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レベル1の魔神  作者: サナギ雄也
第一章
8/42

第8話  勝利の証

 実際に気を失っていたのは、数分の間だったろう。


 眼が覚めれば、彩斗はまだ牢屋ではなく、闘技の終わったコロシアムの中央にいた。

 先刻と違うのは、スララが膝枕をして彩斗を介抱していたことだった。


「あっ、彩斗、起きた~」

 目を開けた瞬間、彼女は嬉しそうに声を弾ませた。横になった姿勢のまま、彩斗は小さく声をこぼす。

「スララ……ボクたち、勝ったの……?」

「そうだよ~」

 スララは努めて明るく言う。

 彼女は疲弊していた。リコリスの鎧のおかげで外傷はない。しかし序盤と中盤を一人で凌いだ負担は相当なもので、強い緊張に晒された痕が残っている。

 それでも彼女の表情には、笑顔があった。彩斗は嬉しくなる。彼女の笑顔を守れただけでも良かった。そう思いながら。


「よう。お前たちの勝ちだ」

 見れば、夜津木が微苦笑しながら彩斗の近くへしゃがみこんでくる。コンバットナイフは出してはおらず、腰についている鞘に収めていた。あれほど狂気に染まっていた顔には、もう危険な色はなく、どこにでもいる、普通の青年のように見えた。

「まさか俺が負けるとは思わなかった。完敗だ。判断をミスったぜ。あーあ、頭に血が登り過ぎてたなー」

 少し視線をずらせば、彩斗のゲヘナに焼かれたサイクロプスが、離れた位置で倒れているのが見える。ただし黒い火炎はない。黒い炎は闘技が終わると消えてしまうのか、大きな火傷の痕は見えたが、巨人の胸は動いていて、まだ生きているらしい。


 また、闘技が終わると腕輪の魔法によって、傷は自動的に治療されるらしい。彩斗はいくつかの擦過傷、夜津木も腕輪を顔にくらったはずだが、全て癒えている。何よりゲヘナを受けたはずのサイクロプスの火傷までものが完全に治療されていることを見ると、勝者や敗者に関わらず、闘技中で受けた傷は平等に治されるのだと、彩斗は思った。


「まったく、やれやれだぜー」

 肩をすくめる仕草をして、夜津木がぼやいた。

「楽勝だと思ってた戦いだったのにな。お前、思ったよりやるじゃねーか」

「……偶然が重なっただけ。スララには、ナイフも金属の棒も効かなかった。だから、初めから相性の良さに助けられた。ボクは最後だけしか動いてない」

「その最後がなけりゃ、俺がそのお嬢ちゃんにゲヘナを当てていた」

「……」


 夜津木は、犬歯を剥き出しにして、小さく笑う。

「殺人もそうだけどな、人間、何かをやれるか、やれねーかを分けるのは、結局は土壇場での度胸だ。最後の最後、その瞬間に行動を起こせるかどうかで結果は大きく変わる。お前が最後の一分まで岩陰で固まっていたとしても、最後に度胸を出したんならそれは偶然の勝ちじゃねえ。お前たちの実力が取った、勝利だ」

「しかし、でも……」

「でももクソもあるか。『偶然』で俺が負けるかよ。お前たちは強いんだよ。腕力とかそういうものじゃねえ。ハートの方だよ。それが、俺たちより上回っていた。たとえ一瞬でも。だから勝った、それだけだ」


 言って、夜津木は急に空を仰いだ。そしてちくしょー、ちくしょーと叫ぶと、しばらくぷるぷると体を震わせていたが、急に彩斗を見る。

「いいか、俺に勝ったんだから、負けんじゃねーぞ」

「え……?」

「お前たちは相手を殺すことしか考えてねえ殺人鬼に勝った。おめーらはすげえんだよ。強いんだよ。何だか浮かない顔をしてるみてーだが、自信持ちな」

 そう言うと、夜津木はコンバットナイフを鞘ごと外した。彩斗とスララは反射的に身構えようとするが、夜津木はにやりと笑って、それを差し出す。


「どういうつもりだ……?」

「選別代わりに俺の武器をやるよ。殺人鬼夜津木啓太に勝った証だ。受け取りな」

「いや、でも……」

 目を瞬かせる彩斗に、夜津木は真顔で言う。

「さっさと受け取れ。石化が始まっちまうだろうが。いいから、ほら」

 言うと彼は彩斗の手を取って、無理やりコンバットナイフを持たせた。

 思ったよりは軽いナイフだった。包丁と大して変わらない。ローラーブレードと同じく、改造してるのか、特注なのか、知識のない彩斗にはわからなかったが、その柄を握るだけで、自分が強くなった感覚が沸き起こる。

