第二.五話 反省以外が見当たらない *ウィル視点
本日、二度目の投稿です!
未読の方は第二話へお戻りくださいませ!
目覚めた時には、甘い顔立ちの若い男と涼やかな顔立ちの若い男、そして眉間に皺を寄せた壮年の男が私の顔を覗き込んでいた。
彼らのことが誰か分からず首を傾げると三人は顔を見合せ、これはいかん、と慌てだした。かと思えば私はいつの間にか馬車に乗せられて、見知らぬ立派な屋敷へと連れて来られた。そして、主寝室と言って差し支えないだろう大きな部屋に案内され、これまた大きなベッドに押し込められた。
そこで私は漸く、後頭部の痛みと私は私が誰であるか分からないことに気が付いた。自分がどこの誰で何者なのかがさっぱりと分からなかったのである。
私の傍には、燕尾服をきっちりと着こなした五十代くらいの男が居た。最初は父かと思ったが、すぐにそうではないと分かった。
アーサーと名乗ったその人は、ルーサーフォード家の筆頭執事だと言った。
そして、私のことを「旦那様」と呼び、私の名前は「ウィリアム・イグネイシャス・ド・ルーサーフォード」だと教えてくれた。他に私は、スプリングフィールド侯爵という広大な領地と権力を持つ指折りの大貴族で王国騎士団の第一師団の師団長を務めているとも教えられた。
しかし、どれもこれもしっくりとこなかった。ウィリアムという産まれた時からともにある筈の名前すらも自分のものだと思えなかったのだ。
アーサーは私が何か一つでも覚えていないかと領地に居る父や母、弟妹のこと、友人のこと、使用人のことを尋ねて来たが、どれ一つ心当たりがなかった。
「旦那様、では……リリアーナ様をご存知ですか?」
「……リリアーナ?」
それは誰かと尋ねようとした時、コンコンとノックの音が聞こえてアーサーが返事をすれば、三人の人間が部屋に入って来た。
一人は目覚めた時に傍にいた涼やかな顔立ちの若い男でアーサーと同じような燕尾服を着ている。もう二人は女性で一人はメイドの格好をしている。そのメイドに支えられるようにして傍にやって来た女性に私は息を飲んだ。
緩やかに波打つ淡い色の金髪、きめ細かく白い肌に珊瑚色のふくらとした唇とすっと通った小さな鼻、そして何より印象的なのは二重の大きな瞳だった。その瞳は星の光を閉じ込めたかのような銀色。驚くほど長い睫毛に縁どられたその瞳は、私を不安そうに見つめている。
彼女は地上に降り立った月の女神だと教えられたら、きっと私は何の疑いも無く信じてしまったであろうほどに彼女は美しい女性だった。
胸が阿呆みたいに高鳴って、彼女の瞬き一つさえ見逃したくなかった。
この屋敷の中で私が旦那様であるというのなら、メイドに付き添われてやってきたこの女性は間違いなく身内であろうに、私の脳みそは彼女のことすら覚えていなかった。不安そうに私を見つめるその人に申し訳ない気持ちと旦那様である私にとって大切な人であって欲しいと願いを込めて、誰かと尋ねる。
「旦那様、いくら何でも酷過ぎます。普段から人間のクズみたいに奥様をほったらかしておきながら、そんな……っ!」
するとメイドが眉間に皺を寄せて声を荒げた。
到底「旦那様」に向けるような言葉ではなかったような気もするがフレデリックという若い執事がその口を塞いだ。
しかし、その言葉からこの美しい女性が旦那様である私の『奥様』であると分かった。咄嗟に喜びにニヤケそうになる顔をどうにか引き締める。
アーサーが三人に私が記憶を失っているということを伝えた。女性は二人、驚きをその顔に浮かべて、言葉も出ないようだった。メイドなど開いた口が塞がっていない。
フレデリックがアーサーに用を任されて退出する。
