強風により
ちょっとでも長引かせようという、作者の魂胆。
月曜日――朝。
『学校を休みたいと、本気で思った。』
『休学してみたいと、本当に思った。』
『休校してくれと、本心から願った。』
しかしそれはどうあれ――現状がどうであろうと。
平常よりも厳然としていて、凄然としていて、凛然とした、凍りつくような冷たい朝が待っているだけだった。
「瑞穂ー! 起きなさい」
母親の声でベッドのふとんを吹っ飛ばす。
「はーい」
返事をして、萬ヶ原瑞穂は部屋を出る。
強風がドンドン、と窓を叩いていた。
リビングについてからは、メロンパンひとつと牛乳を1杯飲んだだけだった。
普段はさすがにもうちょっとくらいは――小丼に牛丼1杯くらいは平らげていたのだが。
「行ってきまーす」
軽快に玄関を飛び出した萬ヶ原であったが、「ごめん。やっぱ今日も車で」
厳寒たる外気温にふれた途端、心身ともにへし折られた。
この日は強風のため、列車が遅れていた。
電光掲示板には列車の遅延、運休情報が流れており、駅員のアナウンスもひっきりなしに続いていた。
「日本の列車は海外と比べてみると、ほとんどダイヤの乱れがなく、それ故にトラベルミステリーという新ジャンルも生まれたわけだが……」
駅舎の待合室。
暖房が効いていてとても暖かかったが、それ以上に人口密度の高さが起因しているようだった。
「この暴風じゃあ、ダイヤも乱れるよな」
九と萬ヶ原は、プラスチック製の固定されたイスに並んで座っていた。
「そうだよね。強い風だよね」
「あっち着いたら列車の遅延証明書を適当に改ざんしてさ、昼から学校に行かね?」
「そんなことしたら叱られちゃうよー」
萬ヶ原は口を手で覆いながら、小さく笑った。
「しっかしなあ」
九は嘆息まじりに、「二担任なんてさ」
愚痴なのか、それとも意外に慰めてくれているのか。
「あんな事件があったっていうのに、オレらのこと全然面倒みようとしてなかったじゃん。だったらさ、学校なんて行かなくてもいいと思うけどな」
うーん。
よくわかんないけど、九にかぎって慰めてくれるなんてことはないだろうから。
きっと。――というか絶対!
学校をサボりたいんだ。それも私を口実にして。
「行ったほうがいいよ。みんな待ってるよ」
ブツブツっと無線特有の音がした。
「えー、お客様にご連絡いたします。えー、〇〇線経由のS行き、△△線経由M行き、✕✕線経由L行きは、1部運休とさせていただいております。えー、なお回復の目処はまだ立っておらず……。――えー、お客様には大変ご迷惑をおかけしています。えー、申し訳ございません」
九と萬ヶ原はアイコンタクトをかわし、改札口へと移動した。
案の定。
学校へ行く交通手段は断たれていた。電光掲示板には運休と表示されていたのである。
まあどうしても行きたいのであれば、午後から行くことになるが。
「オレは休ませてもらう」
喧々囂々とした、やかましい駅舎を出て九は言った。
ゴオーッと風が吹き、突き飛ばされそうになる。吹き飛ばされるなんてレベルじゃなかった。
車がカメみたいにひっくり返っている場面を想像し、ゾーッとした九は、「それじゃ。――オレは歩いて帰るから」
酔っているわけでもないのに、おぼつかない足取りで、蹌踉と帰宅する九を見て、「あっ。もしもし――お母さん?」と電話をかけ、萬ヶ原も休むことにした。
「流言飛語と狂言綺語って、よく似てますわよね」
職員室。
デスクについて、聖徳太子のマンガを読んでいた二担任はあわてて顔をあげる。
「やあ、一二先生。おはようございます」
「おはようございます。この強風ですから生徒たちが休まないか、心配ですわね」
「まったくですね。我々教師の授業は柳に風と受け流すくせして、こういうときは受け流しませんからね」
二担任は、オレも受け流さず、学校サボればよかったなと後悔した。
「ところで一二先生。さきほど流言飛語とおっしゃられていましたが、なにか事件に関するウワサでも入手しましたか?」
二担任は期待を込めて訊いたが、
「いいえ、ただの世間話よ」
と。
どこら辺が世間話だったのかわからないが、そう返事をされた。
「個人的な意見では、世間にまつわる話よりも、沽券にかかわる話がしたかったですね」
「あらそう?」
一二英語教諭は高い声をあげ、「萬ヶ原ちゃんについての情報はまだ何も持ってないわ。残念ね」
と、あでやかにほほ笑んだ。
「そうですか。それではまた後ほど……」
二担任は席を離れ、七五三国語教諭のもとへとおもむいた。
「おはようございます、七五三先生」
小テストの採点を行っていた七五三国語教諭は、「ああ、どうも」と、せわしなく赤ペンを動かしながら答えた。
「小テストですか。張り切っていますね」
自分なら考えられないことだと、二担任は感嘆の眼差しをうかべた。
「いいえ! 中間、期末、定期。受け持つクラスが毎年最下位になるので、すこしでも学力をつけてもらわないといけないな、と思いまして」
採点を終えた七五三国語教諭は、「よしっ……終わり」
ガッツポーズをみせた。
「ほう。――どうでしたか、出来栄えのほうは」
「合格が5人。再テストが37人。――こんなもんですかね」
なるほど。
教師が教師なら、生徒も生徒だ。蛙の子は蛙ってところか。
二担任はあわてて、話題をそらせた。
「マンガを描くときの画材で、『インク』と『墨汁』ってあるじゃないですか。あれってどう使い分けたらいいんですか?」
七五三先生はマンガを描いているよな、と既存の知識を用いて質問してみた。
「インクのほうは濃度はうすいのですが乾きが速いので便利です。墨汁ですと乾きが遅い代わりに伸びがよくシャープに仕上がります」
即答かよ。何を言っているのかわからなかったけど。
「すごいですね。こりゃあもう、2足のわらじをはいてるみたいなものじゃないですか」
「いいえ。鉄腕アトムやブラックジャック、ジャングル大帝、アドルフに告ぐ、ブッダなどで有名な手塚治虫は、医学博士であり漫画の神様だったんですよ。その素晴らしさと照らし合わせてみたら提灯に釣鐘でしょう」
手塚があんなにすごいのも、当たり前だのクラッカー。
じゃなくて。
「あの人と比較しようだなんて、野暮ってもんですよ」
二担任は一喝した。
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