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第十一話 孤児院の子どもたち

 エルサに教えてもらったのですが侯爵家が運営する孤児院は、一般の人たちが暮らす住居区にあるそうです。

 元はどこかの商家の使用人さんの為の寮だったそうで、広いお庭付きの三階建てのなかなか大きなお家です。ここで二十数名の子どもたちと数名の大人が一緒に暮らしているそうです。

 孤児院のお庭に木の長い棒と使い古したシーツで作られた布製の屋根の下に机を置いて露店を模したお店がたくさんありました。孤児院が主催ですが、参加費を払えばどなたでも参加できるそうで、色々なお店が並んでいますし、とても賑やかです。手作りのアクセサリーのお店や美味しそうなお菓子を売っているお店もあります。孤児院の子どもたちが出しているお店に向かっているのですが、ついつい、目移りしてしまいます。くすくすと小さく笑う声が聞こえて顔を上げると可笑しそうに笑う旦那様と目が合いました。子どもっぽいことをしてしまいました、と恥ずかしくなって私は目を伏せました。


「す、すみません……子供みたいな真似を。こうした場所は初めてだったもので……」


「初めて?」


「はい。町に出ることは許してもらえませんでしたので……王都にはこんなにたくさん人がいるのですね。驚いてしまいました」


 私の言葉に旦那様もその隣を歩いていたアルフォンス様もなんだか驚いた顔をして、足を止めました。

 バザー始まるまでもう間もなくという時間帯なので、お店を開く人たちが慌ただしく準備に追われています。時間になればここにたくさんのお客さんが来るのですから、想像しただけで目が回りそうです。


「……もしかしてリリィちゃん、こうやって出かけるの初めて?」


「はい。あ、いえ、三度ほどあります。七歳の時にお父様と出かけた時はアクシデントが有ったのですぐに帰ることになりましたけど、残りは婚約書を教会に提出しに行った時と結婚式の時だけで……それ以降は一度も。伯爵家の娘がこんな不器量だと家の恥だと言われていましたので、こんなに良くして下さっている侯爵家の皆さんにご迷惑はおかけできませんから」


 言いながら、日傘をきゅっと自分に寄せました。旦那様やアルフ様の容姿は目立ちますので案外、人の目がこちらに向いているのに漸く気付きました。

 旦那様やエルサは可愛いと言ってくれますが、やはり自信はもてません。初めてのことに浮かれて忘れておりました。


「は? 不器量? 誰が? あ、もしかしてリリィちゃんの姉?」


 アルフ様は私と旦那様を交互に見て首を傾げています。


「いえ、姉様はとても綺麗ですので、私のことです」


「はぁ?」


 アルフォンス様は心底訳が分からないといったご様子で首を傾げました。すると旦那様の腕にかけていた手に大きな手が重ねられます。顔を上げれば旦那様と目が合いました。


「リリアーナ、何度も言うが君はとっても美しいし、綺麗だ」


「そのお言葉だけで充分です。ありがとうございます、旦那様」


 私は本当に充分ですのに、旦那様は腑に落ちなかったようです。

 なんとなく気まずい空気が漂ってしまい、申し訳ない気持ちが出てきました。けれど、元気で幼い声がその空気を取り払ってくれました。


「あ、侯爵様だ!」


「侯爵様! アルフ様も一緒だ!」


 賑やかな声と足音が幾つも聞こえて、顔を上げると五人の子供たちが元気よく駆け寄って来ました。

 年齢は三歳から十歳くらいと幅広く、一番年上と思われる男の子が小さな女の子の手を引いています。それ以外の子どもたちは、嬉しそうに旦那様に抱き着きました。旦那様も膝をつくようにして子供たちを受け止めます。アルフォンス様も同じように抱き着いて来た七歳くらいの女の子を抱き上げました。


「ビル、この間より大きくなったな」


「うん! いっぱい食べるもん!」


 旦那様に抱き着く八歳くらいの男の子が誇らしげに胸を張りました。以前の旦那様も孤児院には良く訪れていたとこの間、エルサが教えてくれました。大好きな侯爵様が自分たちのことを忘れたなんて子供たちにとっては悲しいことこの上ないでしょうから、多分、旦那様は孤児院の子どもたちのことも姿絵か何かを用意してもらって覚えたのでしょう。それに子供の成長は早いですから、大きくなったと言ってもおかしくはありませんし、子どもにとっては嬉しい言葉です。セドリックもそうでした。