女性が私に向き直り、心配そうな眼差しを私に向けてくれた。彼女はもう一歩踏み出すと私の近くへやって来て、珊瑚色の唇を開く。
「だ、大丈夫ですよ。旦那様」
鈴を転がしたような柔らかな声だった。
彼女は、何だか泣きそうな顔をして私を見つめている。
ふと彼女の細く華奢な手がスカートをきつく握りしめていることに気付いて、私はその手に自分の手を重ねました。
「貴女のような麗しい女性が私の妻だとは、本当ですか?」
どうか夢ではありませんように、と願いを込めて私は問いかけた。
「ひえっ」
彼女は、驚いたのか可愛い声が聞こえて来た。ぴしり、と音を立てて固まってしまった彼女の手を取る。その甲に触れるだけの口づけを落とし、赦しを乞うように名前を教えて欲しいと頼んだ。
「貴女のことまで忘れてしまった薄情な夫ですが、どうか、私に貴女の名前を教えて頂けませんか?」
「あ、あのっ」
彼女は、困ったようにメイドを振り返る。多分、あのメイドは彼女の侍女なのだろう。侍女は、ニヤニヤした顔を一瞬で出来る女の顔に戻すと彼女に何かを伝えて、細い背を勇気づけるように撫でた。それに少々の違和感を覚えるも、すると折角捕まえた華奢な手が私の手から逃げ出してしまったことで追及は出来なかった。逃げ出した華奢な手はスカートを摘まみ上げ、折れそうなほど細い腰を折り、優雅に頭を下げる。
「リリアーナ・カトリーヌ・ドゥ・オールウィン=ルーサーフォードと申します」
恐る恐る顔を上げたリリアーナの手を再び取り、喜びを込めてその名を呼んだ。
「リリアーナ」
ぐいっとその手を引っ張り、隣に座らせる。彼女の紺色のドレスのスカートの裾がふわりと広がった。
「だ、旦那様……?」
彼女は何故かオロオロして、侍女やアーサーに視線を送る。
そんな彼女に私を見て欲しくて、細い肩を抱き寄せて彼女の顔を下から覗き込む。
「リリアーナ、私は妻である貴女のことも忘れてしまった薄情な夫ですが、見限らずにいて下さいますか?」
みるみる彼女の白い頬が赤く染まっていくのをじっと見つめて答えを待った。縋るような言葉だったかも知れないが、この時の私は必死だったのだ。
「私が、旦那様を見限るなんてことはありません」
リリアーナは真っ赤な顔で一つ一つの言葉を丁寧に伝えてくれた。心の底からそう思っていると伝わって来た言葉にふっと表情を緩める。
「貴女はなんと心優しい人だろう。ありがとう、リリアーナ、貴女のその言葉だけで私の心細さはどこかへと行ってしまったよ」
自分が誰かも分からず、周りにいる彼らのことも分からず、ここがどこかも分からなかった私は自分でも無意識の内にとても不安になっていたのだ。きっと、自分を護るために自覚しないようにしていたのだろうが、リリアーナのその言葉は胸に渦巻く不安をそっと包み込んでくれた。
するとリリアーナが、ふわりと柔らかに微笑んだ。その笑みの綺麗さに私は言葉を詰まらせる。
「貴方のお心をほぐすことが出来たのならば、何よりでございます。至らぬ点ばかりの妻ですが、私がお傍におりますので何なりとお申し付けくださいね」
「……ありがとう、リリアーナ」
御礼の言葉に彼女は笑みを少し深めて返してくれた。
この女性が私の妻なのか、ともう一度、口を開こうとした時、フレデリックが白髪交じりの鳶色の髪の男を連れて来た。アーサーと同い年くらいの男で白衣を身に纏っている。
ルーサーフォード家お抱えの医者だという彼のことも私は覚えていなかった。だが彼は私とリリアーナを見ると「仲良くなられたのですね」と微笑まし気に目を細めた。
その言葉の意味を考えようとしたところで、リリアーナが慌てて立ち上がろうとしたのでそちらを捕まえることを優先する。細い肩を更に抱き寄せれば、甘い花の匂いが鼻先を撫でた。
