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平行時空冒険譚:確率都市 ~The Axis Hoppers~

Intermezzo:ペルシル流

作者: 中崎実

ある年のクリスマス、東京支局の黒川観測官が相談事を持ちかけてきた。

既婚者に話を聞きたいと言う事だったが、さて……?


話し手はトーゴこと御舘(おたて)藤吾郎(とうごろう)雅之(まさゆき)でおくる、ハートフルな冬の一幕。

「プロポーズの方法?」


 休日に真面目な顔して何を相談してくるかと思えば、黒川はそんなことを聞いてきた。

 黒川は東京支局に勤務するC級観測官で、現在はたしか付き合っている相手がいたはずだ。パートナーも監視局の基準をクリアしていることは確認済みで、いちいちこちらに相談するような事は無いと思っていたのだが、まあたしかにプロポーズ方法なんて話は監視局のマニュアルのどこにも載っていない。


「はい。結婚されてますよね」


 同じ炬燵にあたってるミアは、いわゆる嫁である。ヨメがいるのだから、私も既婚者であることに間違いは無い。彼女は妻問婚が残る文化圏の出身なので、こうして私の家に来ることは珍しいが。


 「参考にならないかと思いまして」


 黒川がこう言ったとたん、茶を持ってきた妹が噴出した。


「黒川さん、兄貴のはぜったい参考になんないから。やめといたほうが良いよ」

 噴出すのはどうかと思うが、妹の言うことにも一理ある。

 そしてさらに、ミアが極上の微笑みを顔に浮かべ、目には怒りの炎を湛えて、

「宇宙開闢(かいびゃく)以来の馬鹿なんだから、参考にしたらダメよ」

 と、追い討ちをかけてくれた。


 まったく、二人揃ってひどい仕打ちである。


「はあ……何か、あったんですか」

「うん」

 即答しなくてもいいのに、即答したのはもちろん、妹だ。そして

「遺言状使ってプロポーズしたのよ、この人は」

 と、ミア。


 その言い方にはいささか、語弊があると思うのだが。


 しかしこの手の問題に関しては古今東西問わず、理がどちらにあろうとも、女性側に分があるのが常である。結婚というイベントに際して男の役割はただ一つ、花嫁の添え物になる事だけだ。

 そして私は添え物にすらなってやれず、それどころか直接約束を取り付けもしなかった以上、少なく見積もっても十年はミアに恨まれるのだろう。

 まったく、困ったものである。


「え?遺言、って」


 ほら見ろ、驚いてるじゃないか。


「ん、強制捜査の前に手続きしていったんだ。私の死亡通知が届いたときか、次のミアの誕生日のどちらかに発効する書類を、いくつか作ったんだよ」


 例の小笠原紛争、あの戦場から生きて戻れる自信は無かった。

 だから当時はまだ腐れ縁の恋人でしかなかったミアに、何か遺したかったのだ。しかし財産の類は未成年の妹に遺してやる必要があったから、別の書類を作っておいた。

 ペルシルでは有体に結婚契約書と呼ばれている、遺伝子独占利用権利書。通常の婚姻では、こちらが死亡すれば配偶者の持つ権利は無効になり、ミアは私の凍結生殖細胞を使えなくなる。

 いずれは私の子供が欲しい、と言っていたミアに権利を遺すため、用意した物だった。


「はあ。それが遺言状ですか」

 よほど違うと言ってやりたかったが、ミアが睨んでいるので妥協する事にした。

「生きて戻らなかった時のための物だったんでね。遺言といえなくも無いかな」


 そして幸いなことに私は死なずに戻って来ることが出来たが、思わぬ手違いがあったため、ちょっとした騒ぎになった。

 要するにそれだけのこと、のはずなのだが。


「あれってさ、兄貴らしい間抜けた失敗だったよね」

 間抜けとは失敬な。いつものことながら、妹は口が悪い。

「失敗、ですか?」

「誤算と呼んでくれ」


 生きて帰ってきたからと言って、自分で諸手続きができるとは限らない、という事を失念していただけである。


 書類が発効しないためには、私自身が役所に赴いて、発送停止手続きをとる必要があった。そう設定したのだから当たり前だ。生きて戻ってくればそのくらい出来るだろう、となんとなく思い込んでいたのが失敗の元だった。

「意識不明の重体で戻ってくる、ってことは想定してなかったのよ、この人」

 バシリスク並みの視線で睨むのも、そろそろやめて欲しいのだが。

「あ、そうか。重傷でしたもんね」


 そこで素直に納得するな、黒川。


 要するに、私の意識が戻る前に、ミアの誕生日が来てしまったのだ。当然ながら私の準備した書類は発効し、ミアに宛てて発送された。思わぬ誤算である。

 書類の添え状がまたひどいもので、役所が作ったそれは『以下の書類の作成者死亡、または他条件に合致したため発効』などと書かれていたのである。

 役所からの封書に首をひねりながら開封したミアが、『作成者死亡』の文言を読んだとたんにその場でへたり込み、泣くこともできず呆然としていた、とはミアの同僚の証言だ。ミアの職業柄、多少のことなら大丈夫だろうと思っていたのだが、実に意外な反応だ。

 後日そう言ったら、ミアとその同僚に批難されたのは余談である。


「しかもご丁寧に、指輪まで一緒に贈ってきたのよ」


 こちらは局内の管理部がやったポカだ。

 生存確認くらい出来たろうと思うのだが、預けておいたものを指示通り、書類と同時に手渡されるように杓子定規に送付してよこした。お役所仕事とはそんなものだろうと思うが、それを計算に入れておかなかったのは少々拙かった。


「指輪までつけて、ですか……あはは」


 この微妙な沈黙は何とかならないだろうか。ミアの視線が心に突き刺さるのだが。


「誤解がとけるまで、大変だったんじゃないですか」

「すぐに同僚が集中治療室に連絡して、死亡してない事を確認してくれたから、それほどの時間はかからなかったわね。この人の能天気な誕生日メッセージも付いてたし」

「……能天気、って。真面目に作ったはずだけどね」

 ふざけた覚えは無い。それを指摘すると、何故かますます睨まれた。

「あー、兄貴。黙ってた方がいいと思うよ?」

 たしかに、噴火直前の活火山さながらの状態ではある。妹の忠告は聞き入れるべきだろう。


 そういうわけで以降は沈黙を守ったのだが、黒川が帰宅した後、ミアと妹の説教が待っていた。

 理不尽極まりない話だと思うのだが、妻と小姑に結託されては勝ち目が無い。


 もっとも、こうして些細な事で揉めていられるのも平和な証拠なのだろう。たぶん。

……仕事では定評のある横田・御舘ペアですが、どちらもこの手の相談事には向きません(笑)



意識不明の重体で送り返されたのは、こちらで福田が説明している件ですね( http://ncode.syosetu.com/n7888bu/5/ )

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