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レベル1の魔神  作者: サナギ雄也
第一章
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第4話  笑顔の作り方

 ほぼ同時刻。

 彩斗とスララが、互いに名乗り合っていた頃。


 天空宮殿トルバランの牢屋の中で、人と魔物たちは、それぞれのパートナーと会話をしていた。

「ヒャッハーっ!」

 薄暗い空間で陽気な声が響き渡った。


「すっげえー、楽しい楽しい祭りじゃん! 何これ普通に殺戮するより全然面白そうじゃねーか! 見た? 見た? サイクロプス。殺しがいのある人間がうじゃうじゃいたぜ。柔らかそうな肌! 良い血流れてそうな顔! 魔物だって斬ったことないからどんな感触なのかわかんねーし! くうううーっ! 早く闘技の時間にならねーかなあ! ワクワクして俺、死んじゃいそうだぜ!」

「落ち着け、夜津木。そう興奮していては、いずれ疲れて倒れるぞ」


 相棒たる一つ目の巨人、サイクロプスが呆れて言う。

 今は、巨人の姿ではなかった。人間へと成り代わっていた。右腕の腕輪には、機能の一つとして、魔物を人化させる魔法が組み込まれており、その力でサイクロプスは二メートルほどの無骨な男へと変じていた。

 ただし、肌の色だけは元の深緑のままではあったが。


 夜津木がうきうきと言葉を連ねる。

「サイクロプスーっ、俺はお前も斬りたくて仕方がないぜ! いつか斬りてえ。お前のでっけえ筋肉と骨をずたずたに裂いてみてえ。けどよー、なんで相棒は斬っちゃ駄目なんだよ。パートナー斬ったら石化とかマジあり得ねー。くっそー、絶対いい斬り心地だと思うのに! うああー、斬りてえ」


「俺こそ、お前のきんきん声がうるさくて、今すぐ金属棒で殴り殺したいんだがな」

 殺気すら登らせるサイクロプスにも、夜津木はまるで意識を向けない。


「それと、アルシエル、あいつは最高だっ! 俺を素敵なゲームに招待してくれるなんて最高の女だ! いいケツしてたなー。胸とか、動くと美味そうに揺れてた。綺麗なドレス。くびれた腰のライン。あいつも斬りたい。絶対にいつか斬る。このゲームでみんなみんな斬り刻んで、優勝したらさ、最後にあいつを斬るんだ。ああっ、殺戮バンザイ!」


†   †


 とある牢屋の内側で。

「だるい。うざい。ほんと面倒くさい。なんであたしがこんな目に遭うの。はあ……故郷に帰りたい」

 体育座りをしてぶつくさ文句を言う少女に向かい、パートナーである青年が言う。

「まあそう言うな、フレスベルグ。私と組むことになったキミは、運がいいのである。必ずやこのアルシエル・ゲームを制し、キミを元の世界に送り届けてあげよう」

 少女はしかめっ面をして青年を見上げる。ぼさぼさとした髪型、よれよれの白い白衣、薄気味悪い笑みを浮かべた青年は、少女から見ればうっとうしかった。靴にも、黒い泥やら薬の跡やらがこびりついているし、清潔感にも欠けている。


「汚い。暗い。埃っぽい。フレスベルグ、家に帰りたい。何あれ、アルシエル? 馬鹿じゃないの。こんな人と魔物集めて、ゲームなんて、頭おかしい」

「首謀者をけなしても何も始まらないのである。まずは情報の収集だ。そして対策の吟味である。キミのその『風のルーン』と『千里眼』の力は、アルシエル・ゲームで大いに有効なものである。さあ、使いたまえ、フレスベルグ。私たちの勝利のために」