髪から覗く形の良い小さな耳に唇を寄せ、懇願するように囁く。
「傍に居てくれ、リリアーナ」
するとリリアーナは、私の体に全てを預けてくれた。真っ赤になって困っている彼女はとても可愛い。
モーガンは、フレデリックに預けた鞄から聴診器を取り出した。私は、寝間着の前をくつろげるとリリアーナはますます赤くなってそっぽを向いた。夫婦だというのに初心な妻だとますます可愛く思えた。
ぴたりと当てられた聴診器の冷たさに少し眉が跳ねる。
「ふむ、お体の中身は問題なさそうですな。それでは旦那様、頭を打ったとのことですので、少し別の検査をしますよ」
それからモーガンは様々な質問を私にした。
それに答えている内にどうやら私は、人に関する記憶、顔や名前、関係、過去というものは一切合切失くしてしまったが、これまでの人生で詰め込んで来た知識については脳みその中に残っているのが分かってきた。文字についても分かるし、ここがどこの国かも分かる。地名や歴史なども頭には入っていた。ただそれは限りなく他人事に近く、ルーサーフォード家の歴史についても自分のことというよりは教科書を眺めて、それを読んでいるような気持ちに近かった。会ったことも無い先祖の名前を覚えているのは、彼らは歴史の一部で私の記憶の一部ではないのだ。
「ここへ来ながらフレデリックさんに聞きましたが、旦那様は足を滑らせて転んだのですよね?」
モーガンの問いにフレデリックが答える。
「雨天を想定した訓練を騎士団の敷地内にある屋外訓練場で行っていた時、攻撃を避けた折、運悪く雨にぬかるんだ地面に足を取られ、偶然地面にあった石に頭を強打したのです。意識が昏倒した旦那様を皆様が医務室に慌てて担ぎ込んで下さいました。三十分ほどして目が覚めたのですが、その時は既に私に対して「貴方は誰だ」と仰られておりましたので、これは一大事とすぐに屋敷に。幸い、私以外には団長閣下とアルフォンス様しかおりませんでしたので」
リリアーナが私を振り返った。銀色の眼差しは痛々しそうに私の頭に巻かれた包帯を見つめているが、私はその視線が痛かった。
騎士でありながら、転んで頭をぶつけて記憶をなくすなど、恥ずかしいにもほどがある。
「あまり見ないでくれ、リリアーナ」
リリアーナの純粋に私を心配する眼差しに耐えられずに私はそっぽを向いた。
しかし、それはすぐに後悔することになった。
「も、申し訳ありません、不躾でした……っ」
聞こえて来たのは、怯えたように震える声でリリアーナは、その顔を俯けてしまったのだ。どうやら彼女は、彼女に見つめられたせいで私が怒ったと勘違いしてしまったようだった。
膝の上で握りしめられた華奢な手が震えていることにも気付いて、私は慌ててその手を包み込み謝罪を口にする。
「ち、違うよ、リリアーナ。君を責めた訳ではない」
「いえ、私が失礼を致しました。お許しくださいませ」
しかし、リリアーナは私の言葉に小さな体を更に小さくして縮こまってしまった。そうすることで私の視界から逃げようとしているように思えた。
お許しくださいませ、と泣きそうな声で紡がれた言葉に私はほとんど反射的にリリアーナを抱き締めていた。
抱き締めた彼女の体は、女性らしい柔らかさはあるがとても華奢で私の腕の中にすっぽりと納まった。
震える彼女を慰めるように私は、ぽんぽんとその背を撫でた。彼女の誤解を解くべく、恥を忍んで理由を述べた。
「言葉が足りなかった。君を忘れた理由が、転んで頭を打っただなんて恥ずかしすぎるだけだ」
「お、怒っておられないのですか?」
リリアーナの問いを首を横に振って否定する。
