基本的雑談
sub title の通り、基本的に雑談しかしません。
休憩スペース、閑話スペースも必要かと思い、配しました。
放課後。
『緊急救急究明九部隊』のメンバーは受験生ということもあり、また、個々それぞれ様々な生活様式があるため、いちいち集まってミーティングを開くようなこともなく、いつもの通りの自然解散となった。
というのも、九部隊のリーダー牛腸翔太は習い事をやっており、(もちろんピアノとか、クラシックバレエとかそういう華やかなものじゃなく、まったく面白味がなく、味気なく思われるかもしれないが、普通にただの何の変哲もない学校の勉強であった)時間に拘束されているのであった。本人は偏差値なんぞに拘泥しているつもりはないのであろうが、彼の出身はエリート家系ということなので仕方のないことだった。
それに対比するような人物として、十が挙げられる。
彼は塾にも行かず、家庭教師も通信教育もとっておらず、めぼしい参考書を所持しているわけでもないのだが、成績はなぜかいつもトップクラスに入る。
なかなかうらやましい逸材だ。
「ゴメン、遅れて……」
机を教室の後ろに運び、掃除の準備を整えたところで霹靂が廊下へやって来た。
「いや別にいいけど、情報交換はいったいどこでやるの? 四十川とか小鳥遊は掃除当番でしょ?」
「うん。だから図書室で待ってよう……」
「わかった。活字媒体は苦手だから暇つぶしに『火の鳥』でも読むことにするよ」
言って。
九と霹靂は図書室へと移動した。
ちなみに廿は友だちとカラオケに行くとのことで不参加らしかった。
ここまで長々と情報を垂れ流してきたが、いま述べたことはすべて本筋とは関係がない。
「そろっと夕暮れ時ですね、七五三先生。寒いですし帰りはコンビニのおでんでもいっしょにどうです?」
二担任は、職員室の中でもひときわ目立った存在の――。
いや、ひときわ際立った存在の七五三国語教諭に話しかけた。
「私は遠慮しておきます。いまは財布がピンチですし、やりたいこともあって、問題山積みなんですから」
七五三国語教諭は、しかし言っていることとは裏腹に、職務はいっさい放棄していて、ぬり絵を楽しんでいた。
「ぬり絵に興じるとはとてもほほえましい光景ですね、七五三先生。それほどまで露骨に嫌われたのは今日で2回目ですよ。うちのクラスの九拓真にも蔑まれてしまいました」
どうせ大した用事があるわけでもないだろうに。
というか、いま現在。進行形でぬり絵をして遊んでいるくせに。放課後はヒマじゃないってどういうことだ。
絶対うそだ。
二担任は、20代後半でありながら、早くも頭が禿げてきていて、そこにはうっすらと白い毛ものぞかせている、七五三国語教諭を見ていた。
若年層でありながら、あきらかに中年太りをした様子の七五三国語教諭は、
「それはそれは……。残念でしたね」
と顔を上げずに、ぬり絵もやめずに、言った。
「さて、話は戻りますけど、今日の放課後、なにか用事でもあるんですか?」
二担任はなんとなく興味が起きたようで、そう訊いた。
「はい。いまやっている作業に加え、トーン貼り、背景、キャラデザなど、大変多忙で、とても大変なんですよ……」
そんなことを平気で話す七五三国語教諭のデスクには、背景カタログ、萌えキャラ講座、キャラクターデザイン集……などなど。
そういった類の本が、ズラリと並んでいた。
「背景カタログ(学校編)には、被写体の年間スケジュールまで載っているんですね」
「学園系を描く人のニーズに合わせたものでしょう。私も時々参考にしているんですよ」
「参考にしてる……って。漫画描いているんですか?」
「いけませんか」
と、ようやくこの時点で、七五三国語教諭は顔を見せた。
だいふくみたいな顔だった。
「いえいえ、いつだって少年の頃の夢は追い続けたいものですよね」
二担任は知ったようなことを言った。
じつのところ、彼は少年の頃からとくに夢など持っていなかったのだ。
「少年の夢……ですか。池塘春草の夢ですね。そういった積年の夢というのは、たいていが京の夢大阪の夢というようなものであって、槐安の夢というか南柯の夢というか……。つまり、簡単な夢というよりは、邯鄲の夢ですからね。うまくいったからといって、うまくいくとは限らない」
「艱難汝を玉にす。知っていますか?」
「西洋のことわざですね。いちおう現代文、漢文、古典は守備範囲なので。えーっと、苦労したぶんだけ立派になる、みたいな感じですよね。玉磨かざれば光なし、みたいな」
「そうですね。でもやっぱり個人的な主観を主張させてもらえるなら、栴檀は双葉より芳しのほうが千倍好きですよ」
「才能がある人は、はなっからすぐれてる。痛々しくて憎々しくて馬鹿馬鹿しいことこの上ない。少年漫画を全否定しているくだらない言語ですよ」