「はあー……すごくだるい。千里眼使ったら何か食べたい。さっきの豆スープ出して」

「私のストックがあるうちは存分に食べるといい。だが食べる配分を考えねば、後になって厳しいのである」

「面倒くさい。早く終わらないかな……」

 やる気のなさそうな声音で、体育座りをしたまま、フレスベルグは不機嫌に千里眼を発動させる。


†   †


 犬がいる。

 年老いた犬がいる。

 所々に白い毛が混じり、抜け毛もあまりごまかしきれないほどの老齢の犬だ。

 だが、その牙は鋭く尖っていた。爪は下手な刀剣よりも鋭利であり、たくましい四肢は歳を経てなお頑強な筋肉で覆われていた。

「老骨にはしんどい催し物じゃのう」

 毛づくろいをしていた老犬は、おっくうそうな口調で呟く。

「この歳でよもやこんな騒動に巻き込まれるとは。いやはや、長生きなぞするものでないの。そうは思わんかね、お嬢さんよ」


 そう言って振り向いた先には、金髪をなびかせ、青い瞳をした美しい少女がいる。

「共闘者の弱音を確認。唾棄すべき内容と断定。沈黙することを推奨」

「……やれやれ、もう少し軽い話し方はできないものかのう。まるで人形と話しているようじゃ。せっかく綺麗な乙女とペアを組まされたというのに、こんなのはあんまりじゃ。人間とは、もっと喜怒哀楽がはっきりしているものではなかったか」

「不要な思考だと断定。戦闘において不可欠な要素は戦意と武技、敵対者の情報のみ。共闘者の戦意不足に警告。ゲームにおける途中敗北の危険性あり」

「やれやれ……」

 老齢の犬は軽く首を振って苦笑する。加齢で白く染まった毛が、ほんのわずかに牢屋の床へと落ちていく。


「なんという無感情な娘じゃ。どうせパートナーになるならば、もう少しあどけないお嬢さんが良かったのう。おじいちゃーん、と可愛く言ってくれる妹みたいな娘が良かった。おぬしは顔立ちが人形のように美しくとも、魂まで人形のようじゃ」

「褒め言葉を感知。私は人形でありたい。それは完全な人間という証明。ゆえに感謝の意を表明する」

「……やれやれじゃ。無事に勝ち残って、想示録とやらを手に入れてのんびり余生を過ごしたいものだの。――アオオォーン」


 遠吠えは遥か反対まで響く。

 数多の強者や魔物の耳に。肌に。


 召喚された者たちは、それぞれの思惑と、立ちはだかる現実の中に身を浸しながら、アルシエル・ゲームの開幕を実感していた。


†   †


「それで、どうしよう。今後の方針が必要だよね」


 互いに名乗り合って、数分後のこと。彩斗はスララに、そんな言葉を向けていた。

「まず確認したいんだけど、この牢屋からは出られないんだよね」

「そうだよ~」

 少しばかりのんびりとした口調で、水色の髪をなびかせながらスララは応じる。


「格子も壁もすごく硬いよ。叩いても全然ダメみたい。素材も硬いし、魔法もかけられてる」

 何度か言葉を交わし合って、彩斗はスララのことをよく観察する余裕が出てきた。彼女は、穏やかな性格らしかった。それは話し方にも出ているし、ちょっとした仕草にも出ている。牢屋の中だというのに、まるでピクニックにでも行くような落ち着き具合だ。


