11 新入り歓迎会デスマッチ決勝
真っ青な青空が広がる訓練所内。
真っ青な顔で見つめる先には、瓦礫と化した壁とその周囲で未だ戦闘を続けている紅部隊員。
「うっわあ…あれ今背骨イった音しましたよ…」
「ああっ!あの壁の修繕費用、どこから出すと思ってるんすかねえ…!」
清々しい風が通り抜ける訓練所では、明らか心配すべき点はそこではないと先輩に叫ぶ心の内と格闘しながら体操座りの私。
その隣で腕を組み、まだ破壊されていない壁にもたれかかっているショドウェイ先輩。五メートルほど離れた先にはきゃあきゃあ騒ぎながら楽しそうにしている少女とその妖精を笑顔のまま見つめている少年(自国の王子と隣国の姫君)
そんでもって我らが部隊長さまはというと…
「ほらほらほらあ!もっと早く引かないと死んじゃうよ?」
紅部隊員全隊員vs素手の紅部隊長
というなんだあれ人間か状態だった。
「俺、たまにあの人がなんで一国の騎士部隊長なんかに収まっているのか甚だ疑問に思うことがあるんすよ」
「へえ。答えは見つかりましたか?」
先ほど表記した『紅部隊員全隊員』というのを訂正させていただこう。早々に見切りを付けた私とショドウェイ先輩は訓練所の端っこの方で待機だ。
あの部隊長さまの「じゃあ新入り歓迎会デスマッチ、始めるよ!」から始まったそれはいつの間にか決勝戦を迎えていた。
最初のほうは各々でヤっていた戦闘が気づいたら乱闘へと変化を遂げ、またまた知らない内に気が付いたらリンチと化していた。もちろん部隊長が、している方だ。「ほうら稽古だよ!」とのたまいながら素手で向かって来る部隊長に半数の隊員たちは発狂しながら逃げて行った。そして残りの隊員たちはというと…
「くっそこんの狂人が!あんた人間名乗んのやめたほうがいいんじゃねえか!?」
「どうやったらこんなバケモンが育つのかしら…!」
…自分達の上司を人外呼ばわりし、必死に交戦を続けていた。あれだけ口喧嘩をしていた部隊員も新入り歓迎会という名のリンチが始まると、お互い手を取り合って地を張っているのだから不思議なものだ。
「答え、っすか。あれ見てたら探す気も失せるってもんでしょう」
「あぁ、考えるだけ無駄か…的な感じですね。分かります」
しっかし、デスマッチというからには、まさか全隊員死ぬまで終わらないとか、そんなアホなことないよね…?
シャロンが同意を求めちらりと周囲を伺う。だがショドウェイはイライラしながら今月の修繕費用を部隊の出費として赤字計算しているし、あまりのエグさからか鼻息荒く息切れしているお姫様とその様子を慣れた手つきで介抱している王子様しかいないので、やはり不穏な疑問は解消されない。
ついには訓練所から外に出てリンチを続けているアリデライ部隊長に、黒騎士隊見習い騎士までもが途中参加しており、広範囲高出力の超魔法を組んでいる。その背後で逃げたはずの紅部隊員が援護射撃をしこたましていた。
「───…どーでもいいんですけど、先輩。私、お腹空きました」
「……君も存外、図太く生きてるっすよね。なんすかいきなり」
「いきなりじゃありません。よくよく考えたら私、一昨日から何も食べてない」
あの王家の森の前日、林檎ひとつ食べた以来水くらいしか胃に収めていない。
…遠い昔のような気もする一昨日ってどうなんだろう。うっかり視界が霞んできた。
「一昨日っすか?シャロンよくぶっ倒れずにいられるっすね」
「別に一週間飲まず食わずでも何とかなるんですけど、ここ二日は体力精神力共に無駄に消費しちゃいましたから。さすがにお腹空きました」
「…シャロンはつくづく紅部隊員向きっすよねえ。引っ張ってきた部隊長に感謝しなくちゃ。万年人手不足っしたから」
「紅部隊員向きってどういう向きです…?断固反対します!あんなクレイジー達と一緒にされたくない!」
背骨折れて元気よく動き回るような隊員もおかしい。
「まあ、自覚がないのもその証拠っすよ。ああ、そろそろ昼時っすね。じゃあシャロン、あの人達止めてきて下さい」
「はい?何言ってんです?あんな人外ども、止められるわけじゃないですか!その認識さっきまで共有してたでしょう!」
「………シャロン、君まだ給料入ってないっすよね?昼飯とついでに夜飯も俺がおごるっすから──────」
「行ってきますショドウェイ先輩!!!」
ここで行かなきゃ女が廃る。いや、絶賛男装中ではあるが……うん!要は腹が減っては戦はできぬってこったい!
