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僕の世界

作者: 蒼海悠

マイクの前に立った時、僕は別の存在になっている

僕じゃない何かが、いや…正しくは僕の中の何かが叫んでいる

歌詞とメロディで紡がれた魂を胸の中で受け止め、音楽として叫んでいる

僕はそんな歌が好きで、好きで音楽の道を歩いている



音楽は感性とセンスが大事だけど、作曲とか作詞の基礎理論も勿論大事だ

僕はPCのモニターとにらめっこをして少しずつ作業をしている

傍から見ると棒を並べているようにしか見えないが、なかなか緻密な作業だ

音を繋ぎハーモニーを生み出していく、少し間違えるとバラバラの不協和音になってしまう

何度も何度も聴きなおし、曲のイメージを膨らませて行く

何気無いフレーズが一つの世界を作り上げる、そのフレーズが聴く者の心を震わせるならこれ以上楽しい事は無い



最後の音を置いて、曲が完成した

何気なくカーテンを開けると明るかった空がすっかり黒に染まっている

「もう、こんな時間か…曲作ってただけだったな今日は」

独り言、音楽にしか向き合ってない自分に対する呆れと満足感

こういうのもナルシズムなんだろうか、少し嬉しく思ってしまう

時間に気づいたら僕はお腹が空いているのに気づき、それと同時に自分のお腹が文句をたれた

グゥ〜

「あはは、酷い音だ」

また独り言、僕は食糧を求めてコンビニへと向かった



外の空気は夏に向かっているにもかかわらず、少し寒い

でも、夏特有の空気と風の冷たさは嫌味を感じさせない…むしろ夏の涼しい日は結構好きだ

むしろしばらくこの冷たい空気に当たっていたいと思うほど心地良い

そんな風に思った瞬間、冷たい風が迫ってきた

あぁ、長袖にすれば良かったかも


家から少し離れた商業地の手前、見慣れたコンビニに着く

特に思い出は無いけれど、通い慣れた場所だ

昨日は揚げ物だったからあっさりしたものが食べたいな、ざる蕎麦は少し侘しい

冷やし中華はあのたまご麺があんまり好きじゃない

野菜の煮物は気分じゃないな

あぁ、そうだ…ご飯コーナー見てみようかな

最近、麺類にハマっているからコンビニのご飯をあんまり食べていない

そぼろご飯、懐かしいなぁ食べようかな

あ!飲み物は…たまには乳酸飲料飲もうかな



レジの店員さんは相変わらず素っ気ない態度だったなー、でもそれがコンビニの味って奴かも

あの店員さんのテーマソング作ろうかな今度…いや、無理があるかな

そぼろご飯楽しみだなー

あ、まだ歌詞書いてないから書かないといけないや

どうせなら作業用にお菓子買っておけば良かったなぁ

さっきまで風が冷たかったのに、あんまり気にならない…そぼろご飯のお陰かな

帰ったら冷めないうちに食べよう



家に帰ると、誰かが迎えてくれることもない

たまに氷を勝手に作る冷蔵庫の製氷機くらいしか気配がない

あぁ、後…僕の相棒のノートパソコンくらいか

僕はダイニングの電気をつけて小さなちゃぶ台にそぼろご飯を置く

蓋を開けると醤油と卵の香りが広がる

弁当の醍醐味だよね、ただ…温かい紅生姜はいただけないな

「いただきまーす」

特に理由はないけど、元気よく挨拶



そぼろご飯を食べ、食後の鬱陶しい口に乳酸飲料を注ぎ込む

…懐かしいからって乳酸飲料にするんじゃなかった

複雑な味を鎮めるために冷蔵庫の水を飲む、何のために乳酸飲料買ったんだか

「あはは、バカだなー僕」

誰も、答えない



メロディに合わせて、歌詞を書き連ねる

歌のイメージ、僕のイメージ

そして歌いやすいように、歌って楽しいように…

そして、実際に歌ってみる

うん、これでいい!楽しい曲が出来た!

軽く発声練習、軽く動いてみる

ウォーミングアップ完了、歌おう!