 それは彩斗にとって、ありがたかった。冷たく狭い牢屋の中で、スララのように平然とした少女がいると心強い。

 パートナーが、もしも夜津木のような殺人鬼だったら――そう考えると、ぞっとせずにはいられない。


「どうしたの?」

 格子をつんつんしていたスララが、少し心配そうにして寄ってきた。

「やっぱりどこか怪我をしていたとか。しっかり見たほうが良かったかな」

「あ、いや、そうじゃなくて。……色々驚いているんだけど、まず、わかってることをまとめたいんだ」

「あ、そうだね。それがいいよ~」


 言って、スララはその場で床にぺたんと座り込んだ。調度品などほとんどない牢屋の中だ。くたびれた鉄製のベッドはあるが、毛布の類はない。

 他には大きめの桶、ささやかな明かりを灯している篝火、あとは一応の寒さ対策だろうか、穴の空いた薄い布切れが無造作に置かれているだけだ。窓すらない。

 一つ気になったのは、部屋の隅の一角に、拳大ほどの穴が空いていることぐらいだ。

 網目状の鋼の蓋がされているところを見ると、排水路らしかった。

 じめりとした牢屋の空気の中で、彩斗は聞いた。


「まず、ここはどこなのかな」

「牢屋の中~」

「いや、そうなんだけど……そうじゃなくて。すごく今さらなことなんだけど――ここはまさか日本――なわけないよね、はあ……」

「ニホン? 不思議な響き~。それが、彩斗の故郷?」

「まあ、そう。うん」

 夢なら覚めて欲しいところだが、さすがにもうそうではないとわかっている。怖くとも、不安でも、置かれた状況を把握しなければ始まらない。


「そういえば、ここに連れてこられて最初、アルシエルは様々な世界から人間や魔物を召喚したって言ってたけど……」

「そうみたい~。ここは『エレアント』っていう世界なんだけど、アルシエルは他の色んな世界から、たくさんの人や魔物を集めたんだって。彩斗が気絶している間に、アルシエルが色々と説明してたよ」

 異世界エレアント。

 そこへ、様々な場所から集わされた、数多の人々。魔物たち。


「召喚……集められた……それじゃあ、スララも、どこかから喚び出されたの?」

「ん~」

 わずかだけ、スララは考えたようだった。

「わたしはね、このエレアントが自分の世界なんだよ~。なんかね、数は少ないけど、アルシエルは同じ世界からもこの天空宮殿トルバランに召喚したみたい。数合わせなのかな~」


「召喚ってことは、まあ、馬鹿なこと聞くようだけど……魔法、なんだよね?」

「そうだよ~」

「色々できちゃう、不思議な力、で合ってるのかな……」

「そうだよ~」

「何にもないところから火を起こせたり、飛行機もないのに空を飛べたりする、あの魔法……?」

「そうだよ。ヒコウキって、なぁに? 彩斗の世界って少し不思議な響きが多いね。そういえば、アヤトも不思議な響き~」

 華奢な手をぽんっと合わせて、スララが朗らかに笑う。


「あはは……」

 彩斗は改めて出口を閉ざす格子を見た。黒く鈍く光る金属には、よく見ると細かい文字列が描かれている。魔法陣だ。スララの言う魔法が、この世界にあるのはもう確定だろう。そもそもコロシアムで散々見ている。

 魔法――何か遥か遠くへ来てしまった感覚に、彩斗はこめかみから汗が流れる。


「スララも、魔法が使える?」

 少ない余裕の心を振り絞り、問いかけてみた。

「ううん、使えないよ。わたしは弱い魔物だから。アルシエルみたいに炎を出したり、炎を津波みたいに操るのは無理~」

 スララは少し困ったような顔をする。

 彼女はどう見ても普通の女の子だった。少しばかりのんびりとした口調をすることはあっても、とても恐ろしい怪物――魔物には見えない。というよりも、町で見かけたら振り向いてしまうような、可愛らしい顔立ちをした少女だった。


