番外編 彩斗とスララのNEWメニュー
今日の投稿の話は彩斗とスララの話に戻って日常です。
前回はゲームのうち牢屋の中での話でしたが、今回は闘技場での話になります。
時系列は、前回と同じく、エルンストたちと彩斗やスララが出会った後です。
ガルム・マルギット戦の前に、こんな話があったんだなぁと軽い気持ちで読んでもらえると幸いです。
いるいるいる。
今日もコロシアムは大勢の人、魔物、仮装行列のような光景でいっぱいだ。
一目で戦士とわかる大剣使いやフードを被った怪しい人物。仙人みたいな長い髭やボロ布をまとう老人。どう見ても四歳児くらいにしか見えない幼女もいれば、大人しそうな聖女のような容姿の女性もいる。
その隣には魔物の姿だ。屈強な竜や巨人や狼の魔獣のお供。牙や角や太い尾を見るだけで、常人は震え上がるような超常の存在たちが多数いる光景。
「いつ見ても、壮観というか、現実離れだよね」
彩斗は思わず呟いた。
隣でスライムの娘、スララがはにかむ。
「でもわたしは、色々な人と話せて楽しいよ~。うふふ~」
水色の髪を持つ妖精のような少女は華やかに笑う。
その手には菓子やら保存食があった。どれも彩斗には名前がわからない品物だ。クリームコロッケらしき物やチューインガムらしき物やクロワッサンのような外見の物。
どれも異世界の食べ物である。他のペアと交流しスララが譲り受けて貰ったものだが、味も名前も不明。けれど、香ばしい匂いや美味しそうな見た目をしている物もある。
それらのうち、クロワッサンのような物をスララと食べながら彩斗は、
「騎士みたいに剣を携えてる人とか、手に杖を持つ人とか、わかりやすい道具を持つ人はいいんだ。でも何も持ってないのに素手で地面を砕き割る人とか、触れずに鋼鉄破砕する人とか、僕からするとずるいと思う」
「そうなの~?」
「魔法って便利だね。僕も欲しいよ。まあいい。それはそれとして――」
ごくんと異世界の菓子を飲み込み、彩斗は意識を平常時から集中時へと切り替える。
「今日のノルマは他のペアの観察だ。それも五組を最低ラインに。なるべく遠距離戦に秀でてそうなペアを見ること」
「わかった~」
「なるべくなら会話も聞き取ってほしい。武器もあるならそれとなく観察を。僕は決戦場の方の戦いを注視する。役割分担、頼んだよ、スララ」
「まかせて~」
民族衣装の、華やかな彩りのスカートを揺らしてスララが軽く回る。
彼らがすることは単純だ。
他ペアの分析である。
多数の異世界から人間と魔物を召喚し戦わせるアルシエル・ゲームは、誰よりも情報や武器を得ることが勝利の近道になる。
一般人の彩斗やスライム族のスララでは相手を蹴散らすのは無理だ。だが他のペアも容易に勝ち進めるかといえば答えは否である。
ランダムに開催される『闘技』は、衆目の中で行われる。仮に圧倒的な実力で勝ったとしても、勝ち筋を見られたペアは対策を講じられた上で、次回は戦闘をさせられるのだ。彩斗・スララで言えば、スララは剣も斧も利かない能力を持つが、それは火炎や雷撃系などに弱いのは皆に知られている。
どれだけ自分の実力を隠しつつ、相手を倒せるかが鍵のゲーム。
加えて、空中の宮殿という閉所では、武器の補充は誰かから貰うか奪うしかない。
つまり優勝への道のりは、情報の隠蔽や収集と、武器の補充に成功した者のみ。
そのため彩斗とスララは、コロシアムにいる時間では、他ペアの観察を行っていた。
「これより闘技を開始する。血沸き肉踊る、最高の潰し合いを私の前で見せるがいい」