「ねえねえ、侯爵様、この綺麗な女の人はだぁれ?」


 あの小さな女の子と手を繋ぐ十歳くらいの男の子が私を見つけて首を傾げました。すると子供たちの視線が一斉に私に向けられました。


「ふわぁ、とっても美人!」


「とっても綺麗! お姫様みたいだわ!」


「そうだろう? 女神のように美しい彼女は、私のお嫁さんだよ」


 旦那様がくすくすと笑いながら私を紹介してくれました。

 私は軽くスカートを摘まんで挨拶をします。


「リリアーナ・ルーサーフォードです」


「お姉さんがリリアーナ様だ!」


 子どもたちの顔がぱぁっと一斉に輝きました。


「見てみて、ほら、これ私のお気に入りなの!」


 アルフ様に抱っこされていた女の子が茶色の髪を結ぶリボンを私に見せてくれました。青い小鳥と緑の葉っぱを刺繍した白いリボンは私がバザーに出す品とは別に孤児院に寄付したものでした。


「あのね、このね、とっても綺麗なリボンをありがとう」


 女の子の心の底から嬉しそうな笑顔に私は胸がいっぱいになりました。そこには嘘も偽りもお世辞もありません。純粋な好意と感謝の心がそこにありました。

 言葉に詰まってしまった私の手が小さな手に握られます。


「リリアーナ様にずっとずっと会いたかったんだよ、リリアーナ様はいつも美味しいお菓子もくれるしね、ほらみて、僕もこれお気に入りなの!」


 男の子が着ているシャツの胸には剣の刺繍がしてあります。これも私が刺したものでした。見れば他の子どもたちもどこかしらに私が刺繍をしたり、作ったりした服や小物を身に付けてくれていました。

 私は腰をかがめて男の子と視線を合わせました。


「気に入って貰えて、とても嬉しいです」


 少しだけ感動に声が震えてしまいましたが、男の子はにこっと小さな歯を見せて笑ってくれました。


「おひめさま、きれいねー」


 一番小さな女の子がよちよちと歩いてくると私の顔に手を伸ばしました。私は日傘を傍らに置いてしゃがみ女の子の小さな頬に触れました。ふわふわと柔らかい頬は子どもらしい温もりがあります。


「わぁ! お姉さんのお目目、お星さまと同じ色だ!」


 ビルくんが旦那様の腕から抜け出して私を見上げて言いました。すると子供たちがこぞって私の瞳を覗き込んできます。

 お星さま、と私は小さく呟きました。曇り空の色の瞳を子どもたちは、そんな美しい言葉で飾ってくれました。それが嬉しくて笑みをこぼすと子供たちは、驚いたような顔をします。


「……リリア―ナ様、本当に女神様?」


 ビルくんの言葉に私は首を傾げます。


「リリィちゃんの笑顔が綺麗すぎてびっくりしたんだよ、ね、皆」


 アルフ様がくすくすと笑いながら言うと、子どもたちは一斉に頷きました。


「侯爵様のお嫁さんは、お姫様だったんだね!」


「リリアーナ様の髪、とっても綺麗ね。瞳がお星さまの色だから、こっちはお月さまの色だわ!」


 泣きそうになってしまうのは、子どもたちの言葉はどこにも嘘や偽りやお世辞がないからかも知れません。世界中の人に私は美人よということは出来ませんが、それでも先ほどまでの私よりもずっと自信をもって顔を上げられる気がするのです。


「……ありがとう。ねえ、皆の名前を教えてください」


 私の言葉に子供たちが次々に名前を教えてくれました。

 旦那様に抱き着いていたのはビルくん、アルフ様に抱っこして貰っていたのがアリスちゃん。一番小さな女の子はユリアちゃんでユリアちゃんの手を引いていたのはトーリスくん、剣の刺繍のシャツを着ていたのは、ザックくんだそうです。

 そして名乗り終えると、まだあっちにもいるよ、と私の手を引きます。旦那様を見上げるととても優しい眼差しで私を見守っていてくださったことに気付かされました。


「私の言った通り、君は美人だろう?」


 少し揶揄うような、けれど、どこまでも温かな優しさの込められた言葉に私は、はい、と素直に頷きました。










 ビルくんとアリスちゃんに手を引かれて案内されたのは、孤児院が出しているお店でした。

 他より少し大きなお店は、子どもたちが焼いたクッキーやマドレーヌ、そして、毛糸のコースターや毛糸の飾りがくっつけられたヘアピンといったアクセサリーに押し花で作った栞などが並んでいます。その隣のテーブルには私が作ったクッションカバーやヘッドドレスなどが並んでいました。