「そういえば、キミは何の魔物なの?」

「スライムだよ~」

 あっさりと、彼女はそう言った。

「え」

「あっ、彩斗、よく見ると膝を怪我してるよ~。痛くないの?」

 そう言うとスララは、髪の半透明の長い房を、ひょこひょこと動かした。意思あるもののように、小さく螺旋を描いた長い房は、彩斗の左足の膝に到達すると、ぺたりと触れる。


「う、わわっ!?」

 予想外の出来事に、驚愕して飛び上がる彩斗。

「わ、動いたらダメだよ~。傷口に魔素がこびりついてるかもしれないから。悪質な魔素がずっと体についてると、倒れちゃうかもしれないよ」

「ま、魔素ってなに? いったいなに?」

「魔法を使ったときに出る残りカス~。放っておくと体がだるくなったりするよ」

 驚き、慌てる彩斗に対して、スララは真剣な様子だった。半透明の房を一生懸命に動かし、彩斗の膝を念入りに調べている。


「な、何これ!? 冷たいというか、ぷにぷにしてるというか、半分液体みたいな髪……とても変な感じなんだけど!」

「動いたらダメだよ~」

「なんか蛇みたいに動いてない? だ、弾力がすごいよ、これっ」

「じっとしててね」

 うねうねと半透明の房は動く。


「うわ、なんかくすぐったいし! 待った、その前にスライムって、まさかあのスライム? ゼリーみたいな外見で、ぷるぷるして、不定形な、あのスライム?」

「そうだよ~。あ、間違えて彩斗の膝をこすっちゃった」

「痛いっ!」

 悶絶して、床の上を少しばかり跳ねながら彩斗は叫ぶ。スララは申し訳無さそうな表情で、「ごめん」と謝った。


「うう……キミが人じゃない、魔物だということはわかった……」

「あの、彩斗、大丈夫? ごめんね」

「うん、平気……。あの、それだったらスララ……スライムって言うことは、さっき自分でも言ってたけど、キミはあまり強くないの?」

「うん、弱いよ~」

「自信満々に言われても困るけど……そうか、キミはスライム――スライムなのかぁ」


 女の子座りして済まなさそうにしている少女を見ると、まったくそんな気はしてこない。だが髪の半透明な房を眺めると、ほわほわ動き、次いでうねうね動いていることがよくわかる。

 スライムだった。

 紛れも無く、スララはスライムだった。

 何より膝を触られたとき、半透明の房は冷たくて、弾力があって、妙な感触だと彩斗は思ったのだ。

 半透明かつ半液体の部分は、どうやらもみあげから伸びた二房だけで、他は普通の少女と変わりない。そこは接しやすいと言えるが――アルシエルに召喚されてから、多くの驚愕や困惑を経験した中で、ある意味スララのことは、一番衝撃的だった。


「……あの、髪の毛、少し触ってもいい?」

「いいよ~」

 快くスララはそう返事をした。どうやら、房は伸長が可能らしい――ゆっくりと、彩斗を怯えさせないように、伸ばしてくる。

「そ、それじゃあ、失礼します……」

 呟いて、まず彩斗は半透明の房のうち、一番端の方を触れてみた。すぐにぽよんと跳ね返される。次いで恐る恐る、房を撫でてみる。ひんやりとした感触がして、「す、すごね……」と指でつついてみれば、その度に弾力性ある房は彩斗の指を押し返してくる。