「ってことでアレ使うかあ!部隊長なら死なないでしょ、たぶん」
部隊長を止める方法は、これくらいしか思いつかないから…。緊急時以外では使うなって言われてたけど、仕方ないよね?歩きながら ぼそっとごめんなさい、と贖罪の言葉を口にすると、私のスズメの涙ほどの罪悪感はうんともすんとも言わなくなった。
とりあえず超魔法を発動直前に打ち消されてムキになっている黒騎士隊見習い騎士のもとへ。この場でまだ会話ができる貴重な人材だ。
「ちょっといいですか?」
ぽんっと肩に手を置いてこちらに向かす。
「は?何です!?僕は今、とても立て込んでるんです…!御用の方は後でお越し下さい!!」
うん、だめだ。かなり混乱してるなこの子。私が結界の中に入っても気付かないくらいだしなあ。……ふむふむ、超魔法が効かなかったら次は禁術か。うーん、でも……
「差し出がましいかも知れませんが、少しお話聞いてください。そこのエリアの構築とあそこのエリアの構築とは別の系統にしなき駄目です。お互いが干渉し合って威力が喰われちゃうので。それと、結界の張り方に手を抜きすぎです。私が言えた事じゃないけど、基礎は大切にして下さい。衝撃が逃げてしまうので勿体ないです。ーーーー私が貴方の魔法を見ている限りでは、水系統の物よりも氷系統のもののほうがお得意なんじゃないですか?だったらそのウォークの書の禁術を使うよりもアイルの書の禁術を使った方が消費魔力が激減すると思います。……ちょっとやってみるので見ていて下さいね?」
「な、なにを─────!?」
「…詠唱はどうしよっかな…まあ、適当でいいか。えーごほん、『リィちゃんそこそこの奴、お願いします!』」
右手を上空にかざし、魔力を込めるイメージをする。氷の女神からの祝福を受けて、右手から五メートルほど離れた場所まで降って来たのは巨大な氷の杭。
その横幅は訓練場ほどの大きさもあり、縦幅にいたっては雲を突き抜け、その全貌を計り知ることができないまでにもなっていた。
「…うっわ、あの子久しぶりだからめっちゃ張り切ってる…これ結界張るの厳しいかも」
「──────ッ何だこれ!?!?」
おっと、隣に少年居たんだった。そこそこって言ったのにあまりの規模が出てきたもんだから、一瞬意識が飛んでしまった。
キリッと顔を作って、吐いた弱音を無かったことにする。
「黒のお方。見ててわかりますか?今、太陽神に溶かされないように広範囲にわたって結界張りました。それも、急ぎすぎてちぐはぐな感じじゃなくて、一切つなぎ目の無い結界です。こうしとかないと、相手に攻撃ぶちかました時に──────えいっ」
こういう風に衝撃が漏れないようにできないんですよ。…と言おうとしたのに…?
「え!?な、なんで…消えた…!?」
「はいちょっとストップっす!!!シャロン君、君この国一帯氷の刃で沈める気っすか!?確かに止めて来て下さいとは言ったっすけど!さすがにあんな禁術使ってなんて言って────ッ!」
がきぃっんっ
「ねえ、ショド、なんで、さっきの、消したの…?」
突如、ショドウェイを襲う劔。彼はそれを物凄い反射速度で必死に受け止めていた、が、完全に押されている状態であった。
「ア、アリデライ部隊長…!?」
「あれさあ、最高っに、わくわくしたんだよ?なあんで、消したの…?」
「ぐっ…!だってあんなもん放たれた日にゃここら辺り全部──────っ!」
「関係、ないよね?ね?僕さあ、楽しいこと、邪魔されるの、一っ番嫌いだってこと、ショド知ってるでしょう?」
アリデライは得物を投げ捨てると、直接ショドウェイの首を鷲掴み、その体を振り上げた。
部隊長の目、あれだ…!完っ全にイってるやつじゃん!せ、せせ先輩が…!!!
「ぐ、かはーーーッ、す、い、ませーーーッ」
「んー……どうしてやろうかな」
ショドウェイの顔が真っ赤に染まり、あと数秒で首の骨が折れるであろうタイミングで、アリデライはニィっと嗤った。直後、男を瓦礫に向かってぶん投げた。
「ーーーッ」
そのままショドウェイの方までゆったりと歩き、彼の耳元でなにかを呟いた。
その時やっと、訓練所内外の嫌な空気は霧散した。
アリデライが水飲み場へ向かったタイミングを見計らって、シャロンは急いでショドウェイのもとまで走った。
「せ、せせせ先輩っ!先輩っ!」
泣きそうな声で呼びかける。すると「いってえ!」と軽快な声とともに瓦礫から人が出てきた。
「あーミスったっす…もうちょいタイミングを考えるべきでした」
「タ、タイミングもなにも!先輩首大丈夫ですか!」
紫色に変わった首元にあわあわと手を動かす。
「はい、大丈夫っす!いつものことなんで!」
「いつもの…⁉︎それ職場環境見直した方がいいですよ絶対!」
「ははっ。それは常々心底思うっす。それより今は……」
「あぁ、このカオスな状況をどうにかしなきゃですね…」
部隊長の怒気に押されて、失禁している黒騎士隊見習いに、あちこちに重傷を負った紅部隊員。
医務室ってあるのかな、とふと思ったシャロンはとりあえずその場に腰を下ろした。
人畜無害そうな顔をしているショドウェイ先輩も紅部隊員だということを忘れていた主人公。何気に強いですよ、先輩は。禁術を消しちゃうくらいですから。
…部隊長が人外すぎていつも影に埋れていますが。