西城くんは当て馬
西城くんは控えめに言ってイケメンだ。
彼は別に暗い過去なんてないけどちょっと俯いただけで影の出来る、物語性のある横顔をしている。
切れ長の瞳は、捨て猫とか見ると勝手に潤む。声はとろとろに甘いイケボだし、笑うと歯が白光する。
髪はなんかもう、日本人なのに金髪。更に凄いサラサラというスペックだ。悲しい時は前髪が良い具合に伸びて片眼を隠す。地毛って言っていたから多分、突然変異なんだ。西城くんは突然変異。
西城くんは、風なんて吹いたら大変。
オールシーズン必ずなにかしら背後にキラキラ舞うし、シャツが捲れて鼠径部から腰に流れる線がチラ見える仕様になっている。
分厚いセーターを着ていようが問題ない。風の意思かセーターの意思かは分からん。もしかしたら彼の鼠径部の意思かも知れない。
西城くんの鼠径部はきっと、風が出るんだ。素敵。西城くん素敵。
あと家がなんか金持ち。
だから西城くんは女子にモテる。
大量のラブレターで下駄箱は下駄箱として機能していないし、体育の授業ではシャッター音が四方から降り注ぐ。水泳のある夏は女子を十人獣人化させてしまった。
バレンタインデーは抱えきれない本気を運ぶ為、軽トラが来てた。
西城くんは、『トラックに軽トラ……』と呟いて皆をほっこりさせた。
それから西城くんは、……西城くんは一途だ。
西城くんはこんなにも素敵なのに、片想いをしている。
片想いの相手は、背中に十字架の傷がある田中真里亜さん。
田中さんは小学生の頃の記憶が無いらしい。だからかすっごく暗かった。
ちょっと設定欲張り過ぎな田中さんだけど、二学期あたりからイジメにあってるところを西城くんに助けられ、彼の細やかな気配りのお蔭で徐々にクラスに馴染んで来て、笑顔を振りまく様になった。
西城くんは、きっと日陰に咲く一凛の花を見つけた様な気持ちだったんだろうな。
西城くんの献身ぶりは素晴らしかった。
彼は田中さんを自分の中の温室で大事に大事にした。意味が解らない程。
誰もが西城くんと田中さん、イイ感じじゃん。と、認めつつあった。
けれど、徐々に明るく強くなっていった(西城くんのお蔭!)田中さんは、イジメのリーダーだったちょっとヤンチャめな阿部くんと、しなくていい衝突を繰り返しては仲を深めていった。
「アイツほっとけない気になる」というヤツだ。
なんでも、一年半前の入学式の日、阿部くんが桜の木の下でハーモニカを吹いている所に田中さんが階段から転げ落ちて来てパンツを見られた仲なんだそうだ。
そういう事は早く言えだが、西城くんは不安そうな顔しか出来ずにいた。パンツとか、田中さんのパンツとか……想像するだけで赤面な西城くんだったのだ。
西城くんは阿部くんを憎んだ。田中さんのパンツを見るなんて、と、憎んだ。
西城くんは闇落ちし、お父さんのクレジットカードでキャッシングをし、ヤンキーを雇って阿部くんをボコボコにしようとした。
しかし、元々は天使の西城くん。
途中で目が覚めてヤンキーを阻止。
その際、「俺は……アンタ達みたいに堕ちたりしない……! アンタ達も目を覚ますんだ!」と余計な一言を言ってしまい戦闘態勢のヤンキーに「お前のそのイイコちゃんな澄んだ目が気に食わねえ」と、腹の内に滾るムシャクシャをぶつけられ、人知れずボコボコになった。
雨が彼に降り注いでいた。
ぐしょ濡れで口の端から血を流すボコボコの西城くんは、最高だったけど、可哀想だった。
西城くんは、雨の落ちて来る空を見上げてたから、田中さんと阿部くんが相合傘をして通り過ぎて行くのが目に入っていなかった。と、思いたい。
その後なんだかんだで西城くんのたくらみが田中さんにバレて、マイナスイメージを持たれた西城くん。
でも、「もう危ない事しないでね」と、ぎゅっとされて、それだけで報われてた。
西城くん……本当にもう、危ない事はしないでね。
あと、西城くんが田中さんのパンツの事でまごまごしている内に、田中さんと阿部くんはなんか兄妹だった事が徐々に明らかになって来て、物語はピークを迎え始めていた。
阿部くんの奏でるハーモニカの音色が田中さんの記憶を徐々に呼び覚ましていき、田中さんは絶望していった。
西城くんはこの時も田中さんに元気になって欲しくて、遊園地や映画に誘った。
健気に笑う田中さんにキュン死にそうになりながら思わず「俺じゃダメか」と、西城くんはとうとう言った。
田中のヤツは、なんか知らん、涙を零し頷いた。
西城くんは「幸せにします」と、結婚式でも無いのに田中さんに心から誓い、暖かい腕の中で彼女を包んだ。
二人は仲睦まじく「カレカノ」をやった。
しかし、幸せなのは西城くんだけで、田中の表情は暗かった。
阿部くんの事で田中の心はいっぱいだったのだ。
気配り上手な西城くんがそれに気付かないワケが無かった。
西城くんはモヤモヤし、夜も眠れない日々が続いた。
仲を進展させようと思い切ってキスをしようとしたら泣かれて、西城くんはその日物凄く落ち込んだ。
田中のノートに「あべくんあべくんあべくんあべくんあべくんあべあべ」と書かれていた日も落ち込んだ。
けれど、田中の前ではいつも暖かい笑顔を保っていた。
西城くんは、田中を失いたくなかった。傍で笑っていて欲しかった。
そんな西城くんに対し、情緒不安定気味の田中は鬼畜の如く西城くんを振り回した。
西城くんはそれでも、帰り道の二段アイスの甘さや、一緒に見た高台からの夕焼け、などといったものを心に大事に大事にしまっていった。
しかし無情にも、田中と阿部くんが本当の兄弟じゃない事が、なんかのトラブルで判明した。
今まで何してたか良く解らない阿部くんが、突如西城くんと田中の前に現れ、阿部くんと田中の二人は海岸線の端と端から駆け寄り、固く抱き合った。
阿部くんは何故かずぶ濡れだった。
アレは絶対、あの雨の日の西城くんに対抗してると思う。
田中は「結婚したら、アベ・マリアだね☆」みたいな事を言っていたけど、どうでも良かった。
西城くんはそんな二人を遠くから見て、薄く微笑んでいた。
そして「やっぱり、俺じゃダメか」と囁いた。
「西城まりあ」の方が良いと思うけどな、と西城くんが思ったかは分からないけれど、西城くんは夕焼け空を見上げた。
風が吹いて、西城くんのおへそと鼠径部の線がキラキラと光っていた。
風はもういっちょ頑張った。
西城くんのシャツが、突風に吹き飛ばされる。
もう鼠径部どころじゃない。
西城くんは、胸板も乳首も腹筋も全開で、一人物憂げに微笑んでいた。
* * * *
西城くんは……西城くんの背中には、十字架の傷があるんだけどな。
これは私と西城くんだけの秘密。