ゲームの開催者であり女魔神であるアルシエルが頭上より宣言する。
女性として完璧な美を誇る肉体が躍動する。しなやかに手が伸び、長い脚が黒いウェディングドレス調の衣装のスリットから覗いた。
だが、その瞳はまるで氷のよう。
冷然としたアルシエルの号令の元、天井、光の銛のようなものが空間を断ち割るかのように飛来する。彩斗たちのいる観戦席の眼下、決戦場のフィールドへ突き刺さる。
逆巻く光の粒子の乱舞。淡い光の防壁が、彩斗たち『観戦者』と、戦場の『決戦者』を物理的に隔てる。
コロシアム、無骨な岩の柱が屹立する決戦場フィールドでは、すでに二組のペアが現れていた。
彩斗から見て右側には、髪を二つに結った美麗な少女と、猿人の魔物。
反対に左側には、全身を灰色の衣装で覆った怪人と、細長い青色の大蛇だ。
『闘技』が始まる。
人間と、魔物が組むペア同士の闘い。
地響きと魔法の押収。栄光への階段か、永久の石化か、今日もペアたちは激突する。
「いや、これ、無理、見えない」
彩斗はぼやいた。
速すぎる。
今日のペアたちは彩斗から見れば風のごとく嵐のごとく、凄まじい動きだ。
姿が掻き消えたと思えば戦場の反対側にいる。かと思えば頭上で双剣と槍の刺突のぶつかり合い。
火花と火花がぶつかり、時折地面が陥没する様子。まるで幽霊にでも壊されたかのように、彩斗の目では林立する戦場の岩の柱が勝手に砕けていくシーンのみが見える。
いわゆる高速戦闘というものだろう。
彩斗の認識力を、今回の二つ結いの少女と、灰色の衣装の怪人の移動が、完全に上回っているのだ。
けれど、彩斗は数秒で意識を変える。
見えないのなら結果だけを集めればいい。戦闘の痕跡を辿ればいい。
砕けた地面や空中で、四散する火花を彩斗は見つめる。
――基本的には武器と武器の押収。
――魔物はまず戦わせず、様子見で人間だけが近接戦闘。
――遠距離や中距離の援護は無し。連携が不十分?
彩斗は自分の中にデータを蓄積する。
ペアは必ず人間と魔物で組まれるが、今回の彼らは人間だけで戦っている。目には見えないのは二つ結いの少女と、灰色の衣装の怪人のみだ。
彼らのパートナーである猿人の魔物と、青色の大蛇は、初期位置の戦場中央で睨み合っている。
これは、彩斗やスララの間でカテゴリーCと呼んでいる部類だ。
何度も闘技を見ているうちに、彩斗やスララは、他ペアの戦い方が大きく五つに分かれることに気づいた。
まず、完全に人間と魔物が力を合わせ、戦うタイプ。
次に、人間と魔物が、それぞれ勝手に戦うタイプ。
さらにはペアどちらかが、最初に様子見の戦いをし、その後パートナーが参戦するタイプ。
四つ目は、人間も魔物もいがみ合って自滅するタイプ。
最後に、ゲームに怯えて全く戦えないタイプ。
彩斗とスララは脅威度順にA、B、C、D、Eとランク付けをし、危険と思われるものにA、逆をEとしている。
眼前の闘技のペアは、どちらもCだ。
つまりオーソドックスであり、決して勝てない部類ではない。
その理由は――。
「彩斗。今日の調子はどうであるか?」
観戦していると、白衣の青年が視界の端に映った。
彩斗は振り向かずに返答する。
「まあまあだと思います。エルンストさんの方は? 見えますか?」
「すごい速いペアたちであるな。少女の方は三段突きのフェイントの後に蹴りを編みこんだ。灰色の方も、槍を分割したり合体させたり、自身を三体にまで分身させて戦っている。どちらも強い。双剣使いと他節槍使いの戦いは初めて見るが、どちらも個人技は素晴らしい」
「うわ、そこまで見えてるんですか」