お風呂の中でさっきの歌を口ずさむ

まだ、試作品で誰かにミキシングを頼まないといけないんだけど

残念ながら調節するための機材を買う余裕は僕にはまだない

「バイト、頑張ろー!」

お風呂の中で僕の声が反響する



いつか、歌いたいな

あの歌を、僕の歌を好きだって言ってくれる人の前で

大きなホールで、聴いてくれる皆は笑顔で…



朝、今日はバイトがあるから早めに起きる

古本屋で本とCDとゲームに囲まれて働く

何となく、天職な気がする

だって、本もCDもゲームも好きだから!

バイト先の店長は怖いけどね…ちょっと

帰ってきたら、友達にミキシング頼もう

面倒くさがられるだろうなー、昔から迷惑かけっぱなしだなあいつには



昨日とは違って、日差しが強いし暑い

もうすぐ7月だからか、セミの鳴き声が凄く耳に障る

一生懸命生きてる証拠なんだろうけど、僕はこの鳴き声苦手なんだよな

「あの、すいません」

後ろから女の子の声が聞こえる、どうしたんだろう?僕は振り返る

「駅までの道、わかりますか?」

女の子は小柄でまるで人形かと思うほど端正な顔立ちの少女だった

一瞬見惚れそうになったけど、困っているんだから素直に教えてあげないと

「ここの交差点を右に行って、次の交差点をさらに右に曲がって真っ直ぐ進めば駅につきますよ」

女の子は示した道の方角を目で確認すると、僕に一礼する

「あの、これ私の名刺です。何か困った事があったら連絡してください」

差し出された名刺には名前と電話番号、そしてメールアドレスが書いてある

名前は桜井未央というらしい

「それじゃあ、僕も。」

僕はメモ帳の1ページを破り名前と電話番号とメールアドレスを書く

「わ、ありがとうございます!今夜、さっそくメールしていいですか?」

女の子はキラキラした笑顔で僕に問いかける

「良いですよ、いつも暇してますから」


バイトはいつも通りの調子だった

中古品の査定、新品ゲームの予約、本の並び替えにシールの張り替え

本のラッピングまで諸々

単調な作業だけど、毎日新しい本との出会いがあるし好きなアーティストの絶版したCDなんかは自分で買ってしまう

でもやっぱり…

「お前、何だかいつもより楽しそうだな」

先輩にはわかってしまうらしい



夜、駅前でキーボードを引っ張り出し歌を歌う

何度目かの試みだ、誰も僕の歌は聴いていない

何人かは物珍しさに足を止め始める、中年の女性が聴き入りはじめた

最後まで聴いてくれた人には僕のHPのリンクサイトのURLを渡す

メールをする約束の時間まではまだ余裕があるから、それまでは一生懸命に歌う

いつもは歌の事しか考えていないのに、不思議だなと思う

時間なんか気にしないでいつもは歌うのに、いや…お巡りさんに注意されないかヒヤヒヤしながら歌ってはいるけど

この辺にいるお巡りさんはどちらかと言われたら寛容な方だけど、クレームが入ったらやっぱり注意されてしまう

でも、そんな事よりあの女の子の姿が脳裏にチラつく

常連のお客さんにはこう指摘された

「普段より艶っぽい歌い方しよるな、兄ちゃん」


夜、その女の子からメールが来た

「今日はありがとうございました、素敵な殿方だったので思わず名刺を渡してしまいました」

殿方って……どこのお嬢様なんだろうか

未央さんの言葉遣いや雰囲気は誰にも似ていない、彼女特有のものだろう

メールを重ねて、電話をしたり

時には一緒に食事をするようにもなった

少しずつ、誰もいない僕だけのテリトリーに踏み込んできた

でも、不思議と不愉快に思うことはなかった…


時を重ねて一年後

僕はそれなりに評価されるようになってきた

ピアノを中心に色々な音を混ぜ合わせた、とにかく豊かなメロディラインが特徴の僕の世界

それに呼応されるかのように、少しずつ仲間が出来た

僕の曲をライブで演奏してくれるバンド仲間や、楽曲イメージを絵に起こすイラストレーター

そして、最愛の女性……

僕の世界はいつも僕一人だったけれど、いつの間にか広がっている





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