 そして彩斗は気付いた。夜津木の右手――甲の部分に、火傷の痕があることを。


「最後に、名前を聞いておきてーんだがな」

 びしびし、という音が聞こえて彩斗が視線を投じると、夜津木のつま先が灰色の石になっている。

「あ……夜津木」

 彩斗の声にも大した感慨を見せず、夜津木は、

「教えろ。お前らの名前を。ザコだと侮ったのに、俺を破った強えお前らのことを」

「……及川、彩斗」

「スララだよ~」

 離れた位置では、サイクロプスが倒れたまま石化していくのが見えた。つま先から始まり、脛、膝、腿、下半身から徐々に、頭へ向かって、灰色の侵食は進んでいく。

 自らも石化しながら、夜津木は最後に、犬歯を剥き出しにして笑う。


「カッコいい名前じゃねーか。俺も啓太ってよりそっちが良かったぜ。――スララお嬢ちゃん」

「なぁに~」

「そいつはまだ悩んでる。自分が価値あるのかどうか決めあぐねてる。サポートしてやんな。もっと強くなれ。このゲームには、俺よりもっとヤバイ奴が溢れてる。人間も、魔物も、どいつもこいつも本物の怪物だらけだ。そいつらに勝ちたければ、強くなるしかねえ。自分を鍛えて、鍛えて、度胸を身につけて、這い上がれ。そして最後には――俺すら超える、二人組の殺人鬼に進化しろ」

「殺人鬼なんてやだよ~」

 ヒヒ、と夜津木は声を洩らした。石化は胸を越え喉に至り、全身に渡りかけていた。


「残念。じゃあ頑張れや。あばよ」

 そうして、夜津木は石像と化した。満足したような表情を浮かべながら、どこか嬉しそうに。

 凶刃を閃かせ、死の気配をばら撒いた殺人鬼は――。

 猛威を振るった一つ目の巨人と共に、石化した。


†   †


 薄暗い中で白衣が映える。

 すえた匂いの牢屋の中、軽い靴音が何度も響く。


「ふーむ、なるほど、なるほど」

 呟いたのは、ぼさぼさの髪型の青年だった。

 背は高くて、顔つきも美男子と言っていい。しかし目の下には隈があり、顔色も良くはない。靴や白衣には黒い泥や薬品がついており、清涼感もなかった。ぶつぶつと呟きながら歩きまわる姿は薄気味悪く、それが、パートナーである少女には不満だった。

「うるさい。不気味。うっとうしい。なんで黙って考え事しないの。やるならもっと静かにして」

「おっと、すまないのである。フレスベルグ」


 口ではそう言ったが、青年はその後も変わらずぶつぶつと呟くのをやめない。十秒が経ち二十秒が経ち、三十秒もする頃には、とうとうパートナーの少女は怒りだした。

「静かにしろって言ってるのに。ばかっ」

 びゅっ、と小さな風の弾丸が少女の手から放たれる。

 それは青年の頭に直撃した。一瞬よろめいたが、青年はそれでも歩きながら呟くのを止めなかった。とうとうふてくされて少女は鉄製のベッドに横になる。


「エルンストのばか。おたんこなす。くたばれ、バーカ」

「バカを何度も言われるとはワタシも落ちたものである。しかしながらフレスベルグ、情報収集は全ての成功において不可欠なことだ。怠ったら最後、もっとしておけばよかったと後悔することになる。ゆえに、呟くのを我慢してほしいのである」

「ふんっ」

 鉄製のベッドに横になったまま少女は鼻を鳴らす。それを青年は――エルンストは苦笑して見つめた。


 そして、その視線はベッドの上の中空、丸く翡翠色に輝く、球体へと向けられる。

「ふーむ。やはりだ、またも同じ単語が書かれている」

 フレスベルグの真上にある翡翠色の球体の中。

 その内に、薄暗い部屋の様子が映し出されている。

 ただし、映っているのはこの牢屋ではない。別のペアがいる牢屋の中だ。エルンストは、他の牢屋の様子を眺めていた。

 それは彼の力ではなかった。フレスベルグという、魔物の少女の能力だった。『千里眼』と呼ばれるその力は、距離を越えて、他の牢屋の様子や、牢屋の外の回廊、そこを移動するガーゴイルなどを見ることすらできた。