「うむ。科学者とは観察するのが仕事の半分なのである。世界を見通して世界のあり方を解きほぐす。そのために必要なのである」
「羨ましいです。僕は姿さえ捉えきれれば、なんとかなると思ったんですけど……」
そう彩斗が困った風に言うと、エルンストは問いかけた。
「何とかなる? どのようにして?」
「あのペアたちは、どちらもパートナーとの連携がうまくいってないと思うんです」
決戦場のペアたちをちらりと見てから彩斗は応えた。
「一人だけで様子見するのは、パートナーを信頼しきれていないから。なるべくなら自分だけで流れを引き寄せたい、心の現れだと思います。パートナーの方も、同じです。もし互いの特性や性格を理解していたのなら、片方だけではなく、二人とも行動すると思うんです」
「当然であるな」
軽く腕を組んで頷いて、白衣の青年は言った。
「我々は縁も何もない異世界からかき集められた。それで背中を任すのは容易ではない」
「はい。だから戦いの後半はともかく、前半は一人だけです。相手が一人なら僕とスララの連携で流れは作れます。そう思ったんですが……」
苦笑して、彩斗は呟く。
「今思ったんですが、動きが捉えきれないと、意味ないですね。僕が速攻で撃破されて終わりです」
「捉えきれないのは仕方ない。戦場に立ったことがない者がそれをできたら、化物である」
「その化物たちに喰らいつかないと、いけないんですけど……」
困りつつ苦笑いする彩斗に、隣のスララが「大丈夫だよ~」と声をかけた。
焦るな、ということだろう。けれど彩斗としては、そうも思っていられない。可能な限り、力を得ないといけないのだ。そうでなければ、今回のような闘技者が相手のとき、勝てないだろう。
彩斗はスララと戦い抜こうと思っている。
優しくて、笑顔が柔らかくて、いつでも励ましてくれる健気な少女。彼女が石像になってしまうことは、断じて嫌だ。
エルンストはやや目尻の力を和らげて言った。
「ふむ。なに、気にすることはない。この戦闘が終わった後、君は以前より強くなっているだろう」
「……以前より、強くなっている?」
「じーと見るのだ、彩斗。決戦場の、少女と怪人。それだけを、じーと、親の敵のように睨みつけるのだ。まずは、砕けた地面や岩柱の位置から推測して辿る。空間中で砕けた延長線上に『いる』と思い、それを続ける。そうすると、わずかだが影のゆらぎのようなものが見えてくるはずである。それも、ずっと見続けるのである。集中は切らすな。ひたすら、ひたすら、決戦場の二人を見ろ。待機している魔物は忘れるべし。少女と、怪人。彼らを見続けていくうちに、徐々に輪郭がはっきりしてくるようになるのである」
「……やってみます」
数分間、ひたすら彩斗は、言われた通りのことを試してみた。
だが、決戦場では砂埃や残像、激しい火花が時折見えるのみだ。
とても、全容を把握などできない。
「……すぐには、できるものではないですね」
「うむ。根気よく、続けるのだ。この闘技はすぐには終わらないであろう。自分を信じ、観察するのである。……親の敵を見る喩えでは駄目なら、女湯を覗く気概でやってみるといい」
「なぜに女湯なんですか」
「じつは二つ結いの少女の方、戦っている最中に胸がすごく揺れているのである。それはもうすごいスゴイ。戦闘中に攻撃を受けてるから、色んな場所の肌も見えてきている。そのうち男性諸君にはウハーな光景」
「助平心で見切るとか嫌ですよ!」
でも、あれ。心なしか、見え、見え、見えそう……? いや、見えない……? 違う、見え、た? どっちだ……?
