メートル二十ってところかな。セドリックとあまり変わらないもんね。レイクフィッシュッは秋になると大きくなるけど、ここまでのサイズは早々釣れないよ」


 アルフ様が手を広げて長さをざっくりと測りながら言いました。

 カドック様とフレデリックさんの下ろした桶にも大小様々なお魚が泳いでいますが、こんなに大きなお魚はいません。


「ニ十匹釣ったってこれはもうセディの勝ちだよ。僕だってこんなに大きいのは釣ったことないよ」


 ちょっと悔しそうに言いながら、アルフ様は得意げなセディの頭をぽんぽんと撫でました。


「義兄上、これ、この間、アルフ様が釣ったのと同じ魚ですか? 前は赤いところなかったです」


「秋になると雌も雄も産卵期を迎えるから、白い腹が赤くなるんだ。これは雌だから美味しいぞ。先に別荘に運んでおこう」


 ウィリアム様の提案にアルフ様たちが頷きます。


「僕らも小さいのは戻して、大き目のだけにしよう」


「そうですね」


 アルフ様の提案にカドック様とフレデリック様が片方の桶に大き目のお魚を集めて、小さいお魚も片方に纏めます。私は、桶の中で泳ぐお魚を上から覗き込みます。

 小さいお魚は、私の中指の先から手首までぐらいの大きさです。もう片方の桶はそこから二倍になっています。


「これは今年の春に産まれた魚ですよ。まだ子どもですから卵は産みません。あちらは三年目か四年目、セドリック様が釣り上げたのは五年か六年、或はそれ以上でしょう」


 フレデリックさんの言葉に、そうなのですね、と頷いてお魚を眺めます。

 木の桶の中で、お魚はすいすいと気持ちよさそうに泳いでいます。


「僕も小さいの釣ったけど。大きいの入れると傷ついちゃうから先に湖に逃がしたの」


「そうなのね。何匹釣れたの?」


「あのね、僕はあの大きいのと小さいの一匹ずつでね、義兄上は小さいのと大きいの五匹釣ったよ」


 竿がね、ぐっとなるんだよと楽しそうに教えてくれるセドリックの話に耳を傾けながら、ガウェイン様の元に戻ります。


「おじい様、僕、大きいの釣りました!」


 セドリックがガウェイン様の隣に座りながら言いました。ガウェイン様が、くすくすと笑いながら答えます。


「ああ、見えたよ。セディとあんまり変わらない大きさだったね」


「糸切れちゃうかと思ったけど、大丈夫でした!」


「ウィリアム君は合わせるのが上手なんだろうね」


 義兄上を褒められたセドリックは「はい」と嬉しそうに頷いて、魚釣りについてあれこれお話してくれます。私は、ガウェイン様にセドリックを任せて、お昼ご飯の仕度をします。

 昨夜は夕食を食べたらすぐに寝て、早起きをしてアリアナさんと一緒にサンドウィッチとスープを作ったのです。スープは大きなお鍋に入れて持って来たので、ウィリアム様たちが来てすぐに石を積み上げて作られた即席の竈で火に掛けられて、ジェームズさんが火の番をしてくれていました。

 いつの間にか戻って来ていたマリオ様がフレデリックさんや御者のジルさんと一緒に毛布を更に敷いて組み立て式のテーブルを並べて行きます。


「美味そうなサンドウィッチだな」


「奥様がパンから仕込んで下さったのですよ!」


 大きなお皿にサンドウィッチを並べながらアリアナさんが言いました。

 とはいえ、サンドウィッチとスープだけではウィリアム様たちには足りませんので、他にも色々とフィーユ料理長さんが持たせてくれましたので、それもテーブルに並べて行きます。

 そうして仕度をしている間にお魚を届けに行っていたカドック様も戻って来て、アルフ様がガウェイン様に手を貸して、こちらにやってきます。ガウェイン様は最近、少しずつ歩いて体力を付けようと頑張っておられるのです。

 ガウェイン様の隣に腰を下ろすと隣にセドリック、その向こうにウィリアム様が座ります。向かいにはアルフ様とカドック様、マリオ様が着席して、エルサたちも私たちの仕度を完璧にしてからもう一つのテーブルを囲むように座りました。


「では、いいな。……豊かな恵みに与えられた糧に感謝します」


「感謝します」


 アルフ様のお祈りに合わせて、皆が食前のお祈りをします。

 そうして、顔を上げたら賑やかなお昼ご飯の始まりです。私はまだ右手がぎこちないガウェイン様のお手伝いをさせて頂きながら、自分のお昼ご飯を食べます。


「サンドウィッチ美味しいね。このチキンを挟んだの、僕好きだな」


「当たり前だろう? 私のリリアーナがアリアナと一緒に早起きして作ってくれたんだからな」


 何故かウィリアム様が自慢げに答えます。


「リリィちゃん、お料理も上手なんだね」


「小さなお家にいる時に、フレデリックさんが丁寧に教えて下さったのです。アルフ様のお口にも合って良かったです」


「めっちゃ合うよ! ね、カドック!」


 カドック様が、親指をグッと立てて美味しいと笑顔をくれました。嬉しくなって顔を綻ばせます。


「あ、おい! アル! それは俺のだろうが!」


「早い者勝ちだよ、マリオ!」


「お前らセディの教育に悪い!」


「姉様、あーん!」


 食卓はとても賑やかです。

 私は、セドリックがフォークで刺したプチトマトとチーズを口に運んでくれたので、ぱくりと食べます。ハーブの効いたソースが掛かっていて美味しいです。


「姉様、姉様、僕にもあーんして」


「ふふ、私の可愛いセディは甘えん坊ですね」


 私は、ひなどりみたいなセドリックに、ミートボールを口に入れてあげます。そうすれば「おいひー」とセドリックは頬を抑えて幸せそうに笑ってくれます。


「リリアーナ、私も、私にも」


「まあ、ウィリアム様も……仕方ないですねえ」


 少し照れくさいですが、あーんと口を開けて待っているウィリアム様の口にもミートボールを運びます。もぐもぐと美味しそうに食べて下さいます。ウィリアム様は、私の好きなキッシュを小さく切り分けて「ほら、あーん」と食べさせてくださいました。今日も料理長さんのキッシュはとても美味しいです。


