38 勝利
間違いからの第2人生をご覧頂きありがとうございます!作者です。
一話目を少し改稿しました。お暇な時に合わせて見ていただければと思います。よろしくお願いいたします!
「………ッ」
凄まじい重力を受け、ふと頭をよぎったことがある。
幼少期に出会った、あの出鱈目な少年。あいつも自分の体に、こんな風に負荷をかけて生活してたなあ。
シャロンは思った。
ーーーあいつに出来て、私に出来ない訳がなくない?
もう黒騎士隊に謝らなきゃとかそんな殊勝な気持ちは失せていた。いや、理性は相変わらずこの馬鹿女!と叫んでいるけど、仕方ない。本能がやったろうぜ!と理性を殴り倒しているのだ。仕方がない。
シャロンは目をひん剥いて首を動かし、ギギッと笑った。
「ィ…イヤァ…気持ちのよイッ、息苦シさデすねェ…ッ」
男二人は化け物を見るような顔をしていた。
「「………」」
すっと目を逸らされる。
いや、あんたらがしてんだからな!さっさとこの魔法解け!
しかし一向に解除される気配はない。なんならちょっと圧が増した気がする。仕方がないので、そのまま耐えることにした。
魔法は、王女らの食事が終わり部屋に戻る際も解かれることは無かった。
ギッタン!ギッタン!
異音を発しながら歩くシャロン。王女に話しかけられてもガンとして理由を話そうとはせず、耐えた。
心配そうに部屋に入る王女を見届けて、シャロンは隣に立つ騎士に呼びかけた。
「グッ…グフッ…いツまで、魔力持ちマすかねェエエ⁉︎」
ニタァと笑うシャロンに、ハーリーは「ひっ」と慄いた。だが当のツォンガは、渋い顔はするものの魔法を解こうとはしなかった。シャロンは察した。
ーーーなるほど。これは戦争か。プライドをかけた戦争…!
ならば魔力が尽きるまで耐えるなどという小物じみた真似じゃ駄目だ。
完全に、相手の心を、折ってやる…!
シャロンは覚悟を決め、壁際からギタン!と一歩踏み出した。徐に腕を頭の上にあげて、腰を屈める。
そうーーースクワットの体勢。
ギギギっとぎこちない動作で一回、また一回とスクワットを重ねる。しんどい。死ぬ。これクッソきつい。
何十回目かで、脂汗を浮かべてツォンガの方を見た。おぞましい奇形物を見るような目つきだった。
ふはは!さあ解け!解けよ!こんな奴と隣に並んでいたくはなかろう⁉︎
もう数回重ねた後、スクワットの体勢をやめて地面に這いつくばった。ぎょっとする男二人の視線を感じたけど無視。肘を曲げて、地に手をつける。
ーーーそう、腕立て伏せの体勢。
ギギッ!ギギッ!ギギッ!
この筋トレのポイントは、顔を上げて白目を剥きながらやること。通り過ぎた騎士が「ギャァァァ!」と走って逃げて行く。気にせず黙々と腕立てを繰り返した。
もうやめたい。しんどい。何これ。調子に乗りすぎた。死にそうお願い私を止めて…!
最早何と戦っているのか分からなくなったシャロン。だが止めるわけにはいかない。いかないのだ。今度は腕立てをやめて、地面の上で腕を曲げた。
ギギッとゆっくり男二人の周囲を這い回る。
そうーーー匍匐前進。
この時のポイントは徐々にスピードを上げること。ナメクジのようにねっとりと、かつ羽虫のように俊敏に。何かの儀式かと思わんばかりの気持ち悪さで人間二人の周囲を徘徊する。
一方、シャロンは意識を失いかけていた。
しんどい。やめたい。しんどい。しんどォイ。
シッンッドッイヨォオオ!!!
ーーーバタンッ
そこでやっと、体が軽くなるのを感じる。
顔を上げると、男が魔力不足で倒れているのが見えた。
ーーーあぶねえ。あと数秒で私の方が失神するとこだった
慌ててハーリーがツォンガを起こす。「だから紅に物理で喧嘩売っちゃダメなんだって!見習いでも紅は紅なんだから!」と呼びかけているのが聞こえた。
ふっ、勝ったな。
仄かに勝利を確信し、笑みを浮かべる。
が、全身の筋肉が痙攣していてしばらく立ち上がれそうには無かった。
荒い息をはいていると、カチャンと扉の開く音がし、王女の部屋から侍女が出てくる。
「えっ、わっ、何して…⁉︎」
恐らく先ほどの異音を聞いて様子を見にきたのだろう。
まあ、驚くわなあ。衛兵が二人、地面に突っ伏してるんだもん。
ハーリーがしどろもどろに状況を誤魔化し、侍女を部屋に押し込めた。素早くツォンガを背負い「こいつを医務室まで連れてってくる。あんたは早く起き上がれ」と叫ばれた。
いや、無理無理。そんな簡単に言うな、こっちは屈強な隊員とは訳が違うんだぞ。私も医務室へ連れてかれて然るべき!
と言いたかったけど、王女の部屋から衛兵が一人も居なくなるのは良くないなと思い直した。仕方なく起き上がる。
「…あんた、ーーーああいい、やっぱなんでもない」
「?」
何かを言いかけ、すぐに口を噤ませたハーリー。ノロノロと廊下の奥へと消えて行った。シャロンは未だぜえぜえとなる息を整えようとして、諦めた。
無理。しばらくこれ治んない。ガクガクと震える腕も足も、しばらく使い物にはなりそうにないと息を吐く。
もうちょっと鍛えようかなあ…
どんどん普通の令嬢とはかけ離れていく少女。
止められるものはどこにもいなかった。
余談だが、びっちりと汗をかき荒い呼吸をし、目をギラつかせる紅騎士が王女の部屋の前に一人で立っていたということが、この後ちょっとした騒ぎになるのだがーーーーここでは割愛する。
シャロンは王女の警護を終えて、夕食を食べていた。
あの後、戻ってきたハーリーと睨み合いながら警護を続けたが、もう男はなんのちょっかいもかけてくることはなかった。完全なる勝利である。
王女の夕食を見届けた後に食堂で食事をするとちょっと虚しい気持ちになる。まあ、この硬いパンも風情があるし良いけど。うん、悪くない。
せっせとパンをスープに浸し口に放っていると、聞きなれない声に呼び止められた。
「シャロンさん」
「ふぁい?」
おかっぱ頭の少年だ。あれ、なんだろう。どこかで見たような…?
「あの、僕、ナヤルです。覚えていませんか?」
「えっ、えーと…」
なやる、なやる、なやる。頭の中でせかせかと辞書を引くが該当する人物は出てこない。誰だ、これ誰だ。
「ほら、紅部隊長と部隊の皆さんと訓練をご一緒にさせて頂いてました」
「あっ…あー!」
デスマッチの時テンパってたあの子だ!
うんうんスッキリした。爽やかな笑みを浮かべシャロンは問いを返す。
「思い出した。アイルの禁術使おうとしてた子だよね」
「あ、そうです…恥ずかしいし隊長に怒られるのでそれは忘れて頂きたいのですが」
「うん。どうしたの?」
そういえばこの子、どこの所属なんだろうなあと頭をもたげる。
「その、突然で申し訳ないのですが…っ
よければーーー僕に魔法を教えて下さいっ!」
まるで初恋の子に告白するかのように、顔を真っ赤にして手を差し出した少年。
そんな中、シャロンは新たな情報を思い出す。
ーーー記憶違いでなければこの子、訓練所で黒騎士隊だと名乗ってなかったかなあ、と。