「彩斗、エッチな目をしてる~」
「違うんだよスララ、僕はそんな目ぇしていない!」
赤面して叫ぶ彩斗だった。欲望は限界を超える。現金な話である。
「真面目な話に戻そう」
エルンストは白衣の裾を撫でてそう呟いた。
「私がじっと見ろと言ったのはな、高速で動くものを見続けたら、体が順応していくからなのだ」
「順応……?」
「『天馬眼症候群』という言葉を聞いたことはあるか? ……いや、君は魔物などがいない世界出身だったな。そうだな、何か、速く動く状況が続くことは、そちら側の世界であったかね?」
「……自動車の高速道路……あー、速く動く乗り物で、一直線にかっ飛ばす時とかでしょうか。……親戚のお兄さんに、めちゃめちゃ飛ばす人がいて、乗せてもらったんですけど……対向車、えっと、すれ違う乗り物が速くて、怖かったです」
「その後、その速い乗り物から降りて、普通に歩いたらどうなったであるか?」
彩斗は、あごに手を添えて数瞬考えた。
「……なんだか、世界がゆっくり動いているように思えました。スロー気味って言うか、少し変な感覚だったのを覚えています」
「それである、彩斗」
「え?」
「人はな、順応する生き物なのだ。そしてその限界は、超えられる。速いと思うものに慣れることで己の上限は引き伸ばされ、更なる高みに昇ることが可能となる」
怪訝な顔のまま、彩斗はエルンストの方を見て、
「えっと、つまり……?」
「おそらく君の、その感覚は少ししたら元に戻ってしまったのであろう。だが確実に、そのとき君の認識力は上昇していた。『世界が遅く視えた』のであろう? それは君が、速さに順応した結果である」
彩斗は、自分の中で何かが震えたのを感じた。
「そ、それじゃあ……」
心なしか拳は小刻みに揺れる。いや、何かが歓喜している。何だ? 己の中の何かが、眠っていた何かが、揺り動かされて、身震いを起こしている。
スララが言った。
「それじゃあ、これも同じこと~? 凄く速く動くペアを見続ければ、彩斗の眼は、彼らを見ることができるようになる~?」
エルンストは力強く頷いた。
「コツはいるがね。そして、できたとしても一時的だ。だが……そうであるな。仮に継続的に、凄まじい速度のものを見続ける環境を用意してやれば、彩斗の認識力は――上がる」
そんなこと、彩斗は考えもしなかった。自分は常人で特別な力はなくて。持っている札、周りの情報を少しでも集めて精査して強くなるしかないと思っていた。
だが違う。底上げができる可能性を、エルンストは示唆したのだ。
今よりも世界を遅く。
世界を身近に。
異常を日常に。
そして、魔法や剣が飛び交う超常の領域に、踏み込むことができると――。
「試しにスララとの特訓に追加をしてみたらどうであるか?」
白衣の青年は言った。
「スララとの特訓に、追加、ですか?」
「うむ。彼女の能力は、伸縮自在の粘体物。それを君の前で高速移動させ、眼を慣れさせる。スララのリコリスの伸縮の特訓にもなって、有用と思うのであるが?」
妙案だった。すぐでも実戦できる試みだった。――彩斗の内なる何かも、それを喜んでいる。
「早速、後でやってみます。ありがとうございます、エルンストさん!」
「いやなに。共にゲームの謎と解こうと結託した仲である。感謝されるほどのものではない」
薄く笑みを浮かべ、片目を瞑る白衣の青年。彩斗は彼に会えて、この幸運に恵まれて、良かったと感じた。
「だが気をつけろ」
エルンストはそう言って、密やかな声を発した。
「その特訓――似たことをワタシもやったのだが――初めはスゴく『酔う』ぞ」
「え」
「そして数日間はまともに食事も喉を通らなくなる。エチケット袋は大量に用意しておけ」
「ええー」
「そしてそのうち特訓の対象物……君の場合は、スララの触手であるが、それを見ただけで恐怖が這い上がり、鳥肌が立つようになるであろう。夢にも出るぞ。君の場合は、こう、触手がうにゅにゅっと、毎晩毎晩、それしか考えられなくなる」
「ええええー……」
その後、彩斗がスララとの特訓に、新たなメニューを追加してしばらくは、「うわ、彩斗、大丈夫~!?」というスララの悲鳴がはびこるのだが、それは別の話。
けれどそのとき培ったものが、彼らの闘技に役立つのも、事実だ。
その後の闘技。
超速で駆け回り、主導権を握る、老魔獣ガルムと、操術師マルギットのペア。
最強とも目される彼らを破るには、そのときのエルンストの助言が不可欠だった。
認識力の向上。それがあって、初めて彩斗は優勝への頂へ手をかけられる。
――終
実際に彩斗やスララが特訓する光景を書いてもいいのですが、やるとヤバイと言いますか、別の意味でグロいシーンばかりになるので割愛です。
(いつかさらっと書くことはあるかもしれませんが……)
今回もお読み頂き、ありがとうございましたm(_ _)m
次回の更新は三日以内、できれば二日後を目標にしております。