「リリアーナに食べさせてもらうと格別だな」


「はいはーい、僕も」


「お前は駄目だ! 夫でも弟でもないし、元気だろ!」


 挙手したアルフ様にウィリアム様が顔を顰めて、その隙にマリオさんがアルフ様の皿から先ほど盗られたミートボールを盗り返していました。カドック様がそれを見ていましたが、何も言わずに自分の分を食べるのに専念されています。


「公爵は食べさせてもらってるじゃん!」


「ガウェイン殿は、し、仕方がないだろう! リリアーナのお父様だぞ! よく分からんが!!」


「そうそう、私はお父様だからね。リリアーナ、ピクルスが食べたいな」


「はい、お父様」


 ガウェイン様が指差したピクルスを取り分けて、お口に運びます。

 心なしか勝ち誇った顔をしていたガウェイン様にアルフ様はむっとしたような顔をしたあと、急にちょっと悪い顔になりました。


「公爵! 僕は知っているぞ、そうだ! おかしいと思ったんだ! 公爵、君はそもそ両、利、き、むがっ」


 いつのまにか現れたジェームズ様がアルフォンス様の口にローストビーフを押し込んで居ました。


「あーんがして欲しいようでしたので、僭越ながら不肖ジェームズ、失礼させていただきます。……え? 美味しい? もっと? ええ、侯爵家のフィーユ料理長の腕前は素晴らしいですよね、本当に」


 むがむが言っているアルフ様の口にジェームズさんが次々にお料理を押し込んでいきます。アルフ様はもぐもぐしながらガウェイン様を指差して何かをおっしゃっていますがジェームズさんは「美味しいですね」と聞く耳を持たず、ガウェイン様はマグカップに入れたスープを美味しそうに飲んでいます。不敬罪とかそういうのは大丈夫なんでしょうか、とちょっと心配です。


「アル、口は災いのもとだぜ」


 マリオ様がサンドウィッチを頬張りながら、しみじみと言いました。そのサンドウィッチはアルフ様の分ですが。


「だが今、聞き捨てならない、言葉が聞こえたような……」


「気のせいだろう。それより、ほら、セディにもあーんしてあげたらどうだい、ウィリアム君」


 ガウェイン様に言われて、セドリックが早速、ウィリアム様に向かって口を開けます。ウィリアム様は、その様子に微笑まし気に目を細めるとセドリックの好きなニンジンのグラッセを食べさせてくださいました。


「義兄上、ピクニック楽しいです」


「セディが楽しんでくれてなによりだよ。私も約束を果たせて良かった。冬は雪が降るから駄目だが、春になったらまた来よう」


「はい!」


「良かったですね、セディ」


「うん」


 セドリックの笑顔に私の胸も温かくなります。

 それからデザートにフィーユ料理長さん特製のアップルパイを頂いて、後片付けをしました。セドリックは、お腹もいっぱいになりはしゃぎ疲れてしまったのか、ガウェイン様のお膝を枕に眠ってしまいました。私はそっと毛布を掛けます。

 可愛い寝顔は見ているだけでも愛しさが溢れてきます。


「リリアーナ」


「はい」


 小さな声で呼ばれて顔を上げれば、ウィリアム様の手が差し伸べられていました。


「少し湖畔を散歩しないか」


「ですが……」


 私はセドリックに視線を戻しました。起きた時に居なかったら、泣いてしまうのではないかと心配です。


「起きるまでに戻ってくればいい。それに森の中へは入らないから、ここからでも姿は見えるはずだよ」


「リリアーナ、行っておいで。セディには私たちがついているから」


「そうですわ。私どもがおりますので」


 ガウェイン様とエルサの言葉に私は、セディの頭をそっと撫でて額にキスを落としてから、ウィリアム様の手を取り立ち上がります。エルサがストールを肩にかけてくれたので、お礼を言いました。


「どうぞ、レディ」


「あ、ありがとうございます」


 差し出された腕に私は、ドキドキしながら手を置きます。ウィリアム様はいつも格好いいので、なかなか心臓が慣れません。


「では、行って来る」


「セディをお願いします」


「ああ、ゆっくり楽しんでおいで」


「はい」


 私は、皆さんに見送られて、ウィリアム様と共にゆったりとお散歩へと歩き出しました。



いつも閲覧、感想、評価、ブクマ登録、評価をありがとうございます!!


最終話になるつもりが最終話にならなかったので、明日、十九時更新分が最終話です。これは本当です!! もう書き上がってあとは見直すだけになってますので!! 本当です!!


最終話以降のことも、明日の更新でお伝えできたらと思っております。


そして、最終話が明日なので、本日(9/15)、19時以降、なろう、アルファ共に一旦、感想の受付を停止いたします。明日(9/16)、19時(最終話更新)と共に受付再開しますので、宜しくお願い致します。


あと一話、最後までお付き合い頂ければ、幸いです。

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