 まごうことなきスライムの感触だった。


「触られてる感覚はあるの?」

「あるよ~。触覚の他に、手足の代わりにも使えるんだよ~」

「自由に伸ばすことはできる?」

「限界はあるけど、伸ばせるよ~。小さな丘をぐるっと一周したことならあるから」

「へえ……」

 笑顔で答える彼女の前で、ゆっくりとではあるが、何度かつついてみた。


「あはは、くすぐったいよ」

「ご、ごめん。まさか、本当に触覚でもあるなんて……」

 くねくねと、半透明の房を動かしながらスララが笑う。それはまるで、元気いっぱいのひまわりのような笑顔だった。

 柔らかで、本当に屈託がなくて。

 あまりに無邪気な笑みに、顔を強張らせながらも、彩斗は少しだけほっとする。

 ――少なくとも、敵意や悪意はなくて良かった。それは、彼女を見てみればわかる。

 同時に思っていた。これは、かなりの幸運なのではないか、と。


 コロシアムの光景を思い出して、魔法を湯水のごとく使う様を思い返して、彩斗は考えずにはいられない。

 凶悪そうな者ばかりだった。爪や牙、太い尾を持つ魔物はざらで、そういう魔物は見た限りでは、好戦的な連中ばかりだった。


 アルシエルが命令口調で「戦え、戦え」などと言ったとき、無数の殺気がコロシアムを貫いたのを、彩斗は忘れることができない。

 殺意が槍のように放たれるなんて瞬間を、彩斗は初めて経験した。あれは元の世界では絶対にあり得ない瞬間。命を摘み取ることに容赦がない瞬間。


 怖かった。冷や汗がたくさん出た。思わず気を失ってしまいそうになったし、膝は笑い、それでも何とか歯を食いしばって、耐えたのだ。

 けれどそんな中、ほとんど唯一例外と言っていい気配があった。

 スララだ。

 彼女だけは、殺気なんて物騒なものではなく、もっと暖かな空気を発していた。

 コロシアムでの記憶は、怖い気持ちや、困惑から、あまり鮮明には思い出せないが、スララの様子は思い出させる。彩斗を案じるような視線は思い出せる。


 そういえば、彼女はコロシアムで、ずっと彩斗を気にかけていた。

 夜津木の攻撃から守ってくれたのは彼女だ。その後、案じる視線を向けていたのも彼女。ずっとスララは、彩斗が倒れないように、不安で怯えてもなんとかできるように、見守っていた。

 自分もきっと怖いはずなのに。

 アルシエル・ゲームに巻き込まれて、困ってるはずなのに。

 さっきはコインを弾きだして、彩斗の不安を払拭させようともしてくれた。

 スララの心遣いを思い出し、彩斗は胸がきゅっと締め付けられた。


「あの……ありがとう、スララ」

「え? 突然、どうしたの~?」

「そういえば、夜津木から助けてもらったお礼、まだしてなかったから。あのとき、すごく助かった。――ありがとう」

 偽りのない気持ちだった。彼女がいてくれて良かった。その気持ちを、彩斗は込める。


 すると、彼女は夏の花のように笑った。

「平気だよ~。これから苦しいときも、厳しいときもあるかもしれないけど、大丈夫、わたしが彩斗を守るよ~。だから彩斗には、もう少し笑っていてほしい」

「え……笑う?」

「そうだよ~。不安かもしれないけど、笑顔でいれば少しだけ楽になれるよ。昔、故郷で教わったことがあるの。人は笑っていると、嘘の笑いでも気持ちが楽になるんだって」

「笑う……」

 頬を動かそうとしたが、顔が固まってうまくいかなかった。


「あ、あれ……だめだな……」

「えっと、少しいい~? 触るよ~」

 少しひんやりとした手だった。けれど、優しい接触だった。なんだかそれだけで彩斗は、涙が出てしまいそうになる。そういえばここへ来てから、エレアントへ連れてこられてから、一度も心の底で安心したことがない。

 スララの手は、彩斗の不安を拭うように、優しく触れてきた。


「ほら、こうすると、笑顔~。どうかな、どうかな? ……あれ?」

 涙がぽたぽたと流れていく少年を見て、スララが少し慌てる。

「わ、どうしよう、わたし何かまずかったかな。彩斗が泣いてる、どうしよう~」

「う、ううん。違うんだ、そういうわけじゃないよ、スララ……」

 影が薄い人間だと言われてきた。

 何をやっても平凡で、取り柄なんてないと言われてきた。

 そんな彩斗だったから、誰かに優しくされることなんて稀で、今までに数えるほどしかない。

 でも。

 スララの手の優しさは、そんな過去を吹き飛ばすくらいの威力があった。


 ――この娘となら戦えるかもしれない。

 いや、少なくとも、彼女がいれば大丈夫だ。

 今まで日陰ばかりにいた少年は――。

 このとき、この瞬間、胸の中に暖かさを感じていた。

「あ、やった。彩斗が笑ったよ~。嬉しいな」

 スララが手を上げてはしゃぎだす。

 手で無理矢理に自分で動かしたから、きっと惨めな笑顔だと思うけれど。

 それでも彩斗は、精一杯、笑顔を作ってみた。


 冷たい牢屋の中、束の間ではあったが、彩斗とスララは、和やかな空気に包まれたのだった。

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