「怒ってなどいない。だから、そう怯えるな、大丈夫だ」
私の片手にすっぽりと納まる小さな頭を撫でる。
すると私の手の下でリリアーナは、ほっと息を吐きだして安堵に表情を緩めた。だが、彼女は急に顔を赤くすると私の腕の中から逃げ出そうとする。彼女の細い腕が一生懸命、私の胸を押すが本当に力を込めているのかと疑いたくなるほどか弱い力だった。あたふたしている彼女が可愛くて私は自分の頬がだらしなく緩むのを必死にこらえた。
「だ、旦那様、離して下さいませ」
「嫌だ。君はこんなに細いのに、ちゃんと柔らかいのだな」
意地悪い言葉にリリアーナは首まで真っ赤になって私を見上げた。
「な、なにをおっしゃって……っ」
それがあまりに可愛くて、私は抱き締める腕に力を込めた。
「私はこんなに魅力的な君の体のことも忘れてしまったのか」
彼女の腰は折れそうなほど細く、少しやせ気味のようだったが私に押し付けられる形になっているその胸だけは豊満だというのが触らずとも分かった。その腰を撫で上げれば、リリアーナはびくりと震えて私の胸に顔を押しつけて来る。その可愛さに、もう一度、悪戯をしようとしたとことで侍女の冷たい声が間に入ってきた。
「お言葉ですが旦那様」
私は顔を上げて侍女を見る。
「旦那様は奥様のお名前しか知らない筈でございます」
「……?」
その言葉の意味が分からず、私は首を傾げた。
すると侍女は、形の良い眉を不愉快そうに寄せて口を開いた。
「結婚してからこの一年、旦那様は仕事仕事仕事仕事仕事仕事で奥方様と夜を共にしたことは一度も御座いません。結婚した日ですら、式の直後、教会を共に出ることすらなく、旦那様は控室に取って返すと騎士服に着替えてそのまま出勤なされました」
「まさか……だって披露宴があるだろう?」
侍女の言葉が信じられず、私はそう問いを重ねた。私の中にある知識では、この国では結婚式のあと披露宴を行い、お互いの親族や知人に妻となった人を、夫となった人を紹介するのだ。
私の問いに答えてくれたのは、侍女ではなくアーサーだった。
「殆どの貴族の皆様が領地に戻られてしまっている季節だったのもあり旦那様はする意味がないとおっしゃられましたので披露宴は行っておりません。結婚式自体も私とフレデリック、エルサ、そして団長閣下とアルフォンス様しか出席しておりません」
アーサーは先ほどまでとは打って変わって、冷たい眼差しで私を見ていた。
彼の紡ぐ言葉が信じられず、けれど、先ほどの違和感の正体を私は見つけたのだと気付く。
夫に挨拶するだけだというのにリリアーナは何故か怯えていたのだ。いや違う、リリアーナはずっと怯えている。普段から仲の良い夫婦だったらあんなことで怯えることはないだろう。
「ですので、奥様を返して下さいませ」
気付いてしまった事実に私が固まっている間にリリアーナは、侍女の腕の中に奪われる。
「エ、エルサ?」
「奥様、フレデリックが失礼いたします」
にっこりと笑った侍女はフレデリックにリリアーナの耳を塞がせると私に顔を向けて、極上とも言える美しい笑みを浮かべた。
「女嫌いで有名な旦那様は、ご自分の都合だけでリリアーナ様と結婚したのです。そして、この一年、貴方はご自分で娶った癖に妻が居るのが嫌だと屋敷にほとんど帰って来なかった。初夜だって貴方は、リリアーナ様と少し話をしてすぐにお仕事に戻られたのです。リリアーナ様がこの一年、どれほど心細い思いをしていたかも知らず、自分の身勝手さを省みもせず屋敷に閉じこめておいたくせに記憶が無くなってからリリアーナ様の魅力に気付いて、その上、のうのうと体は魅力的だと宣いやがりましたね? ふざけんのもいい加減にしろよ、節操無しの糞野郎が」
