20 いらない呪文
「ふぅむ…で、その軍のトップって今は誰なんですか?」
極力下を見ないようにして質問を投げかける。色気上昇気流注意報発令中ですから。局地的なものなので要注意です。現在進行形で要注意です。
「ああ、クーデターが起こった時代から軍のトップは変わっていない。だから、今は、というよりも、昔から、のが正しいな。それとあのお方の本名は誰も知らないと思う。大抵は『あのお方』と言ったら前後の文脈で話は通じる」
バスタブの縁をなぞらえていた手を止め、目を見張る。
クーデター当時から軍のトップは変わっていない?
「待ってください、それじゃあその軍のトップって今いくつなんですか。クーデターが起こったのが六十年以上前なんですよね?その時代にトップに就任するのにも、それなりのお歳を召されていたんじゃないですか?だったら六十年プラス結構な年齢ということになりませんか」
「はは、だよなあ。正直なところ、誰も分からないんだ。誰も軍のトップを見たことがない。会話を交わしたものなんてこの時代にいるのかどうかもあやふやだ。最近じゃその存在すら作り話とまで言われている」
それじゃ、と言葉を吐こうとした私の脚をぐいっと引き寄せたデュノセント隊長。その反動で前かがみになってしまい、隊長と視線がぶつかり合う。
「だが、確かに、『あのお方』はいらっしゃる。顔も、歳も、名前すらも分からんが、確かに、軍のトップには、相当な『なにか』がいる。俺もこの碧騎士隊隊長なんぞに就かせてもらってから四年しか経ってないが、そんな俺でも読み取れる。軍の奴らは異常だ。全員、上に怯えている。上層部じゃない。トップに怯えているんだ。いもしない存在に怯えるほど、あいつらは柔じゃない。だから確実に、あそこには、『何か』いる。存在を確認した奴はいないのに怯える存在は確かにいるんだ」
気を付けろよ、シャロン見習い騎士殿。あの組織に喰われたやつを俺は何人も知っている。
途端ツンッとしたシリアスな雰囲気漂うバスルーム内。お互いに無言になり、耳をつくのは気のままに流れる水の音のみ。
脚の感覚がなくなってきているのは冷たさのせいだけだろうか。
「…肝に命じておきます。デュノセント碧騎士隊隊長。ご忠告、ありがとうございます」
かち合う視線を逸らさずにじっと見つめ返す。
やばい色気モロに食らったわとか考えてるわけじゃない。うん。決して。
…こんなアホな現実逃避をしていたからだろう。その後に続いた隊長の言葉を聞き逃したのは。それを後々後悔することになると知らずに。
「…まあアリデライと居たんじゃ、関わることは避けられんだろうがな…」
「え?何か言いました?すみません、水の音がうるさくて」
ボソッと口を動かしたのを聞き取れなかった。首を傾げもう一度お願いしますと促すが、大したことじゃないとそこで一旦話は終わった。
「さて、そろそろいいか?」
シャー、とノズルから流れる水の勢いが弱まっていく。随分話し込んでいたからもう冷やせた。ズキズキとした痛みが引いてきていた脚は、隊長の手から離れピチャンと鳴らしながら床についた。
「どうだ?痛みは大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です。全然痛くありませ…へくちっ」
「!」
うぅ…寒っ。
脚からお腹にかけてずぶ濡れな私はカタカタと体を震わせながら立ち上がった。春といえども油断はできんな。寒い。つってもそれは私だけじゃないわけで。
「隊長?隊長は寒くありませんか?すみません、隊長まで服を濡らしてしまい──────!?」
なっ
えっ
ちょっ
なっなんかこの人脱ぎはじめたんですけど!?
「すまん、そら服ごと冷やしたら寒いよな。ほら、このまま一緒に風呂入って温まろう」
とか言いもって上半身の騎士服を脱ぐ隊長さま。どうしよう。この人私の手に負えないわ。無理だわ。なんかもう、どうなっても脱がされるルートに入るわ…
「…とか諦めるかぁああ!待ってください!大丈夫です!本っ当に大丈夫ですから!すみませんがタオルと服さえ貸して頂ければ!」
すぐにでも退散させていただきたく存じます!
こちらの服を脱がそうと上半身裸で手を伸ばしてくる隊長。や、やめてください!なんか卑猥です!
「服…あー…すまん…」
うん?すまん?いやもうそれ嫌な予感たっぷりの呪文なのでしまってくださいます?
「替えの服、ないんだ」
ほらみろぉおお!!
み、短めですかね…?




