容疑者候補
あと数話で終わらせようと思います。
10話目ジャストで! というわけにはいかなそうですが、最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。
「次は、月見里のアリバイだな。あいつは他クラスの男子といっしょに体育館へ向かったと言っている。なんでも山岳部の友人から全校朝会があると聞かされたらしくてな……。最後に十だが、あいつはやはりクラスの男子(九部隊は含まない)と行動していたらしいな。とくに変わったこともなかったようだ」
九は証言を終えると、意味もなくブラインドカーテンをあけた。
まだ夕方5時半でしかないのに、冬は日が暮れるのが早い。外はすでに街灯がついていた。また暖房が弱いためもあり、肌を刺すような冷気が侵入してきた。
緋色の夕焼けは沈みかけ、紺色の街並みが広がっていた。
「じゃあ次、私たちからの情報いきます」
四十川はまず、クラスの女子の動向を教え、
「んじゃ次は、庇護同盟のメンバーの行動履歴です」
と、ブラインドカーテンを閉じながら、話し始めた。
どうやら寒かったらしい。
「霹靂ちゃんは、女の子の日だったのかな。ちょっと遅刻してきた」
「女の子の日?」
九は首をかしげた。「今日はバレンタインデーだったっけ? あちゃー、例年通りだれからも義理チョコもらえなかった。こりゃあホワイトデーのお返しが大変だ」
「皮肉らなくていいから。つーかモテないのはうちらのせいじゃなくね?」
「っていうかあんた、萬ヶ原ちゃんとできてるでしょ?」
四十川も小鳥遊も辛辣な言葉を返す。
「……えーと。…………女の子の日っていうのは、何かの隠語みたいだからこれ以上詮索しないけど」
たじたじになって、九は下を向いた。女子からの視線が痛かった。
「あ……あの――」
霹靂は助け船を出すつもりなのか、それともやり込めるつもりなのか、とりあえず口を開いた。
「無理しなくていいよ、霹靂ちゃん。九にはデリカシーとかプライバシーっていうものがないんだから」
「ううん」
霹靂はその言葉を遮り、「遅刻してきた原因はそんなんじゃなくて……。ほんとにもう、特別特段、特殊で特異な出来事があったわけじゃないから……。全然気にしないで」
「してないけど?」
九はフォローしてもらった恩も忘れ、いやそれとも本人にその自覚がなかったのか、しれっとそう言うのだった。
「まったく、テレパシーのないやつ」
捨て台詞のように、小鳥遊は言った。
「はいはい。――アリバイの続きいきます。私こと、四十川は小鳥遊と廿ちゃんの3人で体育館で談笑していました。移動もいっしょくらいのタイミングで……。犯行におよぶ時間は3人ともなかったんじゃないかな?」
「うん、なかった」
小鳥遊も強くうなずいた。
同輩の五十先生なら、話せばきっと協力してくれるだろうから、あともう1人くらい『萬ヶ原事件極秘調査部隊』のメンバーが欲しい。
二担任は、七五三国語教諭につぐ、協力者を探していた。
自分のデスク前に座っている先生といえば、いかつい顔をした女教師だし。
かといって横を見れば、アガサ・クリスティのアクロイド殺人事件を読んでいる英語教師がいるし。――よりによってミステリ好きかよ。オレが興味ないジャンル。
おっと……、少し待てよ!
謎ときが趣味ならば、案外に承諾してくれるかも。
二担任はその女に話しかけてみた。
「一二先生。お時間よろしかったでしょうか?」
「なんでしょうか」
淡白な答えが冷淡に返ってきた。
二担任は、萬ヶ原のバッグに入っていた所持品が盗まれたという事件をざっくり説明した。
+αとして、減給されたくないから校長と八月一日にばれないようにという条件も伝えた。
「御協力お願いします!」
首をかくんと傾け、手を合わせる二担任。
「別にいいですけど……。ねえ、ノックス十戒って知っていらっしゃる?」
一二英語教諭がひとみを輝かせているのが、すぐにわかった。
試している? それとも…………。
「鮮明に記憶しているわけではありませんが、ロナルド・ノックスの探偵小説における、フェアかアンフェアかの定義みたいなやつですよね? ヴァン・ダインの二十則くらい有名な。で、十戒をいちから順にいちいち言えばよいのですか?」
「いいえ」
一二英語教諭は笑いながら、「よく知っているわね。無知な男かと思った」
「未知な女だと思った」
「何か言った?」
二担任は唇をつきだし、「この通り、口を閉じていたので何も……」
文字通り、お前の弁舌には閉口させられるぜ!
「そう。……なかなかおもしろい方ね。気に入ったわ」
一二英語教諭は、本を閉じて、
「協力しましょう。もう1回、事件の概要を教えてくださる?」
「またかよ……」
二担任は、ぼそっと宙に言葉を漂わせた。
アクロイド殺人事件って、ノックス十戒に反してなかった? とはもちろん訊かなかった。
「牛腸と霹靂。アリバイのないやつはこの2人……」
時刻は、午後6時をまわろうとしていた。
九は自習室で勉強していた萬ヶ原と、駅に向かう途中だった。
「うーん、どうもパッとしないね。容疑者候補があの人たちじゃ」
マフラーをまきながら、萬ヶ原は吐息で手をあたためた。
それでも恋人みたく、手をつないだりしないところが九らしい。
「たしかにな。あいつらけっこう良いやつらだからな」
制服のすそに手を入れ、身体を縮こまらせる九。
西の空には、すこしばかり臙脂色が広がっているようだったが、日もとっぷりと暮れていたので、街灯やコンビニの明かりが目にまぶしい。
「そういえば授業。――教科書なしでどう切り抜けたの?」
だれも気にしていなかったが、気になる質問である。
「二担任が、うまくはからってくれたんだよ。置き勉している子に頼んでくれてさ」
「とりあえずは、姑息療法でしのいだってわけだ」
「そうなるね……」
しばらく進み、赤信号で待っていると、
「なあ」
九がマフラーを引っ張った。
「なに?」
「駅中のスーパーで、うまいコロッケ売ってんだけど。食うか?」
「うんっ!」
萬ヶ原は満面の笑みをたたえ、「食べたい!」
よだれを垂らさずに言った。
駅中のスーパーにつき、惣菜コーナーへと向かう、九と萬ヶ原。
いつもならばショーケースの中で展示されているそれらの食品が、今日はなかった。
「あのー、特大ジャンボコロッケって、もう売り切れですか?」
カウンター越しで、店員に訊いてみた。
奥の厨房からエプロンをかけた中年女性が出てきて、「ええ。おかげさまでお惣菜は全部売り切れよ。ごめんなさいね」
人懐っこい笑顔を見せて、「彼女? 大事にしなくちゃね」
顔にしわを刻みながら、女性は奥へと引っ込んだ。
「駅といえば、『そば・うどん』だよな。仕方がないからそっち食いに行くか」
「えー、そんなことしたら家でご飯、食べられなくなっちゃうよ」
言いながらも。
萬ヶ原は、この出来事すらも事件に関与しているのではないかと不安になっていた。
今回は……。
今回も(!)……。
今回だけ(?)……。
――なんか自信がありません。
恐恐とアップすることになりました。
この物語の持ち味を活かしきれなくて非常に悔しいです。
読者の皆さんとキャラクターのみんなに申し訳ない気持ちでいっぱいです。
最終話までには、なんとか盛り上げたいと思います。