「侯爵様、ようこそおいでくださいました。アルフォンス副師団長様も……そちらのご令嬢は?」


 テントの中にいた中年の男性が私たちに気付いて目を瞬かせました。


「私の妻のリリアーナだ」


 多分、皆さんはアルフ様の正体は知らないのでしょう、と考えていた私は、旦那様が紹介して下さったので挨拶をしようとスカートを摘まみたかったのですが、両手が塞がっていたので軽く腰を下りました。


「初めまして、リリアーナ・ルーサーフォードと申します」


 男性もその両脇にいた男性と同じ年くらいの女性と反対側にいた若い女性もぽかんと口を開けて固まってしまいました。私、何かまずいことをしてしまったのでしょうかと不安になって旦那様を見上げると、旦那様は可笑しそうに笑って私の頬を撫でました。


「リリアーナが綺麗すぎて見惚れているんだよ」


「……だ、旦那様、あんまり揶揄わないで下さいまし」


「いえ、侯爵様の言う通りで……本当にお綺麗でびっくりしました」


 男性が気恥ずかしそうに頬を指で掻きながら言いました。両脇の女性もうんうんと頷いています。


「私は一応、院長のハリソンと申します。こっちは私の家内のコレット、こっちは娘のエマです」


 初めましてとコレットさんとエマさんが人懐こい笑顔で挨拶をしてくれました。お二人はとても良く似た親子で、少し細身なところとたっぷりの赤毛は同じですが、エマさんの瞳の色はお父様のハリソンさんと同じハシバミ色でした。


「奥様、こうして来て下さったということはお体の調子はよろしいのですか?」


 コレットさんに問われて、私は一瞬なんのことかと思いましたが、そういえば旦那様が私は病弱だという設定にすると言っていたのを思い出して、はい、と頷きました。


「旦那様と当家の優秀なお医者様のお蔭で、こうして外に出てくることが出来るようになりました」


「侯爵家のモーガン先生は、本当に素晴らしいお医者様ですからねぇ。あんなに凄い人なのにここの子どもたちのことも診て下さるのですよ」


「先生もここの子どもたちはとても元気で良い子ばかりだから、逆に元気を貰っていると仰られていました」


 まあ、とコレットさんは笑って、近くにいた子の頭にぽんと手を置きました。


「確かにうちの子たちは、時々、元気過ぎて手を焼きますけど、みーんな良い子なんですよ」


「はい。とても元気で優しい良い子たちばかりです」


 私が褒めると子供たちが小さな胸を誇らしげに張りました。


「あのね、あのね、リリアーナ様の刺繍はね、とっても綺麗だからいつもすぐに売れちゃうんだよ」


 アリスちゃんが私の手を引っ張りながら私が寄付した品々を指差しました。


「そうなのですか?」


「ええ、本当に。とても繊細な作品であっという間に売れてしまうのですよ。今はバザーが始まったばかりの時間ですから人も疎らですが、昼になる前にはなくなっちゃうと思います」


 私は嬉しくなって、ついつい綻ぶ頬を引き締めようと頑張りましたが、どうしても顔が緩んでしまうのです。

 頑張ってあれこれ試行錯誤しながら作った甲斐があるというものです。


「ハリソン院長、僕たちは他のお店も見て来るから、いつも通り、クッキーとマフィンを人数分取り置きして貰ってもいいかな?」


 アルフ様の言葉にハリソンさんは、もちろんです、と頷きました。エマさんが早速、籠に確保していきます。


「ハリソンお父さん、僕たちリリアーナ様を案内してもいい?」


 ビルくんがハリソンさんに尋ねます。どうやらハリソンさんは、子どもたち皆のお父さんのようです。きっとコレットさんがお母さんなのでしょう。


「……よろしいですか?」


 私は旦那様を見上げました。旦那様は「構わない」と言って下さったので、子どもたちはとても嬉しそうです。


「いいか、失礼なことはするなよ? あと乱暴な真似も駄目だからな、奥様はお体が弱いんだから走ったり、急かしたりするなよ?」


 ハリソンさんが言い聞かせるように子どもたちに言いました。はーい、と元気な返事をしましたが、どこか心配そうです。病弱なのは設定だけなので大丈夫ですよと言いたいのですが、旦那様の嘘がバレてしまいますので曖昧に笑って誤魔化しました。


「リリアーナ様、こっちだよ!」


「あっちにね、面白いお店があるの!」


 そう言って私の手を引く子どもたちに自然と笑顔を返しながら、私は旦那様たちと共にバザーを案内してもらうことになりました。

 


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