「やはり今度も、この単語であるな」

 エルンストは千里眼で得た他の牢屋の様子を見て、ふむふむ言いながら歩きまわる。

 むすっとした表情で、フレスベルグが問いをかけた。

「なにが」

「うむ。聞いて欲しい。我がパートナーよ。ワタシはアルシエル・ゲームが始まってからいくつもの牢屋の様子を見たのだが、その壁に、散見される文字がある」

「ふーん」

「その単語はな、不思議なことに時間が結構経っているらしいのである。それも、数日や数ヶ月といった期間ではない。おそらくは数年――十年ほど前に書かれた文字だ」

「ふーん。あっそ」

「ワタシの世界の文字と違うので読めないのが残念ではあるが、これは貴重である。そして重要な事柄を示唆している。それは何か?」

「どうでもいい。興味ない。フレスベルグは眠りたい。千里眼切るよ」

 翡翠色の球体は、独断で消された。

 しかしそんな少女の行動にもエルンストは頓着しない。独り言のように、彼は言葉を続けるだけだ。


「そもそもが、ワタシたちペアの数に比して牢屋の数が多すぎである。アルシエルによって召喚された人間と魔物のペアは総数九十組。現在は二組が減って八十八組であるが、明らかに牢屋はその数倍はある。誰もいない牢屋にすら壁に落書きがあるのは何の証であろうか。年月が経っていることの意味は? 推測はできるが完全にはわからないのである。わからないからこそ、ワタシはゾクゾクする。『棄科学きかがく』の第一人者として、深い好奇心を抱かずにはいられない」

「すう……すう……」

 見ると、フレスベルグは鉄製のベッドで眠っていた。

 胎児のように体を丸め、エルンストの独り言に眉根を寄せながらも、可憐な寝顔だった。


「ワタシは、アルシエル・ゲームには、不可解な点がいくつかあることを宣言する。そして検証したい。これはいかなる秘密が隠されているのか。その意味は? 背景は、真実は? 好奇心がワタシの中で荒れ狂っている」

 エルンストは、自分たちが閉じ込められている牢屋の壁の一角に擦り寄った。そこにも彼の読めない文字で単語が書かれており、それと同じものを、千里眼で他の牢屋でも見つけていた。


「読みたい。読みたいのである。しからば、ワタシは棄科学を用いて真実を暴く他はない」

 エルンストは白衣のポケットから、いくつかのガラス管を取り出した。細い管だ。いずれも色とりどりの液体が入っており、気泡がぶくぶくと浮かんでいる。

 そのうちの一つを、エルンストは選び出した。蓋を開け、高く振り上げる。

 そして――その中身を、壁の文字へぶちまける。

 ジュッ、という物を溶かすような音が起きた。けれど、溶解させるために液体を放ったわけではない。目的は別にある。


「フフフ。フフフ。暴かれよ、異界の文字。ワタシの前に、真実を晒すがいい」

 やがて、ぶちまけられた液体が淡く発光する。それは壁の文字を舐めるように這い回ると、なおも光量を増す。小さな太陽が降りたかのような、光を生み出していく。

 フレスベルグが飛び起きた。

「ああもうっ、眩しくて眠れないっ。エルンストのばかっ!」

「まあ待て、もう少し、もう少しである。フフフ……」

 少女の苦言に、片手でなだめるように手を振り、青年は顔を輝かせる。


 壁の文字が、ずるずると形を変えていった。見知らぬ文字の羅列から、エルンストのよく知る文字へと、徐々に変化する。

「おお――」

 そして数秒、彼は解読に成功した。線と直角を基本とする文字だったものが、丸と曲線を中心とした文字に変化する。その光景を前にしてエルンストは、

「なになに……ほう、フレスベルグ。この壁にはな、こう書かれているぞ」

 目を三角にしてぶつくさ文句を言う少女に、青年は教えた。壁の単語を。その響きを。


 そこには――『ベリアル』という単語が、書かれていた。

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