私はぱくぱくと喘ぐように唇を震わせた。
けれど侍女の口は止まらないし、止めるべき執事二人は聞こえないふりをしている。
「リリアーナ様を泣かせたら屋敷から追い出されるのは、あ・な・た、ですからね。そのどうしようもない脳みそにしっかり刻み込んでおいてくださいませ……以上ですわ、旦那様」
フレデリックの手が外れてリリアーナが振り返ったが、私は自分が信じられずに項垂れた。
侍女の言葉が本当ならば、私は間違いなく最低な夫だった。リリアーナが心配してくれていることが奇跡だった。
「さあ、奥様。旦那様はこれからもっと精密な検査がありますので、私と一度、部屋に戻りましょうね」
「で、でも旦那様が……」
そんな私を構うことなく、侍女はリリアーナを連れて行こうとする。心優しいリリアーナは、項垂れる私を心配してくれるようだが私はその心配に甘えられる人間では無い。
「ああ、奥様はなんとお優しい! でもよいのです、旦那様は少々、過去のご自分との対話をしているだけでございます。それに頭を打っているのですからこれ以上馬鹿……ではなく、これ以上、困ったことにならないようにモーガン先生に診て頂かないといけません。ですので、邪魔にならないようにお部屋に戻りましょう」
侍女の言葉に納得したリリアーナが振り返り、私に声をかけてくれる。
「旦那様、モーガン先生はとても素晴らしいお医者様です。ですから、不安なことが有ったら、すぐに先生に仰ってくださいね」
「……あ、ああ」
優しい彼女は、本当に心からこんな夫を案じてくれているのが伝わって来て、私はますます罪悪感に押し潰されそうになった。辛うじて返事を返せただけ偉いと思う。
「モーガン先生、旦那様をどうかよろしくお願い致します」
心優しい妻は、医者に頭を下げ、医者と執事の言葉に感謝を述べてもう一度、私に頭を下げてから侍女に付き添われて出て行った。
「……アーサー」
「はい、旦那様。如何なさいました」
「あの侍女の言葉は、本当か……?」
一縷の望みを抱いて問いかけた。
「ええ、エルサの言葉は全て本当ですし、私の言葉も本当です。旦那様は奥様と結婚されてからのこの一年、奥様をずっとほったらかしにして、花の一つも贈ったことはございませんし、食事を共にしたことすら御座いません。……ですので、先ほどの旦那様の行為は誰が見ても「身勝手」でしたし、あのお言葉は誰が聞いても「最低」としか言いようのないお言葉で御座いました」
この見るからに冷静で厳格そうな執事もまた怒っているのだとその言葉の端々からひしひしと伝わって来た。
「……彼女は、リリアーナは私を嫌っているのだろうか?」
呆れるほど弱々しい声の問いかけに返って来た返事は、是ではなく否だった。
「いえ。奥様は怯えてはいらっしゃいますが、旦那様を嫌っても憎んでも疎んでもおりませんよ。心優しい奥様は、ご自分を妻に迎えて、何不自由ない暮らしをさせてもらっているといつも旦那様に感謝していらっしゃいました。ただ、お二人は今日で四度目のご対面ですので、奥様が旦那様を男性として好ましく思っているか否かと聞かれるのなら、それは否で御座いますが」
その言葉に私は失意の下、布団に倒れ込んだ。
執事の言葉通り、リリアーナはこの部屋の中に入ってきた瞬間から出て行くその時まで、確かにずっと私の身を案じてくれていた。だが、それはある意味彼女にとっては義務なのだ。会うことがなくとも書類上は夫なのだから心配の一つ二つしてくれるのは当たり前と言えば当たり前のことだった。私を好きか嫌いかなんて、そもそも彼女の中にその選択肢が存在していないのだ。
その事実に頭を抱えた私に三つのため息が零されたのだった。
明日は、19時更新です。