「そんなことはないです。少年漫画、よーく読みかえした方がいいですよ。設定としては、王族継承者だったり、人間界最強だったり、父親が世界一のプレイヤーだったり、宇宙人だったり、サイボーグだったり、妖怪だったり、能力者だったり、頭がよかったり、性格がよかったり、優しかったり、素直だったり、天然だったり、わんぱくだったり……。千差万別ありますが、その全てが活躍できそうな資質というか素質というか、体質というか。そういったものが含まれていますよね」
「ええ……。そう、なんですかね。そんな簡単に概括できるほど単純ですかね?」
二担任に圧倒的な圧力をかけられ、困惑する七五三国語教諭。
「もっと確実な、100パーセントの法則もありますよ」
「……というと?」
「主人公は絶対に若くて、高齢でも中年なんですよ」
七五三国語教諭の表情が凍てつくように凍りついた。
「しょ……少年漫画なんだから、主人公が少年なのは、当然当たり前でしょう。――で、話が随分、充分、十全に横にそれてしまいましたけれど、閑話休題して――」
七五三国語教諭は仕切り直すように言った。
「本件はなんですか?」
二担任は『萬ヶ原事件』を極秘裏に精査する手伝いをしてほしいと、交渉を始めた。
もちろん『萬ヶ原事件』の内容も伝えた。
すると、
「宣伝されたり、喧伝されるという非常事態は全くかやの外ですか。なんとまあ誠実すぎるくらいに実直で、愚かすぎるほど愚直で、それゆえに魅力的です」
協力しましょう。
と、七五三国語教諭は言った。
「九、霹靂、四十川、小鳥遊、廿は欠席……として」
午後5時、図書室。
「とりあえず全員そろったね」
と、四十川が言った。
「ああ」
九はブラインドカーテンをいじりながら、「めんどくさいから、ちゃちゃっと終わらせようぜ」
「茶々を入れないで」
四十川はビシッと、容赦なく言い放つ。
「おおっと、どうやらぼくは、お邪魔なじゃじゃ馬みたいですから、じゃじゃ丸はこれにて失礼致します」
冗談ではなく、本当に立ち上がって去ろうとする九の襟首を、四十川は非情にも握りしめ、
「馬なのか、忍者なのか、ハッキリして!」
と、小声で叫んだ。
「論点ちがうよ」
霹靂が厚意で教えてあげる。
九が席へ戻り、さっそく討議が再開された。
もしも廿が加わっていたら、収拾つかなくなっていたことだろう。意外なところで、彼女の気まぐれが役に立った。
「じゃあまずは、男子サイドのアリバイを確認しよっか」
小鳥遊は、九に水を向けた。
九はまず、クラスの男子のアリバイについて話し、次に九部隊のアリバイへと移った。
言わずもがな、九部隊という組織があるよ。などと明言したわけではなく、なんとなく、九部隊のメンバーのアリバイを、後回しで伝えただけだった。
「まずはオレのアリバイから。オレは学校についてから、仲間(九部隊ではない)に全校朝会があると聞かされて、さっそく体育館に行ったし、牛腸も仲間(これも九部隊ではなかった)と行動したらしいぞ。ただし、あいつは途中で、うんこするからと言って、別行動をとり体育館で友だちと合流している。うんこに費やした時間を確認したところ、萬ヶ原の所持品を盗むことはできても、とても隠し通せるような時間はなかったと聞いている」
四十川は眉根を寄せ、「レディの前でそういうね。……なんていうか、うんちとかさ。そういう下品な単語を発するのはやめてもらえるかな」
「お前が言うな」
小鳥遊は、あの四十川の握り屁が効かなかった件以来、権威を増しているようで、そう言った。
「レヴィン? レヴィンってあの、ゲシュタルト心理学を社会心理学に応用しトポロジー心理学を提唱した。ユダヤ系心理学者のクルト・レヴィンのこと?」
「ほら……また変な聞き間違いをして、九がわけのわからないことを言い出したじゃん。――四十川ちゃん」
小鳥遊に叱責され、四十川は小さくなってしまった。
「ごめん。大意は間違ってないけど、さっきのアリバイの話、続けて」
と。
なぜかクルト・レヴィンの聞き間違いのことは否定せずに、アリバイの続きを促した。
「私はキャプテン翼のステファン・レヴィンのことかと思った」
霹靂はそんなふざけたことを、ふざけた調子で言った。
「スウェーデン代表の……。たしかにレヴィンシュートは格好良いけどさ。それにしてもお茶目だね、霹靂ちゃんがそんなこと言うなんて」
「い、いや別に……そんなことないよ」
照れかくしに霹靂は、「は……早くアリバイの話をしてくれないかな。帰る時間が遅くなっちゃうじゃん」
と、九に話を振った。
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